第30話 木こりギルド
「木こりギルドに行くのか?」
「そういうわけじゃなかったけど、ライムが行きたいなら行ってみましょ」
道端の草やら花を見やりながら歩いて行く。その最中でも、アリティアの話は終わらない。
見える家があれば、誰が住んでいるのかを話し。住人達のエピソードを語った。
曰く、ここの奥さんの作る焼き菓子は絶品だとか、ここのお父さんと息子さんはいつも口喧嘩が絶えないとか。ここの奥さんはものすごいお喋りだとか。ここの人は無口なんだけと、とても木工細工が上手なのとか。川で漁師をしている人だとか、木こりギルドに務めているひとだとか。
そんな事を話しながら歩いていると、木こりギルドはどこにあるか? という話になった。
「川の側にあるよ。大きな建物がそれだよ。その隣には大きな池があるから、見ればすくに分かるよ」
「池?」
「そう。その池に川の上流から切り出して来た丸太を浮かべておくんだって」
説明を受けながら歩くと、その池が見えてきた。
川とつながった大きな池に、丸太がいくつか浮いていた。その池の隣のひらけた場所には、何本もの丸太が地上に引き上げられていた。広場の前には大きな建物がある。縦に大きいというよりも横に大きい建物だ。工場という印象を受ける。
その印象は間違ってはいないようだ。
「あの建物が木こりギルドの製材所だよ。」
大きな建物の前にやって来るとアリティアはそう言う。
村の中でもっとも幅の広い道になっていて、製材所以外にも複数の建物が立ち並んでいた。
「ここはカイロス村の一番初めにできた場所だね」
「村の中心部が最初にできた場所じゃないの?」
ここは村の中心部より少しずれている。中心部はここから道を一つ横断した先にある。
「村の中心部は村の入り口に近くて、ここに来る通り道だったんだって。それでそこに宿屋やら雑貨屋を作ったらから。そっちが中心部になったって聞いいたことがある」
「へえ……」
ライムが感心しなら、周囲を見回していると製材所の中から人が出てきた。
「おや。アリティアちゃんじゃないか。どうしたんだい? グレンさんからのお使いかい?」
ガッシリとした体型の金髪の男がそう声をかけてくる。
「ジェイクさん。いえ、今日はこの子の案内です」
「この子は?」
と、ジェイクとよばれた男はライムを見やる。
「ライムです。わたしのハトコで、おじいちゃんの弟子になった子です」
「ほお、キミがあの。たしかにそっくりだな」
興味深けにライムとアリティアと見比べるが、ジェイクはすぐに観察するのをやめてアリティアに問いかける。
「案内というが、グレンさんはどうしたんだい? この子はグレンさんの弟子なんだろう?」
「おじいちゃんは家に居ますよ。今日はライムの村への案内だから、用があるってわけじゃないんですよ」
「ああ、なるほどな」
ジェイクはキョロキョロと興味深けに製材所を見回していたライムをみやって微笑む。
「見学していくかい?」
「え? いいんですか?」
「まあ、危ないところに近づかないならいいだろう」
軽く言って二人はジェイクに案内されて、製材所の見学を行う。
「見どころはあんまりないと思うけど、コイツは見応えがあるよ」
そう言って彼が見せるのは木びき機だ。
丸太を角材や板に製材するための巨大な機械だ。台車に丸太を載せて動かし、刃でもって角材や板へと加工していくという。
構造といえば木札作りにつかった物を巨大化したものだ。この木びき機の一部はグレンが作った。金行の刃が発生させるという部分に関わっているという。
「カイロス村から街までは、ほとんどが川を使って丸太のままで運ぶからコイツの出番は無いんだけどね。
板が欲しい時や、角材にした方が良い木が出た時はコイツが活躍するんだ」
誇らしげに説明してくれる。
「もっとも木びき機は魔力の扱いができる職員にしか扱えないんだが。それでもかなり効率が上がってる」
「ということはこの機械を扱う人は魔法使いって事ですか?」
ライムの質問にジェイクは苦笑して否定する。
「いや、そうわけじゃいよ。ただ単に魔力の扱いができて、魔法道具が使えるってだけだ。
グレンさんがこの木びき機を作ってくれる前は、角材なんて高価すぎて村の家には使え無かったからな。ありがたい事だ」
「そんなに気にしないでいいっておじいちゃんも言ってたのに」
アリティアはそう言うが、嬉しそうに照れている。
ジェイクに微笑ましく見られながら、次は池に面した広場の方へと案内される。
広場の端の方にいくつかの丸太が置かれているだけで、広々としている。
「いまの時期はちょうど、ほとんどの丸太を出荷した後だから、この広場も空いてるがね。普段はここではイカダ作りとその保管がされてる」
普段は複数本の丸太を縄で締めあげてイカダを作りってゆき、川の水位が増える雪解けの時期にまとめて流すのだという。
と、池の方へ指し示す。
「今見えているのは水面がほとんどだけど、イカダ流し直前になるとイカダと丸太で水面が見えないくらいになるんだ」
「へえ、見たかったな」
「イカダ流しはこの村の春の風物詩だからな。今はちょうど山からの切り出しが最盛期だ」
「川にいると、たまに丸太が流れてくるからからね」
と、これはアリティア。
「へえ……」
ここは本当に木こりが主体の村なのだとよく分かった。
「とまあ、こんなところだ。あとは鍛冶工房もあるが、あそこは子供を近づけると怒られるからな見せる事はできん」
「怒られるんですか?」
「火やらなんやらで流石に危ないからな。あそこの親方は怒ると怖い」
「木こりギルドなのに鍛冶工房ですか?」
普通はそれは別のギルドになっているじゃないだろうかと、ライムは疑問に思った。
「斧やらノコギリやら、イカダ作りのカスガイやらが山のように必要だからな。いちいち街の鍛冶屋に持っていったら仕事にならない。ここに拠点を作る時に一緒に鍛冶工房を作ったんだと。
一応鍛冶ギルドに入ってるらしいが、実際には木こりギルドの一部だな。
あ、この事は他の街ではヒミツな。あんまり公に言っていいことじゃない」
「は、はあ……」
そんな軽く言っていいものだのだろうか?
「まあ、こんなとこだ。楽しんでくれたかな、お嬢さん?」
ニコリと笑って芝居がった仕草で尋ねるジェイクに、ライムは一瞬キョトンとしたあと笑う。
「とても楽しめましたよ。ありがとう」
「恐悦至極」
真面目な様子で一礼して、目が合うと彼は笑った。そこで真面目な様子を崩してアリティアに尋ねる。
「ああ、そうだ。獣避けの呪符が無くなりそうだって話だから、グレンさんに伝えておいてくれないか?」
「獣避けの呪符だったら在庫がありますよ。注文してくれればすぐに届けることができますけど?」
「お、そうか。なら上の方に言っておくよ。いや、助かった。獣避けの呪符が無くなったら、山の中で獣に襲われるか心配しながら木を切る事になるからな」
「獣避けの呪符といっても完全に獣が近寄ってこないってわけじゃないんですから、ちゃんと警戒は続けてくださいよ?」
「わかってるさ。だた、有るのと無いのとじゃ大違いだからな。それぐらいありがたいって事さ。
じゃあまたな」
アリティアの注意に、ジェイクは肩をすくめていうと、一言別れの言葉をつけるとそのままさっていった。
「いい人だな」
「そうね。ジェイクさんは数少ない、おじいちゃんに普通に接してくる人だしね」
「木こりギルドには魔法道具を使ってるし、魔法に対して抵抗が少ないのかな?」
「そういうわけじゃないみたいよ。木こりギルドの人でもおじいちゃんに関わりたがらない人も居るし。
魔法道具と魔法使いは違うみたい。わたしにはよくわからないけど」
「私もどう違うのかは、分からないな」
二人して首を傾げるが答えは出てこない。
「ま、気にしてもしかたないから、次の場所へ行こ」
アリティアはライムの手をとって、歩き出す。
「次は村の中心部の方だからね」