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第42話 番外 切り払い習得の四日間


 ライムとアリティアが『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』を覚えることになったそれまでの四日間の事は、二人にとってあまり思い出したくはない日々であった。


 それは『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』の魔法陣を暗記することから始まった。


 『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』の魔法陣の見本を渡されて、大きな砂盤に何度も書き写す。


 砂盤は大きな底の浅い箱に砂を平らに敷き詰めた、魔法陣を覚える為の学習用具だという。砂に指で図形を描く感覚が、魔力で空中に線を描く感覚に似ているのだそうだ。

 また、実際に構築する魔法陣と同じ大きさで描く事ができるよう、一辺が一メートル以上もある大きな正方形をしている。リビングのテーブルに二つを乗せると、他に物を置く余地は無くなるほどだ。


 魔法陣を描く順序と、陣に描かれている図形の意味と繋がりの講義を受け、実際に魔法陣を砂盤に指で描く。

 グレンの添削を受けて、正確に魔法陣を描けるようにしてく。


 やがて正確な魔法陣を描けるようになったら、見本を取り上げられた。


 次からは記憶を頼りに魔法陣を描く練習となる。


 見本有りだった時とは違い、とたんに正しい魔法陣が描けなくなる。

 それでも一度全てを描き終えるまでは、見本を見ることは禁止された。一々見本を見ていては、覚えられないとのことだ。


 見本無しではじめて描いた魔法陣は明らかに間違っていた。グレンによる添削を受けて間違いを理解すると、砂盤の表面は平らに均され、始めから描き直す事なる。

 記憶だけで正しい魔法陣を描けるようになるまで、それは何度も繰り返された。


 記憶だけで正確な魔法陣が何度も描けるようになると、次は魔力を用いて自分の眼前に魔法陣を描く事に行程に移った。


 砂盤に指で描くのとは少々――というか、かなり使い勝手が異なった。ライムは魔法陣の形は覚えているのに、魔力では正しく魔力を描くことができない。

 その時に教わった小技が、指で魔力の線を修正するというものだった。たしかにその感覚は、砂に線を描くのに似ていた。


 この時点ですでに二日が経過していた。ライムが魔力で魔法陣を描く事に四苦八苦していた頃、アリティアは魔力で魔法陣を描けるようになっていた。魔力制御の実力の差が出た結果だろう。


 ライムはできない事が悔しくて、自主訓練に励んだ。

 それにライムの体力は正に人外のそれなので、アリティアが疲労困憊で夢のなかの住人になっている間にも訓練を続けるられた。

 幸いな事に、これから一週間はレポート作成が免除されている。自主訓練の時間は充分にあった。


 結果としてその日、日付が変わる頃には、正しい魔法陣を魔力で描く事ができるようになった。


 三日目からは実際に魔法を発動させ、制御する訓練になった。

 適正があるためだろう。アリティアは数回魔法を発動させると、すぐに制御の方もできるようになった。


 しかし、ライムはそこでつまずいた。

 発動はできるが、制御がほとんどできていない。


 『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』の魔法を麦刈りに使えるようになるには、発動位置の高さの調整を行わなければならない。麦の根本の高さに風の刃を合わせないといけないのだ。


 ライムにはそれができない。


 そればかりか、真っ直ぐ狙った場所へと風の刃を飛ばすこともできない。

 幸い、自分の後ろへ飛んで行くような事や、自分へ向かって飛んで来る事は無かった。そうなる事を予想していたグレンの図らいによって、あらがじめ安全対策は取られていたので問題はなかった。


 何度も練習しても制御の感覚が掴めないのは、やはり適正外の魔法だからだろう。


 制御の感覚としては、発動器で使った水の魔法よりも遥かに『軽く』感じる。

 数センチの距離を微調整したいだけにも関わらす、触れただけで数メートルの距離をふっ飛ばしてしまう様な感覚だ。


 水の魔法の時にも同じような感覚を覚えていたが、風の魔法のそれは桁違いだ。

 グレンに己の感じている制御の感覚を伝え、助言を求めた。


「動かそうとしているからダメなのだ」


 師匠はそう答えた。


「ライムのメイン適正である土属性ならば、その制御は『動かそうとする』で正解だ。

 しかし、その制御法で風のように『軽い』属性を制御しようとした場合、修正を行えば、修正前より逆方向へと大きく制御が外れる事になる」


 土のように重さのある属性では、その場その場で動かす事で制御を行う事が最適である。

 だが、風や火などの軽い属性では流れる道を事前に作る事で制御を行わねばならない。


「本来ならばその感覚は、水属性の魔法を制御する時に得られるはずだのだが……」


 水属性はある程度の重さがあるため、土属性と同じ制御法で制御してしまっていたという事になる。


「ある意味、器用なことだ」


 そうグレンは呆れた様子で評価した。


 ともあれライムはその助言から、風属性である『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』をわずかばかりに制御ができるようになった。


 しかし、流れを持った属性の制御法はライムにとってはどうもしっくりとこない。

 しっくりとくる制御法で上手くできなかったのだから、こちらの方が正しいのだろうが。これが適正の差なのだろう。


 ライムが風の刃を真っ直ぐに飛ばせるように成った頃、アリティアはすでに風の刃の発動させる高さも軌道も完璧にこなしていた。


 『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』という魔法は本来、魔法陣の中央から目標に向かって幅一メートル程の刃を飛ばす魔法だ。


 刃が発射される高さの調整も、魔法を制御する範疇に入る。

 しかしライムは、足首の高さから発射する事がなかなかできない。五回に一回できれば良い方だ。


 また、飛ばした後もある程度ならば軌道制御が利く。

 制御を手放さない前提ならば、五メートル先で五十センチずらせれば大したものになる程度だ。制御を手放して良いというならば、直角に曲げる事もできる。


 緊急時に停止させる為、地面に向けて軌道と捻じ曲げる訓練にアリティアは入っていた。


 これが確実にできるようになれば、麦刈りの為の特訓は終了となるそうだ。後は複数人で魔法を発動する時の調整をするだけで、そちらは簡単なものだという。


 アリティアはほぼ終了し、ライムが上手く行かない発射位置の制御に四苦八苦しているうちに、三人揃っての三日目の訓練は終了となった。


 昼前に本日の特訓の合格を貰ったアリティアが抜けて、ライムとグレンのマンツーマンの特訓となった。


 グレンにとっては昨日の時点ではライムが麦刈り要員になるには無理かも知れないと思っていた。

 ライムが期限までに魔法を覚えられずとも、差し迫った状況で新しい魔法を覚えるという経験にはなる。なので、昨日のライムの自主訓練には口出しはしなかったのだ。


 それにアリティアだけでも魔法を覚えてくれれば、それで人手の問題は解決するとも考えていた。

 しかし、今日のライムの魔法完成度を見て、麦刈り要員に必要な制御能力を身につける事が間に合うかも知れないと思った。そこでグレンはマンツーマンの特訓を行うことにしたのだ。


 夕食の準備はアリティアに任せて、グレンはライムの指導に熱をいれる。


 すでに日は落ちていた。グレンの使用した明かりの魔法の下、特訓は続いた。

 時計月が南の空にある差し掛かる深夜近くになってから、特訓は終了を迎えた。


 終わったのはライムよりも、グレンの体力が限界を迎えてしまった為だ。



 そして四日目。午前中の内に、ライムは安定して足首の高さから風の刃を発射できるようになった。昨日のマンツーマン特訓の成果だ。


 足首の高さで発射し、地面スレスレを飛んでいく風の刃を、緊急時に地面に叩きつけて停止させる訓練に移る。


 と言っても、発射位置の制御の為に数えきれぬ程の回数『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』を使っていた。その時に、素早く次の風の刃を発射する為に、軌道を地面へと捻じ曲げて制御を手放していた。

 その積み重ねもあり、緊急停止の訓練に苦労することはなかった。


 そうしてライムは四大魔法、『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』の魔法の合格を貰うことができた。


「本当に四日で覚える事ができるとは、少々意外だったな」

「え?」


 グレンのつぶやきにライムは声を上げる。


「三日目の昼の段階では無理だと思っていたのだな。よく頑張った。

 『風の切り払い(ウィンドスラッシュ)』を覚えたのは、ライムの努力の成果だ。誇りなさい」


 グレンの微笑みながらの称賛に、ライムは笑顔を浮かべて返事を返した。


「はい! ありがとうございます。師匠!」



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