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第51話 少年はオオカミに襲われる


 何でこんなことになったのだと、少年――ドミニクは心のなかで毒づいた。


 抜身の短剣を手にドミニクは森の中を必死になって走る。

 あんな見栄などはらねばよかった。




 ドミニクはマヌエルス王国バーナルス領に仕える騎士ルパートの従者だ。


 徴税のために領内の村へと赴く徴税官のマーヴィン様の護衛として、騎士であるルパート様についてカイロス村へとやって来た。

 徴税のための一団は、代表者である徴税官のマーヴィン様と空の馬車が四台。それらの護衛に騎士二人と兵士十二人、それに従者が一人でラヴァベの街を出発した。


 森の中を通る道を馬車で何事も無く進み、一番初めの村であるカイロス村へと到着した。


 カイロス村にやって来た時に、少年は困った様子で話し合う村人達を見つけた。

 何事かと尋ねると、森に異変があると言うのだ。


 ドミニクは喜び勇んで主である騎士に報告を行った。年若い少年であるドミニクは仕える騎士ルパートと共に森の異変の元凶を討つという英雄譚を夢見たからだ。


 だがルパートは、それは私たちの仕事ではないと冷たく突っぱねた。

 今の私たちの仕事は護衛であり、その異変も重大なモノではないから、私たちが森の中へと入る必要は無いと。


 ドミニクはその意見に反発した。話を聞いて何とかすると応じたときの村人からの期待の目が、己の考えが正しいのだと後押しした。


「ボクひとりでも調査を済ませてみせますよ!」


 そう大見得をきり、すぐ戻ってこいというルパートの言葉を無視して、そのまま森へと走ってしまったのだ。




 ドミニクは騎士の言葉を無視したことを激しく後悔していた。


 少年は街生まれの街育ちだ。こんな森の中の歩き方など知らない。従者として、騎士に付いて森の中を行進したこともあった。しかし、ほとんどが森を切り開いた道を進むだけだった。

 人の手がはいっていない森が、これ程分かりくいとは思ってもいなかった。


 つまるところ、ドミニクはあっという間に自分の位置を見失ってしまったのだ。


 そして気がつけば捕食者に狙われていた。

 今、必死になって走っているのは、その捕食者――オオカミの群れから逃れる為だ。


 必死に走っているが、オオカミたちの方が足速い。


 いずれ追いつかれるとドミニクは覚悟を決める。

 不幸中の幸いで、オオカミの数は多くない。三頭から四頭。おそらくは三頭。


 足を止めて、振り返ると同時に威嚇するように剣を振る。


 すぐ近くにいたのは二頭のオオカミ。短剣が空気を裂く音に、警戒の唸り声を上げて足をとめる。


 他のオオカミは何処だ? そう思った瞬間、木の陰から一匹のオオカミが襲いかかってきた。


「うわっ!?」


 首を狙いにかかってきた牙を避けることはできた。しかしバランスを崩して転んでしまう。


「しまっ――!?」


 近くにいた二頭のうち一頭が、ドミニクの喉へと向かい襲いかかる。短剣を振るうのには体勢が悪い。


 殺される!!

 

 ――そう覚悟したその瞬間。


 草むらの陰から飛んできた白い影が、オオカミの首に突き刺さった。


「え……?」


 戸惑うドミニクをよそに、襲い掛かってきたオオカミは、首に突き刺さったモノの勢いも合わさり少年の横に倒れた。


 呆然としながら見ていると、そのオオカミの首には白い四角い板が突き刺さって居ることに気が付いた。

 明らかな致命傷で、オオカミはすでに絶命していた。


 命の危険から間一髪で助かったが、危機的状況から逃れられたわけではない。周りには残り二匹のオオカミが残っている。

 だがそのオオカミたちも突然起きた仲間の死に戸惑い、白い板の飛んできた方向へ警戒を向ける。


 と、再び草むらの向こうから、白い影が飛来した。

 今度はオオカミたちの足元へと落ち、落ちた白い影は陶器が割れるような音と立てて砕け散って、破片がオオカミたちを襲う。


「ギャンッ!?」


 破片を浴びたオオカミたちは悲鳴を上げて逃げ去っていく。


「た、助かった……?」


 ドミニクは思わずつぶやく。

 すると、白い影が飛んできた方向の草むらがガサガサと音を立てる。


「だ、誰だッ!?」


 ドミニクは立ち上がり、短剣を構えながら草むらの向こうに声を上げる。


「落ち着きなよ。危ないと思ったから助けただけだよ。そんなに警戒しなくても大丈夫だから」

「子供……?」


 草むらの向こうから姿を現した人物を見て、ドミニクはあっけに取られた。


 出てきたのはドミニクよりも一、二歳年下であろう、黒髪に緑色の瞳を持った少女だ。

 彼女は彼のつぶやきに顔をしかめる。


「子供って……。キミと同い年くらいじゃないか」

「ボクはもう14だ! 来月には一五で成人だ! もう子供じゃない!」

「成人してないならまだ子供じゃないか。


 それよりいい加減、剣を仕舞ってくれないかな? 助けた相手に剣を向けられるのは気分のいい事じゃない」


 少年の手元へ嫌悪の視線を向けられ、ドミニクは慌てて短剣をさやに収める。


「あ、スマン」


 剣が収められたことで、少女の視線が和らぐ。


「それで、なんでこんな森の中にいるんだい? キミは村の子供ってわけじゃ無さそうだし……」


 少女の視線が彼の装備に向いた。


 しっかりとした作りの高級そうな服と革鎧に刻まれている紋章。騎士や兵士にしては年が若すぎるし、持っている武器が短剣である。


 それで少女は、ある程度の見当をつけたようだった。


「ああ。今日、村に来るっていう徴税官を護衛している騎士の従者か?


 けど何だって森の中で一人でいるんだい?」

「そうだ! ボクは騎士ルパート様の従者でドミニクだ! お前こそ何者だ! 何故こんな森の中に居る!?」


 誇り高き従者の身でありながら、少女に助けられた事を改めて思い出し、ドミニクは尊大な態度で虚勢をはる。


 少女の顔に面倒だなという感情が見えたが、見なかった事にする。これ以上問い詰めれば恥の上塗りになるだろうと思ったからだ。


 彼女はこちらの質問に先に答えた。


「私はカイロス村の住人だよ。森の中にいるのは狩りの途中だったからだよ。


 そう言うキミはなんでこんな森の中に?」

「ボクはこの森を調査しているんだ! 怪鳥が出るからなんとかしてくれとカイロス村の村人に頼まれてな!」

「怪鳥?」


 少女は首を傾げる。


「この森に怪鳥がいるなんてはじめて聞いたんだけど?」

「なに? では嘘ということか?」

「いや。私が初耳ってだけだと思う。私は結構な引きこもりだし」

「引きこもり? 引きこもりが森の中で狩りなどするのか?」


 ドミニクの疑問は無視された。


「けど。この森を一人で調査なんて無理だよ。

 この森、めちゃくちゃ広いよ? 一週間以上歩きまわっても、全体像が見えないくらいには大きいし……。

 それでも調査を続けるの? ろくな準備も無いようだし、確実に野垂れ死ぬよ?」

「あ、いや。だが調査を続けないと……」

「一度村に戻って準備をしてからの方がいいと思うんだけど?」


 少女の提案に、ドミニクはうつむいて黙る。


「?」


 少女は首をかしげる。けれど特に気にした様子もなく、倒れているオオカミを指差しながら問いかけてきた。


「ところで、キミはそのオオカミ。必要かい?」

「ん? こんなもの必要無いに決まってるだろう」

「そうか、それは良かった」


 嫌悪の表情で答えた少年に、少女は一つ頷いてオオカミの死体に歩み寄る。


 オオカミの首に刺さった石の板を引っこ抜くと、近くの葉っぱでついた血をぬぐい取る。続いて板をバックにしまうかわりに縄を取り出す。その縄でオオカミの四肢を縛り付けていく。


「……何やってるんだ? お前は?」

「見て分からない? 持ち運びがしやすいように足を縛ってるんだよ」


 少女はオオカミの足に括りつけた縄を肩がけ紐代わりに使い、肩がけバッグの様にオオカミを担ぐ。でろんと垂れるオオカミの頭を見て、ドミニクは引きつった表情で後ずさる。


 と、少女はそのまま歩きだした。


「お、おい! どこに行くんだ!?」


 焦ったように引き止めるドミニク少年に、少女は不思議そうな顔で振り返った。


「どこって、村に帰るんだけど? キミは調査を続けるんでしょ? 頑張って」

「あ、いや。それは……」


 妙に歯切れが悪い。やがてドミニクは決意するかのように、けれど小さな声で言った。


「む、村に戻る方向が分からなくなってしまったんだ……!」

「ああ! キミは迷子だったのか」

「迷子じゃない! 迷い人と言え!」

「こだわる部分はそこなのか……。分かった。なら村まで案内する。ついて来てくれ」


 言うなり、少女は再び歩きだす。

 ドミニクは後をついて行きながら、頭の垂れたオオカミを薄気味悪そうに見ながら聞く。


「オオカミなんて丸ごと持って帰ってどうする気だ?」

「毛皮は剥いで、肉は保存食にでもするんじゃないかな?」


 ドミニクはイヤな顔をする。


「……村の者たちはオオカミなんて肉も食べるのか?」

「さあ? 普段は食べないと思うけど、一応は取れたわけだし。持って帰ればどうにかするでしょ」

「……そのために重たい思いをして、持って帰るのか? オオカミの肉など臭くて食えないと聞くぞ?」


 言いつつドミニクはおかしな事に気がついた。オオカミ一頭を持っているのに、少女の足取りにふらついたついたところがない。自分がこんな獣を一頭担げば確実に足がもつれかねないのに、自分より年下であろう女の子がしっかりと歩いている。


「……お前、重くないのか?」

「ああ。大丈夫だよ。私は力持ちだから。それに私がオオカミなんて食べにくいだろうお肉を運んでるのはアタナたちのせいでもあるんだよ?」

「どういう事だ?」

「ん?」


 疑問の声を上げる少年に、少女も不可解な様子で足を止めて、彼の顔を見やる。


 しかめっ面が基本になっているであろうドミニクの顔には疑問の色がある。対する少女は、こちらの言った事が理解できていないと見て、説明を行う。


「……今回の徴税は、麦の徴収量が増えるかもしれないって噂を、街の方から仕入れたんだって。

 それであまりに多くの麦を取られたら飢餓になるかもしれないから、対策に保存食を作るんだ。

 オオカミ肉なんてものを持ち帰るのも、無いよりはマシかなと思っての話だよ」


「な、なんだその噂は?! 今回の徴税はいつもどおりの量だと聞いたぞ!」

「あ、そうなんだ。なら、やっぱり根拠の無いただの噂だったのか……」


 つぶやきつつ、少女は再び歩きだす。


「お、おい! だったらもうそのオオカミを運ぶ必要はないだろ!」

「かもしれないけど、どのみちあなたを村まで案内しないといけないから。

 一度村まで帰るなら、運ぶ事自体は大した労力でもないし。皮だけ剥いで持って帰るのも面倒だしね。


 それに、私は師匠に頼まれた狩りをしているだけだから、このオオカミが必要かどうかは師匠に話を通してからだね」

「師匠? お前、狩人の弟子か?」


 ドミニクの質問に少女は否定する。


「狩人? 違うよ。


 私は魔法使いの弟子だ。私の名前はライム。一応魔法使いを名乗ることが許された、見習い魔法使いだよ」



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