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第14話 人の形の喜び



 ライムは家を出て、振り返る。


 グレンとアリティアの家を見やり、ライムはため息をついた。


 人になれるかもしれないという希望は得ることが出来た。けれど、そのための道である魔法を学ぶ事は出来なかった。


 そこがとても残念に思う。

 だが、それほど絶望する必要は無いと、自分を励ます。


 魔法を教える事はできないと、グレンは明言をしなかった。

 諦めるのはまだ早い。そもそもこの世界にとって重要な技術であろう魔法を、そう簡単に教わる事ができる方がおかしいと思いなおす。


「よし……! 昨日までに比べたら大きな前進だ!」


 そう自分に活を入れ、自分の棲み家へ向けて歩き出す。

 この歩くという行為自体が、昨日は出来ないことだった。


 スライムとしてただ森の中で生きるしか無いという閉塞した状況から、人になれるかもしれないという希望と、興味深い魔法という存在を学べるかもしれないという機会を得た。


 それになにより、人と会話ができた事が嬉しくて仕方がない。

 こんな私にアリティアはまた会いたいと言ってくれた。その事が嬉しくてたまらない。


 棲み家へ向かう足取りは、ふわふわと軽やかなものになる。


 この人の姿になった事もそうだ。

 なぜこんなにもアリティアにそっくりな姿になったのかは理解していないが、人の姿というものがこんなにも、心を自由にさせるとは思っても見なかった。

 

 なぜ、今まで人の姿をとらなかったのだろうかと後悔も覚える。

 

 二本の足で大地を踏みしめ、一歩一歩前に進む。


 今までの移動方法の基本は、蛇のように身体を細長くして、蛇行と飛び跳ねるという行動だった。

 そんな移動方法に比べてなんと人らしい移動方法だろうか。


 自然と鼻歌を歌いながら、両手をひらひらと踊るように動かす。森の中を歩きながら、時折くるりとターンを交えつつ、人の形を得たことの喜びに浸る。


 森の中を歩くにはあまりに警戒心の無い行動だったが、ライムはあまり気にはしなかった。

 気が大きくなったまま、心のおもむくままに四肢を動かしその喜びを表現する。


 この森に住む獣の危険度はそれなりに把握できたつもりだし、襲い掛かってくるような獣から逃げるだけなら問題は無いと考えたのだ。


 ライムの考えている最も危険な獣は鹿だが、彼らは自らこちらに近づこうとはしないし、戦いよりもすぐに逃げる事を優先するからだ。


 魔法攻撃以外の脅威は小さい。なぜなら、ライムの核は硬化した粘体に守られている。その防備を突破できる物理攻撃を、この森の獣たちは持っていないとライムは判断していた。


 それでもライムがここまで警戒心を薄れさせるのは珍しいことだ。


 それほど、今日の出来事は喜びに溢れていた。


 単純に喜びの感情だけではない。


 アリティアだから頼りにされてとてもうれしかったが、それは怪我あったからこそ頼りにされたという思いもある。彼女の怪我の状態は大丈夫なのかという不安もあった。


 グレンから神話に関する話しを聞かされて、胡散臭いなと思うのと同時に興味深い話だなという思いもあった。


 神の奇跡や魔法の話に興奮した。

 どうやら自分は知的好奇心に溢れた存在だったようだ。と新たな自分を発見できた事も驚きだった。


 魔法を教えてもらおうとして保留にされた事は悲しかった。


 けれど、三顧の礼という言葉がある。一度でダメだったからといって、すぐに諦める必要などない。何度も誠意を持って頼めばなんとかなるかもしれない。

 その時の注意点はあまりにしつこくしすぎて、グレンに悪感情を持たせてはいけないと言う事だ。

 その点は気をつけようと、ライムは心に刻む。

 

 そんなことを考えながら、軽やかな足取りのまま森の中を歩いていると棲み家である崖まで戻って来ていた。

 幸いな事に獣に襲われる事も、それどころが姿を見かけることすらなかった。

 

 それなりに距離があるはずだが、あっという間のことに思えた。



 やがて己の家、崖に穿たれた小さな穴の入り口の前に立つ。

 

 まだ日差しは高いが、今日はもういいやと狩りを止める。狩りをするより、この喜びの感情を噛み締めたままゆっくりと眠りたいと考えたのだ。


 すでに、ライムにとっては狩りと食事は、現在の鬱屈とした感情のストレス解消法という側面が強くなっていた。


 ライムは家の中に入ろうとして気がついた。この人の姿のままでは中に入ることができない。


 擬態人化のスキルを解いて、新たに身体を細くするスキルを使わなければ、家の出入りはできない。


 今まで人の姿をとっていたスキルを解除する。


 と、その瞬間、


「うひぃっ?!」


 ライムは奇妙な悲鳴を上げた。


 慌てて、解除をしかけたスキルを発動させる。

 一瞬で人の形から半透明の球体状のスライムになっていたライムの姿が、再びアリティアそっくりの人間の少女の形を取り戻す。


「な、なんだ……? いまの感覚……?」


 まじまじと自分の身体を見つめ、自分を襲った感覚に驚愕していた。

 

 人の形を失う寸前、ライムはひどい違和感を覚えた。


 痛み、ではない。痛みもなく肉と骨が引き剥がされたような感覚と言えばいいのか。それとも氷の針が神経に忍び込むような感覚と表現しようか。


 寒気がする。ともかく、とてつもない不快感に襲われたのだった。


 人化のスキルを解き、スライムの姿に戻った瞬間にその不快感を覚えた。だから慌てて、人の姿に戻せばそれは消えるという直感に従い、人化のスキルを再起動させたのだ。すると途端にその不快感は消え去った。


 人の姿をしている今は、そのような不快感は一切無い。


「今のは一体、なんだったんだ?」


 自分の姿をしげしげと見直す。その姿はアリティアに似た少女の姿だ。


 スライムの姿になるとあの感覚がするのか? もしそうなら嫌だなと思う。


 擬態のスキルはこれまで長時間連続で使用し続けたことがない。制限時間があるならば、いずれ確実にあの不快感を味わねばならなくなる。


 それに、安全なねぐらの中に戻る為には人の姿を取り続けるわけにもいかない。


「よ、よし……!」


 若干ビビりながらも覚悟を決めて、改めて姿をスライムに戻す。

 ただし、その速度はゆっくりとだ。


 擬態(人)のスキルをゆっくりと解いていく。それにしたがって、ライムの姿が少女の形を崩していく。


 髪、肌、服から色が抜け落ち、透明感を持ち始める。手足は縮み、直立していた身体はうずくまるように小さく球体のスライムへと戻っていく。


 幼い子供によって描かれた落書きの人のように、人の姿が崩れきったとたんに、再び不快感に襲われた。


「ひっ?!」


 小さな悲鳴と共に慌てて人化スキルを再起動させた。

 アリティアの姿を一瞬に取り戻す。まじまじと自分の姿を見なおす。


 と、そこでライムは気がついた。


「そうか……、そういう事か……」


 今の自分は人の姿から離れることに強い拒否感と嫌悪感を抱いている。そして何よりも

人の姿では無いことに恐怖を抱いている。


 一度完全に人の姿から離れたら、二度と人の姿を取れないのではないかと、心の奥底で疑っているのだ。


 どうしようかとしばし悩み、周囲を見回す。


 ねぐらの中に入れば安全だが、ねぐらの外であるこの場所はあまり安全とは言えない。人の姿のままで長時間ここにいるのは不用心だろう。


「仕方がない……。大丈夫。ちゃんと人の姿になるのにはスキルが存在してる……。

 よし!」

 

 自分に言い聞かせ、覚悟を決める。短時間なら我慢できだろうと、擬態(人)のスキルを解除する。それと同時に、細身化スキルを使用する。


 グニャリと人の形が崩れ、ホースから流れる水のように細い透明になった身体をねぐらの小さな穴の入り口へと殺到させる。


 氷水に叩きこまれたような恐怖と戦いながら、無事にねぐらの中に入る事ができた。


 全身をねぐらの中に入れると、速やかに擬態(人)スキルを使用する。問題なく、アリティアの姿を採ることができた。


「ふう……。良かった」


 安堵のため息をつき、ねぐら中を見回す。朝に出かけた状態のまま、侵入者も無かったようだ。光の取り入れ口が入り口の小さな穴のみのため、ほぼ真っ暗だがライムにとって問題ではない。


 そう言えば、アリティアの姿をしていても、しっかりと夜目は利くのだなと思う。


 まあ、それもそうか。今は人の姿をしていても、この肉体の本質がスライムから離れて人間のものになったわけではない。人の姿をしていても、その本質はスライムのままだ。


 その事に残念に思う。ライムは見た目だけではなく、本質そのものから人間になりたいのだ。

 

 ライムは地面に直接座り込みあぐらをかく。スカート姿だが、スカート自体が肉体の一部だ。下着が見えるなどというみっともない格好にはならない。


 さて、これからどうするか。


 先ほどまでは幸せな気分のまま、まどろみたいと考えていたが、冷水をぶっかけられたような今の気分では眠る気にはなれない。


 どうしようかと思案し、ふと思いつく。


「そうだ。なんで、アリティアの姿になるんだ?」


 一番はじめに人の姿をとった時には、目の前のアリティアに怯えられる事のないように、アリティア本人をモデルとして擬態した。だが今は誰かをモデルとして人の姿をとっているわけではない。


 アリティアの姿が一番慣れていたから自然になったのかと考えて、試しにグレンの姿を模してみようと挑戦してみる。


 だが、うまくいかない。頭と胴、それに四肢を維持したまま、グニャリグニャリと身体の表面を変化させていくが、子供の落書きのようにまとまりのないものにしかならない。


 アリティアの姿になると考えると、一瞬でアリティアの姿をとる。


「ひょっとして、この擬態(人)スキルはアリティアの姿専用なのかな?」


 首を傾げる。

 アリティアの姿しかとれない亊は問題が……あるのか?


 ライム自身が自分の人間としての姿を、アリティアのものとしてしまう亊は問題なのかもしれない。けれど、己の性別すらもわからないのだ。アリティアの姿に不快感を覚えることも一切ない。


「何も問題が無い気がする……」


 にんまりと笑みを浮かべる。

 それどころかアリティアと同じ姿をしているのは好ましいとすら思っている。

 好ましい相手と同じ姿をしているのは、嬉しいことだ。


 フツフツと幸せな気分が湧き上がる。人の姿から離れると感じる恐怖は大したことがなかったようだ。

 

 こてんと横になり、華奢な己の肩を抱いてゴロゴロと狭いねぐらを転がる。


「フッフフ……。ああ。なんて幸せなんだ! 人の形を得られる事がこれほどいいコトなんて……!」


 一度完全に失った自分だからこそ、感じられる幸せだろう。


「形を得られただけでこうなら。本当に人間に戻れたらどうなるんだろう!」


 その時の喜びを想像して、さらに強く転がり、狭いねぐらの壁にゴチンと頭をぶつけた。


「あイタッ!」


 痛み自体はそれほど無かったが、衝撃に思わず声がでる。この体は打撃には強い。


「アッハハハ!」


 思わず笑い声を上げた。おかしくて仕方がない。ひとしきり笑ったあと、ライムはそのまま眠りについた。


 その表情はとても幸せなものだった。



 もしも、この世界にきてから常に表情が見て取ることが出来たのならば、今の寝顔はもっとも幸せそうな寝顔だったろう。


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