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第29話 カイロス村の住人



 村の中をアリティアとライムは歩く。


 麦畑の続く道を、アリティアはライムの手を引いて歩いて行く。


「この村はね、木こりさんとは関係ない人は大抵が麦畑をもってるんだよ。

 ウチもそうでね、この辺りまでがウチの畑になるの」


 家から村へと向かう坂を降り、坂の下から広がる麦畑を、アリティアは腕を広げて示した。

 村に広がっている麦畑はよくよく見るといくつもの区画に分かれている。区画の形はバラバラだが、ほとんどが同じような広さになっているようだ。

 アリティアが示したのは、家に近い方の他の区画より少しだけ広い区画の麦畑だ。


「本当に広いよな」


 ライムはすでに、グレンの手伝いとしてこの畑に案内されているので、畑の広さは知っていた。


 その時に実際の呪符の使用例を見せて貰った。

 麦畑の要所要所に杭を打ち、その杭に虫よけの呪符を取り付ける事によって、畑全体の害虫対策とする。

 これから麦の穂が実り始めると鳥にも狙われるので、今度は鳥よけの呪符も必要になってくるとの事だった。


 農薬代わりのようなモノだと分かってはいた。だが、長く使っている杭には黒く変色した使用済みの呪符が何枚も残っていて、まるで呪いの儀式の痕跡だとライムは感想を抱いた。


「この広さをおじいちゃんと二人で維持するのは、おじいちゃんの魔法を使ってもけっこう大変なんだけどね。

 大切な畑だから手放したくないの」


 アリティアはそう言って、喜びに歌うように続けた。


「穂が黄金色に色づいたら収穫だからね、楽しみだなぁ。

いまは緑色だけどね、一面黄金色になるんだ。とっても綺麗なんだよ」

「そいつは楽しみだな」

「うん」


 アリティアは笑顔で頷いた。


 とりとめのない事を話していると、横道が交わる辻で、そこから歩いてきた男と遭遇した。片手に荷物抱えた、30程の年の男だ。くすんだ赤い髪を短くした。服装は丈夫そうな上下を着ている。一般的な村人の姿だ。

 彼は、ライムとアリティアの二人の姿を目に入れると、驚きに足を止めた。


「え? アリティアちゃんが増えた?」


 呆然とした様子で男はつぶやく。


「別に増えたわけじゃないよ。マイクさん。

 ライムは……えっと、いとこ? だっけ?」


 設定がうろ覚えなアリティアはライムに聞く。そんな彼女に内心ヒヤヒヤしながら、ライムは訂正する。


「ハトコだよ。ししょ――グレンさんのお姉さんが私のおばあちゃんなんだから」


 設定を覚えておいてよかったライムは思う。

 それを聞いた男――マイクという名らしい彼は納得したようにうなずいた。


「え? ああ。キミがこの前、村に来たっていう、アリティアちゃんとそっくりだという子か。

 本当にそっくりなんだね」


 マイクは感心したように言い、アリティアとライムを見比べる。

 金髪で緑の瞳を持ったアリティアと、黒髪で薄い緑の瞳を持ったライムでは、パット見の印象はだいぶ異なる。


 けれど、よくよく見ればとても似ている事は明らかな事だ。

 そんな、二人が並ぶならばジロジロと見るマイクの行動は理解できる。だが、見られる方としては堪ったものではない。特にライムは正体を看破られないかと恐怖すら覚える。

 思わず腰が引けるライムの前にアリティアは飛び出して、マイクの視線を遮る、


「マイクさん! 女の子をジロジロと見るとのはダメですよ!」


 アリティアの怒りの声に彼は謝る。


「ああ、すまない。ついね」


 アリティアに謝った彼は続いてライムに向けても謝罪する。


「すまなかったね。えっと。ライムちゃんでよかったのかな?」

「え、ええ。大丈夫です。それで、あなたはマイクさん。でいいんですか?」

「ああそうだよ。確かライムちゃんはグレンの家に住んでいるんだよね?

 それならボクはお隣さんになる。こっちの道の先にある家がボクの家だ」


 マイクは自分がやって来た道を指す。そちらの方に視線を向けると少し離れた場所に麦畑の中に一つの家が見えた。


「あの家で、お隣さん……ですか?」


 ライムの持つお隣さんの言葉のイメージからは、随分と離れているような気がする。その事に気がついたのだろう。マイクは苦笑する。


「まあ、カイロス村は田舎だからね。街から来たならそう思うのも無理は無いよ」


 どうやら、村長へ話した話は村人に知れ渡っているようだとライムは思った。


「それだけじゃなくて、ウチが特別に村外れに住んでいるから離れてるだけだし」

「まあそうだね。けどグレンさんは魔法使いなんだから、仕方のないことだからね」


 アリティアの言葉に、マイクは同意して付け加える。

 穏やかな口調の彼の言葉に、ライムは嫌な印象を受けた。けれど、アリティアは当然の事であるというように、何の反応も返さない。

 魔法使いは遠ざれられるのが当然の事、ということだろうか。

 なんだかそれは嫌だなとライム思う。

 

 マイクは村の中央方向に用があるようで、共に連れ立って道をあるきだす。

 歩きながら、アリティアは彼に聞く。


「マイクさんはなんの用事で?」

「ああ、ちょうど雑貨屋になめした毛皮を卸しに行くところなんだ。

 前に取れたイノシシの毛皮がようやくなめし終わったからね」


 マイクは丸めて抱えていた毛皮を広げてみせる。森の中で数頭のイノシシも仕留めていたライムにはそれが小ぶりのイノシシの毛皮だということが分かった。


「へえ。高く売れそうですか?」

「うーん、どうだろうね。ちょっと小さいし。そこそこってところじゃないかな」


 アリティアの質問に首をかしげながら、マイクは答える。

 そこでライムはマイクに尋ねた。


「毛皮って雑貨屋で売れるんですか?」


 ライムの問いにマイクは不思議そうな顔をした。


「ああ、しっかりとなめしておけば雑貨屋で買い取ってくれるよ。もっとも、これから熱くなるから毛皮は高く買い取ってもらえないけど」

「毛皮を売るのは貴方だけしかダメなんですか?」

「そんな事はないよ。他の連中も、森の中で獲った獣の皮は鞣して売っているしね」

「それなら、獣をとった時は毛皮を残しておかないとな」


 ライムのつぶやきに、彼は意外なことを聞いたと目をしばたかせる。


「キミが獲るのかい? やめておきなさい。相手は野生動物なんだ、危険過ぎる。それに森に入ったら、モンスターに襲われるかもしれないんだぞ?

 子供なんだ、無茶はするもんじゃない」

「え?」


 子供扱いにライムは戸惑う。獣ならばごく普通に獲っていたのだが、なぜそんなふうに言われてしまうのだろうか?


「あ。あー、そうですね……」


 けれど自分の見た目が子供であることを思い出し、ライムは頷いておいた。


 彼の意見はごく当たり前の大人の意見だ。この見た目で子供扱いをしないグレンの方が特殊であると思い至る。


「それとも、もう魔法が使えて、魔法で獲物がとれるのかい?」

「……いえ、私はまだ魔法は使えませんよ」


 四大魔法に関してだけならば嘘ではない。物理魔法を使える事に関しては他の者に言うつもりは無かった。物理魔法が使える事を知られれば、面倒な事に成るかも知れないからだ。


 必要だからしかたがない事なのだと思う。けれど、偽りばかりを彼に告げる事に罪悪感を覚える事は無かった。

 それはマイクが魔法が使えるのかとの問いの瞬間に、僅かに見せた冷たい目にあるのだろう。

 マイクの視線はライムが魔法を使えないといった途端に優しげなそれに戻る。


「そうか。まあ、魔法など使えなくとも生きていけるさ」


 マイクは朗らかに笑う。

 と、辻に差し掛かる。


「ボクは雑貨屋に行くけと、二人はどうするんだい?」


 ライムは行き先を知らないので、知っているアリティアへ視線を向ける。


「とりあえず、木こりギルドの方へ行きますから、ここでお別れですね」

「そうかい。じゃまたね」


 アリティアの返事にマイクはそちらへ向かって歩き去る。


 その背を立ったまま見送り、ライムはつぶやいた。


「……なんなのだろうあの人は? ……魔法が嫌いなんだろうか?」

「魔法に対しての一般的な反応なんてあんなもんだよ?」


 冷めた様子でアリティアは答える。


「そうなの? けど、魔法はすごいものだと思うんだけど」

「魔法はすごいけど、胡散臭い物だってみんなが思っている。


 仕方がないけどね。普通の人は魔力なんて訓練しないと見えないし。魔力が見えないなら、魔法なんて何も無い所から飛び出す訳の分からないものだから。

 ライムが毎日やってる訓練だって普通の人が見たら、ただ突っ立って苦しい顔をしてるだけなんだし」

「そう、なのか……?」

「そうなのよ。

 おじいちゃんは言ってたよ。魔法使いが頼りにされる時など、ろくでもないことが起きた時くらいだって。だからこそ、魔法使いは敬われ、そして遠ざれられるんだって。笑いながらね」


 それを言うアリティアは不満気な様子だ。


「だからアリティアは魔法使いにはなりたくないの?」

「そう言うわけじゃないよ。

 そのうちにわたしが魔法使いになる事は決まっているもの。

 おじいちゃんが動けなくなったら、呪符作りの仕事はわたしがしなきゃならないもの。魔法使いじゃ無かったら作れないでしょ?」


 諦めというより、当然の事であるというふうにアリティアは言う。


「けど、魔法使いになったら、他の人達からの扱いが変な感じになるんじゃないの? それはイヤじゃないの?」


 マイクが敬遠しているのは魔法使いのグレンであり、その孫のアリティアにはタダの子供として接しているように見えた。

 子供扱いはライムに対してもそうだったが、魔法使いと名乗れるほどに、魔法が使えるようになれば、どんな子供であろうと、敬遠するべき存在として扱われそうだ。


 そうなった時、アリティアが辛い思いをすることになるのではないだろうか、という心配がライムにはあった。


 アリティアは苦笑する。


「まあ、こんなもんだってコトでしょ。

 おじいちゃんも苦笑いして同じ事言ってたけどね。多分それは、仕方のないことなんだよ」


 アリティアが言っているのは諦めの言葉だろうか? それでも後ろ向きの様子はない。


「さ、そんな事より行きましょ」


 歩き出すアリティアに、手を引かれてライムは続いた。



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