なんかスープ鍋の縁がほんのり光ってる
奥の部屋へと案内されると、そこは40畳くらいはありそうな広い部屋で、その真中にデデンと、美しい木目を磨き出された、長々とした一枚板のテーブルが鎮座していた。
やはり初めての部屋だ。この屋敷はダイニングだけで何部屋あるんだろう?
机の上には7人分のカトラリーが整然と並べられている。
奥には食材と鍋?の載った、ライブキッチンを思わせるテーブルが設えてある。
執事っぽいのに導かれ、奥の方へ進んで椅子に座る。
隣に魔法使い。向かいが侯女ちゃん。イケメンは魔法使いの向かいだ。
気がつくと、後から書類を抱えた若いのが三人ほど入ってきて、なにやら名乗りを上げての挨拶をしているようなのだが、さっぱり分からないので、アルカイックなスマイルを浮かべ、お辞儀をしておく。
頼みの綱のメリルちゃんは、エマさんと一緒に、ライブキッチンで鍋や食材のチェックに勤しんでいる。
まあいいか。必要なら改めて聞けばいいさ。
三人は魔法使いとイケメンの向こう。持参した書類を机に広げる。もしかしてビジネスディナー?
全員が着座すると、すぐに奥の扉が開き、大皿を抱えたメイドさんがぞろぞろと入場。
テーブルの端、俺の隣でお皿に盛り付けを始め、俺、イケメンの順に配膳していく。
皿の上には拳より少ない盛りの野菜のようなモノが4品。つまりは前菜と言うことか。
さて、これはどう食べればいいんだろう。
「*****」
メイドさんがなにやら話しかけてきながら、箸をくれた。
「おはしで、どうぞと」
いつの間にか戻ってきていたメリルちゃんが、前菜にかかったソースを指ですくい、一嘗めしながら教えてくれる。
イケメンたちが食べ始めるのを確認し、手を合わせて箸を構える。
メリルちゃんは魔法使いに呼ばれふよふよと飛んでいってしまったので、侯女ちゃんにニコリとしつつも、前菜を箸で摘みながらライブキッチンを眺める。
湯気の立った鍋の向こうに大柄な女性のコックさん?が立ち、トングのようなもので野菜や薄切り肉を摘み、鍋に浸して湯がいては取り皿に盛っていく。
今夜はしゃぶしゃぶ?
盛りつけが終わると、トロミの付いた餡を鍋の汁でサッと伸ばし、ソースのように掛けた。
料理の盛り付けられた皿がメイドさんの手で目の前にサーブされる。
見た目は豚の冷しゃぶだ。湯気が立ってるけど。
お皿がほんのり温かいのは、保温用の魔法が仕掛けてあるからだろうか。
薄切りの肉にソースの掛かった野菜を捲いて、ひとくち口に運ぶ。
良質な肉の甘さと、野菜の甘ずっぱさが口の中に広がる。
見た目は冷しゃぶっぽかったけれど、むしろベーコンのたっぷり入った野菜コンソメか。
鍋の汁自体がたっぷりの野菜で出汁を取った、コンソメっぽいスープ仕立てなのだろう。
あ、この細長い野菜、しゃきしゃきして美味しい。
二口、三口と食べ、なるべく見ないようにしていたミーティングチームをそろっとちょい見。
テーブルに図面を広げ、さっき作った電話を手に、侃々諤々している。
いつの間にか侯女ちゃんも交ざってるけど、マナー的にどうなんだろう。
ここは静かに黙々と食べるより、ワイワイとやる方がマナー的に正しい世界?
そういえば、昨日も一昨日も、賑やかに談笑しながらの食事だったっけ? まわりは。
あの図面、さっき待ち合いで描いたやつか。
と、一番奥で何やらやっていた若いのが、今作ったらしいもう一組の糸電話を持ちだし、棒と針金で簡易のハンドセットを組み上げよった。
イケメンと手前の若いのがハンドセット片手に話始め、次にイケメンから渡されたハンドセットで侯女ちゃんが、背後のメイドさんとなにか話し始める。
侯女ちゃん楽しそうでなにより。
あ、豚しゃぶもうなくなったんですが。
お代わりは頼めるんだろうかと配膳担当のメイドさんに顔を向けようとすると、すかさず次皿がサーブされる。
出来るメイドさんに感謝しつつライブキッチンに目をやると、鍋のスープを濾し器にかけて、具沢山の野菜スープを作り始めている。
なるほど、そこに穀類を投入して、雑炊に仕立てると。
スープ鍋に穀類を投入したシェフが、くるりと鍋の縁をなぞる。
あれ?
なんかスープ鍋の縁がほんのり光ってるんだけど、なんか魔法が働いてる?
さほど待つこともなく深皿に入れられて出てきた次の料理は、雑炊。というか、具が一杯のリゾットというべきか。おしゃれっぽいし。
スプーンで掬って口に頬張ると、野菜の甘さをたっぷりと吸い込んだ穀物が、噛むほどもなく喉に流れていく。
料理なんかしたことないからわからんけど、かけた時間に比べて穀類に味が染み込み過ぎてる気がする。
スープに入れた穀類も炊いてあった様子は無かったし。
さっきの光、圧力鍋的な魔法が行使されたんだろうか??
エマさんが見てたようだから、あとでメリルちゃんに聞いてもらうか。
リゾットを食べ終えたのを見計らったように、というか、見計らってたんだろうけれど、魔法使いから書類が回ってきた。
なにこれ?
文字はさっぱりだが、図面はわかる。
自転車とグライダーと竹とんぼ。それに飛行船に気球。
なんかの申請書と、それぞれの論文みたいだ。
「なんですか、これは?」
書類と一緒に戻ってきたメリルちゃんに尋ねる。
それによると、どうやらこの世界には特許ほどの独占権の主張が出来る制度はないようだが、公的機関に届け出ておいたり、学会報?に載せておくなどしてあると、何かあった際に優先権を主張できるらしい。
元祖とか本舗とか名乗れるくらいの効力しかないらしいが。
まあでも、信用はつくよね。
これはそのための、侯爵家が運営している学問所で発行する会報に載せる論文と、その申請書とのこと。
話しを聞く限り、内々で出回る形式的な技報とは違い、国内外の学問所や図書館にも広く配布される権威ある雑誌っぽい。
へぇ。活版印刷程度の技術はあるんだ。
俺の名前をここの最初の欄に書けと?
権利譲渡かなんか?
筆頭論者?
ひと文字も書いてないんだけど?
別に監修とか謝辞に名前があるだけでもいいんだけど。
家内の者しか見ていないにせよ、大勢の人の目に留まっているし、グライダーとか飛行船はまだしも、自転車と、特に竹とんぼは、明日にでも広まってしまうだろうからと、大急ぎで仕上げたらしい。
侯女ちゃんが、明日お友達にみせびらかすって息巻いてたしね。
「たぶん、あの、ほそいいとであんだぬのは、つかいでがあるので、せんせいたちが、せいさん、はじめておられるでしょうな」
をぉ、妖精さんからも広まってしまうのか。
有機材料とダイヤモンドはこの書類ですか?
まあ、メリルちゃんも大丈夫っていうし、全部投げっぱなしでお任せしますよ。自分でどうにかする技術も元手もないし。
サインは日本の文字でいいらしい。
食事の途中だというのに、腕が疲れるくらいサインさせられた。
ビジネスディナーってこんなんだっけ?
イケメンの隣の若いのは、これから徹夜覚悟で電話の論文作り?
御愁傷様です。
ごめん、俺は食事終わったら、風呂はいって休ませてもらうから。




