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第18話 騎士さまとお姫さま



 お互いに笑い声を上げた後もアリティアとライムの二人は、長い間お喋りを続けた。


 と言っても一方的にアリティアが喋り、ライムが聞くという形だった。ライムには話すべき内容というモノは持ちあわせてはないと自分で思っていたためだ。己の記憶を失っているのだから仕方のない事だろう。


 アリティアが話し、ライムがそれに頷き、うながし、そして、共に笑い合う。そんな穏やかな空気が流れていた。


 話の内容は例えば、隣の家の夫婦に小さな赤ちゃんが生まれた時の話とか、2軒隣のおばさんにおやつをもらったとか、グレンが呼ばれた時にちょうど不在だったせいで村中走り回ったとか、グレンと一緒に木こりギルドへと行った時の話など、それら数多くのエピソードをアリティアは身振り手振りで大きく表現した。

 

 村から少し離れたところにあるきれいな花が咲く場所があるから一緒に見に行こうと誘われた。今季節ではなく、少し後の時期のことらしい。

 その花の話しの中で、今の季節がちょうど初夏に差し掛かっている頃だと、ライムは初めて知った。

 

 今の時期の話では無い事を言うと、数ヶ月に一度の行商馬車がやって来るという話も聞いた。

 お小遣い稼ぎに自分の手芸作品を売ったりしているそうだ。


 その流れでアリティアの手がけた手芸作品を自慢された。

 色鮮やかな作品だが、幼いなりの未熟さが見て取れる作品でもある。

 良いできの作品は売る事もあるんだよ? との自慢に、ライムは良い作品を手元に置こうとはしないのかと問いかける。アリティアは作る前にどうするかを決めておくから。と言った。


 お喋りが一段落したあと、ゲームで遊ぶこととなった。

 将棋やチェスのようなボードゲームだ。その駒とゲーム盤は、ほかの種類のゲームなどと一緒に、部屋の片隅にあった箱の中にあった。

 その箱は忘れられた様にうっすらとホコリを被っていが。ライムはその事を気にすることは無かった。


 トランプのようなカードゲームもあったが、二人では面白くないという事で、対戦型のボードゲームがやることとなった。


 将棋やチェスの様な盤だが、やはり、ルールは違うシロモノだった。アリティアの教えを受けて、ライムは初挑戦を行うことになった。


 当然戦績はアリティアに軍配が上がった。しかし、数回繰り返すことによって、だんだんと食らいつけるようにはなってきた。


「アリティアはこのゲーム。得意なのか?」


 追いつめられつつある盤面を睨みながら、時間稼ぎにライムはアリティアに尋ねる。ライムの長考を待つ彼女は有利な戦況に得意げな顔でこたえる。


「おじいちゃんが好きなんだよ。このゲーム。たまに相手をしてた」

「そうか……。グレンさんは強いのか?」

「ううん。下手の横好きってやつだと思う。わたしでもたまに勝てるし、おじいちゃんと対戦してた人はみんな下手の横好きだねって言ってたし」

「そうか……。よし、これでどうだ?」


 ライムは硬い木で作られた駒の一つ動かす。と、すぐさまアリティアは応手を打つ。


「あ……」

「これで詰みだね。これでわたしの四戦四勝!」

「――ふう……」


 魂が抜けたように、力が抜けたライムはパタリと、ゲーム盤を載せたテーブルに顔を伏せる。


「――こっちは初心者なんだから、もう少し手加減してほしいんだけどー……?」

「手加減はしてるよ。だけど、ライムはすぐ上手くなるね。似たようなモノでもやった事あるの?」


 質問に顔をあげ、首をかしげた。


「んー? どうだろう? たぶん、やったことはあるんだと思う。将棋とかリバーシとかのルールは分かっているし。

 けど……。一体どんな人と対戦したのかは覚えてないな。私が強いのか弱いのかもわかんないや」


 あっけらかんと言って、ライムは肩をすくめた。


「そう……なの。あ、じゃあ、今度はライムがわたしに教えてよ。そのショウギとかリバーシとかいうゲームをさ」

「そうだね。駒とか用意しなきゃいけないけど、そっちも楽しそうだ。今回みたいには負けないよ?」

「フフン。自分の実力もわかっていないライムには負けられないよ?」


 自慢気に口の端を釣り上げるライムにアリティアも同じ表情を浮かべて応じた。どうしても楽しげな空気に包まれてしまう。

 二人にはそれがとても心地の良いものだった。


 と、ドアがノックされた。


「はーい」

「アリティア、お昼ご飯ができたぞ」

「あ。もうそんな時間?」


 グレンがドアを開けて告げ、アリティアは時間の流れの速さに驚いた。

 午前から家にやってきたために、昼ごはんになった。


「怪我の事もあるしの。部屋で食べるか、それとも居間で食事をするのか、どっちにする?」


 グレンが問いかけ、それを受けたアリティアは何故かライムに質問を投げる。


「ライムはどうするの?」

「え? いや、気にしないでいいよ。そろそろ迷惑になりそうだから、帰ろうかなって思ったところだし」

「え? ライムはお昼ご飯はどうするの? 一緒に食べるんじゃないの?」


 ライムが遠慮するとアリティアは不思議そうに疑問の声を上げた。


 ライムはすぐには返答をしかねた。


 ライムがお昼ごはんを食べられるかは、これからの狩りの成果次第だ。獲物をつかまえられるかの保証はない。朝の狩り捕らえた獲物は、全て食べてしまった。

 考えてみればかりでとらえた獲物を食料として貯蔵を保管するという考えが全く出なかった。


 自分は人間だという意識があるのに、それはどうなんだとライムは凹んだ。


 いや、食料を貯蔵するための材料も知識もないのだから仕方ないことだ。

 今のスライムの体はいざとなれば、ただの石ころでさえ食料にできる。そのうえ空腹にも非常に強い耐性を持っている。一日何も食べずとも全く支障をきたさない身体だ。食用の保管、貯蔵に全く考えが及ばなかったのも仕方のないことだ。

 そう自分を慰める。


 そんな考えを巡らせていても、アリティアの質問であるこれからのお昼ご飯については確実な当ては無い。その事を直接言うのもためらわれる。


 ライムが答えを口ごもっていると、グレンがため息をついた。


「だったらおまえさんも食べていけ」

「え? いいんですか?」

「客人に食事をふるまえないほど困窮はしておらんわ」


 戸惑うライムにグレンが答える。


「なら、居間の方で一緒に食べよ」


 アリティアはそうライムに提案する。

 提案自体に否定する事はないのだが、移動はどうするのだろうと、ライムは思う。

 するとアリティアは甘えるような仕草で、すっと両腕をこちらに伸ばした。


「ライム、わたしを運んでくれない?」


 コテンと首を傾げるあざとい仕草に、ライムはとっさに返答をしかねた。

 そんな孫にグレンはあきれて様子でため息をつく。


「ライムや、孫の世話を頼めるかの?」

「あ、はい。わかりました」


 ライムに断るつもりはなかった。


「なら先に配膳をしておる。あまりあわてずとも良いからな」


 グレンは先に部屋を出た。


 ライムはアリティアを抱きあげる。両腕で背中と膝の裏を支える、いわゆるお姫様だっこというやつだ。

 アリティアはライムの首に抱きつき、少女は実に楽しそうに笑う。


「こういうの、物語であったよ? お姫さまを竜殺しの騎士が救い出すって。わたし、お姫さまみたい!」

「私は、騎士って柄じゃないけどね。 

 むしろお姫さまをさらう、悪い竜の仲間の方かな」


 スライムである自分は人を襲う側に分類されてしまうだろう。そんな自嘲を込めてのつぶやきを、アリティアは強い様子で否定した。


「そんなことないよ! ライムはとてもいい子だよ。きっと騎士さまは似合うよ」


 今の私の姿はアリティアとそっくりだ。それを言ったらアリティアも騎士さまが似合うと言う事になる。

 そのことは言わない方がよいのだろうか、と口をつぐむ。代わりに苦笑する。


「騎士さまは似合わないと思うけどね」

「じゃあ、お姫さま?」

「そっちはもっと似合わないよ。アリティアと違ってね」

「そう?」

 

 まんざらでもない様子でアリティアは嬉しそうに微笑む。

 ここでライムは気がつく。アリティアには似合うけど、自分には似合わない。姿は同じでも、自分の姿と他の者の姿に似合う印象は異なる。


 アリティアを抱きかかえて家の中を移動する。

 少女は実に楽しそうに笑っていて、その様子を見るとライムも自然とうれしくなった。


 わずかに見た限りだが、この家は中央に廊下が一本あり、その片方に居間と台所があり、廊下を挟んでアリティアの部屋を含むいくつものドアあった。


 居間の中に入り、アリティアを座らせてその隣にライムが座る。

 四人がけのテーブルの上には、バスケットに入ったパンと木をえぐって作ったスープ皿が、これまた木でできたスプーンが並んでいる。

 

 そこへグレンが湯気の立つ鍋を持ってくる。テーブル中央の鍋敷の上にのせると、入った木製のお玉で鍋の中身をかき混ぜる。


「ライム、どれくらい食べる?」

「え、あ。じゃあ普通で……」


 ライムはそんな戸惑った返事を返した。

 

 この体はどんなに大量だろうと、制限無く食べる事ができるだろう。

 今までの食事は、捕らえた獲物を全て喰らい尽くし、そこで満足したならば食事を辞め、次の日に空腹を感じたら、また狩りを行うというものだった。

 だから、自分に合った適正な食事量がどれほどかと問われると、戸惑いを覚えてしまう。


 そこで初めて、まったくもって人らしくない食事習慣だと思った。


 スープをよそい、ライムの前にスープ皿を置く。湯気と共にふわりと、美味しそうな香りがライムを刺激する。


「そうか、アリティアはどうする?」

「わたしも普通で」

「しっかり食べないと早く治らんぞ」

「はーい」


 祖父と孫の声を聞きながら、ライムはスープの方へと意識が向かっていた。


 そのスープは汁よりも具がメインとなっていた。たっぷりの刻んだ葉野菜と細く千切りにされた根野菜が、煮こまれて柔らかくなっていた。それにほんの少しだけ肉も入っている。


 考えてみれば人間らしい食事はこれが初めてではないだろうか。ライムは感動にうち震えていた。


 グレンもイスに座る。座席位置はライムとアリティアが隣同士、アリティアの前がグレンだ。四人がけのテーブルでイスも一脚余っていた。

 と、バスケットの中のパンを配るグレンは、ライムの様子が食事内容に不満があるように見えたのか、不安げに問いかけた。


「気に食わないか ?」

「え? いや、とんでもない!」


 ライムはブンブンと激しく首を振った。


「ただ、この姿になってから初めてのまともなご飯だなって思って」

「そ、そうか……」


 グレンは戸惑った様子だか流して終わりにする。


「なら、食べることにしよう」


 言ってグレンは目を閉じ、顔の前で手を組んだ。ライムがその仕草に戸惑い、アリティアを見ると、彼女も同じように手を組んでいた。


 そして二人の言葉が唱和する。


「「クラフスよ、日々の糧に感謝致します」」


 食事の前の、神への祈りの言葉だ。


 慌ててライムも二人の様子をまねして手だけを組む。

 が、お祈りはそれで終わりらしい。


 二人が食べ始めるのをみて、ライムもつづく。木のスプーンを手にとり、スープを掬い口に運ぶ。


「あ、おいしい」


 思わず、言葉が漏れた。

 それほどに味が濃いわけでも、驚くほど美味というわけではない。塩で味付けされた、素朴で単純な味だ。それでも思わず口に感想が出た。


「大したものではないんだかな」


 グレンはそう言うが、態度はまんざらでもない様子だ。アリティアは首をかしげている。


「そんなおいしいものじゃないでしょう? 普通の味だよ」

「普通の味が、おいしいんだよ」


 普通の食べ物なんて食べてこなかったんだから。


 ライムの感想は、比較対象が悪すぎるためにおこったことだ。比べる先が悪すぎる。

 グレンはその事に気がついたのか微妙な顔をする。アリティアは気が付かなかったようで、不思議そうに首をかしげた。

 ライムは詳しくは口にせず、パンにも手を伸ばす。


 固めだが小麦の香りが強いパンだ。


「このパンはグレンさんの手作りですか?」


 話題を変えるように問いかける。


「いや、違う。さすがにパンを作ってるヒマはない。そのパンはパン屋で買ったものだ」

「パン屋があるんですか?」

「ああ、一軒だけだがね。この村の人間はそこのパンを食べておるよ」

「トグウィルさんのパンは美味しいよね」

「そうじゃな、良心的なパン屋だの。アヤツの唯一の欠点は無口すぎることじゃな」

「ハンナさんがその分、お話してるからね」

「あの夫婦の口数は足して二で割って丁度良いくらいだしの」


 村のパン屋とその奥さんの話のことらしい。


「雑貨屋もパン屋あるって、この村って結構発展してるんですか?」

「ん? まあ、発展していると言われればそうじゃな。ほかの開拓村よりはそうだろう。

 この村は元々は木こりギルドの伐採地だったからの」


 そう言って、グレンはこの村――カイロス村の成り立ちを教えてくれた。


 カイロス村は、マヌエルス王国バーナルス領に位置している。

 バーナルス領の領都であるラヴァベの街の上流に位置する森を、木こりギルドが伐採地として選んだ。結果として森が切り拓かれた土地ができたわけだが、その土地の土が肥えている事に誰かが気がついた。

 そこで、その土地で畑を作る為に作られた村が、このカロイス村だという。


「畑作りがついでで、木こりギルドの活動が主である以上、ラヴァベの街の商業圏と言えるかもしれんな。

 もっとも商業的に活発かと聞かれたら、他の開拓村と大差は無い。

 ちょっと高価な品物を買おうとしたら、他の村と同様に行商隊が来た時にしか機会が無い」


「おじいちゃんはその時に、呪符とかいっぱい売ってるんだよね?」

「呪符?」


 アリティアの言葉にライムが疑問符を浮かべる。


「使い捨ての魔導具じゃよ。ウチの現金収入の柱じゃ。行商隊にとっては良い商品になるそうだ。


 ワシも含め、村の連中の自分たちで雑貨を作って、そいつを収入の足しにしておるしな。

 このスープ皿なんかも村人たちの作った物だ。

 この村は端材程度の木材なら有り余っているからの。木工は人気の内職じゃ」

「わたしは刺繍のハンカチとかだね」


 とのアリティアが付け加える。


 この村の人々は畑で作った作物からの収入とは別に、細かな副収入を内職から得ている。

 木こりギルドの経済圏に入っているために、貨幣経済と自給自足が半々でこの村の人々は生活しているそうだ。


 そんな話しをしていると、ふと会話が途切れた。

 その時にライムは、唐突に思った。

 今、言おうと。


 ライムはスプーンを一度置き、グレンを見据えた。

 グレンの方も、そのまじめな様子に気がついたようだ。


 ライムは言う。


「グレンさん。お願いがあります。


 私に、魔法を教えてくれませんか?」


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