第28話 弟子と師から見た弟子生活
ライムは弟子である。
だから、魔法に関する知識を身に着けていかなければならない。
忙しいが充実した日々を送ることになった。
ライムの弟子生活はいくつかの種類に分かれる。レポート課題、実技訓練、家事手伝い、そしてアリティアの相手をすることだ。
その中で最も時間がとられるのが、レポート課題だ。
グレンは多くのレポートの提出をライムに求めた。
課題を与え、それに関する事柄が記載されている数冊の本を貸し与える。それらの本を読み、内容を頭の中へと叩きこむ。
その後に自分の考えをまとめて、渡されたペンを手に、レポート用紙に向けて文章を書き込むのだ。頭をひねり、文章の構成に思い悩みながら。課題を達成するために。
レポートの書く量は数枚で済むが、完成したそれをグレンに提出して終わりというわけではない。
レポートの内容の関しての徹底的な質疑応答がそこから始まるのだ。
記載した内容に関する質問よりも、貸し与えられた本をしっかりと読み込んでいなければ答えられない質問の方が多い。
山のように飛んで来る質問を、分かるモノは速やかに答え、うろ覚えのモノは明日までに調べておくようにと、課題を増やされる。
全く本には載っていないような事も質問される。その時はライムの考えを述べるように促され、必死になって頭をひねって答えを絞り出す。
あっている答えや、更に発展した考えを答えた時は褒められ、全く見当違いの考えを答え時はやんやり訂正をされる。それがグレンの講義に発展する事も珍しくない。
そして、実技訓練も毎日行われた。
グレンの監督の下で訓練に励んでいたが、ライムは未だに集糸化法の訓練を達成することはできなかった。もっとも、徐々に上達してきている実感はあるのでそれほど焦ってはいなかった。グレンも良い調子だと褒めてくれた。
自分は褒められて伸びる人間だと、ライムは自画自賛した。
しかし、次の日までにわずかでも上達するようにと、訓練課題を積み上げるのはやり過ぎだと思う。
未だにライムは四大魔法を自分で発動させたことはない。訓練半ばであり、最も簡単な四大魔法であろうと発動させるまでには技量が達していないとのことだ。
実際に魔法を行使するための訓練をライムは毎日行っていた。だがアリティアが訓練に参加するのは二日に一度のペースだった。
グレンの言葉によると、それなり以上に魔力の制御能力を身に着けているし、無理やりやらせて、これ以上魔法を嫌われて欲しくは無いとの事だ。
二日に一度の参加がアリティアとグレンの妥協点だという。
師匠の手伝いはほとんどが畑仕事だが、家事も手伝う。
家事についてライムはほとんど役に立つ事はなかった。役に立ったのは水汲みなどの力仕事と、せいぜい箒を手に掃除すること位だ。
洗濯も手洗いの為、経験がない。初めは拙い様子で洗濯板と格闘したが、今ではなんとかこなす事ができるようになった。
「ライムの着替えはどうする?」
「必要ありませんよ」
洗濯の話が出た際のグレンの言葉をライムは断った。なぜなら、ライムの服は体の一部を擬態させたものに過ぎないからだ。
「服の見本さえ見せてくれれば、その服と同じ服にできますよ?」
その言葉と共に、アリティアの着ていた部屋着の服に変化した事で、服は必要が無いことを証明してみせた。
これで金銭的負担を負わせることは無いといのに、グレンは不思議と困ったような顔をしていた。
料理に関してはライムは完全な戦力外になっていた。
なにせ食材のほとんどがライムの見慣れないものばかりで、どんな味をしているものなのも想像ができない。
それに料理の経験もないようで、野菜の皮を剥くのもおっかなびっくりの様子だ。ライムの体がスライムのものでなければ、今頃ライム手は指が数本なくなっていただろう。
グレンの手伝いの中で時折、日々の生活に置いて役に立つ魔法の存在を講義し、実際に魔法を使用しその手本を示してくれる事もあった。
その時には、実践的な魔法の使い方の講義を行った。
レポートと訓練、そして手伝いの合間、僅かな自由時間が取れそうだと思うタイミングでアリティアの相手をすることに成る。
ライムは肉体的にはとてつもなく頑健だ。この肉体になってから、単純に動いたせいで肉体的に疲労したという感覚は覚えたことがない。
しかし、精神的疲労は別問題だ。
鹿――フリーズホーンに体の大半を凍りつかされた後にふて寝したのは、精神的疲労が主要因だ。
魔力の制御訓練は肉体的というより、精神的疲労を強く引き起こす。
グレンの話だと、普通の人間ならば肉体的疲労のほうが大きい。との事だった。
また、勉学の方も精神的負担が大きい。正直な所、すぐさまに眠りの世界に落ちたいくらいだった。
けれど幸いな事に、アリティアを相手にする事が、丁度良い気分転換の助けとなり、精神的疲労を癒やしてくれた。
アリティアの相手はお話やボードゲームが多い。ほんの少しだけだが、刺繍の手ほどきもあった。ただ残念ながら、ライムは刺繍に対して興味を惹かれる事は無く、長い時間行われることはなかった。
アリティアと共に長い時間を過ごす際にしていた事は、やはりお喋りだった。
中でもアリティアが好んだお喋りの題材は旅行記に関するお話だ。
彼女は不思議な光景を見聞きしたものを記した旅行記が、いたくお気に入りなようだった。
彼女の持つ複数の旅行記のうち最もお気に入りなのが『ラデス・マスティンの世界見聞録』という題名の本だ。
街の特徴や名物料理、特徴的な建物や歴史などを中心とて記載されている。いわゆる観光ガイドブックだ。
アリティアは一度行ってみたいなと羨望の言葉を口にした。そんな事は無理だろうとわかっているような口調だった。それでも憧れだけで終わらせるのではなく、名物料理の再現に挑戦したりもしているそうだ。
そして彼女の興味はこの世界の観光地だけではなくライムの故郷――地球における観光地の話を聞きたがった。
観光地の事など覚えているのだろうかと、ライムは不安だったが、問われて記憶を探ると想像した以上に覚えていた。大都市東京。グランドキャニオン。古都京都。タージマハル。クフ王のピラミッド。マチュピチュ。アルプス山脈。生命の宝庫ガラパゴス諸島。大量のクラゲが棲む湖。氷に覆われた大地グリーンランド。溶岩がながれ続けるハワイ島キラウエア火山。
それら地球の情景を語るが上手く語る事ができず、ろくに伝えることもできない自分に、ライムはもどかしい思いをいだいた。そんな拙い話でも、アリティアは十分に楽しんでくれていた。
地球での観光地の話は、食事時や食後にリビングで行うことが多かったので、その時はグレンも楽しんでくれていた。
そんな日々が一週間、過ぎた頃だ。
「ライム! 村に遊びに行こ!」
本日提出分のレポートを書き上げる為に自室で机に向かっていたライムの元へやって来たのはアリティアだ。
「アリティア? ノックくらいしようよ」
ライムは椅子に座ったまま振り返り、注意をする。この世界にもノックの風習は存在していた。
「そんなことよりさ! 村に遊びに行こうよ! やっと足が治ったんだからさ!」
アリティアのテンションは高い。彼女の足を見ると包帯を巻いてはいたが、添え木の存在は無く、包帯を巻かれた足に体重をかけてもしっかりと立っている。
「もう治ったのか?」
軽い驚きとともに聞く。
「うん。もう大丈夫だろうっておじいちゃんが言ってた。まだちょっと不安だから包帯だけは巻いておきなさいって言われたけど。もう痛くないし大丈夫だよ」
笑顔でアリティアはライムまでかけより、その手を取る。アリティアが歩く姿は初めて見たのでライムは小さな感動を覚えていた。
「ちょ、ちょっと待って。私はまだレポートが残ってるんだ。今日、提出分がまだ書き終わっていないんだ」
「あ、それなら大丈夫だよ。おじいちゃんに今日一日、ライムの時間を貰ったから。レポートは明日で良いってさ。
ライムは今日一日は、わたしと一緒に村を回るの! 色んな所に案内してあげるからね!」
根回しはすでに終了していたようだ。ライムは諦めるしかない。
「わかったよ。案内はよろしく頼むよ? 村長に挨拶したきり、村を出歩いたりもしたこと無いから、私はこの村の事を何も知らないんだからさ」
「うん! 任せて!」
満面の笑顔のアリティアに、ライムも笑顔を返した。
彼女との日々が始まる。
◇ ◇ ◇
「おじいちゃーん! いってきまーす!」
リビングにいたグレンは孫の元気な言葉に、言葉を返す。
「気をつけて行くんじゃよ。村の外の森には行かないこと。よいな」
「はーい」
「それじゃあ、行ってきます師匠」
「うむ。アリティアが無茶しそうだったら、引きずってでも連れ帰ってくるようにな」
「わかりました」
お昼ごはんが入ったバスケットを手にしたアリティアに、引きずられる様に手を引かれている己の弟子に頼むと、ライムは苦笑と共に頷いた。
パタンと扉が閉まり、途端に家の中が静かになったなとグレンは思った。静かさでは大して変わってはいないだろう。
孫も弟子も、両方とも騒がしい存在ではない。二人一緒ならば、とても良くお喋りをするが、一人にしておけば双方とも静かに時を過ごす。
静かになったように感じたのは、久しぶりに家の中で自分以外の者たちの存在を感じていたからだろう。
「やれやれ、耄碌したかの」
つぶやき、頭をふる。まだまだやることはあるのだ。耄碌などはしてはいられない。
グレンは己の書斎に戻り、机の上に置いてあった書類を手に取った。
それはライムが書いたレポートだ。複数のレポートの題名はそれぞれ、
『四大魔法のそれぞれの属性図形と作用させるための作用点指定形式。』
『物理魔法の種類と、物理魔法と四大魔法の作用点指定方式の違い。』
『四大魔法における作用点への誘導線の効率的な構築方法』
『五行魔法と四大魔法の魔力運用方法の違い』
『四大魔法の四属性の扱いにおける共通点。水と土、並びに火と風の共通点』
それぞれのレポートの枚数は大したことはない。けれど、一週間のうちに書き上げたレポートだと考えれば、大したものだ。
グレンは椅子に座り、それらのレポートに目を通す。すでに何度か目を通してはいるが、非常に興味深い事がいつか記されていた。
その一つが火に関する記述だ。
火とは物質と酸素が熱と光を放ちながら激しく結合することである。という記述だ。
グレンは長年魔法使いとして、学究の徒として精進し続けていた。そんなグレンだが、その記述を見て首をひねらざるをえなかった。
そんな事は聞いたことがない。と。
だが、その事を後回しにして最後まで読んでみようと、読み進めるとさらに信じがたい事が書いてあった。
土、水、風は物質であり、実在する物であるが、火は物質としては存在せず、物理現象の一つである。という記述だ。
土水火風の四元素はそれぞれ等しい存在だ。それなのに、火だけが物質としては存在していないと言われてもどうにも納得がいかなかった。
だが、ライムに詳しく聞いて見ると信じざるをえなくなった。なんでも地球では科学と言う物事の成り立ちを解明する学問が発展してゆき、火の正体も科学によって解明されたという。
その際に使われた実験装置の事をライムは語ることができた。
ろうそくに火をつけて、ガラスのコッブを逆さまに被せれば、やがて火は消える。それは燃える為に必要な酸素が、密閉されたガラスの内部で消費されたためであるという。
そしてグレンは、酸素という存在自体を問い。ライムは酸素を説明するために、物質の最小単位の一つである元素の事を話した。
ライムの知識自体はかなりの抜けのある不完全な知識だったが、それがもたらしたグレンの衝撃はそうとうなものだった。
ライムのいた世界はこの世界よりも文明の進んだ世界であると思い知らされたからだ。
それならば魔法もこちらの世界より進化していても良いのではないか?との問いに、ライムはおそらく地球には魔力が無いから魔法が発生しなかったんだと思う。と返した。
ともかく、ライムの知識は不完全なもので、説明もあやふやなものも多かったが、何度か質疑応答を続けるうちに、火の正体について、地球の知識の方が正しいのではないかと納得をせざるを得なくなった。
別の世界の事を知りたいという知的好奇心がライムを弟子にした理由の一つだが、いきなりこんな世界の真理の一つを知ることになるとは思ってもいなかった。
ライムから聞き出した元素に関する事、火に関する事を書き付けた紙を手に取り、グレンは悩む。
これを発表すれば、魔法使いギルドの連中の度肝を抜くだろう。だが、これはグレンの成果というわけではない。
ライムの世界の数千年の学者達の研究の真髄の一端だ。それを自分の成果として発表するほど落ちぶれてはいない。
しかし、発表しないのはあまりにももったいない。そうなると、ライムが伝えたという事を告げることになる。
それはライムが別の世界からやって来た事を公表することにもなる。
そうなればどうなるか? ライムの持つ知識を求めて有象無象が甘味に群がる蟻のように、ライムを脅かすようになるだろう。
弟子をそんな危険に晒すことは、できることではない。
グレンは悩むが、公表は後回しにするしか無いと、問題を棚上げにすることしかできない。
溜息と共に、真理の一端が記された紙をしまい込む。
それからライム当人の事を考える。
ライムは弟子として、それなりに優秀な者であると言えるだろう。
特別に頭の回転が早いというわけではない。けれど、地球における義務教育をとやらを受けた為だろう。非常に理解力が高い。
また、地球では情報に溢れているらしく、深くはないが広範囲の知識が豊富だ。世界中の出来事や地域に関する知識も豊富で、アリティアに語る地球世界の観光地に関する話は、拙いながらも非常に興味深いものだった。
たとえ話のたとえを、実際に見たことがあるために、理解が早いのだ。
そして、これが最も優秀であるとグレンが判断した理由が、ライムは非常に勤勉であるということだった。
グレンは講義と訓練、そして自分の手伝いとしてライムを自分の側につけている。そのため、基本的は他の時間などないのだ。
常に出しているレポート課題の期限は、努力目標に過ぎない。だが、ライムはそれを必ず出さねばならないと思い。必ず期限を守ってレポートを提出してくる。
以前の教え子の場合は、期限後しばらく経ってから、ケツを叩いてようやくレポートを提出する奴らばかりだった。それに比べたら雲泥の差がある。
それとなく提出期限は努力目標であるとも告げるまで、ライムは気がついてはいなかった。
その後も、期限があった方が怠けないで済むから別に構わないとライムは笑いながら言っていた。
頑張るライムは弟子として、非常に好ましい。だが、頑張りすぎる事に気をつけねばならないともグレンは思う。
魔力の制御訓練の方も順調だ。
初めに魔力の操作スキルを所持していたためにスタートラインこそ、かなり優秀な位置にいたが、実技の伸びに関しては一般的だ。特につまずいている部分は無いため、近いうちに自力で魔法陣の構築と、魔法の発動が可能となるだろう。
その時に使う魔法は四大魔法の水か風の魔法になるだろう。土は動かしにくく、火は扱いが危険だからだ。
ライムの性格はとても穏やかなものであると言えた。アリティアと同じ小さな子供の姿だが、子供にはない落ち着きがあるため、ライムはすでに成人しているのではないかとの考察に、ライム自身もそうかもしれないと同意した。
けれど同時に、タダの大人びた子供である可能性も捨てきれない。人間だった頃を思い出せないから確信が持てないとも言っていた。
アリティアと楽しそうに話すライムを見ると、確かに子供なのかもしれないと思わざるをえない時もある。
こうして見るとライムは正に弟子として、理想的とも言えるのだ。
性格が穏やかで真面目で勤勉。広範囲な知識をもち、理解力が高い。そして技術が未熟で教え甲斐がある。
これで肉体がスライムでなければ完璧なのだが。
もし、ライムが人間の男の子だったら、何が何でもアリティアの婚約者に仕立て上げているというのに。
ライムの問題は、スライムの肉体を持っていると言う事に尽きる。
ライムに料理は経験が無いようで、野菜の皮むきの際に包丁で己の指に思いっ切り刃を叩きつけていた。
その瞬間を隣で目撃したグレンは己の血の気が引く音を聞いたような気がした。けれど、等の本人は、
「あ」
と、一言声を上げるだけで、刃を指から抜いて再び野菜の皮むきに挑戦していた。
心配するグレンに、ライムはキョトンとした様子で、刃が食い込んだはずの手を見せた。その手には怪我の痕は存在していなかった。
「刃物による怪我はすぐに治るから、怪我のうちに入りませんよ?」
「そ、そうか……」
戸惑いながら深く突っ込む事はしなかったグレンだったが、その後に二度、同じことをやられては、さすがに耐え切れず台所を追い出した。
料理技能の修行も基礎から行わなければならないと、グレンは思う。
ライムのスライムの体による問題行動はもう一つある。こちらは問題と言って良いのか微妙な問題だった。
ライムは着替えの服は要らないと言い出したのだ。
そもそも、自分の着ている服は自分の体の一部だから、別の服なんて必要ありません。別の服を着る必要になったらそれように服の部分の形を変化させるだけで済みますから。
とライムは主張し、実際に己の服の部分をアリティアの着ていた部屋着の服に変化して見せた。
それを見たアリティアは興奮して、ライムにファッションショーを行なわせていた。
そんなわけにはいかないだろう、とグレンは思う。弟子の服くらい用意できなくて、どうして師匠を名乗れるだろうか。だが、目の前で次々に服装が変わっていくライムを見てしまっては何も言えなくなってしまう。
師の責務を果たさせてくれない弟子は、良い弟子だと言えるのだろうかとグレンはしばし悩んだ。
ライムに対する悩みはそれだけでは終わらない。
やはり、ライムがスライムであることだ。
もしも、ライムが人々を害する存在になった時、どれほどの脅威を持つ存在になるか、機会を見て試していた。
その一つがライムの身体能力だ。
手伝いの一環として、重い荷物を持たせてみた。アーフィスの樹の木材ブロックを運ばせた時に、ライムは途中で持てないと降参をした。
けれどそれは、バランスが崩れてしまい抱えきれないという意味だった。重量は相当なものがあったが、重量自体に対しては特に気にしてはいなかった。
そこで畑仕事の手伝いとして、重量物の運搬を頼んだ。
ちょうど畑の一角に、一抱え程の岩が出ていたので移動を頼んだ。
屈強な男たち数人でやっと動かせるような岩を、ライムは事も無げに担ぎ上げた。
そしてライムは無尽蔵とも言える体力の持ち主だ。長時間重労働をたのんでみても、平気な様子でこなしてしまう。
ライムの身体能力は、見た目に反して異常と言える。だが、本来の姿を考えてみれば無難なレベルだろう。
直径二メートルのスライムならばその程度の力と体力を持っていても不思議ではない。
異常なのは人間の子供の姿と体重を保持した状態で、その力と体力を持ち合わせていることだ。
軽い体に強い力があれば、移動速度が高いと言えるのだから。
さらにスライムとしては異常と言えるのが頑丈さについてだ。
料理の際に包丁の刃を自分の指に叩きつけた事件の事だ。普通の人間ならば、指が数本落ちる勢いだった。それがスライムだとしても指の様に細い部位なら、当然のように切り落とすだろう。
けれど、ライムの場合は指の骨の部分で刃が止まっていた。
ライムの骨は人間のそれより頑丈だということだ。ライムの話によると、スライムの弱点である核は骨と同質の、硬質化した体組織の塊の真ん中に収めているそうだ。
もしも、ライムを始末しなければならなくなったら。
素早く動き、弱点を頑丈な体組織でガッチリと防護している。感情的な問題を抜きにして、そんなライムを始末するのは非常に困難だ。
そんな相手を更に強大にするかのように、魔法を教えるのはやはり問題ではなかろうかとグレンは悩む。
しかし、ライムが討伐されるような事は起こらないだろうとも楽観もしていた。
ライムの性格は穏やかで自分から敵を作るようなものではない。さらに臆病であるから、自分の安全には気を払う。そうそう正体がバレるような事態は起きないだろう。
「ライムに魔法を教える事はもう、決めた事だ。今更思い悩んでも意味のないことだろうに……」
グレンはつぶやき頭を振る。そんな事を考えているより、今の自分には考えるべきことがある。
新たな弟子となったライムに出す、新たな課題について考えねばならないのだから。
しばらくは課題の量は足りていたはずだったのだが、ライムの熱心さによりそろそろ残り少なくなってきていたのだ。
コレが嬉しい悲鳴というやつだろうか。グレンは本棚の前に行き、新たな課題を考え始めた。