第19話 弟子入り
「私に魔法を教えてくれませんか?」
ライムの言葉に、グレンは困ったように顔を歪めた。
昨日の夜に、ライムが弟子入りした時のための準備を始めている。しかし、本当に弟子に迎え入れて良いのかという迷いが、今さらながらに生まれた。
魔法を教えるということは弟子にするということだ。それはライムを自分の身内にするということ。
どれほど理性的な存在だとしても、モンスターを身内にする。それがこの村の者にとって、どのような感情を抱かせるは想像に難くない。
ことわるべきだ。そう決心し口を開こうとした時、予想外の場所からライムへと援護射撃が来た。
「ライムはおじいちゃんの弟子になるの!? ならこれからも一緒にいられるんだね!」
喜びのあまり飛び跳ねそうは勢いで、ライムの手をとりブンブンと振るう。
その勢いにライムは目を白黒させるしかない。
そんな様子のアリティアに、グレンはあっけにとられる。
「あ、いや……」
「ねえ、いいでしょうおじいちゃん。ライムを弟子にしてあげようよ」
否定の言葉を口にしようとしたら孫に言葉を被せられた。
「しかしだな、ほかの村人たちがどう思うか……」
「えー、いいじゃない。おじいちゃんの弟子になりたいだなんて人、ほかにいないんだし。おじいちゃんだって、人に物を教えるのが好きなんでしょ?
それに、わたしは魔法に関して才能がないんだからさ、ライムだったらおじいちゃんの後継者になれるかもしれないのよ? だから良いじゃない」
「アリティアは別に才能が無いわけではない」
グレンは孫の自らを否定の言葉を否定する。アリティアはあっけらかんと訂正した。
「あー、じゃあ、わたしは魔法に対してあんまり興味がないって言い直すね」
アリティアが魔法に対してあまり関心を抱いていない事は前々から聞かされてはいたが、悲しく思うのは否定できない。
そんな祖父の感情に気がついたアリティアは慌てて言葉を付け足す。
「あ、いや、嫌いってわけじゃないよ? けど、魔法を教えるなら興味の持ってるライムに教えた方がいいんじゃないかなーって思って。
それにライムがおじいちゃんの弟子になれば、ライムといつでも会えるようになるでしょ?」
結局の所、アリティアはライムと一緒にいられる時間を長くする為に弟子入りを認めさせてようとしているのだ。
グレンはあきれて様子でため息をもらした。
「そうではなくてだな。スライムを村に招き入れて弟子にしたらほかの村人がどう思うかの話しだ」
「ん? えーっと……?」
アリティアはライムを見やる。頭の天辺からつま先までマジマジと観察する。
見られるライムは居心地が悪そうに身じろぎする。
「えっと? なに?」
ライムは疑問の声をあげるが、アリティアは再びグレンに向き直る。
「いまのライムを見てスライムだってわかる人、いるの?
いま言われるまで、ライムがスライムだって事、忘れてたし」
アリティアの言葉に、グレンはライム改めて見やる。
祖父と孫、二人でマジマジと観察されて、ライムは居心地が悪そうにしている。
ライムの姿は、緑がかっている金色の髪、色の薄い緑色の瞳。
アリティアとそっくりだが、少女の持つ陽気さは感じられない顔立ち。
服装もアリティアと似てはいるが、色合いが薄く、飾りとなる柄はシンプルなものだ。
アリティアと並べて比べれば明らかに違う者だと分かるが、単独で見た場合、アリティアと見違えるのも無理のない姿だ。
だがライムを見てアリティアと見違える者はいたとしても、ライムを見て人外の存在だと見る者はいないだろう。
それほどライムは人に、ひいてはアリティアにそっくりな姿を模している。
グレンがライムの正体に気がつけたのは、出会った時の状況が異質だった為だ
近くには他に村が無いのに、森の中を無傷の女の子が怪我をした同じ体格の孫を背負って歩いていた。という状況。
それに加えて、陰陽魔法を修めたからこその、異常性への感知能力が高かったこと。アリティアの応急処置に使われていた、硬質化した粘液の存在を知っていたという複合的な要因の結果だ。
それらの違和感を呼び起こす要因が無ければ、ライムの正体を看破できるかと考えてみれば、グレンは否定するしかない。
「た、たしかに村の連中は気づかないと思うが……」
今のライムを見て人ではないと分かる方法は、魔法を使った精査しか無いだろう。そして村人にそんな事ができる者はいない。
そもそも魔法が使える者であっても、魔法による精査をごく普通に生活している人に対して行う事などありえない。マナーの面からしても問題だし、精査の魔法の行使にはそれなり以上の労力を必要とする。
自分の弟子として引き取った子供だと村人たちに紹介したとして、ライムの正体を看破する者がいるだろうか? しばし考え、そのような者に心当たりがないことに思い到る。
「いや、しかし、それでも髪の色が少しおかしいだろう? そこから気がつく者もいるかもしれん」
ほとんど言いがかりに近い、抵抗を試みる。
ライムの髪の色は金色だが、光の加減によってわずかに緑色がかっているのが見て取れる。
「そう? 確かにに緑色がかってる髪の色は珍しいと思うけど。そういう髪の人がいてもおかしくないと思うけど?」
「いや、緑がかった色など人間にはありえない色あいの髪だ」
だが、その事を知っている者がどれほど居るのか。ほとんどの人が知らない事だろう。
事実、アリティアは髪の色の事を指摘しても不思議には思わない。
「なら。髪の色を変えればいいんですよね」
その言葉とともにライムは己の髪の色が変化させる。
色を変化させる擬態スキルを使用して、髪の色を緑がかった金髪から、真っ黒な髪へと変化させる。
人化させる擬態スキルは、アリティアの姿から遠く離れた姿にはできないが、色合いの変化だけならば容易く可能だった。
「なっ……!」
「うわぁ!」
グレンは目を丸くして驚愕の声を上げ、アリティアは驚きの歓声の声を上げた。
「ねえ! ほかの色にも変化できるの?!」
「できるけど、薄い色だと緑がかっているのは隠し切れないと思う」
緑がかった色は己のスライムとしての本質に近い色だ。髪のように細い部分では光が透けてその緑色が見えるようになってしまう。
黒髪を選んだのは鳥から食らった記憶で、黒髪の人間ならこの村にも居ることを知っていたからだ。
「じゃあさ、赤い髪にしてみて。うわぁすごい。次は緑にしてみて」
アリティアはおもちゃ扱いで次々と髪の色の変化を要求してくる。ライムはアリティアの要望に応じて髪の色を変えていく。
「あ、そうだ。一部分だけ別の色にするってできる?」
「それはできるが……。アリティア、後にしてくれ、今は真面目な話だから」
「む、はーい。後で色んな色の髪型に変えさせてよね?」
不満気な様子のアリティアだが、なんとか興奮を収める。
怪我をしているのにそんなにはしゃいで大丈夫かと、ライムは不安になったが、なんともないようだと安堵し、グレンへと向き直る。
髪の色を真っ黒なそれへと変えてグレンに告げる。
「普段はこの髪色にしておきます。そうすれば髪の色から、私がスライムだと疑問に思う人は出ないはずです。
それでも、私を弟子にすることはダメでしょうか?」
ライムの言葉にグレンは困ったように顔を歪めた。そして、ちらりと視線を孫へと向ける。孫は真剣な表情で祖父を睨んでいた。断ったらダタじゃすまないからね! と顔に書いてある。
グレンはため息をついてライムに視線を戻す。
「……よかろう。おぬしの弟子入りを認めよう」
「あ、ありがとうございます……!」
ライムは安堵と共に感謝を込めて頭を下げた。
「やったー! これでライムと一緒にいられるね!」
アリティアはライムよりも喜びを露わにする。
「じゃあ、ライムの部屋を用意しなくちゃならないね。おじいちゃんお父さんの部屋をライムに使ってもらっていいかな?」
「よいのか? あいつの部屋を使わせて?」
「うん。ライムにならいいよ」
「そうか、ならその前に掃除をしておかないとならないな」
祖父と孫の会話にライムは戸惑う。
「ちょっと待って。部屋ってなに? 私は通いで魔法を教えてもらおうと思っていたんだけど?」
あきれた視線を向けられた。
「おぬしこそ何を言っておる。弟子にした者が師匠から離れて暮らしているなど、許容できるはずがなかろう」
「ライムはウチで一緒に暮らすのはイヤ?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「通いなど悠長な事をしていられるワケなかろう。弟子はその生活から師の側にいなければ意味がない。
通いの時間で教えたところで、魔法は身につかないのだからな。
日々の細々とした生活の傍ら、身につけていかねば、本当の意味での生きた魔法はつかいこなせない。
それに、おぬしの目的の魔法を習得するには、通いなどいう贅沢な時間の使い方をしているヒマなど無いだろう?」
ライムの求める魔法は人化の魔法だ。その技術的高度さを考えればグレンの言う通り、無駄な時間など無い。
そのことを考えていなかったライムは、再び感謝の為に頭を下げた。
「それでは住み込みをお願いします。グレンさん」
「『グレンさん』では無く、師匠と呼びなさい。わしはキミの師なのだからね」
「あ、わかりました。よろしくお願いします、師匠」
「うむ」
グレンは満足気に頷く。
「アリティアもこれからよろしくね?」
「もちろん! これからよろしくね。ライム」
踊るような口調で言ってアリティアは嬉しそうに微笑んだ。