第46話 行商隊とカゴの鳥
その日、行商隊が村にやって来るのに合わせて、村の中央部では市を開くという。
行商隊は予定通りに、昨日の夕方には村に到着したそうだ。
今日一日、商売を行い、明日にはまた別な村へ向けて出発するという。
「持っていくのはコレで全部で良いんですよね?」
ライムは背負子に括りつけた荷物を背負って、グレンに聞く。
「うむ。それで全部じゃな。
それにしても一番苦労する荷物運びが、ライムのおかげに大分楽になるわい」
ライムが背負う荷物を見やりながら、グレンは感嘆の声を上げる。
背負われた荷物の中身は大量の呪符だ。木を切った品物なだけあって、数があれと重量はや材木と変わらない。
以前は、グレンが苦労しながら運んでいたそうだ。
ライムが運ぶ荷物は大量の呪符だけではない。自分で作った石の皿も、大量の呪符が入った包みの上に乗っている。当然、むき出しで持ち歩いているわけではなく、きちんと布に包んだ上で落ちぬようにしっかりと括りつけてある。
その包みの中身である石の皿の種類は、小皿に加えて、中皿と大皿それにスープ皿だ。
実験として作った小皿以外は、昨日、石の皿を作るための時間を貰って作った品物だ。
加工する時間よりも、崖から石を切り出して、運んでくる事が一番時間がかかった。
今日、行商隊に売るのは小皿が十枚、中皿が四枚、大皿が二枚、スープ皿が四枚だ。
昨日作った皿の数はもっとあったが、これ以上の数を売る事はグレンに許可されることは無かった。
「さ、行きましょ」
アリティアに促され、今日の市が立っていている村の中央部へと向けて、家を出る。少女の肩から掛けているバックには、自身で作った刺繍とキルト作品が入っている。
「そうじゃの。少し早いと思うが出かけるとするか」
グレンが頷き、みんなで歩きだす。グレンも大きめのバックを肩から掛けている。その中には発動器も含んだ魔法道具が入っていた。
村の中央部へ近づくと、いつもならば聞こえこない活気づいたざわめきが聞こえてくる。
多くの村人たちがすでに集まりつつあった。荷物を持って来る人もいるが、やはりそういった人は少数のようだ。
「うわ……。この村にこんなに人が居たんですね……」
ライムは驚きのつぶやきとともに周囲を見回す。
村の中央部は前に来た時とは様変わりし、多くの馬車が商品を展示し、馬車がない場所にも、多くの人が地面に布を敷いて、商品を広げていた。食べ物屋もいくつか出ている。
「まだ人の数は少ないほうじゃろ。もう少ししたら、本格的に人出がある。そうなったら真っ直ぐ歩くのにも苦労することになる。
まずは荷物を売って、身軽にしてしまおう」
そう言って、グレンは周囲を見回す。なんでも行商隊の中に顔なじみの者がいるという。呪符を売るのはその相手だという。
やがてその相手を見つけ出す。
「やあ、ジャック」
「ん? おお、久しぶりですね。グレン先生」
ジャックと呼ばれた男は馬車から荷物を出し、展示を行っていた。年は三十後半ほどだろうか、笑顔の似合う大柄な男だ。
「ああ、久しぶり。商売の方はどうじゃね?」
「まあまあ、と言ったところでしょうかね。
道が一つ潰れてしまったせいで、ルートが変わってしまってね。いつもなら来てくれる客が来られないってこともあるんですよ」
「道が潰れた?」
「ええ、土砂崩れで通れなくなったそうで。おかげでこっちは遠回りをしなきゃならなく成りましたよ」
ジャックは嘆き、それからグレンの周りにいるアリティアとライムに視線をむける。
「それにしても……、お孫さんは双子でしたっけ?」
「双子では無いよ。一人は孫のアリティアだが、もう一人はわしの大姪に当たる弟子のライムじゃ。
ライムは始めて会うから紹介するが、彼はこの行商隊のリーダーを務めているジャックという」
「どうも、ライムといいます」
ライムは頭を下げようとするが、背負った荷物の重さによって動きが遮られる。わずかにふらつくライムにグレンは言う。
「ああ、もう荷物は下ろしていい。ジャックが呪符の買い取り窓口になっておるからな」
「って、グレン先生。こんな子供にあんな重い物をもたせたんですか?」
「なに、ワシらの中じゃ一番の力持ちがライムじゃからの、老人のわしが持つよりは安全じゃろうて。
それより、呪符の買い取りをお願いしたいのじゃが?」
「わかりました。ではこちらの方で確認をさせて頂きます」
ジャックは馬車の陰へとグレン達を誘導し、そこでライムが下ろした荷物の確認を行う。高額商品を扱うために他の者に金銭を見せないようにする配慮だ。
ライムが渡した呪符の他にも、グレンが魔法道具を渡し査定を行ってもらう。
「おじいちゃん。交渉の方は時間が掛かるだろうし、わたしは刺繍の方を買い取ってもらうから」
「ああ、終わったら一度集まるようにな」
アリティアはそう言ってその場を離れる。手芸関連の商品の買い取りはジャックが担当では無いからだ。
ライムはどうするべきか迷った。アリティアに付いて行くか、それともここに残るが、石の皿を買い取ってもらう行商の人を探すかの三択だ。
石の皿なんて珍品を買い取ってくれる担当がいるのだろうかと不安に思う。石の皿を包んだ荷物を抱えながら、ライムが周囲を見回して食器関連を売っている場所を探す。そこならば、買い取りの担当者がいるだろうとの考えだ。
そんなライムに気がついたグレンが、ジャックとの交渉の合間に言った。
「ライム、その商品を見せるのはジャックにしておきなさい。高額商品の買取担当はジャックになっている」
「おや? お弟子さんも魔法道具をお売りになるんで?」
ライムが売る商品のことを、ジャックは魔法道具だと予想したようだ。魔法使いの弟子が高額商品を売るとなれば、自分で作った魔法道具を売りに来たと考えるのは、たしかに自然な流れだろう。
しかし、その予想は間違っている。グレンは首をふって否定する。
「いや、魔法道具じゃない。ただ高値では売れるだろう品物だ。
まあ、まずはこちらの交渉を先に済まそう。楽しみは後にとっておけ」
「おやおや、そいつは楽しみですな」
ジャックはライムの持つ荷物に視線を一度やると、ニヤリと笑ってみせた。
その後のグレンとジャックの交渉は、双方とも満足のいく結果となったようだ。お互いに笑顔を浮かべて握手を交わし、グレンは金銭を受け取る。
その具体的な金額はライムは聞かなかった事にした。ただ一つ言えるのが、そんな大金の元を背負ってきたのかと、ライムが驚愕した事だけだ。
「さて、それじゃあライムちゃんが売りたいって品物を見せてもらおうかな」
「これです」
ライムは荷物を包んでいる大きな布を丁寧に開く。中から出てきたのは藁の塊だ。
「? 藁?」
「あ、コレはただの緩衝材です」
ライムは藁の塊に手を突っ込んで中から石の皿を取り出し、広げた布の上に次々と並べていく。
出てきた石の皿の姿を見て、ジャックは息を飲む。
「これは……白磁?! いや違う、これは……」
皿の中で一番目立つ大皿を、ジャックはそっと手に取る。
日の光にかざしたり、その反射を確認したりと、まじまじと観察する。
「これは白い石? 石を削って皿にしたのか? にしては、あまりに薄すぎる……。それに、ヒビが全くない……」
ジャックは皿を一枚ずつ手に取り、観察していく。ライムは落ち着かない様子でその作業を見守った。
やがて全ての皿の確認が終わったジャックは皿を丁寧において、深くため息をもらす。その仕草は良い物を
ライムを見やる。その視線には困惑の色が混じっている。
「こんな品をどうやって、キミのような子供が手に入れたんだい?」
「あー、いえ、手に入れたわけじゃなんです。この皿は私が作ったんです」
「この皿を、キミが!?」
告げるライムに、ジャックは驚きに目をむいた。
グレンは笑いを噛み殺しながら、ライムの代わりに説明を行う。
「まあ、ライムにはこの事に関しては才能があったんじゃな。魔法使いとしてはまだまだ未熟じゃが……。
ライムはこの皿を作ることはできる」
「……そうですか、魔法で作ったんですね」
小さな子供であろうと魔法を扱えるのならば、大人顔負けの力量を発揮する事ができる。
そんな魔法の力を見知っているのであろうジャックは納得する。
グレンはこの皿を作る際に魔法を使ったとは明言はしていない。
ジャックの口にした考えは、グレンによって誘導された誤った答えではあるが、訂正する者はいない。
「その皿を作るのに、結構な手間暇がかかっておるのだが。おぬし以外の者が査定したら、その手間に見合う値が付かないと思ってな。おぬしに査定を頼んだというわけじゃ」
「なるほど、それで自分に頼んだわけですか」
ジャックは再び石の皿を手にとって、まじまじと確認する。
「確かに良い品です。これほど薄く、なめらかな表面を持った石の皿など見たことが無い。セットになっていることも良い。
ですか、わずかな歪みも見受けられます。それにデザインが今の流行りではない。
私が引き取るならばこの程度でしょうな」
そう評価するジャックは手にしたソロバンの様なモノで金額を提示した。ちらりとその金額を読み取ってしまったライムは、そんな高額で引き取ってもらえるのかと驚愕した。しかし、表には出さない。
すでに価格交渉の主権はライムの手にはなく、グレンの手にあったからだ。
グレンは渋い顔で首を振る。
「その金額では手間に見合っておらん。ライムはこれからもこの皿を作るつもりじゃろうが、その程度の金額ならば、この皿を作る時間を潰して、魔法の修行の時間にした方がマシじゃろうな」
「ぬ……! では、この金額で、作った皿はこれからも自分にだけに売ってくださるというのは?」
ジャックが操作するソロバンには三倍の値段がつけられる。
え? 始めから信じられない程高かったのに更にそんな大金になるの?
ライムは動揺を表に出さぬように必死になった。
だがグレンは首を振る。
「この金額で売り先を自分の所に限定するというのは無いじゃろう。ジャック、それはぼり過ぎじゃぞ?
それに売り先はライム自身が決めるものじゃ。
そうじゃな。今回はこの値段で取引を行い、今後の取引は今回の値段を相場にして、その時々で行うというのがいいじゃろ」
グレンが動かしたソロバンの値は始めの倍程度に下がった。
欲張りすぎだとたしなめられたジャックは苦笑しつつ、示された値を更に少し下げた。
「まあ、たしかに欲張りましたが……。そうなると、一回ごとの交渉でとなると今後の取引を期待して……、この値段では?」
その値段にグレンは交渉を始めてしかめ続けた顔をわずかに緩める。
「うむ、いや、これではまだちょっと足らんじゃろ。これでどうじゃ?」
「ああ、それではこちらがカツカツになってしまいますよ。これでは?」
グレンとジャックの白熱した値段交渉が続く。
主役であるライムはすっかり蚊帳の外だ。
それでも二人の間で値段の交渉がまとまると、その額を提示された。その金額は始めにジャックがつけた値段の五割り増しだ。
「ライムちゃん。この値段でいいですかね?」
頷く以外にライムのできることは無かった。
それぞれの皿の値段が記された明細書とともにお金を受け取る。あんな石の皿の対価にたくさんの金貨の入った袋なんて、受け取って良いのだろうかとライムは慄くが、外面だけは必死なって笑顔を浮かべていた。引きつっていたかも知れないが。
「まいど! 次もお願いしますよ」
ジャックの声に見送られ、熱い値段交渉の場になっていた馬車の陰から離れる。
「えっと、師匠? このお金……。私が貰って良いんでしょうか? それとも家の方に入れてしまった方が良いんでしょうか?」
もともと、僅かなお小遣い稼ぎのつもりだった。それが、一家の年収に匹敵するような金額になるとは考えても居なかった。大金に動揺するライムは、そこで自分がグレンに対して金銭的な謝礼を全く納めていない事に思い当たる。
「あ、そうだ。家賃とか学費とか? を師匠に払っていませんから払わないと」
せっかく手に入れたお金を手放すことに抵抗を覚えるが、師匠へと差し出す。
「どうぞ、お納めください」
グレンは苦笑してそれを受け取る。
「まあ、少しは家に入れて貰うが、大部分はライムが持っていなさい」
袋の中から金貨一枚を取り出すと残りはライムに返した。
「え?」
「呪符作りや、魔法道具作りやらで、ライムには働いて貰う事になるのだ。家賃やらの金の話はその分から賄う。それに普段から肉体労働で返してもらっておるからな。気持ち以上を受け取るわけにはいかん」
たしかに、呪符と魔法道具を売却した金額は大金だった。石の皿の売却額も相当だったが、それに比べたら少額だ。
「それに……。ライムはこれから先、長く生きるかもしれんのだ。お金はちゃんと貯金しておきなさい」
それは、グレンが老人でライムが子供であるからという意味ではないだろう。
グレンが教える魔法だけでは、スライムから人へと戻れないかもしれない。そうなれば寿命の無いスライムの肉体で、長い時を生きる事になる。
人へと戻り、人としての寿命を全うする為には、二つの手段しかない。
一つ目は、己の肉体を人へと変化させる高位魔法を、己自身で編み出し行使する事。そんな魔法を構築するためには、長い時間を掛けて魔法の研鑽に励まねばならない。
そしてもう一つは、神の奇跡にすがる事だ。そのためには長い時間、己の願いを叶えてくれる神が降臨する機会を待ち続けねばならなくなる。
どちらにしても、ライムは長い時を生きる事になる。それが、どれほど人の寿命から離れた長さになるかは分からないが。
それら事を示唆するグレンの言葉に、ライムは神妙に金貨の袋を受け取る。
「わかりました。ちゃんと貯金しておきます」
ライムは受け取った金貨の袋を服の中に押し込んだ。そう見せて、体の内に取り込んでしまう。
金貨の袋は大切に己の核の隣に保管しておく。これで落とすこともスられる心配もない。
「ま、お小遣い程度は使っても構わんじゃろ。今日のような日でもない限り、金は使わんからの」
笑いながら言うグレンにライムは頷いた。
と、そんなふうに話しているとアリティアが合流した。
「随分と時間がかかったのじゃな」
こちらは二つの値段交渉を行ったのに、同じ頃にアリティアが戻ってくるのは少女の方の値段交渉は長引いたのかとグレンが聞く。
「うん。売るのはすぐに終わったんだけど、おじいちゃんの方が時間かかると思って、周りをちょっと見てたんだ。って、ライムもお皿は売れたんだ」
「うん。売れたけど、ほとんど師匠が交渉してた」
「今回だけじゃぞ? 次からは自分だけで交渉するように」
「わかりました」
「へえ……。じゃあ、いい値段で売れたんだ。いくら位?」
無邪気な様子で訪ねてくるアリティアに、ライムはそっと耳打ちする。
「そ――ッ!」
「しーッ!」
大声を上げようとするアリティアの口をライムは押さえる。
周囲の人々から注目を集めた事に、口を押さえられたアリティア気がつく。大人しくなった少女にライムは手を離し、一緒になって誤魔化し笑いを浮かべる。
幸い、周囲の人々の関心はすぐに薄れた。その事を確認して、アリティアは驚いた様子で小声で聞いてくる。
「そ、そんなに高く売れたの!? アレが?! たしかに綺麗なお皿だけど、材料はタダの石でしょ?」
「そうだけど、買い取ってくれた人も良い品だって言ってたし、専属にする気だったみたい。師匠がやめさせたけど」
「ふえぇー……。あ、じゃあ、今のライムってお金持ち?」
「そうだろうけど、貯金の方に回しなさいって師匠に言われたから、あんまり使う気は無いよ?」
「あーうん。貯金は大事だしね。けど、すごいねー。そんな値段で売れるなんて」
アリティアは感嘆のため息をつく。
「わ、私も驚いたけど、それより師匠の交渉がすごかった。始めから信じられない高値だったのに、さらに引き上げてた。なんでそこで値段をもっと引き上げるの? って思わず声を上げる所だったよ」
ライムの感想に、アリティアは急激に冷めたかのように納得してうなずいた。
「あー、うん。おじいちゃんの交渉はすごいからね。もし魔法使いじゃなかったら、商人になってたと思う。それか詐欺師」
「アリティア。聞こえているぞ?」
ジロリとグレンに睨まれて、アリティアはライムを盾にするかのように後ろに回りこむ。
「え、あ。褒め言葉。褒め言葉だから!」
孫の言い訳に、祖父はため息一つもらす。
「はあ……。まあ良い。わしはこれから買う物がある。ついてきてもよいがアリティアには退屈じゃろ、二人で見て回ってきなさい」
「師匠は何を買うんです?」
「まあ、色々じゃな。魔道書やら、魔法道具を作るための材料やらじゃな。本当ならライムも連れて行って勉強させるつもりなのだが……」
グレンが孫を見やると、少女はライムの腕を掴んで離さないとばかりに祖父の事を睨んでいた。
「まあ、今日はいいじゃろ。お小遣いは渡しているが、無駄遣いはせんようにな」
一応お小遣いも家を出る前に渡されていた。石の皿が売れなかった時の保険との事だったが必要はなかった。しかし、それを返すようにも言われない。
合流場所や周囲の者に迷惑をかけないようになどの注意事項を伝えると、グレンはすぐに別れてしまう。
「じゃ、一緒に見て回ろ」
アリティアは手を引いて歩きだす。二人で見て回ったのは色々とあった。
アリティアは興味を惹かれていたのは、飾り、布、服、刺繍、革製品などだ。
綺麗だとは思う。そう素直に感想を述べるが、残念ながらライムにとってそれらは興味をひかれる対象ではなかった。
ライムの服を作ってあげるからねと、というアリティアに、ライムはお金の無駄遣いになるんじゃないか? と言ってしまった。
そのせいで逆に意欲を燃やしたアリティアは、絶対に作ると宣言した。
その分のお金はライムが無理やり自分で出した。自分が好きで作るんだから自分で出すとも言われたが、自分が着るのだから、せめてお金は出させてくれと説得をした結果だ。
せっかくの少女のお小遣いを無駄に使わせてしまうのは申し訳ない。
装飾には小さな女の子が買い求めるような安物から、宝石を使った高価な品まで揃っている。ただ、価格帯によって分けられていた。
それらは見ている事を楽しみ、結局は買うことは無かった。装飾品の担当となっていた者に迷惑だったかもしれないが、よくある事なのだろう、お話だけでも特に気にした様子も無かった。
布や糸、服飾の小物以外でアリティアが買ったのは本が数冊分だ。本は新しい旅行記と物語の本が数冊分。雑貨屋でも本は買えるが、さすがに新刊はかなり遅れてくるそうで、今回、行商隊が新刊を仕入れていたそうだ。
それから、たくさんの布を買い込んだ為に大荷物となった。それらを抱えているのはライムの仕事となった。荷物運びの仕事から開放されたせいで、アリティアは余計に大きな物を買っているように思える。
ライムが持つ戦利品にはアリティアの荷物だけではなく、ライム自身が買ったものもある。
買った物はナイフだ。狩りの時、獲物を食らう前に切り分けるために使うナイフは、家に置いてある物を借りているので自分専用の物を買っておいた。
大ぶりで少々値が張ったが、実用を重視した、丈夫でよく切れるナイフとの商人の言葉に購入を決意した。ただ子供の手には大きさが合わないと、商人からは別な品を進められていた。
ライムにとって、手の大きさ程度ならば問題はない。指の長さが足らずとも僅かに伸ばす程度は容易い事だ。だが周囲へその異状を見せぬためには、もう一つ手の大きさに合ったナイフもあった方がいいだろうと考える。
そこで子供の手にも合う、小ぶりのナイフも買っておいた。こちらは魚を捌く事や、細工をする時に使えるだろう。大ぶりのナイフと別に買っても、用途が違うのでムダにはならないという考えからだ。
ナイフ以外にも、本を買った。真剣に本を選んでいるアリティアと話す事ははばかられたので、自分もなにか買おうと探してみた。
そこで見つけたのが鳥の姿が細かくスケッチされている本だった。
多くの種類の鳥を描いた図鑑というよりも、数種の鳥を様々な方向から詳しくスケッチした絵画用の資料集といった本だ。
少々値が張ったが、少し悩んだ後に購入した。
その購入した鳥の本を見て、アリティアがライムを連れて行く。そこには極彩色を持つ小鳥が入った鳥籠があった。数は一つきりだが、ライムは驚く。
「こんなものまで売ってるのか」
「生き物を売ってるのは珍しいよね。この鳥は遠くの場所で生きてる鳥なんだって」
アリティアが知っているのは自分の作品を売りに行った際に話を聞いたそうだ。今は、周囲に商人の姿が見えない。
「ライムがこの鳥を買うのかなって思って」
「いや流石に買わないよ。確かに綺麗な鳥だとおもうけどね」
アリティアがそんな事を思ったのは、ライムが買った本の為だ。ライムがこの本を買った理由は、複数種類の鳥の翼の構造が詳しくスケッチされていたからだ。目的は空を飛ぶ為の参考資料だ。
しかし、めども立っていないのにアリティアに言う訳にはいかないと思って、ライムはそこから話題をそらす。
鳥籠の中でさえずっている美しい小鳥へ視線を向ける。
「この鳥は空が飛べなくなって、どう思っているんだろうね? こんな小さな鳥籠に閉じ込められて」
「んー、そうだね……」
アリティアは首をかしげ、籠の中を覗きこみながら答える。
「こんな閉じ込められた嫌だなって、思ってるんだよこの子は自由に空を飛んでいたいって鳴いてるんだ。きっと」
もし近くにこの鳥の持ち主で有る商人が居たならば、そんな事は言えなかっただろう。
幸いな事に、今は丁度二人以外に近くに人がいない。だからライムも、聞かれたら持ち主は不機嫌になるだろう戯れの質問をアリティアにしてみる。
「けど、もしも自由になったら守られることも無いよ。この鳥は鳥籠の中にいるから、安全だ。
アリティアがもしこの小鳥の立場だったらどっちがいい? 危険でも大空を飛んでいたいか。それとも安全だけど大空を飛べないの?」
真面目に答えられる事を期待していない問いだ。トントンと鳥籠を指で叩いて小鳥の注意を引こうとする。小鳥は図太い神経をしているらしく、あまり反応はしてくれない。そんな様子もライムは楽しむ。
アリティアは少し悩んだあと、ライムの質問に答えた。
「うーん……。そうだね、わたしだったらどうだろう。きっと籠の中じゃないと生きけていけないかな。けど、大空を飛んではみたい。けど危険なのは嫌だな。
だから、どっちもイヤだっていうのが答えかな」
「それは答えになってないんじゃないのかな?」
ライムは笑いながら言う。
「そう言うライムはどうなの? 不自由だけど、安全な鳥籠の中に居たい? それとも危険な大空を自由に飛んでいたい?」
「そうだな。私は……」
ライムは考え、一つうなずく。
「そうだな。私はきっと大空を飛んでいたい。魂から鳥として生まれたのなら、やっぱり空を飛びたいね。
大空を飛ぶ事はとても危険で怖いことだと思うけど、それはとてもイヤな事だけど……。
それでも、空を飛ぶ事が『鳥として生きる』って事だと思うから。
私も、人として生きたいって、強く願っているから。
ただ生きればいいって事なら私は、師匠に弟子入りしようだなんて考えず、未だに森の中で、ただただ、生きているだけだったと思う……」
そこまで語り、ぽかんとした表情でアリティアが見つめている事に気がついた。ライムは急に気恥ずかしくなった。
「あ、いや! まあ……、そんな感じだね」
「そっかぁ……。ライムは色々考えてるんだね」
アリティアは鳥籠の中を飛び回り、さえずる小鳥を見ながらまた考える。
「わたしはそこまで強くは思えないと思う。けどわたしが自由に空を飛ぶんだったら……」
アリティアは空を見上げ、ふと、ライムに視線を向けた。その時、ひらめく。
「あ、そうだ! わたしはライムが一緒だったなら、鳥籠の中じゃなくて大空を飛んでいたいかな。ライムと一緒だったら危険も無いし、一緒だったら楽しいと思う」
「一緒に? 私がアリティアを守っていくの?」
「そう! それならわたしは嬉しいな。ライムはわたしの騎士サマでしょう? それなら、わたしは自由に大空を飛んでいけて、ライムとも一緒にいられるよ?」
満面の笑みで言われて、まるで告白のようだと思い、ライムは嬉しいのか恥ずかしいわからなくなって、視線を逸らした。
そんなライムの反応にアリティアは楽しみながら続けた。
「そうなったら色々な場所へ行ってみたいな、何処へ行くのも自由になるんだからさ。その時はずっとわたしを守ってね? 騎士サマ?」
「その時は、御身をお守りいたしましょう? 姫サマ?」
なんとか、気持ちを立て直したライムは、芝居がかった様子で返す。
互いに真剣な表情で見つめ合い。
やがて、どちらからともなく吹き出した。