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第11話 小さな可能性


 リビングの四人がけのテーブルにライムは付く。


 アリティアが部屋で休むことになり、ライムはグレンと二人きりになって大丈夫だろうかと、いまさらに不安になってきた。

 自分が討伐対象ではないか、と思ってしまったのだ。

 今まではアリティアというストッパーが存在していたのでグレンが行動に移さなかっただけ、という可能性が頭にもたげてきた。


 と言うよりもアリティアとお喋りができることが楽しくて、グレンの事をあまり気にかけなかったというのが正しい。

 そのグレンはお茶を煎れてくる、との言葉を残し、リビングに隣接するキッチンに姿を消した。


 キッチンからのわずかな物音を耳にしながら、ライムは緊張した様子で周囲を見回す。


 必要がないというのにきょろきょろと首を動かす。ライムは今、人の形を模しているが肉体の本質はスライムに過ぎない。

 スライムの肉体は動かなくも周囲を見渡すことができる。だが、わざわざ首を動かしているのは人であった頃の行動を無意識にとっている証拠だ。


 周囲を見回す目的は逃げ道を探す事だ。

 リビングは四人がけのテーブルに、天井の梁からは洋灯カンテラが吊るされている。窓は4つあり、光を室内に光を取り入れるために大きく開かれている。

 季節的に今は使われていないようだが、壁には石で組まれた暖炉がある。


 グレンと戦いになり逃げ出すハメになった時は、ドアから廊下をつたい玄関から出るより、窓から飛び出した方が早さそうだと、ライムは思う。人間が通り拔けるには少々苦労する程度の小さな窓だが、ライムにとっては十分すぎるほどの大きさだ。


 逃亡時の想定をいくつが立てていると、キッチンからグレンが出ててくる。その手には盆に載せられた湯気を立てる二つのカップがあった。


「どうぞ」


 グレンが配膳し、ライムの正面の席につく。

 爽やかな香りが漂う。カップの中身はハーブティーのようだ。


「ありがとう……」


 おずおずとカップを手にとる。カップは木をくり抜いた木製品だ。この村は陶器の食器は無いのかなと思う。一口飲むと温かい爽やかな味がした。

 

 ミント系かなと思う。


 ほう……と吐息を漏らし、もう一口。

 温かい飲み物とはこんなに安堵できるものだったのか。そう言えば、スライムの体になってから温かい物を食べたのは初めてだと思う。

 

「口にあったようだな」


 優しげなグレンのまなざしに、ライムは慌てて、気を引き締める。


「そんなに緊張しなくてもかまわないよ」


 そんなライムの様子にグレンはあきれた様子で苦笑する。


「わしにはお主をどうこうするつもりはない。

 しかしな、この村の守護を担う者の一人として、おぬしがどんな存在かは知っておきたい。

 おぬしはいったい何者だ?」


 その問いかけにライムは悩む。

 しかし、彼に隠してもあまり意味がないことに気がつく。アリティアには自分が何なのかは見られているし、言ってある。

 彼に自分が何なの知られてしまうのは、時間の問題だ。

 いや、それ以前にグレンはもうすでに、ライムの正体を見抜いているフシがある。


 それならばアリティア経由で間接的な方法で知られてしまうより、自分から直接言ったほうが、誠意が伝わるのではないかと思った。

 自分はこの村に危害を加えるつもりは一切ない。ということを彼に知ってもらい、後で討伐対象にされないように説得できるのではないかと考えた。

 グレンがどのような考えをもっているのかわからないが、自らが直接、自分のことを知ってもらうチャンスだと思った。

 もし失敗しても逃げ出せばよいだけだと、ある意味開き直る。


「すこし、長くなるかもしれないけど、いいですか?」

「うむ、聞かせてもらおう」


 グレンの頷きに、もう一口、ハーブティーを飲んでから、ライムは意を決して語り始める。


「私は、……気がついた時には森の中にいました。

 

 私は人だったはずなのに、気がついた時には手も足もありませんでした。私はまんまるの奇妙な体になって、森の中に居ました。

 驚きましたよ。それ以前に、恐ろしかった。自分の体はどうなってしまったのかと。

 そして、森自体も見覚えのない場所だった。そして決定的だったのが、全く見覚えのない生き物が森の中を闊歩していたことです。


 その生き物を見て、この森が地球ではないと確信しました。」


「ん? まて、チキュウ? チキュウとはなんだ?」


「地球は、そうですね。私が生きてきた世界の名前です」


 この世界が惑星か否かが不明であり。そして、その惑星の表面に人々が住んでいるという概念があるのかどうかわからなかったのでそう答える。


「そう言えば、この世界の名前はなんというのです?」

「この世界? 世界は世界だろう。一つしか存在しないモノをわざわざ別な名前をつける必要がない」

 

 確かにその通りだ。ライムは一つ頷き続ける。


「この世界に、どうして来てしまったのか。私にはわかりません。


 それどころか、自分が人間であった頃の記憶も無くしています。

 自分が男だったのかそれとも女だったのか。年を経ていたのか、それとも若者だったのか……。

 ただ覚えているのは私には家族がいて、友人がいたという漠然な感覚だけです。

 彼ら、彼女らの顔も名前も、自分のそれと同じように思い出すことが出来ません。


 けれど、あの人達が居たということだけは確信を持っています」

「おぬしは記憶を失っているという。だとしたらここが別の世界だという判断もつかないと思うのだが?」


 疑わしげなグレンの問い。


「私が失っている記憶は、私の個人的な情報だけです。一般的な知識はちゃんと覚えているんです。

 私が済んでいた国は日本という、世界でも有数の裕福な国で、多くの知識がとても簡単に手に入るんです。それこそ、小さな子供でもテレビという道具からイロイロな情報を知ることができるんです。


 その中には世界中にどのような動物が生きているのか知ることのできる番組もあります。

 私の見たあの巨大な芋虫は、地球上に生きる動物の中には存在していなかった。もし、地球上に存在していたのなら、一度もその情報に触れていないという事はありえないんです」


 地球上最大の虫は1mを超えるなんてありえない。


「ありえないと、言い切れるのか?」

「ええ、言い切れます。こんなに大きな芋虫がいたら世界中で話題にならない方がおかしいですから」


 手を広げて大きさを表現する。


「その大きさで森の中に住む芋虫……、ジャイアントクローラーのことか? あれはたいして珍しいものではないだろうに」

「地球からすればとんでもない大きさです。そんなのが見つかったら世界中でニュースになります」


 カルチャーギャップが凄まじい事になっている。


「ともかく、私はその芋虫を見てここは地球では無いと確信したんです。

 それから私は……。いえ、ソレより前に、ですね。


 私は自分がスライムという存在になっていた事に気付かされたんです」


 グレンを見据え、ライムは告げる。

 スライムが討伐対象になっていた場合、この瞬間から彼が行動を起こしてもおかしくはない。


 けれど、グレンは頷き話の続きを促すだけだ。


「……ふむ、続きを……」

「……人間の体じゃなくなったと気がついた瞬間は、私は恐怖しか感じませんでした。

 自分は人間のはずなのに、化け物の体になってしまったと。その恐怖は今でも感じています。

 

 けれど、それ以上に私は殺されるかもしれないという恐怖に襲われました」

「殺される? 誰にじゃ?」

「全てに、です」


 グレンの疑問に、ライムは即答した。


「この世界に来た時、私はこんな小さな丸い塊でした」

 手で直径30センチほどの丸を作る。


 回りの全ての物が巨大で、はじめは巨大な森林に入り込んだと思いましました。

 けれど、私の方が小さいだけだった。


 その事に気がついて……。小さな存在はあっという間に殺されてしまう存在だということを思い出しました。

 森の中にどんな生き物がいるか分からない。気まぐれに殺しにかかってくる獣が居るかもしれない。

 そもそも、スライムの体が空気中でも生きられるのか。

 その時の私はソコまで考えてなかったと思うけど。

 私からすれば唐突に人間の体を失ったんです。それどころか、個人的な記憶と慣れ親しんだ世界を失った。


 だから次の瞬間に、この世界が私の命を奪いに来たとしても不思議じゃない。

 

 そう思って恐怖しました。

 幸い、今まではこの世界が殺しにかかってくる、なんて状況はありませんでしたけどね」


 ライムは苦笑する。ぎこちないながらもライムの顔には表情が現れはじめていた。


「それからは森のなかでなんとか生きてきました。

 幸いと言っていいのか。このスライムの体は人間の体では食べることのできないシロモノでも食べる事ができたので、なんとかなりました。

 体が大きくなってきてからは大きな獲物も取ることができるようになりましたし。


 スキルとか魔法とか、地球じゃ考えられなかったものがあったから、時間つぶしにはなりましたけどね。おかけで、この体に関する不安を考えなくて済みました。


 ……そんな風に生きてきて、大体十日位でしょうか。


 狩りから寝床にしている場所に帰ってきたら、女の子が崖から落ちてオオカミに襲われかけていたんですよ。

 

 見捨てるのは嫌だったから助けて。村まで送って行って。途中で女の子のおじいさんに出会って……。

 そして今はそのおじいさんとお茶をしています」


 ライムはカップを傾ける。


「私が一体何者かと問われたら、ソレくらいしか言えることがないんですよ」


 本当にソレくらいしか言えない自分の薄っぺらな人生? に嫌気が差す。自分の人生に疑問符をつけざるをえない事もそうだ。

 ライムは表面に出さずに、そう自己嫌悪する。


「ふむ……。お主は、十日ほど前に気が付けばこの世界にやって来て、人の体からスライムの体になっていたということか」

「そうです」


 ライムは頷く。


「しかし」


 グレンはライムの全身を見やる。髪と眼の色を除けばアリティアとそっくりの姿だ。


「その姿はどういうことだ? お主の体はスライムなのだろう?」

「この姿はスキルを使った、タダの擬態ですよ。

 アリティアと初めて会った時、スライムの姿そのままだったから、ひどく怯えられたので、人の姿をとってみたんです。

 モデルは目の前に居たアリティアです。私の体の本質はスライムのままです。


 これで人間の体になれれば良かったんですけどね……」


 最後に思わずボヤく。

 ライムは人の体を取り戻したいと願っている。自分の体がスライムであることに違和感と恐怖を感じている為だ。

 現にアリティアを擬態している今の姿は、居心地の良い姿だ。


 これほど気分が良くなるのならば、なぜ今まで人の姿に擬態してこなかったのかと自分を問い詰めたくなる。

 その理由は、自分がどのような人間であったかを覚えていないため、形作る人の姿を想定出来なかった為だろうと思った。決して、試そうと思いつかなかったわけではない。


 それに、人に擬態をしたところで、人間になれるわけではないと、わかりきっている。

 擬態するだけで、その種族になるのならば、自分はとうの昔に獣になっているだろう。


 だからライムは、自分は人間の体に戻れる事は無いのだろうと半ば諦め、しかしそれでも、人間の体に戻れないかと未練がましく一縷の望みにすがっている。


 自分がどんな人間だったかも覚えていないというのに。


「お主は人の肉体を得たいのか?」

「私は人の肉体を得たいのではなくて、人間の体に戻りたいんです」


 そこは重要な違いだ。


「そうか、お主のこだわりはいいとして。お主の体がスライムだというのならば、可能性があるかもしれんな」

「……えっ?」


 ライムは一瞬なにを言われたのか、わからなかった。

 じわりっと彼の言葉が理解できると、ライムは勢い良く立ち上がり、身を乗り出した。


「ど、どういうことですか?! 私が人間に戻れる方法があるんですかっ!?」

「落ち着きなさい。ちゃんと話すから、椅子に座りなさい」


 叱りつけるようなグレンの言葉に、ライムは落ち着きを取り戻す。


「わ、わかりました」


 いそいそと座り直し、彼に目を向ける。だがグレンははやる気をなだめるかのようにカップに一口つけてから、続ける。


「可能性と言ったがな。それはとてつもなく低い可能性だ。

 なにせ神話での話だ。

 それにそれを実証した者を寡聞にして知らない。


 そんな話でもいいのならば語るが、どうするかの?」


「神話……?」


 期待していたような具体的な方法ではないと知り、ライムは気勢が削がれる思いがした。


「まあ、とりあえず聞いてみます……」


 僅かな可能性だとしても聞かないよりはマシだろうと、力なく同意した。


「うむ」


 わざとらしく重々しい様子で頷き、グレンは語りだす。


 ある神話の一つを。


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