「宝くじ」 短編ノンフィクション恋愛ストーリー
※この話は筆者の恋愛体験に基づくほぼノンフィクションストーリーです
俺は中学を卒業し、県内の私立高校に通うことになった。
高校1年の4月、不安だらけだった。
俺が通うこととなった高校は県内屈指のバカ校で、
治安もあまり良くなく、校則もかなり厳しかった。
俺はこの現状に早々気づくと同時に、
テキトウな考えで進路を選択したことを心から悔やんだ。
公立ではなく私立を選んだのも俺の怠慢が原因だった。
中学時代の俺は勉強ヒエラルキーにおいて、中の上くらいに位置していたので
高校卒業後の進路を絶対に良く修正してやるという野心が心のどこかに芽生えていた。
俺はここからの3年間を「地獄」と予想し、高校生活がスタートした。
高校2年の夏まで、地獄の学校生活に刺激を与えたのは部活動だった。
俺の所属していた弓道部は部員全員に役職が割り当てられるというのが特徴で、
俺は先輩達の投票により、副将というポジションを任命された。
各部員は同じ役職の先輩から仕事を教えてもらい、
自分たちが先輩になったときに後輩に教えるというのが伝統だった。
俺は先輩且つ副将で、女性の菜月先輩(仮名)という人と知り合い、連絡先を業務上交換することになった。
菜月先輩はアイドルのような人だった。(女優で言えば松岡茉優のような人)
背は低いが明るく無邪気で、特進コースに所属し頭も良く、後輩の面倒見も良かった。
通常の男ならこの時点で菜月先輩に惚れるべきだが、
あまりにも先輩が輝いていて、きっと告白されまくって彼氏いまくりなのだろうと推測し、
俺は恋愛など到底諦めていた。
というか部活だけでなく、高校生活自体に絶望していた俺は、
部活に限らずこの学校で恋愛が起きることは無いと覚悟していた。
高校2年の秋、俺は人生で最も大きい決断をした。
それは部活を辞め、塾に通うことだった。
他の人からすれば大したことはないかもしれないが、今考えてみれば確実に人生の分岐点だった。
部活での成績は悪いわけではなく、自分で言うのも気持ちが悪いが、寧ろ誰よりも良かった。
ただ俺が本当にやりたいことは部活ではなく、勉強だった。
俺はその旨を親に伝え、とある有名塾に通わせてくれと頭を下げ、部活を辞めた。
底辺高校だったので、塾での勉強は中学1年レベルからのスタートだったが、
今まで行動を起こせなかったモヤモヤが解消されるような気がして、勉強が楽しかった。
成績は死ぬほど伸びた。
底辺高校だった俺の高校では普通科、特進、底辺科(仮名)の3つが存在し、
俺は底辺科で、菜月先輩のいる特進のみんなは普通に頭が良かった。
底辺科のクラスは全員推薦やAOで進学するのが当たり前で、
高校2年の時点で一般受験を志し、勉強していたのは俺だけだった。(最終的にも俺だけだった)
結論から言うと、俺の成績は特進をも抜いて校内模試1位を叩き出した。
高校2年の冬、俺の携帯に一通のメールが届いた。これが事の全ての始まりだった。
菜月先輩からのメールだった。内容は
「部活時代に撮った写真を焼いたから渡したい」ということだった。
俺は後日の昼休みに菜月先輩と教室の前で落ち合い、写真を受け取った。
菜月先輩の隣に、部活にいた頃仲のよかった俺と同期の男、S(仮名)がいたが、
特に何も不思議には思わなかった。
その日の夜、自宅に帰って写真を見ると、裏にメッセージが書いてあった。
「俺くんへ
一つの道を選んだこと、本当にかっこいいと思う。私も頑張ろうと思えたんだ。
悔いのないように進んでね。出会えてよかった 菜月より」
俺はこの文を大げさだと笑ったが、
このメッセージを読んで初めて、もう菜月先輩は卒業し、会えなくなることに気がついた。
同時に俺は、今まで菜月先輩への恋愛感情を誤魔化していたことに気がついた。
俺は菜月先輩の卒業式当日、告白することにした。
元部活の顧問の先生に「部室に荷物が残ってるからカギを借りたい」と嘘をつき、
先輩を部室に呼ぶという計画的犯行で、犯行はシナリオ通り進んだ。
先輩にはメールで「借りていた数学の教科書を返したい」と伝えた。(実際に借りていた)
先輩の卒業式当日、俺は卒業生よりも別の意味で緊張している頭のおかしい在校生だった。
卒業式が終わった後、俺はひたすら部室で先輩を待った。
昼の一時過ぎ、重い鉄のドアが動く音がして、先輩が来た。
菜月先輩「ごめんね!遅くなって!w」
俺「全然大丈夫すよ!」
俺は部室の鍵を閉め、心臓の鼓動が加速した。
菜月先輩は急いでいた様子で、汗を拭っていた。
俺も菜月先輩も立ったまま、
俺「先輩、ちょっといいすか」
菜月先輩「ん?」
俺「俺、この部活に入ってからずっと先輩のことが好きでした。
先輩は大学へ行くし、俺も勉強に集中しなきゃいけないけど、
それでもよかったら俺と付き合ってください」
菜月先輩はずっと目を丸くしていた。俺が言い終わると同時に、どうしようという言葉を連発していた。
数分後、「誰にもこの事を言わなければお願いします」という返事が返ってきた。
その条件じみた結論にモヤモヤしたが、それよりも喜びのほうが大きく、
特にその意味を追求することはしなかった。
また、本当かは分からないが、俺が高校1年の時点で菜月先輩は俺のことを好きだったと言われた。
謎の条件と、どうしようという言葉の意味は後から分かることになるが、
ここから俺は、勉強と恋愛を並行することになった。
高校2年の終わりかけていた3月の最後、俺は菜月の家に呼ばれることになった。
生まれて初めての恋人の存在。
俺の勉強を常に最も応援してくれる人の存在。
全てが新鮮だった。
女性の部屋に行くのもこれが初めてだった。
部屋でくつろいだ後、俺と菜月は立ったまま抱き合い、キスした。
間違いなく、後にも先にもこの瞬間が人生で最大の幸福だった。
彼女のベッドで行為にも及んだ。
だがお互い本気でやる雰囲気ではなかったので中途半端に終わった。
お互いそれで満足だったし、お互いそれを理解していた。
高校3年になり、俺と大学生になった菜月は月1くらいのペースで会いながら、
それ以外の全ての時間を俺は勉強に捧げた。
授業中も、昼休みも、放課後も、休日も、夏休みも、ただひたすら勉強した。
彼女から来る応援の言葉だけで、俺は全力を捧げることができた。
塾での俺の担任から、俺くんなら某有名W大学を目指せるとまで励まされた。
俺は底辺高校からW大学への下克上を彼女のプレゼントにすると決意した。
受験と関係のない底辺科の邪魔な授業、
俺だけが違う科目の勉強をしている異様な風景、
孤独な戦いだったが、彼女が全て支えになっていたし、クラスメイトも応援してくれていた。
彼女との月1回のデートは場所を変えたりして工夫をした。
行ったこともないショッピングモール、行ったこともない駅、
あの感覚はもう絶対に二度と味わえない初恋という感覚だった。
ある大型商業施設で、目的もなくただ一緒に歩いていたのが一番印象に残っている。
彼女と少し休憩しようかとベンチに座り込み、
目の前には宝くじ売り場があった。
宝くじなんて、ここじゃなくてもどこでも買える。
そんな特異性のない遊び場に目をつけたのは彼女だった。
菜月「宝くじ買ってかない?w」
俺「いいねw 一番当選額が大きいやつにしよ」
俺と菜月はそれぞれ一枚ずつ宝くじを買った。
宝くじといえば、当たった時の妄想をするのが自然の摂理だ。
もし当たったら貯金して、二人の家を買って、車買って、家具買って・・・
そんな理想的妄想を二人でするのがたまらなく楽しかったが、
その反面、なんだか遠すぎて、現実的に思えないことが怖かった。
宝くじは後日、両方ともはずれていたことをお互い確認し、笑い合った。
俺はその宝くじを捨てずに財布に入れ、
彼女と結婚まで実現できたらいいなという思いを込めて、保存することにした。
同じ高校だったと言えども、
彼女の家は俺の家と少し離れており、
電車で1時間かかるくらいの中距離恋愛だった。
俺は日常とかけ離れたこの路線に乗り、
日常とかけ離れた感情で彼女に会いにいく。
この時間がたまらなく好きだった。
時には彼女の大学からの帰りとタイミングが合い、
中央駅(仮名、人が多く乗り換えの多い駅)で彼女の乗っている列車に乗るという事もあった。
中央駅は今まで利用することも多かったが、人が多く、いつも混雑しており、
こんな気分で中央駅を利用するのは初めてだった。
だが、幸せな時間は永久には続かなかった。
高校3年の秋の終わり、現状は一変していた。
高校生活とは逸脱した大学生活を送る菜月と、会う機会の少ない俺との関係は風化していた。
高校最後の文化祭前日の夜、彼女から電話が来た。
「別れない?」
俺は体裁を気にせずその場の感情で、
別れたくないこと、
受験に悪影響を及ぼしたくないことを伝えた。
しかし、長時間の通話の末、
俺は菜月と別れることになった。
意味のない高校生活に意味を持たせてくれた彼女。
一番受験勉強を応援してくれていた彼女。
唯一俺を愛してくれていた彼女。
俺にとって最も大事な存在が俺のそばから消えたとき、
誰にも見られない場所で、生物学的にありえない量の涙を流した。
翌日の文化祭当日、大学生の菜月は高校に遊びに来ると言っていた。
俺はこの日、菜月と会うつもりはなかったし、文化祭を楽しむ気分でないのは当然だった。
クラスの出し物で俺の教室は真っ暗で、クラスメイト同士の顔はほぼ見えていなかった。
俺が仕事ではなかった時間、ずっと落ち込んでいたのも誰にもわからなかった。
クラスで一番仲の良かった友達が俺の異様に気づいたのか、
一緒に文化祭を回ろうと誘われた。
俺は平静を繕って、文化祭を極力楽しむフリをした。
きっと友達にだけはバレていたと思う。
体育館1階にて、
「ちょっと来て!!」 聞き覚えのある声は菜月だった。
もう自分のものではないその女性は、
部活動に入っていたときよりも知らない存在のように感じた。
その時の会話は覚えてないし、大したものじゃなかったが、
「はい!これ 家に帰ったら読んでw」
一通の手紙をこっそり渡された。
俺は家に帰ってからそれを読んだ。
「○○(俺)へ
きちんとお礼が言いたい。本当にありがとう。
○○との思い出、全て大切な日々だった。一生忘れないよ。
それからごめんね。気持ちはすごく嬉しいし、こんなに思ってもらって私は幸せ者だね
応えてあげられなくてごめんなさい。
でもね、嫌いになんてなってないからね。今でも好きだよ。
こんなこと言うと未練残っちゃうのかもしれないけど、私にとって大切なことに変わりない。
だから後輩じゃなくて親友でいてほしい。
どちらかが辛くなったらまた一緒に解決してさ、会いたくなったら会えばいい。
ずっと仲良しでいたいな。また私ワガママだね。ごめんね。
○○のいいところ
①優しいだけじゃなくてあたたかいところ
②笑顔が可愛いところ
③人の意見もきちんと理解できるところ
④誰よりも頑張れるところ
⑤常識があって礼儀正しいところ
⑥清潔なところ
⑦ツンデレなところ(笑)
○○の悪いところ
①マイナス思考なところ
○○には沢山いいところがあるんだよ。それをわかってくれる人もたくさんいる。
もっと自信もってね。毎日を悔いのないように生きて。笑って生きて。
また恋愛する勇気が出たら、そのときは一歩前に踏み出そうと思う。
○○も前に進んでね。私はいつでも○○の味方だから 菜月より 」
この手紙は死ぬまで何にも代えられない宝物となった。
塾での勉強では様々な高校との友達が出来ていたし、
俺を応援してくれる人は時間とともに色々な場所で増えていた。
なのに、なぜか、以前よりも孤独になっていた気がした。
高校3年最後の冬、進路が決まっていないのは底辺科で俺だけだった。
でもこれは、俺が選んだ道であるのだと、俺はこの状況を焦るどころか誇りに思っていた。
親に頭を下げ、センターを受け、私立大学を8校受けた。
菜月との合流を意味していた中央駅は、試験のためにこの期間中何度も通ることになったが、
出会うはずのない低確率を心のどこかで期待していた。
途中、某有名G大学の帰り、豪雪で電車が停まったこともあった。
ギュウギュウに詰められた臨時バスで自宅から離れた場所で降ろされ、
使いものにならなくなった傘を捨て、吹雪に打たれながら自宅までの3キロメートルを歩いて帰った。
家に辿り着いたとき、俺の中の色々なものが燃え尽きた気がして涙がこぼれた。
受験の結果は今までの成績と裏腹、ボロボロだった。
俺自身が望んでいない大学に行く事よりも、
俺を応援してくれた人たちを裏切ったような気がして、
菜月に俺の努力を証明できなかったような気がして、
菜月と別れたのが原因だと、言い訳してるような自分がいる気がして、
そのことがただ苦しかった。
受験自体は失敗ではなかった。
Zランクの高校からFランクの大学に行くことができたからだ。
他にも受験を通して得るものが多すぎた。
友達、彼女、偏差値という数値、全力を尽くした思い出、周りからの応援・・・
進路を真剣に考え、行動に移すことの価値を学んだ。
高校最後の3月、部活の頃に友達だったSと話す機会があった。
Sとは、菜月から写真を受け取ったとき以来喋っておらず、何故か関係がギスギスしていた。
何故俺がSとギスギスしていたのかも、同時にわかった。
Sとの話の中で、
菜月は俺と付き合っていた期間、Sとも付き合っていたことが明らかになった。
菜月は、Sと浮気していたのだ。
Sは菜月と文化祭の1ヶ月後位に別れたらしく、酷く落ち込んでいた。
俺は対照的に、「もう、アイツのことはどうでもいい」と虚勢を張った。
この虚勢は、もう菜月を奪い合う敵同士ではないという、Sとの停戦協定を意味していた。
俺とSはこの会話で和解する形となったが、結局菜月は悪い性格だという噂が、
俺とSの間だけでなく、部活全体に広まった。
だが、俺は浮気されていたのにも関わらず、菜月のことを悪く言うこの空気が嫌いだった。
もしかしたらSもそうだったかもしれない。
俺の中では、性格が悪いから嫌いになるとかいう次元の恋愛ではなかった。
俺と一緒にいた時間、俺を支えてくれていた事実に変わりはないからだ。
菜月と付き合っていた期間、俺を理解してくれたように、
俺も菜月の浮気を理解し、許してあげることで何かが生まれる気がした。
未練タラタラなダメ男と言われればそれまでかもしれないが、
浮気されても彼女を好きでいる俺の本心にブレは無いと、今でも肯定している。
俺がダメ男なのか、菜月が性格悪い女なのかどうかは問題じゃない。
菜月と一緒に過ごして良かったと思えるかどうかが問題だと思った。
学科に地元の友達のいるFラン大学に俺は入学することになり、
大学生活のある日、俺はあのときの文化祭当日と同じような形で、菜月に直接手紙を渡した。
菜月の浮気を俺が寛容に受け止めていることを知った菜月は、
俺と菜月との関係を「友達」という状態にまで昇華させた。
何回か会うこともあったし、俺のことを今でも好きということまで言ってくれた。
しかし俺は、心のどこかで、
一度別れた人とはもう付き合うことはできないという信じたくない真理を隠しながら、
菜月に新しい彼氏ができたという情報を直接聞いたのを最後に、連絡先を削除した。
俺のいない菜月の幸せな生活を見たくないという現実逃避とは別に、
連絡先を消しても、またいつか、人の多すぎる中央駅で、偶然また会えたら、
俺はこの人とまた付き合うべきなのだという宿命とともに熱量が、勇気が、
そのとき絶対持てるんじゃないか。
そんな確率の低い宝くじを、俺はいつまでも買うのだ。
終
拙い文書で申し訳ありませんでした。
感想いただければ幸いです。