第40話 魔法の制御とは
「ではさっそく、水属性の四大魔法を使ってみる事にしよう」
「「え?」」
グレンの言葉に、ライムとアリティアの疑問の声がハモった。
「いや、無理ですよ。私に使える訳無いでしょう?」
思わずライムは師匠にツッコミを入れた。
四大魔法の発動方法は、魔力を収束して魔法陣を描き、そこに魔力を流すという方法だ。
集糸化法で魔力を糸の形まで収束する事ができないライムが、魔力で魔法陣を描くなどできるわけがない。
しかしライムにはムリだが、アリティアの方は集糸化法で魔力を糸の形まで収束させることができる。
「アリティアなら出来るかもしれないけど……」
「えぇ!? いやいや、わたしもムリだよ。魔力で魔法陣なんて描けないって」
ライムの無茶振りとも思える言葉に少女は慌てて否定する。
そんな二人にグレンはため息をつく。
「おぬしらの実力はワシが一番把握しておるわい。出来ない事をやれとは言っておらん。
とりあえず場所を変えるぞ。リビングで水魔法など使ったら、水浸しになってしまう。
裏庭に移動しておれ。ワシは必要な道具を取ってくる」
席を立つグレンは最後に、ライムへ対してタライに水を汲んでおくように、と言いつけた。
「今の私たちが四大魔法を使う事なんて、できるのかな?」
「さあ? けどおじいちゃんが言うんならできるんじゃない?」
自信無さげに二人は顔を見合わせる。
ともかく二人は裏庭へと移動する。
その後ライムは家の裏に置いてあったタライに、井戸から水を汲み入れた。釣瓶を使った井戸の水汲みはライムにとってすでに慣れた仕事になっていた。
四回目の汲み上げを行っていると家からグレンがやってくる。
「水の量はこれくらいでいいですか?」
「ああ十分じゃろ」
釣瓶の水をタライの中に移すと、タライの半分程の水位になった。
「これから水属性の四大魔法を使ってもらうが、おぬしら二人とも自力で魔法を発動させるには、まだまだ実力不足じゃ。
だが、魔法の操作感覚は、魔力操作とは感覚が大分異なる。
あらかじめ魔法の操作感覚に慣れてもらわないと、自力で魔法を発動できるようになった時、暴発や暴走を引き起こしかねん。
そこで、魔法の操作感覚を慣れてもらうためにコイツを使う」
とグレンは一枚の板を見せた。魔法陣が刻まれた、手のひらサイズの正八角形の木の板だ。
「あ、それ、魔法道具? 魔法を使ってもらうって、魔法道具を使うの?」
「これは普通の魔法道具とは違うぞ? いわゆる発動器という物だ。もっともこれは普通の発動器とも違うのだがな」
「すごい魔法道具なの?」
アリティアは目を輝かす。
「すごくはない。反対に、普通の発動器だったら付いている機能を無くした代物だ。
売り払っても普通の発動器と比べたら二束三文にしかならんじゃろ」
「えー」
アリティアは期待を裏切られて顔を曇らせる。
「発動器ってなんです?」
「魔力を込めるだけで四大魔法を発動させる事ができる魔法道具の事だ。一つの魔法しか発動できないから使い勝手が悪いが、手軽に魔法を使う事ができるようになる」
この板が水の四大魔法を発動させるための発動器だという。ただし普通は腕輪型などの手放しにくい形状にするそうだ。
グレンが言うには、自力で四大魔法を発動させる事が出来ないにもかかわらず、発動器を使用することで四大魔法を使い手だという事にしている者も居るそうだ。
しかし少なくとも魔法を真剣に研鑽する者は、そういった者たちの事を魔法使いとは呼ばず、発動器操者と呼ぶ。
魔法使いとの区別名称だが、魔法使いからすれば、未熟者を指す一種の蔑称だ。
「おぬしらにはそうはなって欲しくはないからの。いずれ自力の魔力操作で、この板に刻まれた魔法陣を再現して、魔法を発動できるようになってもらうぞ」
グレンの強い決意を篭った言葉にライムは圧倒される。
「えっと、それでその発動器は、どんな機能を無くしたんですか?」
「無くしたのは魔法の制御部分だ。通常の発動器なら、魔法の制御の方もしっかりと付いている。
これはそこの部分をわざと付けなかった。
魔法の発動を代わりに行ってはくれるが、魔法の制御はしてくれない。
魔法の制御は術者が行わねばならなくしたものだ。
魔法の制御訓練には最適な道具だよ」
「制御ができないって危なくないですか?」
「そこは安心せい。これに刻んでいるのは水を動かす魔法だが、手でかき回す程度の出力しか出せぬ様にしてある。
まあ実際に使ってみれば分かるわい」
言ってグレンには水を張ったタライに板を浮かべる。そして板の中心を指で押して、水の底に沈める。
「この状態で魔力を流すと、『水の操作』の魔法が発動する。
魔力の量は多くなくてよい。リミッターがあるので、必要以上の魔力を込めたところで周囲に撒き散らされるだけだ。魔法の制御に慣れるという点では邪魔になるのでな。今は必要分の魔力だけを使いなさい」
そう言って場所を譲る。
「どっちからやる?」
「あ、じゃあわたしからやる」
アリティアが挙手して立候補する。
「じゃあどうぞ」
「うん」
タライの前にしゃがみ込み、浮いた板を指で水の底に沈める。
ほんの僅かに魔力を集めると板に刻まれた魔法陣に魔力を注ぐ。
「んん?」
アリティアは不思議そうな顔をした。
「ナニコレ? 変な感じ」
タライに張った水に変化は起きてはいない。
「ちゃんと魔法は発動しているぞ。
まずは水の存在を掌握しなさい。
魔法陣を通した魔力から水の存在を感じるのだ」
「んん?」
アリティアは首をかしげて、声を上げる。
「どうなってるの……これ? って、あ」
「魔力に感覚を研ぎ澄ますと、何かと繋がるような感触があるはずだ」
「多分これかな?」
自信無さげにアリティアは答える。
「繋がったのなら、タライ中の水をかき回して見なさい」
「うん。やってみる」
ゆっくりと水がうずを巻きはじめた。
「お。お、おおっ!?」
手を動かしていないのにタライの中の水が動くことに、アリティアは感動の声を上げた。
グレンは満足げに頷く。
「よろしい。始めてにしては、すぐに感覚を掴んだようじゃな。
次は逆回転もやってみなさい」
「うん」
タライの中の水は一度渦巻きが収まり、やがて逆回転に回り始める。
「おおー! すごい。変な感じだけど操れてる感じがする」
「アリティアはもういいじゃろ。次はライムがやってみなさい」
「はーい。ライム、これすんごい変な感じがするよ?」
交代する時にアリティアは一言添えた。
「わかった、やってみる」
ライムは浮かび上がっている発動器の中央に指を触れるとそのまま水に沈める。
その後に魔力を流しこむ。
しかし、あまり反応は返ってこない。
「ん? あれ?」
「まずは水の存在を掌握しなければならない。魔法陣を通した魔力から水の存在をかんじなさい」
「んん?」
ライムは顔をしかめて、魔法陣へ通した魔力を感じ取ろうとする。
己が流し込んだ魔力だ。その存在は感じる取る事ができる。けれど、魔法陣を通過した途端に、糸が絡まり縺れたような感覚に変化してしまう。
「魔法陣のせいで、変な感じになってるんですけど……」
「その感覚は重要だが、今はそこの感覚は無視していい。
今はそこから先の、水に干渉している魔力だけを感じなさい」
グレンの言う通りに感覚を縺れた場所からその先へと伸ばす。すると、蜘蛛の巣のような形に感覚が広がった。
「あ」
発動器の魔法陣を中心に水全体を認識できる。自分の五感感じているようなものではない。アリティアの言っていた通りたしかに変な感じだ。
「これが、接続したって感覚かな?」
「そうだな、まずは中の水をかき回して見なさい」
「はい」
グレンの言葉にしがたい、糸の様な魔力を動かす。そうすれば不思議な感覚で繋がった水も同時に動くだろうと思った。
だが、上手くいかない。
「ん、あれ?」
「魔力を動かすのではない。その魔力はすでに水を動かす魔法の一部になっている。その魔力に触れた水はおぬしの意のまま動く。その魔法陣に刻まれた魔法はそういう魔法だ」
師匠の指摘通りにやり方を変える。
糸の様な魔力を動かして結果として水を動かすのではなく、魔力の糸に触れた水が自発的に動くように。魔力を動かして間接的に、ではなく、つながった水を直接的に動かすように魔法に対して念じる。
磁石に近づけた鉄が自然に磁石にくっつくように、魔力の糸に触れた水だけではなく、近くの水も一定方向へと移動させる。
ゆっくりと水がうずを巻きはじめた。
「わ、わ!」
手も動かさす、また魔力も動かしていないのに、動いている水に感動したライムは声を上げた
「本当に動いた」
しばらく水を動かすライムだが、返ってくる感覚に疑問の声を上げた。
「けど師匠、本当にこれで良いんですか?」
「何かおかしな所があったのか?」
「いや、なんか……。妙に空回りしているような感覚があるんです。
動かしているのに、水が思った程には動いていないような感覚で……」
「わたしにはそんな感覚は無かったけどな」
とアリティア。
たとえるならば、スプーンでカップの中の液体をかき混ぜていると思っていたが、実際にはスプーンではなくフォークでかき混ぜていたような感覚だ。
グレンには心辺りがあるらしく一つ頷く。
「それはおそらく、水がライムのサブ適正の属性だからだろう。
メイン適正だとすぐにしっくりとした感覚を覚えるのだがな。
ライムの場合、メイン適正が土属性だからな。もっと固くて重い物を動かすという感覚で水を動かしてしまう。そのせいで空回りしてしまうのだろう。
まあ、問題は無い。慣れればそれぞれの属性に対して、自然と調整をするようになるから、空回りする事も無くなる」
「つまり、慣れろって事ですか?」
「その通り。魔法はどれだけ訓練をこなしたかが、実際に魔法を行使した時の出来不出来を左右する。
魔法が上手くなりたいなら、魔法の使い方を体に染み込ませないといけない。この訓練は感覚を身につける為の訓練だからな。しっかりと体に染み込ませておくように」
グレンは言って、訓練を続けるように命じた。
その後は、二人で交互に発動器を使い、四大魔法の水属性魔法の感覚に慣れていった。
慣れていくにつれて水の動きは大きくなり、最後はほぼ水遊びに近いものになってしまった。