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第04話 慢心


 住居を作ってから二日がたった。

 当初、狭かった穴の中は小型化スキルを解いて、直径一メートルを越えた体でも悠々とすごせる広さとなった。

 大量の岩石を食べ、部屋の拡張を行った成果だ。


 それ以外にやった事は、太陽の確認だ。もっとも地球と同じく、一つの太陽があるだけで、特に変わったところはなかった。


 それと、スライムが汚れない事について検証だ。


 細かな砂を自分の体にふりかけて見たところ、どうやら体に付着した細かな汚れも食べているらしい。

 大きなものは食べようと意識しないと食べることはないが、微小な物質は体に付着した時点で自然と体内に取り込み、食べている。結果として、体表面は常に綺麗で匂いも付いていないという事らしい。

 また意識すれば、体内に取り込まないという事も可能だった。


 それ以外は住居から出ず、触手を外に出す事で、周辺の警戒をしていた。


 その結果、この場に近付く生き物は居なかった。

 空を飛びかう鳥を遠目に見ただけだ。他に見かけた生き物は芋虫、狼、鼠のような獣の三種だ。


 この森に生き物は少ないのだろうかとも思ったが、喰らった獣の知識からそんなことは無いと分かっている。


 ねずみのような獣の知識からはそのほかにも、鹿、イノシシ、兎、ねずみが二種、蛇は大きいのから小さいのまで数種、それに体長50㎝を超える大蜘蛛、体長一メートルほどの巨大な昆虫、更に変わったところでは歩く植物。空を飛ぶ生き物なら猛禽類に、巨大な羽虫がいる事、そして、自分以外にもスライムの存在があった。


 獣の知識では僅かな接触時間だったため、スライムは鈍重な生き物という印象しかなかった。

 獣が見た数匹のスライムは全て大きさがバスケットボール以下の大きさだった。


 今の自分のように大きくは無い。


 やはり肉体成長スキルの影響だろうかと考える。

 可能性としては、他のスライムはスキルを手に入れられない事。もしくは手に入れてもそのスキルを確認できずに、使用するという意識すら存在しない事。スキルは所持していたが、獣が見た時には小型化スキルが使われていた事。などいつくか考えられる。


 それとも自分だけが特殊だという可能性もある。

 日本で生きた人間の知識があるだけで特殊だという事は当たり前なのだが。そこまで考えて恐ろしい考えが浮かんでしまったものだ。


 すべてのスライムには人間の意識が存在していた。だが、スライムになってしまったことで碌な思考もできず、スキルも使えなくなったという可能性だ。


 そんなことは無いと、自分だけが特殊であって、スキルと知識を手にしたスライムであると考えて、必死になって恐ろしい考えを振り払う。

 この考えには傍証として、食らった獣の知識にはスキルの存在がなかった事があげられる。

 スキルという存在は、便利だが取得した際の不快感を考えるとどうにも信用できない。それによって奪った知識がどれほど信用できるか、という問題もある。


 それらの事を考えて不信感を募らせるよりは、この森の状態の事を考えるべきだと、一旦棚上げにした。


 この森では強い生き物がいると分かったのだ。

 注意しなくてはならないのは熊と狼、それに大蜘蛛と巨大昆虫だろう。

 特に大蜘蛛は巨大とも思える猪を、その巣に捕らえ喰らっていたのだ。巨大な蜘蛛の巣を見つけ、避ければよいと分かっていても、強大な捕食者の存在は恐怖心を呼び起こす。


 だが今は、喜びの感情に満たされていた。


「フッフッフッ……。ついに来た……!」


 暗い石室の中で声が響く。まあ、自分の声なんだが。


「ついに、硬質化スキルを限界まで極めたぞ!!」


 ひゃっほいっ、と思わず飛び跳ね、空中で硬質化スキルを使う。


 ガチンッ! と着地の際に鈍い音を立てた。


 その硬さは正に岩石と同等。

 今なら鋼の刃でも一切傷が付かないと自信を持って断言できる。

 ひたすら岩石を食べていた甲斐があったというものだ。


 ひたすら岩石を喰らっていたことに、飽きなど感じなかった。どうやら自分はこつこつと物事を積み上げることに苦痛を感じない人間だったようだ。

 自分についての記憶が全く無いために、そういう新しい自分を発見するのは新鮮な喜びだ。


 ともかくこれで安心して狩りができる。


 この二日間、獣を食ったときの感覚を思い出しては我慢するのは辛いものがあった。


 岩石を食べることはある程度のごまかしになってはいたが、それでも衝動的にあの感覚が思い浮かんだ。あれがよだれが垂れるという感覚だろう。

 一度贅沢を知ってしまうと後には戻れないとはよく言ったものだ。


 いそいそと、穴の中から外へと出る。その前に周辺に外敵の存在がいないかの確認と擬態も忘れない。


 今の時間は昼。空には雲ひとつない。


 さて、どのような狩りをするか。

 今、考えられる狩りの方法は三種類。


 一つ目。木の上で待ち伏せをして、下を通り掛かる獲物に襲い掛かる。


 二つ目。土の中に隠れて、待ち伏せし、上を通り掛かる獲物を穴に引きずりこむ。


 三つ目。積極的に探し回り、見つけたら擬態をしながら襲い掛かる。


 今回の狩りは三つ目を使う。

 安全策を採るならば前者二つなのだが、硬質化スキルも育ったので何の問題も無い。


 それに何より、早く肉を食べたい。


 獲物を見つけるまでは蛇形態の方がいいだろう。

 蛇形態は普通の球体状であるよりも広い範囲を見渡すことができる。全身全てが目に相当するスライムならではの利点だ。


 スルスルと木を上り、枝を伝って移動を始める。

 晴れだというのに森の中は薄暗い。光の量にあまり左右されない自分には見通す事に問題はないが、夜行性の生き物は今の時間は巣穴に籠もっているだろう。


 喰らった獣の知識には、夜行性の生き物の巣穴の情報はない。獣の知識は行動範囲が狭かった為に微妙に使い難い。


 周辺の地形探索も兼ねて、ゆっくりと探すことに決めた。


 森の中の探察を続けて、一時間ほど経過した頃、ついに獲物を発見した。


 木々に合間に見つけたのは、若葉を食む鹿の姿。

 体長は一.5メートルほど、茶色の毛に覆われた地球の鹿と余り変わらない。違うところは枝分かれした二本角ではなく、枝分かれした一本角であるところだろう。


 小型化スキルを使用し、可能な限り体を小さくする。同時に擬態スキルも使用して周囲景色と同化する。

 鹿に気が付かれぬよう音を立てず慎重に、なおかつ素早く。


 擬態スキルの性能だけに頼るのではなく、木の陰に隠れながらジリジリと距離を詰めていく。


 やがて、近くの草むらに潜む。鹿は此方に気が付くこと無く、草を食み続けている。

 鹿との距離は五メートルほど。


 心を静めてタイミングを計る。そして――


 今!!


 草むらから飛び出し、同時に小型化を解除。元の大きさを取り戻すために全身が膨らむ。

 同時に全身の硬質化並びに、触手刺突を一本打ち出す。


 鋭い穂先は鹿の胴体中央に突き刺さった。


 よしっ!! 内心で喝采を上げる。


「ピュィィィー!!」


 ジャンプの飛距離が足りなかったため、鹿の手前に着地。鹿の全身を取り込もうと、もう一度ジャンプしようとして――


 バチンッ! と衝撃音と共に吹っ飛ばされた。


「えっ何? 光った?」


 飛びかかる前に潜んでいた草むらに叩きつけられた。

 吹っ飛ばされる直前、光が見えた気がした。光り輝く、円形の幾何学模様だ。


 そんな事より重要なのは全身に走る痛みだ。唐突な出来事に混乱の最中にあった。


 痛い! いや、これは寒い?! いや、冷たいだ!!


 気が付けば、体の三分の一が凍り付いている。凍りついた部分は全く動かない。


「これは、まさか――、魔法?!」


 鹿は貫かれた傷口と口から血をこぼしながらも、此方に向く。

 その一本角が光りを持つ。


 まずい! と思った瞬間、横っ跳びに避ける。


 鹿の前に一瞬、光の円形の幾何学模様――魔方陣が現れ、青白い玉が放たれた。


 それは体を僅かにかすり、その先の木にぶち当たる。


 バチンッ! と衝撃音と、木が凍りつき霜が張り付く。


 スライムの体にかすった部分がパチパチと凍りつく。


 まずい。死ぬ――?


 体を蝕む冷気に、恐怖の感情が湧き上がる。こんな攻撃があるなんて知らない。


 再び鹿の角が光る。


 その時、恐怖よりも先に、怒りが湧き上がった。


 こんなところで死んでたまるかと。


 再び放たれた青白い玉を、切り返すように跳ねて避ける。

 そして、鹿に向けて叫ぶ。


「ふっざけんな!!」


 全身から触手刺突を作り出し、打ち出す。その数は二十を超える。

 鹿は避ける素振りは見せたが反応は鈍い。ドスドスと十数本の穂先が鹿を貫く。


「避けんなよ!」


 八つ当たり気味に、外した数本を更に突き出す。


 滅多刺しにされては鹿は絶命した。


 体内に取り込んでから殺すという事は考えられなかった。

 確実に殺さないと安心ができなかったからこそのオーバーキルだった。


 やり過ぎたという軽い後悔を抱きながら、気分を落ち着かせる。


 とにかく今は食事が先だ。

 鹿の死体を体内に取り込み食べる。

 一気に消化させると、同時に強い快感が全身を巡る。


 多くの知識と、幾つかのスキルを手に入れたという感触があった。けれどそれを検証する気力は湧いてこなかった。


 食事の喜びも快感が薄れると、疲労感だけが残る。


 今の自分は満身創痍といっていい状況だ。体の三分の一が凍り付いていて、自分の体として、全く動かない。核に影響がなかった事が唯一の幸いだ。


 凍った部分はもう切り捨てるしかない。もぞもぞと凍りついた部分を切り捨て、体の無事な部分だけでまとまる。力を加えたり刃物を使ったりせずとも、意思だけで自切という行動は行えた。その事によるダメージはない。


 小型化スキルを使っておらず、また鹿という大きな獲物をすべて食らったにもかかわらず、体の大きさは鹿を襲う前の五分の四ぐらいしかない。

 今までの努力があっという間に消費させられたことに、怒りとも悲しみとも付かない感情が渦巻く。


 切り離した自分の体を食べて、僅かでも自分の体の大きさを取り戻そうにも、凍りついたそれを食べたらこの場から動けなくなりそうだと本能が告げていたので食べることを諦める。


 何よりも硬質化スキルで安全確保が全くできなかった事が、思いのほか心にダメージを与えていた。小型化スキルを解除しなかったら更に危険だったと考えると、ますます気持ちが沈む。


「もう帰る……。帰って寝る……」


 思わず泣き言が漏れた。擬態を施し、蛇形態になって住居へと向かう。


 意気揚々とした行きとは反対に、ビクビクと怯えながら住処へと逃げ帰る。

 初めての積極的な狩りは、本人にとっては失敗といっても良い結果に終わった。


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