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第23話 水汲み



 明るくなってきた変化でライムは目を覚ました。

 意識が覚醒し、認識したのは木製の天井の姿だった。


「あれ?」


 疑問が浮かびライムは思わず声を上げた。

 ねぐらは石の中では無かったか? と思う。それに何故こんなにも明るいのだろうか?石の中は真っ昼間でも外から光は差し込まずもっと暗いはずだ。


 ここはどこだろうとぼんやりとしたまま考え、その瞬間、警戒心を露わに飛び起きる。


 人の姿のまま眠りに落ちていた事にこの時に気がつく。見知らぬ場所で、なんて危険な状態で、意識を失っていたのだろうと舌打ちしたい気分だった。

 スライムとしての本当の姿である直径2メートルの姿に比べ、人姿は小さい分、攻撃に対する耐性は低い。寝込みを襲われていたらそのまま死んでいた。


 その事に恐怖すると同時に、周囲を確認する。


 ライムは眠っていたのは木材で造られた部屋だった。木製の小さな机に椅子、ガランとした作り付けの本棚。横たわっていたのは木枠に藁を敷き詰めた上に布を敷いたベッドだ。

 窓を塞ぐ木戸の隙間から朝日が差し込み、部屋を明るくしていた。


 その光景を見て、ライムは動きを止めた。


「あー……。そうだ。昨日から、アリティアの家に泊まる事になったんだっけ……」


 自分の反応に恥ずかしくなって、頭を掻いた。その髪は薄い緑色のそれになっている。


 寝る時はアリティア渾身の芸術作品になっていた髪だが、擬態(人)のスキルの基本形はこのまっすぐの薄緑色の髪であるらしい。

 寝ている間に人への擬態以外は解けてしまったようだ。人の擬態が解けなかったのは、人の姿から離れなくは無いというライムの無意識によるのだろう。


 髪の色を黒く変えて、自分が横になっていたベッドのシーツを見やる。


 一つ不安に思っていたことがある。それは、寝ている間に体に触れている物を溶かしてしまわないかということだ。

 体に付着した汚れすらも、自然に体の中に取り込んで消化してしまうスライムの体だ。横になっているシーツを溶かさないかと不安があった。その事を眠りに付く前にグレンに申告はしていたが、とりあえず試してみるようにと言われたのでベッドで眠ることになったのだ。


 グレンに言われなければ、別にベッドでなくともよかったのだが。


 自分が横になっていた部分に手を触れる。


「よかった……全く溶けてない」


 ほっとため息をついた。床の上で寝る事よりも人間らしい生活を送る事ができそうだ。


 ベッドから降りて、窓に近寄り木戸を開ける。大量の光が部屋の中に差し込む。

 部屋の中に冷たい風が流れこむ。しばらくは空気の入れ替えをしておくかと、窓をそのままにしておく。


 と、机の上に積まれた数冊の本に目が行った。

 これはグレンに読んでおくようにと、言われて渡された魔法の教科書だ。


 昨夜、眠る前にカンテラの明かりの下でその本を開いてみて、ライムはあることに気がついた。

 それは習ってもいないのに、本に書かれた文字が読めた事だ。


 その事実に気がついたのは、本を数ページほど読み進めた後の事。

 本の内容は初心者を対象とした魔法の解説書だ。読んでいたのは前文の部分で、ごく易しい代物だったが、それは文字自体を読めているからの話だ。


 明らかに日本語では無いのに、ごく自然に文字を読み進めていた。その事に今更ながらに気がついて心底驚いた。同時に、何故もっと早く気がつかなかったのかと自分に呆れてしまった。


 自分が文字を読めるのは新たにスキルを手に入れた影響かと思ったが、そのような事実は無かった。所持しているスキルの内容に変化は無かった。


 すっきりしない気持ちの悪さを感じながらも、とくに不都合がある事では無かったので、心のしこりはココロの棚に一時置いておく事にした。


 その時読んでいた本は、グレンから数冊渡された本の中から、これだけは明日までに読んでおきなさいと言われた一冊だ。


 本の題名は『四大魔法の基礎的事項』。

 

 内容を軽く言うと、始めに四大魔法を含むほとんどの魔法系統は図形によって効果の内容を決定するのだという。

 その図形の事を魔法陣や術式と呼ぶ。

 属性に関しても図形によって決定される。火ならば火の基本形の魔法陣を魔力で描き出し、魔力をそれに通過させることで、本来は無色の属性を持った魔力が火の属性を帯びた魔力へと染め上げられる。

 また、属性以外にも、どのような効果を持った魔法になるかも、魔法陣によって決定される。


 物理魔法を使った事のあるライムにとって、とても分かり易い内容だった。

 物理魔法は使うと決めただけで、目の前に魔力で描かれた複雑な魔法陣が出現する。その魔法陣に魔力の塊を通過させるだけで使う事ができる。


 四大魔法というのは、物理魔法でなら自動で出現する魔法陣を、自分で一から描き出さないといけない魔法系統ということだろう。


 それらの事を知った時の感想は、事前に想定していたより簡単な仕組みなのだなという思いだ。

 これならばすぐにでも四大魔法は使えるようになるだろうと、ライムは期待した。


 試しに使ってみたいと思ったが、魔法を使う際は自分の許可をとってからにしなさいという、グレンの注意事項が告げられていたので諦めざるをえなかった。


 仕方なしに『四大魔法の基礎的事項』を一読した時点で昨夜の自習を終わりにした。

 渡された他の数冊――正確には残り四冊の方も読もうかと思ったが、カンテラに使われる油のムダ使いはやめておこうと、眠りについたのだった。


 ちなみに、残り四冊の本の題名はそれぞれ、『初学陰陽魔法』『五行魔法の初歩』『魂魄学。陰陽魔法と魂の関わり』『才能系魔法系統に関する考察』だ。


 これらの本は今日に時間が取れたら読む事としようと決めて、ライムは部屋を出る。

 リビングをのぞいて見るが人の姿は無い。


 と、台所から物音がするのでそちらへ行ってみる。


「おはようございます。師匠」

「ああ、おはようライム。よく眠れたかい?」


 台所にいたグレンと挨拶を交わす。彼は水瓶の蓋を開けていた。


「ええ、よく眠れました。心配していたベッドの方も、何の被害も出さずに済みましたよ」

「そうか、そいつは良かった。もし被害が出ていたら、おぬしのベッドの事で頭を痛めることになったからのう」


 グレンはカンラと笑う。と、彼は不意に思いついたように水瓶を見やる。


「そうだ。ちょうどいい所に来たなライム。ついてきなさい」


 蓋を壁に立てかけ、水瓶の隣にある勝手口から外に出るグレンを追いかけて、ライムも外に出る。


「ああ、勝手口は開けておいていい」


 ドアを閉めようとしたライムにグレンは言う。

 ライムは不思議に思いながらもドアを開いたままグレンの隣に立つ。


 そこには勝手口に隣接した井戸がある。

 アリティアの治療の時に水を汲みに来る時は、正面出入り口ではなく、勝手口からの方が近かったなとライムは思った。


「ライムには朝の水汲みを頼むことになる。朝一番に台所の水瓶をいっぱいにしておくこと。前日の水が残っていたらそれを捨てる事も忘れずにな」


 唐突に告げられライムは戸惑う。だが弟子として住み込む事になったのだから、この家の雑事を弟子が担うというのは当然の事だと思い直す。


「わかりました」


 ライムは力強くうなずいた。


 井戸からの水汲みは重労働だろうが、井戸には滑車も付いているし、ライム自身の力も見た目よりもはるかに強い。

 なにせ、本来ならば直径二メートルのスライムの体を、幅跳びで五メートルは跳ぶ事のできる身体的潜在力を持ち合わせている。小さな人の少女の姿に擬態しているとはいえ、その力が失われているわけではない。

 水汲み程度の労働はどうということは無い。


 釣瓶に手を伸ばそうとすると、グレンに止められた。


「ああ、待ちなさい。ただ普通に水汲みをするだけではあまり意味がない。

 今、手本を見せるからそれを参考にしなさい」

「え?」


 水汲みに手本なんているのだろうか?

 そもそも昨日のアリティアの治療時に水を汲んで来たのはライムなのだから、井戸の使い方を知っている事は彼も分かっているはずなのに。

 そんなことをライムが疑問符を浮かべていると、グレンは井戸に向き直り、人差し指でクルリと空中に丸を描いた。


「ここの部分をよく見ていなさい」


 真剣な表情でグレンは言うが、ライムは何を示しているのか分からず、首をかしげた。


 と、ピチャンと小さな水音が聞こえた。

 井戸の釣瓶についた雫が井戸の底に落ちたのかと思ったが、それは違うとすぐに気がついた。井戸の底からザザザッと水のうねる音が聞こえて来たからだ。


 これは――


「魔法?」


 つぶやき、そこでようやくグレンの言葉の意図に気がつく。見るべきは手元のただの風景ではなく、魔力の動きの方だ。

 魔力を見るために急いで魔力操作基礎のスキルを発動させる。


 そのとたん、今まで隠されていた世界の真の姿が露わとなる。


 無数の光の粒が、グレンの手元に集合し光の塊となっている。もう彼の手元を見ることができない。そればかりではなく井戸の中から勝手口を通り、水瓶へと伸びる光の帯となっている。


「な……!」


 自分が物理魔法『氷結』を使用した時とは比べ物にならない魔力の粒の量にライムは圧倒される。

 気がついた事に気がついたのだろう、グレンはニヤリとした笑顔を見せた。


「これが、学問系魔法系統の一つ、四大魔法の水属性の魔法だ。

 これは四大魔法の基礎の一つだからの。ライムにもこの程度は楽に行使できるようになってもらうぞ」


 グレンの言葉が終わると、彼の手元で塊になっていた魔力が薄くなっていく。


 いや、違う。網のように粗密が表れ始め、魔力によって描かれた明確な図形が出現する。

 粒であるはずの魔力の集合体であるはずなのに、その図形――魔法陣を描く線はそれぞれがしっかりと実体を持った光を放つ糸のようにしか見えない。

 井戸の底と水瓶を結ぶ魔力の帯も、コンピューターグラフィックスのワイヤーフレームモデルで表現されたチューブのように収束していた。

 魔法陣とチューブは複数の宙に伸びる線でしっかりと接続されている。


 井戸から聞こえる水音はさらに激しさを増す。


 と、チューブの中を大量の水が移動を始める。

 井戸から水瓶の中へ我先にと水が流れこむ。もし、魔力が見えていないならば何もない空中を大量の水が流れているように見えただろう。


 あっという間に水瓶の容量が満杯になってしまい、水の移動は短い時間で終わった。

 魔力の糸で描かれた魔法陣とチューブはその形を崩し、あっという間に周囲へと拡散してしまう。

 魔力操作基礎のスキルで魔力は見えてはいるが、そうでない時と大して変わらない風景に戻ってしまった。


「と、まあこんな感じじゃな。今日はもういいが、明日からは今の事を目指していくことになる。

 もっとも、まともに水を操れるようになるまでは、普通に釣瓶を使っての水汲みになるがの」


 グレンは唖然としているライムの様子に、苦笑しながらそう言うと家の中に戻ってしまう。

 そんな彼を見送り、ライムは周囲の地面に水で濡れた痕跡が無いことに気がついた。無駄な飛沫を一滴も出していない証拠だ。

 

 それから一度井戸の中を覗き込む。水面までは三メートルほどの深さだ。


「アレだけの水瓶の量を、この深さから、アレだけの短時間で水汲み終了?」


 未だに信じられず、呆然とライムはつぶやいた。


「ライム! ぼうっとしとらんで、朝食の準備も手伝いなさい!」

「あ、はーい」


 家の中からグレンの呼び掛けに慌ててライムは家の中に戻る。

 気になった水瓶の蓋を取り、中を見るとなみなみと水を湛えている。その周囲に水が跳ねた痕跡もない。


「すごい……」


 感嘆のつぶやきが、思わず漏れた。



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