もてなしは中央アジアの香り
トイレをあとにして、渡り廊下を館へ戻る。
あれ? さっきと道違わなく無い?
来たときとは別の入口から館へと入る。廊下を進み、階段を上がり。
「メリルちゃん、さっきのトイレ、道はわかりますか?」
俺の頭に載って、たれパンダ状態でくつろいでいる様子のメリルちゃんに聞いてみる。
「とんでいくなら。おつれするのはかないません」
もう一人じゃ、部屋へも戻れんしトイレにも行けん。
まあ警備の人間もあちこちに居るようだし、こんな館を一人でうろつくことは無いだろう。とはいえ、場所を覚えないことにはおちおちとトイレにも行けん。
紙とかあれば見取り図を書きたいが。
でも地図って時と場合によっては機密情報だったりするし。トイレの場所を覚えるのに見取り図書かせてくれって言うか?
とりあえず「トイレ行きたい」だけでも言葉を教えてもらうか。
「メリルちゃん」
言って気がついた、メリルちゃんはトイレって単語知らないんだっけ。じゃあ誰に聞けばいいんだ?
ていうか、聞くのはいいけど、話すのはどうするか。当面はメリルちゃん頼みの耳コピーか。
と、どうやら目的地に着いたらしい。なんとなく館の奥の中央付近。立派な扉。
これは、一人でもそもそと食う雰囲気ではない。
やべー。会社の宴会でも部屋の隅で壁の花に徹してる俺に何をさせるつもりだ。
メイドさんが一声掛けると内側から扉が開いた。
すわ魔法仕掛けの自動ドアか、と思ったら、中から執事っぽいのが開けてた。どちらにしてもスゲーな。
部屋に入るとそこは、4面にソファーの配された待合のような部屋だった。
ていうか待合だ。同期の結婚式で行ったレストランウエディングで見たのと雰囲気がにてる。
貴族ともなると個人宅の食堂に待合があるのか。
「*****」
向かいのソファーに座って妹と会話の花を咲かせていたイケメン侯子が爽やかに立ち上がる。
どうやらイケメンと女の子を待たせてしまっていたらしい。
あ、魔法使いさんも居る。これでメリルちゃんに通訳頼める。良かった。
さらに奥の部屋に通される。
ローテーブルには山海の珍味が山盛りの大皿。
テーブルを囲むようにクッションが敷き詰められている。
漫画で見たことのある、中東アジア系の宴席スタイルだ。
女の子とイケメンが並んで座り、向こう側に魔法使い。
「*****」
イケメンが魔法使いの隣の空いたスペースを手で指し示しながら何か言っている。
「にほんのかたは、こうしてひとつのさらからりょうりをわけてたべるとききおよんでいます。とおっしゃっています」
床が畳でクッションが座布団なら日本式と言えるか。昭和だがな。
ポンポンとクッションを叩いて形を整え座る。
さて、こういう場合第一声はこちらからするべきか、待つべきか。
上のものから声をかけるまでは下のものは声をかけてはいけないとかゆうのを聞いたこともあるし。この国ではどんな感じ?
俺はメリルちゃんにアイコンタクト。
「これはうみにすむもののみをぱんこでつつみあぶらであげたものです」
俺のアイコンタクトに気がついたメリルちゃんは、ふむと頷いて足元の料理を指し示す。
ちがうよ、伝わってないよ。それも大事だけど。ていうこれは魚のフライか。
身を屈めて説明のあった料理を覗くようにみると、隣に座った魔法使いがお好み焼きで使うコテのようなもので魚のフライを皿に取り分けてくれる。
どうぞどうぞ言っているに違いない仕草で俺の前にフライの載った皿がおかれる。
「そちらのあおいびんにはいったえきたいをかけてたべるとよろしいそうです」
俺は言葉のまま醤油刺しのような小瓶を手に取って、皿の縁に数滴こぼしてみた。少し茶色がかったとろりとした液体。小指の先にチョンと付けなめてみる。
すこしピリ辛なウスターソース?
皿に盛られた魚のフライらしきものが日本の食材と同じ味なら、確かに合いそうだが。
漂う妙な気配に視線をあげる。イケメン、女の子、魔法使いの視線が俺の手元に集中している。あれ? 奥のメイドと執事も俺をチラチラと。なんか怖い。
ビビッて小瓶を戻そうとすると、なんか奥のメイドさんががっかりしたよな。
意を決して小瓶の液体をフライにドバッと振りかけ、目についた箸らしきものを手にとりフライを口にする。
「あ、美味しい」
思わず口にする。
箸に摘んだフライを観察する。一口かじった断面は白身魚そのもの。これはあれだ、前に小田原で食べた旨いと評判の鰺フライに似てる。
ピリ辛ソースはもう少し控え目にかけた方が良かったかも。
「******」
「******」
「******」
「******」
魔法使いとメリルちゃんか何度か言葉を交わし、さらにそれを魔法使いがイケメンに伝える。それを聞いて、奥に並んだメイドさん達がホッと息をはいて安堵の表情を浮かべる。
女の子も嬉しそうにニコニコとしながら、ソース少しフライにかけるとフォークのようなものでフライを突き刺し口へ運ぶ。
もしゃもしゃとフライをかじる侯女ちゃん可愛い。
俺が皿の上に垂らしたソースをチョンとひとなめし、口を押えてヒーヒーと泣きながら飛び回るメリルちゃん可愛い。
ソースの辛みは妖精には辛過ぎたようだ。
見たこともない食材が並ぶ食卓。しかし俺の箸はついつい日本食らしきものに伸びてしまう。こっちの肉じゃがっぽいのはちゃんと醤油味だし、風呂吹き大根らしきのに載ってるのはちゃんと肉味噌だ。
「******」
「にほんしょくとしてつたわるりょうりですがいかがですかとおっしゃっていますが」
やはり日本食だったらしい。
「美味しいです。よく再現できていると思います」
味噌はちょっとしょっぱいけど。
俺の言葉にイケメン、女の子も、奥のメイドさん達もうれしそうな顔をする。
俺→メリルちゃん→魔法使い→イケメンの伝言ゲームがはいるので、反応を観察する余裕が持てるのがありがたい。テンポは最悪だが。
俺は調子に乗って、多分こちらの、見たことのない料理にも手を伸ばす。
一口かじってはフムと頷き、かじり痕を確認してはもう一口かじる。
というか、熱心に食べてる振りでも続けないと、会話がもたない。
なんで異世界モノ主人公はヒキコとかコミュ症とかあらすじっときながら、お貴族様とため口でフレンドリーに話始めるか。
ナデポでメイドさんとか侯女にラブフラグ立ったりな。
お前らでだしからすでにリア充確定で、リアルコミュ症ディスってんだろ。
とりあえず料理食べて、料理誉めて、料理食べて、料理誉めて。
明日から紙とシャーペン持ち歩こう。メモ取ってればそれで時間も過ぎるし知識も貯められる。一石二鳥だ。
卓に並んだご馳走があらかた片付き、香りの高いハーブティーらしきものを飲んでいるところで、女の子がコクリコクリと始めたので食事会は終了に。
お互い初対面で拉致の被害者と加害者の立場。若干気まずいなか、無難に過ごせたんじゃないかと思う。
明日は町を歩いて見たいとの要望には、案内人をつけて貰えることになったし。
妖精さんと会話できる人だといいんだが。
食堂にいたメイドさんの中に一人、メリルちゃんが見えてるっぽい人が一人いたんだよな。
ビクトリアンなメイドさんに付き従い廊下を歩き階段を昇り、最初に案内されたと同じリビングへ通される。
ベッドルームへ入りベッドに昇ると鞄が見当たらない。身ぶり手振りでメイドさんに尋ねるとクローゼットの中から出てきた。
鞄をひっくり返してベッドの上にぶちまける。
あれ? iPadは? そうか、サイドテーブルに置いたっけ。
iPadを手にして充電を確認する。残り25%。
サイドテーブルを窓際に動かそうとガタゴトしていたら、メイドさんが飛んできて手伝ってくれた。メイドさんいい人。惚れてまうやろ。まあ向こうはただの仕事のつもりなんだろうけど。
ソーラーチャージャーの受光面を窓に向けてサイドテーブルの上に置く。これで明日の昼頃には充電できるだろう。なんて考えてみたが、さてこの世界は日の出から正午まで何時間だろう。明日、日時計で太陽の動きを計ってみよう。
ベッドに戻り、ぶちまけた荷物の中からノートとシャーペンをとりだしメモを書く。
1. 日時計で時間をはかる。
そうだ、月の数え方や一年の日数も聞いておかなきゃ。メリルちゃんが居るのは「月が三度巡る」までだっけ。
2. 月が三度巡るのは何日か聞く。
メモを書き終えて、改めてぶちまけた鞄の中身を確認する。安全確認で中身を調べることぐらいはしたかも知れないが、とくに何かがなくなっている様子もない。
ベッドメークがされてるので、ただクローゼットに仕舞っただけかも知れない。
ああ、食事の時、少しは「使える奴」アピールしといた方が良かったかも。
もそもそと鞄の中に荷物を仕舞いながらちょっと反省。
まあ暫く街歩きして、これからイケメンの世話になっていくのか、金を貰って独立するか考えましょうか。
腹に血がまわって眠くなった俺は、鞄を抱え込んだ姿勢でベッドにごろんと横になり、いつしか眠ってしまった。