アリクイでも魔法使えるのか。
下働きの娘が一応タオルでヒューさんの腕を拭ったところで、水場が近くにあるので手を洗いに行きましょう。となった。
果樹園を水道橋の方へ下っていくと、俺の腰ほどの高さで直径1。5メートルほどの大きな石作りの水盤が、果樹園のなかにおかれている。
水盤の中央から渾々と水が湧きだし、縁の切れ込みから溢れた水が果樹園に掘られた水路を伝って流れていく。
おもむろにメリルちゃんが水盤へとダイブし、水の湧き出し口をのぞき込む。
あれ? 水路の中まで入り込んじゃったけど大丈夫なのか? とくに衛生面とかで。
何時の間にか他の妖精さんもワラワラと集ってきて、水盤の縁に腰掛けてお喋りしたり、泳いだり水浴びをはじめている。
あー、あー、あー、水を汚しちゃダメだよ。
そんな事を思いあたふたする俺を余所に、ヒューさんと下働きの娘さんは恭しく水を飲んだり、水筒に汲だりしている。
下働きちゃんは取り出したカップに汲んだ水を俺に差し出してくるさえするんだが。
「妖精、浸る、水。アリガタイ、一杯、デス」
ヒューさんが言うには、どうやら妖精出汁が効いていて、聖水とまではいかないが、色々と御利益のある御水扱いらしい。
じゃあ普通にお茶飲むときも、妖精さんに一浴びしてもらうと良いってこと?
頷くヒューさん。
マジか。
でもそれはちょっと遠慮したいかなぁ。
ところでメリルちゃんはまだ潜ったまま?
俺がメリルちゃんを探してキョロキョロすると、妖精さんが水道橋の方を指差す。
??
どこまでいっちゃったんだろう?
「あそこから、この下まで、水を引いて、いるのですナ」
ビショ濡れのまま、気持ち良さそうに溢れる水の上に飛び出してきたメリルちゃんが、水道橋から足元へ腕を振る。
水道橋からこの下まで水管が繋がっていて、この水盤の仕掛けで水を汲み上げているらしい。
え? 水道橋まで泳いできたの?
ごめん。水道橋から手を振ってたっていっても、全然見てなかったよ。
知っててもあの距離じゃ見えないし。
石作りの台座に水を汲み上げる魔法が仕込んであって、魔法力はすぐ下の竜脈から直接供給されているのだそうだ。
へー。っと水盤をのぞき込む俺の向いにヒューさんが立ち、腕を洗い始めた。
あれ? 水盤に手を浸してヒューさんが腕を洗っているのだが、水盤の縁がヒューさんの腰より若干低いんじゃ?
身長は俺より低いのに……。
さりげなく水盤を離れ、何気なく水の溢れていく先を目で追うと、少し先で妖精さんが手招きをしている。
妖精さんに指し示されるままに腰を落して果樹の間を水の流れる先を覗き込むと、水路の先で二頭のアリクイが水をなめるように飲んでいた。
中型犬ほどの大きな一頭とやや小柄な一頭。
オスとメス? それとも親子?
可愛いな。
水を飲むアリクイの姿にホッコリと癒されていて、ふと気が付いた。
そういえば、水路を流れる水がキラキラして見える。
水盤の水は陽の光りを浴びて光っているのかと思っていたが、木立の陰を流れる水路の水も何だかモヤッと光っているような?
「それが、魔力ですヨ」
肩先にメリルちゃんが顔を覗かせて言うのだが、その姿に、なんというか、ギュッと圧縮された光りを感じる。
俺の魔力認識力がだいぶ落ち着いてきたらしい。
水路に手を漬けると魔力が腕に纏わり付いてきた。
「そろそろ、魔力を、感じても、ヨイころですが」
メリルちゃんのお墨付き?を貰うが、まだよくわからない。
腕から水路へ、なにかが抜けていく気がするけど、それか?
水路では妖精さんが魔力を掴み、束ねて紐状にして水面をバシャバシャと叩き始める。
ああ、アリクイさんが驚いて逃げてしまった。
「アリクイさんも魔法を使いますか?」
「アリクイ?」
魔法力の籠った水を飲んでるなら魔法を使えるのかな、とアリクイについてメリルちゃんに質問したら、まずアリクイで躓いてしまった。
それはそうか。アリクイなんて固有名詞は知らないか。
蟻塚のようなものを作る昆虫はいるらしい。
それを食すアリクイの生態を解説し、改めて聞くと、
「舌の、先から、魔力の、発露が、ありマス」
なんの魔力かは気にしてないので知らないが、たぶん小虫を集める系の魔力だろうと。
ピコピコと舌を出すメリルちゃんが可愛い。
しかし、アリクイでも魔法使えるのか。
「*****」
「*****」
「*****」
「舌の、ネバネバを、操作スル系?」
この辺りに住む妖精さんがそう言っている、とメリルちゃんが首を傾げながらいう。
メリルちゃんと話しつつ、水路に手を浸しちゃぷちゃぷと水を揺る。
せめてアリクイ並みには魔法を使いこなせるようになりたい。
フッと、水に浸した手を引かれた気がする。
水路の上で妖精さんが俺を見上げながら束ねた魔力線を引くと、手にその気配が伝わる。
ただ、俺が手を引いても、魔力はそのまま流れていくだけだ。
なんとなくあと一歩な気がするんだが、もどかしい。
水路の脇に座り込んでグダグダしていると、ヒューさんが腕を拭きながらやってきた。
そろそろ戻ろうか。




