第05話 反省
不貞寝をして目が覚めた時、気分はすっきりと爽快になっていた。
崖の岩壁に作った住処の中で、スライムは一人つぶやく。
「反省会をしよう」
二度と繰り返さない為に、何故、あんな事になったのかを考えなければならない。
第一に硬質化を過信しすぎたことが挙げられる。
なにが『問題ない』だ。問題だらけじゃないか。
硬質化スキルで防げない攻撃があることを全く考えていなかった。硬質化は硬いだけで衝撃に強いとは限らないというのに。
第二に、見た目だけで強さを判断してしまった事だ。
見た目は地球の鹿とほどんど変わらず、攻撃方法は角での突進くらいしかないと思い込んでいた。
第三に魔法の存在。
スライムなんてファンタジーな存在に成ってしまったのだから、魔法の存在を考慮に入れておいても良かったはずだ。
第四に接近戦を挑んだ事だ。
あの鹿の大きさは、人間であったなら恐怖を覚えるほどの大きさだ。野生動物相手にするならば、銃を始めとした飛び道具を使うべきだろう。
まあ、ずらずらと挙げてみた所で、『硬質化を極めた自分にとって、鹿など容易い獲物だ』と思い込んでいただけだ。
一言で言うなら慢心していただけだ。
「うわー! みっともねー!」
人間ならば頭をかかえてゴロゴロと転がっている。実際に巨大なスライムが石の穴の中をゴロゴロと転がった。べちんべちんと穴の壁にゲル状の体が当り音を立てる。
しばらく転がり、ある程度満足した当りで止める。そして一つの結論を出す。
「ともかく。もう鹿を獲物に狙うのはやめよう」
鹿、コワイ。
そういえば、幾つかのスキルを新しく手に入れたことを思い出す。
確認する。脳裏に文章が浮かぶ。
・耐寒 低温に耐える事ができる。また体が凍結し難くなる。
・不屈 危機に陥った時、精神的にくじけない。
・直感 死に至る危険を寸前で察知する。
・擬態(鹿) シングルホーン(雌)の姿に擬態する事ができる。
・魔力操作基礎 魔法の基礎。魔力を操る基礎技能。
・氷結魔法 物理魔法の一つ。温度を低下させ、物体を凍結させる魔法。
一気に増えた。
耐寒は凍らされたから手に入ったのか。できれば凍らされる前に欲しかった。
不屈は何時手に入った? 次の直感との間だから凍らされた時のことだろうか?
直感は分かる。二発目の魔法が放たれ、咄嗟に避けた時だろう。
擬態(鹿)はよく分からない。え? なに。食べた相手の姿に擬態できるのか?
魔力操作基礎と氷結魔法は鹿が使っていた魔法のことだろう。捕食収奪のスキルで手に入れたのか? 取得できるのは低確率だと思ったが、二つも同時に取得できたのか?
疑問に思い、捕食収奪のスキルを確認する。
・捕食収奪 食べた相手の記憶を奪い、相手のスキルを低確率で収奪する。上位スキルを取得した場合、下位スキルも自動的に収奪する。
また、捕食した相手の姿を擬態できるようになる。
説明文が変わり、スキルの内容が増えていた。
上位スキルが氷結魔法で、こちらを低確率で収奪したのだろう。下位スキルである魔力操作基礎は自動的に収奪したのだろう。
そして、捕食した相手の姿を擬態できるようになるという能力が増えている。
一度取得したスキルでも、変化したりするのかと。新たな法則に気付かされる。
気付かないうちに他のスキルも変化していないかと確認したが、今現在変化しているスキルは他に無かった。
実際に使って確かめるのは、擬態(鹿)だろう。他の耐寒、不屈、直感は試すことができない。
擬態(鹿)を使ってみる。
ぐにゃりと体の形が変化する。四足になり、頭となる部分が延びる。同時に全身の色が変わっていく。
特に時間をかけずに、鹿の姿があった。
気分は良くない。決して、怖いわけではない。
鹿になった自分の姿が見られるのも、変わっているのは見た目だけである証拠だ。スライムの体は全身が目に相当する感覚器でもある。体の表面によってモノを見ていることに全く変わりはない。
「それにしても……」
呟きつつ、狭い穴の中を四足で歩く。正に鹿のように歩く事ができる。これは擬態の範疇に収まるのか? 変身と言っていいほどの変貌ぶりだ。
「毛並みすらも、本物そっくりって……」
触ったとしても本物との違いが分からないだろう。こんなことができるようになるスキルの存在に恐怖すら覚える。
鹿の記憶をも手に入れた自分は、群れに混じってもばれる事は無いだろう。もっとも、鹿の群れなんか混じるなどという恐ろしいことはお断りだが。
擬態(鹿)を解き、元のスライムの姿にもどる。大きさも重さも僅かに変化したような気がした。小型化も体重適正化も使ってないにもかかわらずだ。どうやら擬態(鹿)はそれらの能力も内包した能力らしい。
まあ、使う事はないであろうその能力はいい。
次は魔法を試そう。
少しドキドキする。どうやら自分は魔法という不思議な力に憧れを抱いていたようだ。
先ずは氷結魔法。ではなく、下位能力であろう魔力操作基礎を試す。
使ってみた瞬間、視界が一変した。
視界の全てに細かな白っぽい光の粒が漂っていた。光りの粒は穴の中の空間だけではなく、自分の体や、穴の壁である岩にも存在した。
その量が多いのは自分の体、その核だろう。
「コレが魔力という奴か」
魔力に関する知識はスキルからは得られない。これが魔力と分かるのは、奪った鹿の知識からだ。
当然、鹿の知識であるからには系統だった考えは存在しない。こうすればこうなるという、実践的な知識に終始する。
だが、手っ取り早く使うだけならば、これ以上無い教科書だ。
光りの粒、魔力を動かす。
考えるだけで魔力は動く。動かせる魔力は空間にあるものは僅かで、ほとんどが体内の魔力だ。
魔力を動かし一つの場所に集める。鹿は角の先に集めていた。自分は丸い体のすぐ外に魔力を集める。
かき集めた魔力を一つの玉にこね回し、そして放つ。
放たれた玉は岩壁に当り、なんの衝撃を起こす事無く、魔力を粒として飛び散らせた。
魔力はそれだけでは、何の影響も与えないようだ。
鹿の記憶によれば、これは氷結魔法を使う前の遊び兼訓練にすぎない。
たしかに綺麗なものだ。魔力をかき集め、また放つ。
きらきらと、光りの乱舞が狭い穴の中に広がる。
魔力操作はコレくらいにして氷結魔法を使おうとして、穴の中じゃ危なすぎると寸前で気が付く。
「あ、あぶない。スライムの氷付けができるところだった」
外の様子を確認。生き物の影は見当たらないので、岩に擬態しつつ外に出る。
少し離れた木を標的に、氷結魔法を試してみる。
体の手前に魔力をかき集め、氷結魔法を使用。氷結魔法の魔方陣が目の前に出現する。魔方陣は魔力の塊を一定方向の性質に染め上げる。青白く実際に光るようになった魔力を放つ。
魔力だけの時よりも遥かに早い速度で突き進み、木に当る。
バチンッ! と衝撃音を響かせて、木の幹を凍りつかせた。
「フム……。使える……か?」
準備に少し時間がかかる。
鹿はもっと短い間隔で撃って来た。ただの技量不足なのだろうか? 微妙なところだ。
それに、当れば相手は凍りつく。凍った肉を食べるのは遠慮したいところだ。耐寒スキルでどうにかなりそうな気もするが、気は進まない。
それでも遠距離攻撃である点は魅力的だ。
すこし考え。
「あ、いや。やっぱり使えないな」
鹿の記憶では、他の鹿が操作する魔力が見えていた。
魔法で狩りをしようとしたら、魔力が見える相手ならば簡単に察知されて逃げられる。
そもそもこの魔法は鹿の自衛用なのだろう。鹿の記憶によるとこの魔法で倒したのは襲い掛かってきた大型の虫だけだ。
せっかく手に入れた魔法だが訓練しなければ使い物にならない上に、自衛手段の一種にしかならない。そのうえ自衛手段の一つである触手死突と微妙に用法が被る。
遠距離からでも目立つ魔法ではなく、目立たない遠距離攻撃が欲しい。けれど、銃や弓矢という遠距離攻撃武器は無い。
と足元に転がる石に視線を向ける。子供の握りこぶし程の大きさの石だ。触手を伸ばしそれを拾う。
「投石はどうだろうか?」
投石器、もしくは投石紐とも呼ばれる物は弓が発展するまでは、遠距離攻撃の主力だった。
長く伸ばした触手ならば投石器の代わりになるのではないかと考えた。
人間の腕の長さは70センチほどで、投石紐は0.5から1.5メートルだったはず。
石を持った触手を、長さ2メートルほどまで伸ばす。
ぐるりと触手を振り回し、石を投げ放つ。
石は勢い良く空を裂き、標的であった、木の幹にぶち当たる。
手軽で且つ威力も十分。
・投石 石を勢いよく投げる技術。威力並びに命中率、速射能力を向上させる。
スキルとして取得された。
もう一回、投石をしてみる。一度目よりも素早く石は放たれ、一度目に当った場所にぶち当たった。
「投石は、訓練しないとまともに当らないと思っていたんだがな……」
スキルはその訓練の必要性を一足飛びに飛び越えるようだ。今更いっても仕方ない事だが。
あとの問題は、弾丸になる石を持ち歩かないといけない事だ。
ここには袋もないし、触手を常にだして持ち歩くなんてしたくは無い。
弾丸となる石を体の中に取り込んで、溶かさずに居られれば解決する。
試してみる。落ちている石ころを四個ほど体内に取り込み、そのまま少し歩く。
・体内保持 体内に取り込んだモノを消化せずに保管する。
「問題は無さそうだな」
持ち運び手段は、これで確保された。
「あとは……」
今までは体内に取り込んだモノは全て消化してきた。この状態を保持したまま一つの石だけを消化してみる。
上手くいった。
・消化選別 体内に取り込んだモノの内、望んだものだけを消化する。
これでいちいち、物を食べる時に体の外に弾丸を出さなくてすむ。
ほかにするべき事は何かあったかと考えながら周囲を見渡す。
崖の上がどうなっているのか確認を忘れていた。
蛇形態になって、崖を上る。いちいち蛇形態に成らずとも垂直の壁を這い登ることはできるが、此方の方が早い。
崖の上は縁まで草が茂っているせいで、ここが崖の上だとい事が分かりにくい。
崖があると知らない者は間違って滑り落ちそうな場所だ。
落石の危険が無いかと、落ちてきそうな物が無いかを探す。転がり落ちそうな石は見当たない。崖下の安全確認を終え、崖の下に戻る。
鹿一頭分の肉を食べた為だろう。新たに肉を食いたいという、強い衝動はない。
今日は狩りはやめて、投石の練習に費やす事に決めた。もうあんな無様な失態は繰り返さない為に。