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第20話 人としての生きる



 食事が終わったころ、ふとアリティアが尋ねてきた。


「そう言えば、ライムは今まで何処で生活をしていたの?」

「ああ、そうじゃな。十日ほど前にこちらへ来たとは聞いたが、その十日間、何処で過ごしていたかは聞いていなかったの」

「えっと、崖に穴をあけて底をねぐらにしてました」

「崖に、穴? 洞窟の中で暮らしていたのか?」


 グレンはあきれたあと、ライムをたしなめる。


「にしても危ないことをするものだ。崖などに穴を掘ったら、土が崩れて生き埋めになるぞ。よく、そんな危険な場所をねぐらにしようとしたな」

「いえ、大丈夫ですよ。崖って言っても、穴を掘ったのは土じゃなくて、石の部分ですから。崩れないように強度は十分にありました」


 ライムの言葉にグレンとアリティアは首を傾げる。同じ仕草に血のつながりを感じられる。


「石に……穴?」

「……石に穴は掘れんじゃろう?」

「あー、えっと」


 言ってもいいものかと一瞬戸惑うが、今更ヒミツにするものでもないと考えなおす。


「私は体がスライムですから。石も溶かせるんですよ。それで石の中に穴を作って、ねぐらにしてました。というか、森の獣を狩りにする前は石ばっかり食べてましたし」

「石は食べ物じゃないよ?」


 可哀想な人を見る目でアリティアは言ってくる。そんな彼女の視線に悲しく思いながらライムは目を逸らす。


「こっちに来たと当初は、身を隠すのに必死で。それで地面に穴を掘ったら土も食べられるって気がついたんだ。それで土の中の石を食べれば体を頑丈にできるって事にも気がついたから、石を食べてただけだよ。

 石なんて、おいしくないし」

「ライム?」


 アリティアの呼びかける言葉がやけに優しい。


「ちゃんとご飯はだしてあげるから、石なんて食べちゃダメだよ?」

「そうじゃな、師として弟子がそのような食生活は容認できないな。ちゃんとしたご飯を食べるんじゃぞ?」


 何故そんなにも優しげな眼差しを向けるのだろう。ライムは焦って言葉を続ける。


「あ、いや、ご飯はちゃんと食べてるよ? 今朝だって、イノシシ一匹、まるごと食べて来たから、食生活が貧しいってわけじゃないよ?」

「イノシシを一匹?」

「まるごと食べてきた?」

「あ。あー……。

 そうだ、森の獣って獲っても大丈夫なんですかね? 師匠とアリティアが獣の肉を食べても大丈夫なら、私が狩ってきますよ?」


 ライムは誤魔化すように質問をする。肉食に関してはタブーがないか慎重に行動するつもりだった考えをすっかり忘れていた。


「肉は大丈夫だが。イノシシを一匹まるごととはどういう事だ?」

「ご飯の量、これだけじゃ足らない?」


 グレンは戸惑いの様子で、アリティアは心配そうに問いかけてくる。


「あー」


 ライムは困った様子で言うべきがどうか、視線をさまよわせ、素直に話すことにした。


「実はですね。私は自分の食事の量が、どれくらいが適正なのか良く分かってないんですよ」

「どういう事だ?」

「師匠には前に言いましたけど、この世界に来た当初は私の体はこの程度の大きさでした」


 と、胸の間で三十センチほどの丸を作る。


「けれど、小さいままじゃ危険だと思って。必死になって量を食べたんですよ」

「だからって石を食べる事は無いと思う」


 アリティアの指摘はその通りだと思うが、話が進まないのでとりあえず無視をする。


「そ、それで、今じゃ、こーんなにも大きくなれたんです」


 大きく両腕を広げて大きさを表現する。今のライムの姿はアリティアのそれで、アリティアの身長は百四十センチほどだ。立ち上がり腕を伸ばせば、直径二メートルほどのスライムとしての姿の大きさを示す事ができる。


「そんなに大きかったっけ?」


 スライムとしての姿を見たことのあるアリティアは首をかしげている。


「いまのライムからして、そんなに大きい体とは思えんのだが?」


 グレンの疑問にライムはこたえる。


「アリティアが見た時には小型化スキル使ってたし。今の姿は擬態のスキルを使ってるからです。重さも体重適正化ってスキルを使ってるので、擬態スキルを使ってる時には見た目通りの重さしかありません。


 けれど私の本当の大きさはそっちの方です。

 体を大きくするのに役に立つスキルがいくつかあったので、体を大きくする事はできたんです。


 それだけの体の大きさがあれば問題ないと今は思ってるんですけど、この体の大きさを維持するにはどれくらいの量を食べればいいか、良く分かってないんです」


「なるほど。それで特に考えず、体を大きくする時と同じようにイノシシ一頭を丸呑みしてきたというわけか」

「そういう事です……」

 

 気恥ずかしくなって、ライムは視線をそらす。視線を逸らしたと言っても、ライムの体は全身が感覚器官でもある。グレンがあきれかえった視線を向けて来るのを妨げる事はなかった。

 

「満腹感を感じて食べることを辞める事はしないのか?」

「満腹感は感じることはできますけど、暴食のスキルか、それとも急速消化のスキルのせいなのか、食べ過ぎで苦しいとは思わないんですよ。それに、その時は早く体を大きくしないとって必死でしたから。

 

 それに、食べた後は何も食べなくても一日くらいは空腹感は感じませんね。それが量を食べたからなのか、スライムとしての生理的サイクルなのはわかりませんが」

「ふむ、それはおそらくはスライムとしての方だろうな。スライムは本来そんなに大量にモノを食べる存在ではない。


 しかし、体の大きさの維持か……。普通の量だけでは維持できないか?」

「それは……ちょっとわかりません。けど、狩りをさせてもらえるなら大丈夫だと思います。

 その事があるから、通いで魔法を教えて欲しかったんですけど……」


「ああ、なるほどそれでか」


 納得したようにグレンは頷く。


「だが、通いというは許容できんな。おぬしのそれは、人の生活とは言えない。

 人になりたいと言うのならば、人としての生活をするべきだ。


 おぬしの食生活だが、しばらくはごく普通の人としての食事だけにしてもらう。

 それだけでは量が足らず、体の大きさの維持ができないというのならば狩りに行く事も許可しよう。それで良いな、ライム?」

「分かりました師匠」


 しばらくは狩りをすることは無くなるなとライムが思っていると、アリティアが不満の声を上げた。


「えーそれじゃ、わたしがお肉を食べられなくならない?」


「あー……。どうします?」


 アリティアの不満気な顔を見て、ライムはグレンにお伺いを立てる。


「あー、そうじゃな。獲った獲物の一部は持ち帰り、家で調理をするというならば、狩りをしてもよい。という事にする」

「やったぁ! じゃあさ、わたしは鹿が食べたいな。前に食べた時はすごく美味しかったから」

「え、鹿?」


 アリティアの喜びのリクエストに、ライムは頬を引きつらす。


「え、ダメ?」

「いや、ダメというか……。鹿は怖いから勘弁してほしいんだけど……」

「え? 怖い? 鹿が?」

「野生動物だから危険と言えば危険だが、イノシシとたいして変わらないだろう?」


 アリティアはキョトンと首をかしげ、グレンも不思議そうな顔をする。


「たいして変わらないって、何言ってるんですか。鹿ですよ? 近づいたら氷結弾をぶっ放してくる凶悪な動物が、どうしてイノシシとたいして変わらないなんて言えるんですか!?」


 恐怖の思い出に思わずまくし立てる。すると、グレンとアリティアの表情が驚きにそれに変わる。


「おぬし、フリーズホーンに手を出したのか? よく生きているな……」

「フリーズホーンって普通、鹿って言わないよね?」

「え? なに? あれは鹿じゃないの?」


「一応は鹿じゃな。シングルホーンの突然変異だから、鹿と言える。

 けれど、見た目も普通のシングルホーンとは異なっているし、危険度ランクも高い。

 それに肉の味も悪い。だから普通は狩りの獲物の鹿とは言わないぞ?」

「フリーズホーンはモンスターじゃないの? そう教わったけど」

「モンスターではあるが、魔物では無く動物の一種じゃな。死ねば体を残す。

 モンスターというくくりは危険であるか否かという大雑把ものだ。合ってはいるが正確ではないというところだな」


 解説をするグレンの言葉に、ライムは呆然となった。


「……じゃ、じゃあ、あれは鹿じゃない?」

「普通の鹿は魔法など使えないぞ? というか、フリーズホーンなど数が少ない代物だぞ? 猟師でさえ、数年に一度遭遇するかどうかだ」

「ウチの村には去年出たけどね」


 あきれた様子のグレンにアリティアが付け足す。ライムはその事に驚く。


「罠にかけて仕留めたがな。幸い、けが人はなかった」

「肉も配られたけど、おいしくはなかったよね」

「うむ。そのくせ革も角も、性質はシングルホーンと変わらないからな。危険で迷惑なだけの存在だな。

 子供のアリティアが珍しいフリーズホーンを知ってるのはそういう訳だ」


「ライム? 鹿のお肉は美味しいよ?」


 だから鹿を獲ってきて欲しい、という事だろう。口よりも雄弁な眼差しにライムは屈した。


「あー、ちゃんと見分け方が分かったら、鹿に挑戦してみることにする……」


 気は進まないが承諾する。


「うん。楽しみにしてるね」


 アリティアの楽しそうな笑顔に、挑戦するのも吝かではないとライムは思った。


「狩りの話はそれでいいとして。ライムよ、今まで住んできた洞窟から何か持ってくるものはあるのか?」

「いや、そんなものはないですよ。

 生きる事はこの体一つでできましたから。その意味ではスライムの体は便利なものですよ。荷物なんて何もないですし」


 ライムの答えに、グレンは呆れるしかない。


「ならばなおのこと、この家で暮らすことは正解だな」


 グレンは一つため息をつき、ライムを真剣な眼差しで見つめた。

 ライムはその様子につられ、姿勢を正す。

 グレンは言う。


「ライム。おぬしは人として生きてゆかねばならない。

 例え体がスライムだとしてもだ。魂は人であり、人の体に戻りたいと願うのならば、人としての生活を忘れてはいけない。


 ワシは、スライムに魔法を教えるためにおぬしを弟子にしたのではない。

 人の体に戻りたいと願う、スライムの体になってしまった人間に、そのための手段の一つとして、魔法を教えるために弟子としたのだ。


 人の意識は体に引きずられると言う。体が病めば心も病み、体が老いれば心も老いる。

 そしておぬしは人外の体を持っている。


 だから、おぬしは人であることを常に意識して生きなさい。


 人として正しい生き方を意識するのだ。

 そうすれば早々に心が体に引きずられる事も無い。


 それから、この家でわしらと共に生活していく中で、君自身のものを徐々に増やしていきなさい。

 人は道具に囲まれて生きる生き物だ。そのことを意識して自分の道具に囲まれながら生活すれば、人外へと意識が引きずられる事への多少の歯止めにもなるだろう」


「はい。ありがとうございます」


 厚意とも指導ともつかないグレンの言葉には、将来を気遣った温かいものがあった。

 ライムは自然と頭を下げた。


「まあ、おぬしは弟子だからの。弟子の生活の面倒を見るもの師の努めだ」


 頭を下げられたグレンはしかめっ面をして言うが、それは照れているようにしか見えなかった。


 アリティアが祖父の様子に笑いをかみ殺している事には触れぬ方が良いだろうと、ライムは思った。



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