第03話 異世界の夜空
細身化スキル使って蛇のように細長くした全身を使い、這うように静かに木を登っていく。
その際に擬態スキルを使い、木の幹と同じ模様を体表面に表して、周囲に溶けこむことを忘れない。
登って行く樹は他の樹よりずいぶんと背が高い。近くにあったのを適当に選んだわりには大当たりだ。
てっぺんにたどり着き、その時スライムになってから始めて空を見た。
夜空には四つの月が浮かんでいた。
それぞれが日本で見ていた月より大きい。満月の青い月、少し欠けた白い月、赤い下弦の月、少し歪で黄色い上限の月。
星もいくつも見えるが月が明るすぎて、どれほど有るかは分からない。が、知識にある地球から見える星座は見つからない。
芋虫の存在から分かってはいたが、明らかに此処は地球ではないと思い知らされる。
光が無くてもモノが見えるのに、星や月は光によって見え方が変わるってどういう事だと思う。
視線を空から地平線へと向けてその思いを強くする。月の光では光量が到底足らないであろうに、遠くの山肌がはっきりと見える。
この場所は山に囲まれた森のようだ。青い満月ある方向を暫定的には南とすると、北の割と近い位置には大きな山脈、西にも山脈はあるか此方は幅が小さい。東にも山脈があるようだか此方はずいぶん遠く、あまり背は高くない。南には一つだけの大きな山があり、それ以外はわりと起伏の大きい森で覆われている。木の大きさで凸凹しているだけと、一見して起伏があるようには見えないが、よくみると崖肌が見えたりもする。
この森の中、地面を歩いて移動するのは難儀するだろう。しかし、樹冠を蛇のように伝って移動する分には楽ができそうだ。
もう一度、空を見上げる。赤い月に、青い月なんて正にファンタジーだ。と、月が四つではなく六つである事に気が付いた。
一つはとても小さな白い月だ。大きな星と見間違えていた。そしてもう一つは暗い茶色を基調としたまるで土星のような縞模様を持った月だ。こちらも小さく目立たない月のために星であると勘違いしていた。
「これで太陽が二つだとしても驚かんぞ」
こんなにたくさんあると、月に対するありがたみを無くしそうだ。
木の天辺から下り、樹冠を枝伝いに移動する。
無論、警戒と周辺の状況確認も怠らない。そして他の者に見つからないようにすることも忘れない。
枝を伝うときはその木の樹皮を、葉っぱを伝う時はその色に擬態を行う。
枝と枝が離れているならば、木から伸びた枝葉を擬態する。
一先ずの目的は川原、もしくは岩石がある場所の確保だ。硬質化スキルの強度にはまだ不安がある。しっかりと岩石を食べて、スキル強化をしなくては安心できない。
枝々を渡り歩いていると、木の下に狼の群れが通り過ぎるのが見えた。
地球の狼と違いは分からない。群れといっても確認できたのが五匹だ。狼は此方に気が付いた様子もなく通りすぎた。
狼は鼻が利くというが、スライムの体となった今、自分の体臭はどうなっているのだろう?
いやその前にスライムの体に嗅覚はあるのか?
スライムの体になってから、匂いというものを感じた事が無い。
匂いが分からないのは危険ではないか? 自分に匂いがついていると分からなかったら、危険な存在に匂いで追跡されるかもしれない。
能力取得スキルで嗅覚が得られるだろうか? 試してみるしかない。
人間の時の嗅覚の感覚を思い出し、周囲の匂いを感じるようにと念じてみる。
一瞬、意識の歪みに襲われる。それが終わると同時に、全身に木々の香りを感じることができた。
・嗅覚体表面で匂いを感じる事ができる。
スキルを得られる事にホッとする。体表面の空気の匂いを感知するスキルだ。
全身が感知範囲になってしまうと使い難いので、ごく一部の体表面だけにスキルを適用する。
自分の匂いをかいで見るが匂いは感じない。スライムは匂いが無い生き物なのか、それとも自分の匂いだから分からないのか微妙なところだ。
嗅覚スキルから感じる感覚としては、匂い自体が無いか、もしくは極微少となる。
スキルとなった以上それを信じたほうが無難だと思う。
体臭がしないことに付随して体に土の匂いが付いていない事にも疑問を抱く。先ほどまで土の穴の中にいたのに、土の匂いが体から感じられない。それは体に汚れが付いていないという事だ。
スキルにも特に表示されていない事から、これはスライムの未だ知らない基本性能の一つなのだと思う。
移動を再開すると、木の枝を移動するネズミのような動物を見つけた。
こちらに気が付いていないようだ。何の警戒心もなく近寄ってくる。
樹皮そっくりに擬態しているし、移動の際にも樹皮に張り付いて目立たぬようにしている為だろう。
どうする? 襲ってみるか?
近寄るのは、核からは離れた部位だ。逆襲されても、核が傷付くに危険性は無い。
捕食収奪スキルの知識を奪うという事も確かめたい。
なにより、獲得したばかりの嗅覚が、その獣臭いの匂いをおいしそうな匂いだと訴えていた。
もう少しで触れそうなほど近付いてきて、襲う事を決断した。
至近距離から、触手刺突を打ち出す。
「ギャッ!?」
完全に予想外だったのだろう、ネズミのような獣の混乱ぶりはすさまじい。
尖った触手は獣の腹を完全に貫いている。だが即死ではない。これ以上暴れられても困る。
獣を一瞬で体の中に取り込み、一気に溶かす。
「ボゴッ……!!」
獣が最後にできた事は、肺から空気の漏れる音を一つ立てる事だけだった。
獣を食った事による現象にとても驚いた。獣を食う事は想定通り進んだ。けれど食べた事で全身に駆け巡る快感は予想すらしていなかった。
満たされるというのだろうか。快感とも幸福とも言いがたい感覚が全身を巡る。
植物の根や土を食べた時にも、僅かにこの感覚はあった。だが、ここまで強烈なものではなかった。
快感はすでに薄らいできている。それでも余韻が残っている。
スライムの食事は肉食だと考えればこの感覚は当然の事だろう。
狩の方法を考えなければならないだろう。この感覚は病みつきになりそうだ。
と、頭の中に何かが流れ込んでくる。今しがた食べた獣の知識だ。
子供の頃は兄弟と穴の中で母親に育てられたこと。
唐突に母親に巣穴から追い出されて、巣立ちした事。
森の中を木の実や虫を食べながら縄張りを確立していった事。
蛇に襲われても逃げた切った事。
そして、木の枝を歩いていると唐突に木の枝から棘が生え腹を貫いき、木の枝が膨らんで自分を飲み込んだ事。
それらを、動物のドキュメント番組を動物視点で見ているような感覚で理解する。
獣が持っていた、周辺の地形に関する知識も得る事ができた。
ずいぶんと便利なものだと感心する。
感心した後で、死ぬ瞬間まで知るというのは相手を殺した、という事実に気分が悪くなる。
生きるとはそう言うものだと割り切るしかないと、ため息を吐きたくなった。
地形に関する知識を調べてみると、岩の層がむき出しになっている崖の存在を見つけた。
ここから距離も近い。
進行方向をそちらに変えて進む。ある程度硬質化が育てば次は狩の算段をたてないといけないだろう。
実に楽しみだ。
獣の知識の通りにあった崖までやってきた。周辺への警戒を続けながら移動したが、他の動物に遭遇する事も無かった。また、崖のすぐ傍まで木々が茂っているために、移動に困難も感じなかった。
崖の高さは十メートルほど。こちら側が崖の下になっていて、白い岩石が壁のようにそそり立っている。崖の上にも木々が生い茂っている。
後で確認しないといけないが、壁面崩落でも起きない限り、落石の心配はなさそうだ。
壁のようになっている崖の前で細身化を解く。ぐにゃりと一つにまとまり丸い形状に体を戻す。同時に小型化もしているので、大きさはハンドボールほどだ。
岩そっくりに体表面を擬態してから岩壁へと張り付く。はたから見れば岩壁の一部と化した。
恐らくできるはずだと、触れている岩壁の表面を体内に取り込む前に溶かす。
できた。
じゅわりと岩の表面が僅かにへこむ。取り込む前に溶かしたとしても食べるという行為になるようだ。
これで岩石を大量に食べる事と、岩壁の中に住みかを作る事を両立できそうだ。己の考えが合っていた事にホッとする。
安全な住処の構造を考えないといけない。
外敵侵入予防の為に入り口は細身化でのみ入れるように小さい穴にする。
蛇などの侵入は、石ころを蓋にすれば防げるだろう。
入り口は狭く、そして中は広くする。排水の事も考えて入り口は最も下にしよう。
注意する事は、岩壁の内部を削りすぎて、崖を崩落させない事。
そうと決まればジャンジャン進めよう。
急速消化スキルの恩恵か、岩壁の掘削はドンドン進む。
ある程度小さい穴を掘ったら、細身化スキルを使いって小さく深い穴を掘る。50センチほど掘ったら、その先に広い空間を作る。
外敵がやってこないかと、ビクビクしながらの作業だったが、何事も無く作業を終える。
小型化した全身を、すっぽりと収める事のできる穴を作るのは大して時間は掛からなかった。
小型化スキルを使い、できるだけ小さくした蛇のような体を、穴の中に収める。
細身化スキルを解き小さな丸い形に戻って、一息をつく。
次の目的は小型化を解いた、全身を収めるために穴を広げることだ。
これからの作業は安心して行える。後はひたすら周囲の岩石を溶かし、喰らうのみだ。
ここの岩は硬い石で構成されていて、土に比べると、硬質化スキルの伸びがいい。
この硬質化スキルの成長具合なら、安心して外を出回れる時はそう遠くは無いだろう。
もっとも、どんな生き物がいるか確認は必須だろうけども。