第17話 訪問
森の中を歩くライムは村へと向かう。正しくはアリティアの家へと向かった。
目的はグレンへの弟子入りと、アリティアへと会うことだ。
前者も重要な事だが、アリティアの怪我がどうなったのかも非常に気になっていた。
村の近くまでやって来ると、ライムは他の村人に見つからない様に森の木々に身をひそめ、家の周囲を遠巻きに様子を伺う。本気で姿を隠すつもりならは、人の姿すら崩して徹底的な擬態を己に施していた。しかし、今の姿はアリティアの姿を模した少女姿だ。
アリティアとグレン以外の村人に目撃されたとしても、大きなスライムの姿を見られるよりは問題は無い。それでも、村人の一人であるアリティアと同じ姿をしている今の姿を見られれば、見た者が訝しく思うだろう。
その事も警戒して、他の村人の姿が見当たらない事を確認してから、アリティアの家の前までやって来る。
ライムはドアの前に立ち、戸惑った。どのように声をかければいいのだろうかと。
しばし逡巡し、意を決してドアをノックする。
「はーい」
内側から声が届き、近づく足音の後にドアが開いた。グレンがこちらを認めて驚いた顔をした。
「アリティア……? あ、いやライムか?」
ライムの姿は相変わらずアリティアそっくりだ。家の中に居るであろう孫と見間違えたのだろう、グレンは戸惑った様子を見せた。
「あ、その、アリティアが昨日また会えるかなぁって言ってたから……。
えっと、アリティアに会えますか?」
「ふむ……」
グレンは考えるように、顎をなでる。
「弟子入りを頼みに来たのではないのかね?」
「そ、それももちろんあります。けど……、今はアリティアがどうなったから気になるので、……えっとなんて言ったらいいだろう。
……アリティアとまた、お話がしたいんです……」
「ふむ……。つまり、おぬしはアリティアと遊びに来たということで構わんか?」
遊びに来た……。いや、そうなるのか? そんな幼い、拙い理由だと指摘されライムは戸惑う。けれど、その指摘はその通りなのだろう。
恥ずかしい思いをしながら頷く。
「あ、う……。そ、そうです」
「ならワシに拒否する理由はない。
孫娘の友達を拒む扉はウチにはない」
「ともだち……」
そのライムのつぶやきは小さなものであり、グレンには聞こえなかったようだ。そのまま家の中に招かれる。
先導するグレンがアリティアの部屋のドアをノックして開ける。
「アリティア。友達が遊びに来たぞ?」
からかいの気味にグレンは声をかけた。
「え? ともだち?」
戸惑いの声を上げるアリティアだが、ライムの姿を認めるとその表情を喜色に染める。
「ライム?! 来てくれたの?」
「あ、ああ。来たよ。また会えるかなって言ってくれたからな」
「そう? えへへ。嬉しいな」
ライムの言葉にアリティアは照れた様子で笑う。
アリティアは退屈をしていたようで、ライムが部屋にやって来ると歓迎をしてくれた。
ベッドで上体を起こし、本を手にしていた。
アリティアのそばまで行く。ベッド脇に椅子があったので腰掛ける。
「怪我の調子はどうだい?」
「だいじょうぶだよ。
おじいちゃんの魔法で治療してもらったから、今もあんまり痛くないし、1週間くらいで治るって」
「そうか、それは良かった」
問いかけにアリティアは笑顔でこたえた。ライムはホッとするのと同じ位に内心、驚きを覚えていた。
骨折の治癒速度として、それはとても速いと思う。
普通、足の骨折はそこまではやくは治らない。最低一月くらいは掛かると思ったのだが。
この世界の人間は地球の人間より、骨折が自然に治癒する時間が早いのだろうか。
それとも自然治癒力は同じ程度だが、魔法の治療によって、そこまで早く治るのかを悩んだ。
わからないことを聞くしかないという精神で、魔法をかけた本人であるグレンに聞こうとするが、そのグレンはとうに部屋を出ていた。
「どうしたの?」
振り返っていたライムに、アリティアは首を傾げる。
「あ、いや、魔法っていうのは使えばそんなに早く治るものなのかなって、思って」
「え? ライムは知らないの?」
アリティアはライムが知らないことに少し驚いたようだ。けれど少女は得意げに答えてくれた。
「じゃあ、わたしが教えてあげるね」
「アリティアが?」
「そうだよ。えっとね……。
まず、はじめに魔力っていうのがあって、魔力というのは小さなつぶなんだって。
その小さなつぶを動かすのが魔法なの。
回復魔法で治りが早いのはね、怪我した部分にその小さなつぶで体を治す体の元を、そこに運ぶの。
運んで、それから体の元が怪我している所以外に行かないように、小さなつぶで固定するの。
それが回復魔法の基本なんだって」
「そうか……。詳しいんだな」
アリティアが言っている小さなつぶとは、スキルの魔力操作基礎を使うと見ることができる光の粒子の事だろう。端的だがわかりやすい。
アリティアの説明を自分なりに整理すると、骨折の治療の場合、まず魔力によって体内に存在する骨の材料を骨折部に集中させる。その後、集中し終わった魔力によって、折れた骨を固定する一時的な接着剤の役割と同時に骨の材料が流出しない役割も果たしているのだろう。
地球の医学的に正しいかどうかはわからないが、考えとしては間違ってはいないと思う。
「あ、それじゃあ、回復魔法は定期的にかけないとダメなのか?」
「うん。そうだよ。一日に三回、朝昼晩ってかけないとダメなんだって。
疲れるから、あまり受けたくないんだけど。そうしないと早く治らないんだって」
回復魔法と言っても、すぐさまに治るシロモノではなさそうだと改めて思う。
「魔法をかけないなら、どれくらい治るのに時間が掛かるの?」
「うーん? 一月は掛かると思う。おじいちゃんが前にラッドおじさんが腕を骨折した時にそんな事を言ってた気がする」
それならば、この世界の人間の怪我の治癒速度は地球の人間と変わらないようだ。
「そうか。魔法っていうのはすごいものなんだな」
一瞬で怪我が治る奇跡の力ではないようだが、それでも驚くべき効能だ。
「すごいのはすごいけど、わたしはあまり好きじゃないな」
「ん? そうなのか?」
「う、うん……あんまり好きじゃない。だって、いっぱい勉強しなきゃいけないっていうし」
不満気なアリティアに、ライムには思わず苦笑する。
「勉強は嫌いか?」
からかうような問いに、アリティアは恥ずかしそう顔を赤くする。
「うん。だって、毎日、お勉強の時間があるのよ?
おじいちゃんが、知っておけばいつか役に立つって。
魔法って言ってもイロイロあるし。よくわからない。それにわたしはまだ魔法が使えないから、面白くもないし……」
「魔法を使えない?」
「お勉強だけで魔法を使えたら、この村でおじいちゃんだけが魔法使いってわけじゃなくなるよ?
魔法はお勉強の後に、魔力を扱えるようになってから、初めて魔法が使えるようになるんだって。
わたしはようやく魔力をすこし扱えるようになったばっかりだし」
魔力操作に関して訓練が必要なようだ。しかしそれなら、魔力操作基礎のスキルをすでに手に入れている自分はどうなのだろう。鹿を食らっただけでできるようになった事に後ろめたさを感じる。
「あー。スキルになればすぐできるようになるんじゃないかな?」
誤魔化しとも、慰めともつかない言葉を口にするしか無い。
が、アリティアは不思議そうな顔で首をかしげた。
「スキル? スキルってその人ができる事を神さまが教えてくれてるだけでしょ?」
「え?」
ライムも不思議そうな顔で首をかしげた。
そのまま二人で顔を見合わせる。同じ顔立ちで向かい合うように同じ仕草をしているため、傍から見たら一人が鏡を覗き込んでいるように見えただろう。
「スキルって、できなかった事をできるように補助してくれる、不思議な力じゃないの?」
「ちがうよ」
ライムの疑問をアリティアはあっさりと否定する。
「スキルはその人ができることを教えてくれてるだけ。
それに、その人ができることでもスキルに表示されないこともあるし。逆にロクにできてないことでも、スキルとして表示されることもある。
スキルに頼るのはあまり意味の無い事なんだよ?」
「そう……なの?」
「うん。スキルの有る人と無い人で同じことを比べても、スキルの無い人の方が有る人より優れている、なんて事も結構あるらしいし」
「そうなのか……」
新たなスキルを手に入れて喜んでいた自分はなんのだろうと、ライムは思った。
落ち込むライムを見て、アリティアはパンッと一つ手を叩き話題を変える。
「あ、そうだ。ライムはこの村のこと、知ってるの?」
「いや、知らないけど……」
「この村はね。開拓村なの。名前はカイロス村って言うのよ。
この村を作る時に、わたしが生まれる前のお父さんとお母さんが開拓民に応募したんだって。
それでね。この村はまだ森の中にあるけど、そのうちに森を切り拓いて大きな畑にするんですって。それまでは木こりさんたちが、切った木を近くのラヴァベの街に売ってるの」
「木材を街まで? 街がこの近くにあるのか?」
そんな街の存在は、食らった動物の記憶でもっとも広範囲の地形を食らった鳥の記憶にも存在していない。
アリティアは首を傾げた。
「んー。近い、のかなぁ? イカダに乗って半日だけど、返ってくる時は歩いて三日かかるって言ってたけど」
「イカダ?」
「うん、イカダ。切った木でイカダを組んで川を下るんだって」
そういえばこの村には、自分が居た森から川が流れていた。
「アリティアはその街に行ったことはないのか?」
「ないよ。イカダは危ないから乗ったことないし、街に用もないから。行ってみたいとは思うんだけどね。おじいちゃんはあまり良い場所じゃないって言ってた」
「その街が?」
「うん。チアンと空気が悪いんだって、あの街で生活するならこの村のほうがよほどいいって」
「この村の人はいい人が多いんだな」
「んー、そうなのかな……?」
小さな声で、アリティアは首をかしげて、ライムの不思議そうな視線に慌てて首を振る。
「ううん、違うの! 狩人のおじさんとか、ものすごい口が悪いのよ。人のことをちんちくりんとか言ってさ! 嫌だって言ってるのにいつも乱暴に人の頭を撫でてくるのよ! 信じられないでしょ?!」
「そ、そうか……」
「そうよ! あんなデリカシーもないから、結婚もできないのよ! 近所の家のクルツさん夫婦の所の赤ちゃんにもおんなじようにして、怒られてるのよ? いい気味だわ」
「赤ちゃん? 開拓村って言ってたけど、この村は人が増えてきてるのか?」
「うーんどうだろう? 木こりの人たちは出入りが多いらしいけど、この村で畑を耕してる家はあんまり増えてないと思う。やっぱり便利な街から遠いから、あんまり人はこないんだって」
「そうか、村の始めは人が少ないのは無理ないと思うけど、木こりは何で出入りが多いの?」
普通に考えてみると、木こりの出入りが多いというのは不思議な気がする。木こりも定住しているものではないだろうか?
「ああ、春になって雪解け水で川の水が増えると、木こりの人たちも切った木と一緒に街の方に行っちゃうのよ。
村に帰ってくる人が大半だけど、そのまま街に戻っちゃう人も居るの。その減った人の代わりに別の人が来るの。なんでもこの村は木こりギルドの出稼ぎ先なんだって」
「へえ、開拓村というから、もっと寂れた場所だと思っていたけど、結構活気がある村なんだな」
「この家は村はずれにあるからね。ライムがそう思うのは無理ないね」。
アリティアは苦笑して頷く。
「ウチが村はずれにあるのはね、魔法の中には近所迷惑になるものがあるからなんだ。
おっきな音が出たり、真夜中に派手な光が出たり、匂いが酷かったのもある」
その時の匂いを思い出したのがアリティアは顔をしかめる。
「そんなにひどい匂いだったのか?」
「そうね、きっと地獄はあんな匂いを漂わせてるに決まってるわ……」
「そ、そうか……」
彼女の真剣な表情に、ライムはこれ以上触れるべきではないと判断した。
「あー、じゃあ、村の中央の方はこことは違うのか?」
「そうよ。木こりギルドのおっきな長屋があるし、雑貨屋さんもある。それ以外にも、宿屋と酒場があるんだよ。
あーそれと、鍛冶屋さんもあった。木こりギルド付きで、斧とかノコギリとか、釘とか作ってるんだって。
わたしの足が治ったら案内してあげるから、楽しみにしていてね?」
笑顔で言うアリティアに、ライムもつられて笑顔になってうなずいた。
「ああ、楽しみにしてる」
「よろしい」
ニンマリと笑顔で偉そうに胸を張り頷く。
そんな芝居がかったアリティアとライムは、お互いに顔を見合わせて笑い声を上げた。




