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第48話 五行魔法習得実技


 先に外に出ていたグレンは庭先で、地面に大きな魔法陣を描いていた。

 グレンが先に家を出た僅かな時間で描けたとは思えない大きさだ。あらかじめ大部分を描いていたのだろう。


 描いている魔法陣は四大魔法のものではない。この形式は五行魔法もモノであると、ライムは分かった。けれど、分かったのはそこまでで、どのような内容の魔法までは読み取れなかった。

 かなり高度で複雑な魔法陣であることは確かだ。

 

「ああ。しばし待て、もう少しで終わる」


 グレンの言うとおりライムは待つが、アリティアは家の中から椅子を持ってきて、そこに座ると、刺繍の続きを始めた。


「そう言えばアリティア。今作ってる刺繍は何?」

「これはライムの服になるのよ。楽しみしていてね」


 笑顔で言われてもライムは困ってしまう。そんな様子を見て取ったアリティアはたしなめる。


「ダメだよ? 体が色々な服になるっていうのは便利だとおもうけど。ちゃんと服を着るようにしなきゃ。

 体が人に戻った時に、服の着方忘れましたって事になって困るのはライムなんだから」


 ぐうの音も出ない。


「わ、わかってるよ……。だからチョッキは着てるでしょ?」


 ライムはシンプルなシャツとスカートを着た形に体を変化させている。その上にチョッキを着ている。

 このチョッキはアリティアが作ったもので、ライムに対するお説教と共に、いつも着ているようにと押し付けたものだ。ちなみに、色違いだがアリティア本人もお揃いの服を着ている。


「チョッキだけでしょ。他の服もちゃんと着なきゃダメだよ」


 女の子の姿をしているのだ。はしたない姿は晒せないのは当然の事。ライムはそう思っているが、ライムとアリティアの考えるはしたない姿には少々ズレが有る。


 ライムは見た目で服をちゃんと着ていれば問題ないと考え、アリティアは実際に服を着なくちゃ意味が無いと考えている。


 体を変化させて服の形をとれば済むことなのに、わざわざ作らせてしまうのは非常に申し訳ないとライムは思ってしまうのだ。


「まあ、たまには……」


 視線をそらしてライムは答えた。そんな気の無い返答にアリティアはご立腹だ。


「もう! 服の作りがいが無いんだから!」


 アリティアとしてはライムを着飾ってやりたいのだ。その服が自分の作った服なら、なお嬉しい。

 なのにライム本人は体を変化させるだけで、色々な服を着ている事になるからと言って服を着てくれない。


 確かに、色々な服を元手無しで試せるライムの変化能力はすごい物だ。ファッションショーの時にはアリティアはその能力をライムに存分に使わせる。だが、それはそれコレはコレだ。


 アリティアには、ライムに自分の作る服を着せる事を諦めるつもりなど、まったくなかった。


「まあ、ライムの服装に関する無頓着ぶりは後で矯正するとして、今はこちらに注目するように」


 グレンに声をかけられ、アリティアはしぶしぶと話を中断する。

 後で説教があることには極力目をそらして、ライムは今現在、説教から逃れた事にホッとする。


 弟子と孫の視線を集めたグレンは、地面に描き上げた魔法陣に対してなにやら魔法を行使した。


 四大魔法の土属性の魔法であることは、空中で展開する魔法陣の図形より見て取れたが、ライムの知らない魔法だ。

 魔法が行使し終えて、魔力が崩れ去っても目に見える変化が全く無い。


 その魔法の効果が分からず、ライムは師匠に尋ねる。


「師匠? 今の魔法は何ですか?」

「今の魔法は四大魔法の中級に位置する『固形化(ハーディン)』という土属性の魔法じゃ。


 土や砂にしか効果がないが、使用すれば石のように固くなる。このようにな」


 グレンは今まで地面に線を描いていた枝で、できあがったばかりの魔法陣を乱暴にかき乱す。本来ならば描いた図形がグチャグチャになってしまうだろう。

 しかし、カラカラと硬い音をたてて枝を弾き、描かれた魔法陣がかき消されることはなかった。


「おお……」

「うわっ」


 ライムは感動の声を上げ、アリティアは目を丸くする。


「もっとも、十数日で効果が切れてしまうし、そこまで頑丈になるわけでもない。雨風や、人に踏まれても耐える程度の強度しかない。

 地面に描いた魔法陣を、しばらくの間保存する為の魔法じゃ」


 説明しながら、グレンは魔法陣を描いた枝をぽいっと放り捨てる。ライムは思わずその枝に行方に視線が行き、ふと思う。


 師匠は地面に描く時、いつも適当な枝を使い、終わったら放り捨てている。地面に図形を描く機会が多いのだから、それ用の棒でも持ち歩かないのだろうか。

 魔法使いなのだから、それらしい杖を持ち歩けば似合うだろうに。と残念に思う。


 そんなライムの空想をよそに、グレンは描いた魔法陣の説明を行う。


「五行魔法の習得には、この魔法陣を使う。

 この魔法陣は漂う魔力を五行属性の魔力へ変換させるための魔法陣だ」

「魔法陣でも、属性変換ができるんですか?」


 ライムは驚く。五行魔法は魔法陣による属性変換ができないために、魔法陣を通す前に魔力を属性変換していると思っていた。


「可能か否かと問われれば、可能だと答えるしかないの。


 ただ、見ての通り。その魔法陣は巨大で複雑なものになる。こんな面倒なものを一々構築などできんから、五行魔法は魔法陣の力を借りる前に術者本人が自力で属性変換を行うんじゃ。

 ともかく、ライム。魔法陣中央の円の中に入りなさい。線は踏まないようにな。『固形化(ハーディン)』が掛かっているとは言っても、そこまで過信するべきではない」


 注意に従い、複雑な模様を描く魔法陣の線を踏まぬようにちょこちょこ跳び越えながら、中央にある円の中に立つ。この円の中だけは模様が描かれていない。


「この魔法陣は五行魔法の属性変換を行うための魔法陣だ。今のこれはライムが習得するための土行の魔力になるように調整はしてある。


 属性の習得するためには、残念ながら原始的な方法しか存在していない。


 この魔法陣を起動させ、その中で普通の魔力――通常魔力と呼ぶが――、それを集めると、自動的に土行の魔力へと変換される。


 ライムはその土行の魔力に慣れて、通常魔力との違いを理解して、自力で変換させるしか無い」


 ちなみにこの魔法陣が開発される以前は、師匠が弟子に付きっきりで属性変換後の魔力を流しこんで、その感覚を覚えさせたそうだ。

 だが、今ではそんな事をしないでも済むようになった。


「この魔法陣は一度起動すれば数十分は持続し続けるからな。その間に土行の魔力に慣れるんじゃ。

 初回の今回はわしが起動させるが、次からはライム自身が起動させるようにな」

「起動って……」


 ライムは魔法陣を見直す。


「この魔法陣って地面に線を描いただけですよね? 『固形化(ハーディン)』の魔法も保存するためなら、起動なんてしないんじゃ?」


 魔法陣という形だけを描かれても、その線自体が魔力か魔力を宿した特殊なインクでもないかぎり、その魔法陣のもった術式は発動することはない。その事は魔法陣を用いることになる魔法系統では基本事項だ。


「当然、これだけならば起動なんてしないのは当たり前じゃ。

 ライムはやったことは無いと思うが、起動させる時には、描かれた線に沿って魔力の糸を這わせて、魔法陣を構築させるんじゃ。ここまで大きい魔法陣だと、砂盤では収まらないからな。


 いずれ、この魔法陣も暗記してもらうことになる。といっても、一つ目の属性変換を魔法陣の力を借りずに可能となる頃には自然と覚えるものじゃがな」

「は、はあ……」


 本当にこの大きさの魔法陣を暗記できるようになるのだろうかと、ライムは自信がない。


「ともかく早速始めるぞ」


 言うなりグレンは魔力をかき集め、その魔力の雲から紡ぎだす魔力の糸を魔法陣の線の上においてゆく。


「描き出す順序も重要じゃからしっかりと見ておくようにな」


 師匠の注意に、ライムは改めて地面に描かれた魔法陣に魔力の糸が重なって行く様子を注視する。


「ここが魔法陣の維持機構。それが五つ。


 そこが終わったら、次は魔法陣の中心部から外側へ向けて構築していく。


 ここが中にいる者への安全対策機構……。


 ここが五行の魔力の霧散防止機構……。


 そしてその外側の、一番幅をとっているのが、通常魔力から五行の魔力への変換機構だ。今は土行への変換を行う機能になっている。


 一番外側が、通常魔力の誘引機構だ。この部分はなくてもいいのだが、ないと普通の魔力が少々集めにくい。ライムの魔力の集める腕が上がったらなくしてもいいだろう」


 説明しながら、グレンは魔力で魔法陣を描ききる。


 そこでグレンは残った魔力を散らしてしまう。四大魔法ではこの後に魔法陣に魔力を流しこむのだが、しなくても良いのだだろうか? 構築された魔法陣は、何か変化を起こすことなく魔力の糸の輝きを放っているだけだ。

 グレンは告げる。


「さて、わしが手伝うのはここまでだ。これから先はライム自身が魔力を集めてみさない。そうすれば普通の魔力が魔法陣を通る間に、五行の魔力へと変換される。


 あとはその魔力の感覚に慣れる事と、変換機構を通る際の魔力の変化を感じ取り、それを自力でできるようにするだけだ」

「するだけだって……」


 それは相当難しい事じゃないだろうか?


「まあ、不安になる気持ちも分からんでもないが、まずはやってみなさい」

「わかりました」


 師匠の命令にライムは頷いて、魔力を集める。集糸化法の時と同じようにドーム球場をイメージして、魔力の存在している場所を隔離し、イメージの中のドーム球場を一気に収縮させる。


 いつもどおりに魔力は集まり始める。しかし、それらが自分の目の前に集まる寸前に、強烈な違和感を覚えてライムは声を上げた。


「んんっ!? な、何だコレ?」


 魔法陣の属性変換機構が、魔力が集まる事を阻んでいる。まるでゴムの板を押し込んでいるような感覚だ。

 しかし完全に遮断しているわけではなく、滲み出るように僅かずつ、変換機構の内側へ魔力は集まってくる。


 魔力の集めにくさは、グレンの言っていた少々どころの話ではない。

 その事にも驚いたが、ライムが本当に驚いたのは、その事ではない。己の周りに集まって来た魔力の色が違っていたのだ。


 通常、白っぽいのが魔力の色だ。明確な白では無く、様々な色が混ざった結果の白であり、見ていると、虹のように別の色が垣間見える事があった。


 しかし変換機構を通った魔力は、純粋な黄色としか言いようのない色をしている。


「うわ、キレイな色……」


 感動した様子のアリティアの声が聞こえた。


「それが五行の属性魔力じゃよ。属性それぞれの色に魔力が変化する。黄色は土行の魔力の色だ。

 どうじゃ? 四大魔法の土属性とは相当違うじゃろ」

「え、ええ……、全く違う」


 四大魔法の時は魔法陣に魔力を通すと、すぐさま魔法という形になってしまう。そのせいで魔力自体を観察するようなヒマは無かったが、その時に魔力の色が変化した様子は無かった。


 見た目からして、これほど鮮やかに魔力の色が変化するとは思ってもいなかった。


 己の周りに漂っている黄色の魔力に見とれて、ライムは魔法陣の外に集めた魔力の制御を手放した事に気がつく。


 けれどその魔力は霧散することなく、一番外側の通常魔力の誘引機構に捕まって、徐々に五行の魔力に変換されている。


「ライム。今回の主な目的は五行の魔力に慣れることじゃ。だからこそ通常魔力の扱いは二の次になっており、この魔法陣にも通常魔力は自動で魔力を吸うようにしている。

 だから今回はうるさくは言わんが、常に魔力の制御には気を払うように」

「はい!」


 目ざとく気がついたグレンは注意し、ライムは素直に反省する。


「よろしい。

 ではライム。一つ質問じゃ。今、ライムは土行の魔力と触れ合っているが、それらはどのように感じられる? 自分の感じたままに、詳しく説明してみさない」

「そう……ですね」


 ライムは己の周りに漂う黄色の魔力に手を伸ばし、それらから感じる感触を確認する。それらの魔力は今現在、ライムの制御下にはないが、霧散することなく漂い続けている。そのことがこの魔法陣の効能なのだろう。


 土行に染まった魔力がどのように感じられるのか、普段扱っている普通の魔力とどう違うのか、注意深く魔力の感触を探る。そのために、土行の魔力を制御下に置いてみる。


 だが、その手応えに首をかしげた。通常魔力と全く同じように扱えてしまう。


 色以外に違いが感じられない。本当に違いがあるのだろうかとライムは思う。


 しばらく間、ふわふわとした魔力を難しい顔をしてもてあそび、違いを探してみる。


 ――と。ふと気がついた。


「あれ? 何だろう……。重い?」

「何故そう思った?」


 つぶやきにグレンが追求する。


「え? いや、その……なんとなく?」


 そうとしか言いようがない。通常魔力よりも土行の魔力は重いような気がするのだ。ふよふよと漂う魔力に、重さを感じさせる要素など無いのに、なんとなくそう思った。


「ふむ。ではそれ以外には、何かを感じたりはしないのか?」

「それ以外……」


 黄色の魔力に再び意識を向ける。すると何故だろう。先ほどと同様にふよふよと漂っているだけの魔力が、やはり重たい存在であるようにしか感じない。


 何故、重くなんて感じるのだろう。動きが地面へと向かっているわけでもないし、動き自体が鈍重だというわけでもない。


 不思議だ。黄色い魔力のふわふわとした動きをみていると落ち着いてくる。


「ライム?」

「はっ……!?」


 グレンに呼びかけられて、ぼうっとしていた意識を取り戻す。そちらに視線を戻すと、何故か師匠は自分の頭を指差している。


「ライム、髪の色が戻っているぞ?」


 その指摘にライムが自分の身を確認すると、確かに髪の色が黒から薄緑色へと戻っていた。


「え? あ、はい! 気をつけます!」


 慌てて、黒髪へと変化させる。


「それでライム。重い以外に、土行の魔力から何か感じることは無いのか?」

「あー、えっと……。暖かい感じ……ですかね……?」


 やたらと落ち着くので、特に考えずに返答してしまった。全く自信がない事を言ってどうするのかと、答えた直後にライムは焦る。だが、その答えはグレンの満足のいくものだったらしい。


「よろしい。ライムは理屈っぽいところがあるから、感受性の方はどうかと思ったが、初回でそこまで感じ取れるなら上出来じゃろ」

「え? 暖かい感じっていうのが正解なんですか?」

「ちゃんと分かった上で言ったわけじゃないのか……」


 呆れの視線を向けられてしまった。せっかく上がった評価を自分で下げてどうする。


「あーちょっと、自信が無かった事なんで……」

「まあよい。ライムの感じた通り、土行の魔力というのは重さと暖かさを感じられるという事が、通常魔力との違いの中で大きな所だ。


 もっとも、暖かさとは正確には違うのだが、そう感じられたのなら上出来だ。


 ライム。これから一度魔法陣の効果が切れるまで、土行の魔力に慣れなさい。

 それと同時に土行への魔力変換にも注意を向けるように」


 ライムは言われた通り、魔力変換にも注意を向ける。だが、いくら観察してもよくわからない。全ての通常魔力が土行の魔力へと変換されているようだが、注意深く観察しても、白っぽい魔力が黄色く染まっていくようにしか見えない。


 と、不意に、魔法陣を構成していた魔力の糸の光が消え失せた。効果時間が切れてしまったようだ。通常魔力が一気に霧散しはじめ、土行の魔力も霧散し始める。


 ライムはその時、土行の魔力を制御下においていた為、霧散し始める魔力をとらえる事に成功した。

 特に何か目的があったわけではない。霧散しかけていたから反射的に捕まえただけだ。だから、捕まえた魔力をどうしようかと見ながら考えた時に、その現象に気がつけた。


 純粋な黄色から色が抜けて、徐々に白っぽく変化している。


 時間経過と共に通常魔力へ戻っているのか。その現象を見ていて、ふと気がついた。

 色が抜けて白くなっていくわけではない。様々な色が一瞬だけ表れて、それが起こる毎に、純粋な黄色から離れていく。たくさんの色が混じった結果として白くなっていっているようだ。色の混色ではなく光の混色の結果に似ている。


「ひょっとして土行の魔力って、通常魔力を染め上げたんじゃなくて、通常魔力の一つの側面?」

「ほお、よく気がつけたの」


 ライムのつぶやきに、グレンは称賛の言葉をおくる。


「五行魔法に置ける魔力とは、五つの顔を持った存在と考えられている。


 五行の魔力とはそれぞれの属性を一つだけ表に出した状態の事だ。そして通常魔力とは五つの顔を全て同時に表わしている状態の事だ」


 グレンは説明するが、その説明ではよくわからない。


「そうじゃな。人の認識している魔力の粒というのは、それよりさらに小さい無数の魔力の粒が寄り集まっているものだ。


 五行魔法に置ける魔力とは『六が絶対に出ないサイコロ』に例えられる。六以外が、五行それぞれに色分けされたサイコロをイメージすればいい。


 そのサイコロは通常、じっとはしていない。数秒経つと自然に転がり、ランダムで五色のうち一色を表示する。

 通常魔力では、無数に存在しているサイコロの出目が統一されていないため、全ての色が重なった白に見える。


 逆に五行の魔力では出目が統一されているために、五行それぞれの色に見えるわけだ」


 その説明を聞くと、自力で魔力の変換を行うのは更に難しい事の様に思える。


「自力で、その全部のサイコロの出目を、一つずつ揃えないといけないんですか?」


 絶望的な気持ちでした質問を、グレンは笑いながら否定する。


「はっはっは。そんなわけあるまい。五行の魔力というのは、おぬしが感じていた『重い』や『暖かい』という方向へ誘導してやればいいんじゃよ。


 魔力というのは人に従うものじゃからの。そうでなければワシら魔法なんてものは使えん」

「誘導する……。それでだけでいいんですか?」

「ああそうじゃ。もっともそれが難しいんじゃが……」


 ほっとしかけていたライムの表情が曇る。慌ててグレンは失言を誤魔化すように質問する。


「それで、通常魔力とくらべて、土行の魔力にはどのような違いがあるか。今制御下においている通常魔力と比べると、どう感じるが言って見なさい」


 グレンが指差すのは、いつの間にか白っぽく戻ってしまった、土行の魔力だった塊だ。


 土行の魔力として維持できなかった事を悔しく思う。

 初心者だから仕方がないと気持ちを切り替え、捕らえていた通常魔力を観察する。

 通常魔力の特徴を捉えれば、それは土行の魔力との違いを分かる事に繋がる。


「そう、ですね……。確かにこちらは重くはないですね。けど、軽いってわけでもないです。土行の魔力が特別に重いってだけなのかな?」


 先ほどまでの土行の魔力と比べると、『重さ』は感じられない。


「それと……」


 暖かさの方が土行の魔力とどう違うのか感じ取ろうとして、ライムは首をかしげた。


「あれ? 暖かさは変わらない? いや、始めから土行の魔力には暖かさなんて無い……?」


 一体どういうことだろう。通常魔力はいつも使い込んでいる。いわば手に馴染んだ存在だ。思い起こしてみれば、魔力を扱っている時に暖かさなど感じたことはあっただろうか? 少なくとも覚えがない。


 けれど『暖かさ』の感覚は土行の魔力と同じ様に思える。微妙な感覚だったせいで感覚が狂っているのだろうか? けれど、『重さ』の違いは感じ取る事はできる。


 ライムは首をかしげ、そのもどかしい感覚を解消するためにグレンに頼む。


「すいません師匠。先にもう一度、土行の魔力の方を試してみてもいいですか?」

「構わんよ。ただ今回からは自分で魔法陣を構築するようにな」

「わかりました」


 すぐに土行の魔力を感じたかったので、一々魔法陣を構築することが煩わしいと思ったが仕方がない。


 ライムは魔力をかき集め、それらで糸を紡ぎだすと、地面に描かれた線に沿わせる。グレンが見せた順番に従って魔法陣を構築していく。地面に見本その物があるので魔法陣を描く事自体は想像以上に楽だった。


「そのうち、地面に描いた魔法陣も部分ごとに消していくからな。ちゃんと覚えていくように」


 ライムが楽をしていると見て取って、グレンは新たな課題を行う事を告げた。師匠の厳しくしていくさじ加減は、いやらしいくらいに上手いと思う。


 魔法陣が起動し、光を放つ。


 と中央の円の中から魔法陣を描いたライムは、手元に魔力が余ってしまった事に戸惑う。

 四大魔法の時のクセで、これから魔法陣に流し込む魔力を先に確保してしまったのだ。


 少し困ったが、今回は丁度いい。通常魔力であるそれから感じる特徴を探り、己の中に刻みこむ。


 十分だと思ってからその魔力を解き放つ。すぐに霧散して消えると思っていたその魔力は、魔法陣の通常魔力の誘引機構に捕まって、僅かだが土行の魔力に変換しながら戻ってくる。


「少しは土行の魔力として戻っては来るが、改めて魔力を集めんと、違いが感じられる程の量にはならんぞ?」


 グレンの注意に、ライムは再び魔力をかき集める。集まってくる通常魔力は、魔法陣の機能にしたがって、土行の魔力に変換されて行く。


 徐々にだが周囲は、黄色い魔力の濃度を濃くしていく。ライムは己を囲む土行の魔力に意識を伸ばす。暖かい風呂に入っているかのようにやたらと落ち着く。


「ライム? また髪の色が戻ってるよ?」


 アリティアの指摘が聞こえたが、ライムは土行の魔力の感覚を探る為に集中しているせいで反応ができない。


 ボンヤリと土行の魔力に意識を向け続け――。


 やがて、気がつけた。


「暖かいんじゃなくて、守られてる……?」


 いつ何時、外敵に襲われるか分からない見知らぬ森の中から、崖の穴の中にねぐらを移した時のような安心感。

 それとも、はじめてこの家で目を覚ました時の、ベッドの上でのまどろみ。


 そんな感覚に似ている。


 何かに守られている。もしくは誰かが守っている場所で、自分も守られている。


 そんな安心感がある。


 暖かいと感じだのは、守られている事で起こる安心感から錯覚したのだと気がつく。


「師匠。土行の魔力の特性っていうのは暖かい事じゃなくて、『守護』ですか?」


 勢い込んで尋ねるライムに、グレンは困ったような視線を向ける。


「まあ、それは正解じゃか……。ライム。髪の色を戻しておきなさい」

「え? あ、やば」


 慌ててライムは、己の髪の色を黒髪へと変化させる。そして指摘してくれていたアリティアに視線を向ける。少女は不満気にこちらを睨んでいた。


「ライム……。ちゃんとしなきゃダメだよ!」

「ご、ゴメン。集中していたせいで、意識の外だった」


 ライムは頭を下げて謝る。しかしそれだけではアリティアの機嫌は治らなかったようだ。ふてくされた様子で、顔を背ける。


「あー……」


 しばらくはご機嫌伺いをしないとならないなと、ライムは途方に暮れる。

 気まずい空気を断ち切るようにグレンは説明行う。


「ともあれ。その答えは正解じゃ、土行の魔力は重さと守護の性質を持っている。

 通常魔力にそれらの二つの性質が付与されるように意識しながら操作をすることが、土行の魔力への変換の第一歩じゃ。


 しかしまぁ。すぐに暖かさでは無いと気がつけるとは思わなかったな」


「師匠? なんで間違ってるって指摘してくれなかったんですか?」

「厳密な意味では間違っているが、広い意味は間違っていないからじゃよ。土行の魔力が持つ『守護』の性質とは、『土に埋まった種を発芽させるまで守る』という意味の守護じゃ。


 ゆえに、『種を発芽させる暖かさ』も、その守護の性質には含まれておるんじゃ。


 『暖かさ』より『守護』の方が、厳密な意味では正しい。じゃが、実際に魔力の変換にどちらの性質を意識した方がより簡単に可能かは、個々人によって異なる。


 本人が感じられた方を使った方が良いとされているからな。わしが訂正しなかったのはそのためじゃ」

「なるほど」


 そういうことなら仕方がないと思う。と、そこで一つ疑問が浮かんだ。


「けど、そうなると正解の性質を意識しないでも、似たような性質を意識しても属性変換って可能なんですか?」

「まあ可能じゃな。五行魔法というのは、実際に魔力の属性変換ができればそれで良い。という所があるしの。

 

 もっとも効率が悪いから、そんな邪道な方法は使わせん。結局な所、正当な方法を使ったほうが後々の伸びが良いからな。


 しかし、本当に感受性が鋭いの……」


 グレンは釘を刺し、最後に小さな声でつぶやいた。


 聞き取れなかったライムが聞き返す前に、グレンは魔力の糸に干渉して魔法陣を崩す。途端に周辺に集まっていた通常魔力も、中央に集まっていた土行の魔力も霧散する。


 突然の事にライムは戸惑う。


「師匠?」

「では続けて、実際の魔力変換を自力で行って貰う」

「え、いきなりですか?」


 ライムの驚きに、グレンは頷く。


「結局の所、五行魔法の属性変換とは理論をこねくりまわすより、体にその手法を染みこませるしかないからの。


 そこまで土行の魔力について感覚で理解できたのなら、後は実際にやるだけじゃ。


 では、通常魔力から土行の魔力への変換を始めるように。感じた通りのイメージを通常魔力へと送りつけ、土行の魔力へ変換させるのだ」


 師匠に促されて、ライムは自信無さげに魔力を集める。属性変換の魔法陣の上だが、起動はしていないので、通常魔力が集まる。


 その魔力が土行のそれに変わるように、重さと守護の力が持つように意識する。

 てんでバラバラな出目を出す無数のサイコロの目を、黄色のそれに統一されるようにイメージを持ちながら。


 けれど、通常が土行の魔力へと変わっていく様子はない。


「……師匠。全然反応してくれないんですけど……?」

「始めからはできんよ。ライムはすでに土行の魔力の性質がどんなものだったのかを忘れておるじゃよ」


「え? けど、『重さ』と『守護』なんでしょう?」

「通常魔力と土行の魔力との違いというのは、言葉で判っていても感覚的な話になる。感覚的な記憶というのは、わりとすぐに忘れるんじゃ。


 初心者の場合、特に顕著だ。

 属性変換をしようとすれば、長い時間を費やして通常魔力に触れ続けてしまう。そうなると、土行の魔力が感覚的にどのようなものだったかを忘れてしまう。


 そうなったら再び魔法陣を起動して、土行の魔力の感覚を覚え直すしかない。

 覚えたら、また属性変換に挑戦し。上手くいかなかったら、再び魔法陣を起動させて覚え直す。


 結局の所、五行魔法の属性変換の習得方法など、これだけなんじゃよ」


 わりと単純だとライムは思う。けれど、基礎能力の習得なのだからそれは当然かもしれないと思いなおす。


「というわけで、今言った事を行うように。

 そうじゃな。三時間も行っておれば、取っ掛かりぐらいはつかめるじゃろ」

「え?」


 サラリと無茶なことを言われた気がする。感覚で魔力の違いを探るというのは、精神的疲労が大きいと思うのだけれど。


「わしはちょいと、村の会合に呼ばれておるんでな。帰ってくるまでは続けておくようにな。

 アリティアはライムがサボったり、一つの作業にこだわり続けていたら、次の作業に移るように見張っとくように」

「え? わたしが?」

「そうじゃ。二人してサボっておったりしたら、二人に課題を出すんでな。しっかりと励むように。

 では、行ってくる」


 言うなりグレンは、くるりと背を向けて歩き去ってしまう。弟子と孫は唖然として見送るしかできなかった。


「え、あ。あれ?」


 ライムとアリティアは顔を見合わせる。


「ひょっとして、これから師匠が帰ってくるまで、精神的に疲れるこの訓練を続けないといけないのか?」

「あー。うん。わたしも見張ってないと行けないみたい。椅子持ってきて正解だったかな……」


 お互い呆然とした様子で呟いた。


 本当にやらないと行けないのか? というライムの視線に、やらないと課題を出されるからやらないとダメ。というアリティアの鋭い視線を返された。


 ライムは諦めるしかない。少女に怒られるハメになる前に、ライムは魔法陣の構築からやり直した。


 その日、グレンが帰ってきたのは四時間後の事だった。その時には、ライムは自力での属性変換に数回成功させており、アリティアは手がけていた服を完成させて、次の服の製作に着手してしまっていた。



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