……この世界、動物すら魔法を使うらしい。
フルーツムースを頂き、ハーブティーを飲んでほっと一息入れてボーッとしているうちに、暖かい日射しの中、クッションに包まれてウトウトとしてしまう。
ざわつく気配にハッと目を開くと、イケメンを始めとする人達が、工作室へと戻り始めている。
おっと、寝てしまうところだった。
俺はどうすればと、キョロキョロと当たりを見回すと、左手ではクッションに持たれ掛かり、ヒューさんが口を開けて寝ている。
「ざんねん、びじん?」
ふよふよと俺の方へ飛んできたメリルちゃんが、ヒューさんを振り返りボソッと言うので、素直に頷いておく。
でも、初日でテンション上がっちゃって疲れが出ちゃったんだよ。察してあげて。
さて、これからどうしよう。
先生たち御一行も工作室へいくらしい。
サミカちゃんが、一緒に行かないのかと待っているが、俺はもう工作室へ戻ってもすることはないし。
あとは先生とかサミカちゃんにお任せしますと言うことで、妖精さんたちとはお別れする。
俺に合わせてバイバイと両手を振るサミカちゃん可愛い。
さて、これからどうしよう。
両腕を回し、大きくあくびをして、頭を働かせはじめていると、妖精さんがなにか大きなアクションをしながらメリルちゃんに話しかけている。
敷地に居る妖精さんズの一人かな?
コミック翻訳を主張しているらしい。
そういえば、今朝もコミック読みに来てたっぽかった。
じゃあ、部屋へ戻って、キャンプコミックの翻訳を続けようか。
ところで、ヒューさんはどうすればいいの?
俺が声を掛けるのは不味くない?
と悩んでいたら、メイドさんが俺の前に立ち、そっとヒューさんの肩に手を掛けた。
ひと安心だ。
メイドさんのくれた蒸しタオルで顔を拭き、ヨイショと立ち上がり、さあ部屋へ戻ろう。
俺はメイドさんに導かれるまま舘を徘徊する。
今回案内してくれるメイドさんは、ケイトさんやメイドちゃんと違い、妖精さんが見られないタイプ。
なので会話もなく淡々と付き従って行く。
もっともケイトさんやメイドちゃんとも会話してたのはメリルちゃんで、俺は黙って付いていただけだった気がする。
頼みのヒューさんは俺を部屋まで案内するようメイドさんに告げるとどこかへ走り去ってしまった。
女性のあれこれを詮索するのは良くないから、何も聞かなかったがトイレだろうか?
そう思うと急にトイレに行きたくなった。
ポケットからメモの束を取り出し、トイレ札を探しだしてメイドさんにアピール。
折角登った階段を再び戻りトイレへ。
頭に載った妖精さんズの歌うアニソンをBGMに舘を徘徊し、ようやく部屋までたどり着く。
まだたった三日過ごしただけだと言うのに、ほっとする。
「なにか、おさがしで?」
そのまま寝室へ入り紙を探してきょろきょろとしているとメリルちゃんが頭の上から聞いてくる。
「コミックを転写するのに、紙をどこにやったかなと」
ホウホウと頷きながら飛び立って行くメリルちゃんの後を追うと、ベッド脇にある小さな机の上に、街で買った紙が束ねられていた。
結構使って残り何枚もないな。
追加の紙を手配して貰わなきゃと思いつつ、紙束を持ってリビングへ戻ろうとすると、メイドさんが何か布を持って立っている。
ああ、着替えですか。
なんとなく理解してきた。寝る時の服、部屋の中で着る服、別の部屋へ行く時に着る服、庭で作業する時に着る服。全部違う。
外へ行く時も場所によって変えてたし。
これがお洒落レベルの差なのか、文化の差なのか、金持ちの習性なのかさっぱり分からない。
今まで普段着OKの職場だったから、部屋着と普段着の二種類しか使い分けてなかったんだけど。
でもまあ、洗濯するのは俺じゃないし。
出されたものは着ようじゃないか。
と思いながら着替えてリビングへと向かうと、丁度メイドちゃんが紙束を抱えて入ってきたところだった。
「*****」
「ヒューさんに、いわれて、もってきた、そうです」
メリルちゃんがメイドちゃんの言葉を通訳してくれる。
ああ、ヒューさんは翻訳作業するから紙を手配しに走っていったのか。
ごめん、トイレ?とか思って。
でも、残念美人なのは否定しない。
メイドちゃんから紙束を受けとり、テーブルの上にiPadを開いてページコピーの用意。
早速妖精さんがやってきて、コピーを始めた。
エマさんの使っていたタンポポの綿毛っぽいのと違って、軸がしっかりしたデッキブラシのような道具だ。
iPadの画面に敷いた紙の上を、ブラシを掛けるように拭いて行くのが、なんというか、とてもラブリー。
紙を一拭きする毎に絵が浮かび上がってくる。
「*****」
「*****」
「*****」
一拭きしては妖精さん二人でのぞき込むようにしてチェック。
ちょっとでも途切れていたりすると、もう一人の妖精さんから鋭く指摘が入る。
なかなか厳しい。
「あー、コピーが溜ってるんで、一旦終了するように言って貰えませんか?」
「フム。ずいぶん、たまっていますな」
気がつくと1話分のコピーが仕上がっている。妖精さんには一旦作業を止めて、休憩してもらおう。
「*****」
「*****」
「*****」
「*****」
「びでお、みる、よいか?」
メリルちゃんの口コピーっぽいが、妖精さんが日本語で語り掛けてきた。
そんなに見たいのか。フランスやロシアのヲタがコミック読みたくて日本語覚えるノリか。
この調子でみんなに日本語の勉強をしてもらえば、俺がここの言葉を覚えるより捗るんじゃないか。
そんなことを考えながら、俺はiPadを操作してビデオアプリを開き、コンテンツの一覧を表示して見せる。
「このエは、なんですか?」
メリルちゃんが指さしたのは、深夜にNHKでやってたネイチャー番組だ。
「これはアフリカって言う俺の住んでたところから遥か遠くにある――」
そんな説明をしながら、ポチッと再生。
タンザニアのサバンナを、ランクルが走っていく。
「のどかで、ヨサソウなところですな。%○$$のあたりに、にてます」
ずっと南のこことは異なる大陸に、サバンナっぽい大平原があるらしい。
「メリルちゃんは、行ったことがあるんですか?」
「ムカシにいちど。えきばしゃを、ひいていた、$■△▲より、さらにオオキナものたちが、くらしています」
モニターに象がゆっくりと歩いていく映像が映し出される。
撮影クルーとは別の、観光客のものだろうか。丁度大きさの比較になるような距離でランクルが何台か象に並んだ。
「おお、これは“ぱおーん”ですな」
「ぱおーん?」
俺の返事にコクコクと頷くメリルちゃん。
「ずいぶんと、ムカシの、ことですが、ニシにあった、クニに、よばれました」
「へー、召喚術で象まで召喚しちゃうんだ」
「ゾウというのですか? おおきなコエで、ぱおーんと、なのられておりましたが」
それは名乗りじゃないと思うんだけど。
「あれはアフリカ象といって、大きなものだと俺の倍くらい高さがあって、――――」
俺の説明に相槌を入れながら、懐かしそうに草原を歩く象を見つめるメリルちゃん。
「おだやかな、ヨイコでした。20ねんほど、ニシのクニですごして、なくなられました」
象が鼻を使って木の枝をちぎって口元に運ぶ映像にメリルちゃんが頷く。
「あのハナを、テアシのごとく、ツカウのでしたな」
iPadの前でのぞき込んでいた妖精さんズが、顔の前で手を伸ばし、象の真似をしてはしゃいでいるのが可愛い。
「そうイエば、モリおおきクニに、おとずれたカタが、コシをフリながら、ぱおーんと」
そう言って『フヒヒ』とおかしな笑いをするメリルちゃん。
腰を振りながらぱおーん? iPhone勇者はとんだ下ネタ野郎だったようだ。
場面が転換し、今度はキリンが登場。長い舌でアカシアの枝を扱いて若葉を食べている。
「おお、このカタにも、アッタことがあります」
象とかキリンとか、かなりのデカブツも召喚しちゃってるんだな。
「*****」
俺の後ろからモニターをのぞき込んでいたメイドちゃんがなにか言ってる。
「*****」
「*****」
「*****」
「オウキュウに、ゾウがイルそうです」
「*****」
「15ねんほどマエに、オウジョが、ヨンだとか」
候女ちゃんの召喚で喚ばれたのも、もしかすると俺じゃなくて象とかキリンだった可能性があるのか。
「俺の世界では、象は鼻を伸ばしたり、キリンは首を長く伸ばすことで、大型化に対応しましたが、この世界、南の大陸にいる大きな生き物は、どうやって食べ物を口に持ってきているんですが?」
象とかキリンとかは居ないっぽいけど。と思いつつ聞くと。
「マホウで」
「魔法で?」
「はい、マホウで、ワカい、ハを、オトしたり、しますな」
……この世界、動物すら魔法を使うらしい。




