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第43話 雨読。個別魔法に関して


 雨が降っている。この雨は昨日の真夜中に降りだした。


 アリティアは昨日まで麦刈りの疲れが出ているので、今日一日はベッドの上でゴロゴロするのだという。

 雨が降り出す前に村中の麦を刈り取る事ができた。その成果にはグレン一家の働きが大きかっただろう。


 グレンの家の麦もきちんと刈り取られ、納屋へと保管されている。これから一週間ほど乾燥させてから脱穀作業に入るという。


 グレンも大量の麦刈りには体が堪えたのか、今日一日はゆっくりすると昨日の時点で言っていた。

 言葉通り、グレンは朝食が終わった時点でベッドに横になってしまった。


 そんな訳で、ライムは今日一日ヒマになってしまったのだ。


 ライムにとっても昨日までの麦刈りは結構こたえるものだったが、ライムの体力的に今日一日休む気にもなれない。


 窓の外を眺める。雨脚は強く、ザアザアという音が部屋の中に流れてくる。


 今日は何をしようか?


 自分の部屋の椅子に座り、机に頬杖をつきながら、窓の外を眺めながら考える。

 前に雨が降った時はどうしていただろう。と考えて、その時は人の姿を持つ事すら考えず、スライムの姿のまま岩の中の棲み家で、陰鬱な考えをめぐらしていた事を思い出す。


 今とは、とんでもない違いだ。


 今は人の姿をしている。しかし、この姿は擬態の借り物の姿に過ぎない。今の自分の体の本質はスライムのまま変わっては居ない。


 けれど、遥か遠い道のりの先だとしても、今の私には希望がある。

 人の肉体を得るという希望だ。それはとても儚い、叶わない事の方が確率の高い事だろう。

 しかし、それでも目的に向かって歩み続ける事ができるというのは幸せな事だと思う。


 そんなささやかな幸せに浸っていても、すぐに飽きが頭をもたげてくる。


 弟子入りしてから、こんなヒマな時間があるのははじめてじゃないかと思った。常にレポート課題か自主訓練に追われていたからだ。

 今、ライムに出されている課題は無い。今日一日くらいはゆっくりしていなさい。という師匠のお達しだ。


 普段暇になった時はアリティアとお喋りしているか、自主訓練を行っている。もっとも、自主訓練の頻度はそうは多くは無いのだけれど。


 今、自主訓練を行うにしても、部屋の中では行わないようにとグレンから言いつけられている。万が一、魔法が暴発でもしたら被害が大きくなるからだ。


 自主訓練はいつも家の裏手の庭で行っている。けれど、今はこの雨だ。外に出る気にはなれない。

 そしてアリティアとお喋りをしようにも、彼女は今、夢の中の住人になっている。


「どうしようかな……」


 つぶやき、何気なく部屋の中を眺める。本棚には複数冊の本が収められ、壁には一着の服が掛かっている。


 ライムは服は必要ないから用意することはないと言ったが、そういう訳にもいかないとグレンからはたしなめられ、アリティアからも服はちゃんと着ないとダメだよとお説教を受けるハメになった。


 結局、服を受け取る事になったのだ。

 アリティアが自らの手で刺繍を施した一品だという。緑色の草花の刺繍だ。嬉しそうにしながら渡してくるアリティアに、ライムはどう反応して良いのか困ってしまった。

 けれど決して不快なわけではない。嬉しいという事を上手く表す事ができなかった事に、後で悔やんだものだ。


 そんな風にして受け取る事になった服だが、あまり着ては居ない。着ていると、いつ服を溶かしてしまうかと不安になってしまうのだ。もしそんな事をしてしまったら相当、落ち込んでしまうだろう。


 ベッドで寝ていても寝具を溶かす事は無い為、そんな心配は必要無いのだろうが。もしかして、という思いが拭えないのだ。


 結局、その服の主な用途は壁にかけての観賞が主となってしまっている。


 しかし服の観賞も長くは続けられない。


 本棚に視線を移し、そこに並ぶ本の題名を流し読みする。ほとんどがレポートの為にグレンから借り受けた本で。数冊はアリティアから借りたいわゆる旅行記だ。

 そちらの方もほとんど目を通したので、食指は動かなかった。


 と、一冊の本に目がとまる。

 本の題名は『才能系魔法系統に関する考察』。はじめにグレンから渡された本の内の一冊だ。


 その本に手を伸ばす。


 一応、この本にも目を通してはいる。しかし、きちんと読んだのは物理魔法と精神魔法の項目だけだ。才能系魔法系統にはもう一つ、個別魔法が存在している。

 この本にもきちんと項目を分けて解説をしていたが、自分とはあまり関係の無いものだと思って、流し読みしかしていなかった。


 ヒマな時間である今、改めて読んでみるのもいいだろう。ライムは椅子に机に向き直ると、その本を開いた。


 その本『才能系魔法系統に関する考察』は個別魔法の概論から始まっていた。





 個別魔法はその名の通り、『個々人によって全く異なる性能を持つ魔法を、一人に一つだけ得る』という魔法系統だ。


 個人で全く異なるというのに、一つの魔法系統に収められているのは、正に『個々人で異なる』という共通点が有るからだ。


 例外もあるが、個別魔法というのは魔力が物質として変化し、道具の形をしている魔法だ。

 『個別魔法とは特殊な能力を持つ道具を作り出す魔法』だと誤解されかねないほど、大多数が道具の形をしている。しかし、道具を作り出さないタイプの個別魔法もあるため注意が必要だ。


 広義の意味では、個別魔法とは『個々人によって全く異なる性能を持つ魔法を一つだけ得る』という魔法系統の事だ。

 しかし、狭義の意味では、個別魔法とは『広義の意味での個別魔法によって作られた、特殊な能力を持つ道具』その物の事を指す場合が多い。


 個別魔法を発動させる為に魔力を集めると、その魔力自体が物質化し、個々人の個別魔法の成果である道具が現れるのだ。無論これは道具という形を取る術者に限られる。


 そのように道具として形を取る個別魔法は、ほとんどが武具の形を取る。

 別名である迷宮魔法の名の通り、迷宮内での戦いを通じて会得する事が多いためだ。迷宮内をうろつくモンスターを倒すための力として、個別魔法が求められるために武具の形が多くなると言われている。


 武具以外にも多くの道具が個別魔法によって作られている。

 その道具の種類も豊富に存在している。武具のように戦いに関するもの以外では、指輪や、腕輪、ペンダントなどの装飾品が多い。

 数は少なくなるが食器、調理器具、文具、生活雑貨、工具などの道具になる場合もある。


 正に千差万別であり、個別魔法で作られる事の無い道具など存在していない、というのが定説だ。



 そして、個別魔法の能力もまた千差万別だ。


 敵を倒すもの、人を癒すもの、索敵、宿泊施設、倉庫、遠き地の事を知るものなど。


 どのような能力を得るかは、始めて個別魔法を発動させる時に、術者が強く思っている事に左右される。

 戦いの最中に始めて個別魔法が発動する事を例にすると。敵を倒したいと強く思っていたならば敵を倒す能力になり、身を守りたいと強く思っていたならば身を守る能力を持った個別魔法となる。


 一度得た個別魔法の能力は、成長する事はあれど大きく変化する事は無い。


 そして、能力と同じようにその形状も、個別魔法ははじめて発動した時に懐く、強い思いに応じた姿を取る。


 ほとんどの個別魔法は、道具の形に沿った能力を発揮する。

 武具である場合では敵を倒すための能力が多く、装飾品である場合は、肉体強化の能力が主である事が多い。


 けれど中には、道具の機能とは全く関係が無い能力を発揮する個別魔法も多く存在している。

 例として『飲み水を生む大剣』なんてものもある。武具の形を持っているが戦闘には関係の無い、生活を補助するための能力だ。

 逆に、戦闘には関係が無い形だが、戦闘用の能力を持つ個別魔法も存在する。その例の一つに『投げると周辺を切り裂く刃を生むフライパン』というものもある。



 道具として生み出された個別魔法の能力を使えるのは、ほとんどが術者本人だけだ。しかし、全てがそうであるとも言い切れない。他の者も使える道具を個別魔法で作り出せる術者もいる。


 使用者を限定する機能も、個々人の個別魔法で異なる。


 しかし共通する部分もある。

 個別魔法によって作られた道具が破損した場合は、破損した道具は元の魔力へと還り、空気に溶けるように霧散してしまう。

 しかしそれで個別魔法が失われる訳ではない。

 再び術者が個別魔法を発動させれば、魔力を糧に破損前と同じ道具を作り出せる。

 破損する前に個別魔法を発動させても、同じ道具が複数個、現れるわけではない。複数の道具を生み出せるのならば、そういった個別魔法のであるというだけの話になる。



 個別魔法で作られた道具がどれほどの期間、存在し続けるかも個々人によって異なる。


 使用時毎に魔力を込めて道具を作るタイプは、使用後に何を行おうとも物質化した魔力が空中に霧散して消えてしまうモノもあれば、魔力を流し込み続ければ霧散しないモノもある。


 またそれらとは逆に、一度物質化してしまえば延々と物質として残り続けるタイプもある。

 残り続ける時間も、個々人で異なる。数時間で魔力として霧散してしまうのもあれば、術者が死亡するまで物質化しているもの。術者が死亡したとしても道具の形が破壊されなければ残り続けるものもある。



 長い期間、残り続ける個別魔法の例として最も有名なのが、現在、ラトランド王国の国宝として保存されている一本の剣だ。


 この剣はラトランド出身の迷宮探索者の個別魔法であるとされている。

 術者の死亡後にも残り続けたその剣は、やがて国宝として保管されることになった。


 この剣の形状は一般的なロングソードであり、特別な装飾があるわけではない。

 切れ味も名剣とは呼べない。せいぜい中の上といった程度の切れ味しかない。

 そして特別な能力を有している訳でもない。剣身伸びるわけでも、斬撃が飛ぶわけでもない。この剣は本当にタダの剣なのだ。


 しかし、この剣が国宝にまでなったのは当然のように理由があった。


 なぜならこの剣は壊れない。

 壊れない事が個別魔法としての能力であるこの剣は、『不壊の剣』と呼ばれている。


 『不壊の剣』は本当に壊れることがない。

 普通の剣ならばドロドロに解ける炉の中に突っ込だとしても、灼熱することもなくその姿を保ちつづける。巨大な工具で曲げる事を試みても、一ミリたりとも曲がる事はなかった。

 戦略級の魔法の直撃を受けたとしても表面が煤けるだけで、軽く拭っただけで元通りの鋼の輝きを取り戻す。

 一時期はこの剣を破壊する為の研究も国家主導で行われたが、傷一つつける事はできなかった。


 『不壊の剣』を求める者は少ない。けれど、純粋な剣技を追求する剣士にとっては最高の剣だとされている。


 特別な能力は存在しない。だからこそ、純粋に剣技のみ追求できる。

 一般的な形状のロングソードである。だからこそ、クセというものが存在しない。

 切れ味はあまり良くない。だからこそ、切れ味は持ち手の技量に依存する。

 そして、壊れない。ゆえに、持ち手の技量に剣が耐えられない事はあり得ない。


 だからこそ『不壊の剣』は剣士にとっての至宝であり、国家の国宝に指定された。



 ともかく、個別魔法とは形状、能力、使用者限定の可否、物質化の維持時間、それら全てが個々人で異なり、一言で言い表す事は難しい。


 けれど、ある程度の分類は行われている。いくつかの分類方法が存在し、主として、形状からの分類と能力からの分類がある。


 形状からの分類は、大きく道具としての形を持っているか否かに分かれ、道具として形を持っているのならば道具の役割ごとに分類される。


 形状から分類は見た目で分かり易く興味を囚われがちになるが、それよりはるかに重要なのが、能力からの分類である。


 能力からの分類は大きく分けて、現象系、情報系、肉体強化系、具現物質変化系、概念系、その他系と分けられる。


 現象系。

 これは炎や風などを起こす。または、術者と個別魔法によって作られた道具とは離れた場所で物理現象を起こすモノ全般を指す系統だ。

 個別魔法の中で最も多い系統で、見た目で魔法らしい能力でもある。


 情報系。

 これは現象系が外側へと干渉する系統だとすると、内側へと干渉させる系統である。

 遠く離れた場所の光景を見たり、聞いたり。もしくは普通の人間では知覚できないものを知覚可能とさせる能力の事だ。


 肉体強化系。

 これは単純に文字通りに身体能力を強化させる系統である。その肉体強化も単純に身体能力を上げるだけではなく、知覚能力の向上も含んでいるので、情報系と重複している部分もある。

 また、学習能力の向上など、脳に関する強化を行っているものも含んでいる。


 具現物質変化系。

 これは個別魔法によって作られた道具自体が、変形する事で力を発揮するものや、それ自体が能力を持っているものである。道具としての機能が向上されているものも多い。

 壊れないという機能に特化した『不壊の剣』がその代表と言える。


 概念系。

 個別魔法の中でも強力な系統であり、とても数が少ない。その能力は周辺空間の物理法則を書き換えるというものだ。現象系とは似ているが隔絶した違いが存在する。

 衝撃を焼き尽くす炎や、空間を捻じ曲げて離れた場所を繋ぐなど、物理法則とはかけ離れた現象を引き起こす。

 

 その他系。

 これは前述の存在に系統に収まらないモノが当てはまる。

 前述の系統は、一つの個別魔法に一つの系統がきっちりと収められる事は少なく、複数の系統を含んでいる事が多い。そして、それらに一つも当てはまらないモノがその他系統に分類される。


 ここまで記した所で、次は系統別に細かく解説していく――。





 そこまで読んで、本から一度視線を外したライムは、本当に個性的な魔法系統なのだなと思った。

 学問系の魔法系統ならば学べば誰でも同じ魔法を覚える事ができる。個別魔法以外の才能系の魔法系統である物理魔法と精神魔法も、両方とも数種類しか魔法は存在していない。


 一人に一つだけ、それも全く同じ魔法は存在しないような魔法系統は、個性的だとしか言いようが無い。


 個別魔法のそれぞれの系統別の細かい解説は読み飛ばし、具体的にどんな効果の魔法があるのか見ていく。

 例として記載されている個別魔法は、説明文に枠線で囲まれているので、読み飛ばしでもすぐに見つけられる。


 それぞれの魔法の効果や、道具としての形状に興味深く読んでいると一つ気になる個別魔法を見つけた。


 その個別魔法の名称は『魂を砕くメイス』だ。

 メイスの形状を持った、文字通り生き物の魂を砕き破壊できる武器だ。


 魂に干渉する魔法も手に入れることができるのかと、ライムは思う。


 しかし魂を砕いてしまう個別魔法は、手に入れたところで何の役にも立たない。


 それでも『魂を砕くメイス』が気になったのは、個別魔法が魂に干渉する事ができる事は自分の目的に役に立つのではないかと思ったからだ。


 将来、ライムがスライムの肉体を人間のものへと変える時、肉体に結びついているだろう魂が、全く影響を受けないとは思えない。

 その時に、肉体の変化から魂を守る為に使えないかと考えたのだ。


 その手段は人間になるためには間接的な手段だが、考えておく必要が有るだろう。

 

 しかし、本に記載されている魂に干渉する方法は、砕くという保護とは逆方向の能力だ。

 ページを捲って調べて見るが『魂を砕くメイス』以外に記載は無い。


 そこでもう一つ思いつく。

 直接的な手段として、肉体を変化させるような個別魔法があれば、ライムの願いは一足飛びに叶う事になる。

 期待を懐きなら、ページを捲って探してみる。しかし、そのような個別魔法の記述は無い。


 残念に思いながら、同時にそれもそうだなと納得する。

 その個別魔法を習得できるかという運の問題になるが、ライムの願いを叶えるそんな簡単な方法があるならば、グレンが個別魔法をその手段として提示していないわけがない。


 直接願いを叶える事はできなくとも、間接的な手段の方に使える個別魔法ならば存在しているかもしれない。

 魂を砕くという魂に干渉する能力が存在しているのだから、同じように魂を保護するという魂を干渉能力があってもおかしくはない。


 そんな能力の個別魔法が存在しているか、後でグレンに尋ねてみようとライムは思う。


 後でというのは、グレンはまだお休み中だからだ。

 昨日までの麦刈りの疲れが残っているだろう。この村のほとんどの村人がまだ休んでいるのではなかろうかとライムは思った。


 働き者の多い村人たちが、そんなに休んでいるとも思えないけれど。


 まあ、畑仕事もできない雨の日だ。こんな一日あってもいいだろうとライムは思った。



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