水と炭があれば、プラントも無いのに、化学物質が出来てしまう。
そうだ、先生たちに材料の話を聞いておこう。
「初歩的な物理化学の理解だと、物質の最小単位は電子と陽子の組合せからなる原子といって……」
俺はiPadに周期表を表示して、原子番号と原子名の関係を教える。
「この、いちばんちいさなものは、さらにちいさくなりますが」
さすが妖精さん。素粒子物理にも造詣ありか。
「ようせいが、そらをとぶのは、そりゅうし?のなかの、おもさをつかさどるものを、ぽいっとするのですよ」
?? ビックリ粒子とか南部理論とかって理論のことか?
メリルちゃんが、何かを摘んでポイ捨てする仕草をしながらクルクルとまわっている。かわいい。
「素粒子の世界は、難度が二桁くらい上がるので、今回はパスで」
俺は機械工学出身だから、理論物理は理解の範疇外なんだよ。
「今日のところは素粒子物理は置いておいて、この6列めのクロムとモリブデンがちょびっとあれば、クロムモリブデン鋼というナイスな材料が作れるんですよ」
フムフムと頷く先生。
「いかほどひつようで?」
「質量比でクロムが鉄の100分の1。モリブデンは500分の1あれば」
「だれぞにとどけさせましょう」
やった。合金化は魔法のコネコネで何とかして貰うとして、自転車フレームはクロモリ鋼でいけそうだ。
「あと、CとOとHの、こんな繋がりのものは作れませんか?」
作業机に紙を広げ、iPadで有機化合物の教科書を表示しながらポリエチレンテレフタラート、いわゆるペットボトルの素材、の構造式を書いて見せる。
それを見た先生は、うーんと考えながら、中空に手を指し延べてくるくると。
すると、なんか透明なゲルがポタポタと湧きだしてきた。
「こんなかんじですかな」
え? これがPET!? いや、ちょっとこぼれてるから!
慌てて辺りを見渡すと、メイドさんがすかさず木製の皿を差し出してくれた。
「じゃあ、こんなのも合成できたりしますか?」
俺が構造式を示すと、先生の手元からスチレンゴムとガソリンが。
「あ、こっちは超危ないので!」
おもむろにガソリンの“生成”を始めた先生を慌てて止める。
「このCとOというのはいっぱいありますが、Hというのがなかなか」
ガソリンの匂いに顔をしかめる先生のお言葉に、俺はそっと水の入ったカップを差し出した。
水と炭と空気があれば、プラントも無いのに、瞬く間に化学物質が出来てしまう。
なんか、俺の知ってる魔法の世界とイメージが違う……。
「ペットやゴムは、メリルちゃんでも作れますか?」
「ぞうさもない、ことです」
と、なんとも頼もしいお返事。
「そこらにある、C?とかO?とかH?とかを、あんていしたかたちに、つなぐだけですし」
確かにそうだ。
謎モンスターがおかしなものをドロップしたり、呪文唱えてオリハルコンの剣が湧いてくるのに比べれば、むしろ理解の範疇にあるか。
さらに、メリルちゃんの手により、ナイロン66を始めとするポリアミド樹脂全般や、ケブラーを始めとするアラミド繊維の合成もできることがわかった。というか、出来た。
メリルちゃんがくるくると腕を回すと、綿飴が出来るかのように繊維が湧き上がってくる。
ナイロンはいい具合に乳白色なので、ほんとに綿飴機から綿飴が湧いてきているみたいだ。
出来たアラミド繊維を先生とお供の妖精さんたちが糸を紡ぐように引っ張りあって、キャッキャと騒いでいる。
工業製品といえるほどの量を作ることが出来るのかわからないが、俺の冬服分くらいは作ってくれるかなぁ。
「俺とか、他の人間なんかでも作れますか?」
「よういちさんほどに、もののなりたちを、りかいしておられれば、たやすいことかと」
おお、それはモチベーションあがる。
ていうか、トリニトロトルエンとかメタンとか、やりたい放題なんじゃないか。
ヤバイ。“エクスプロージョン”とか唱えたくなってくる。
折角錬成?して貰った素材なので、PETは薄膜にして貰おう。
iPadに貼ってあった保護フィルムをめくって説明をすると、さっきシリコンを加工していた妖精さんが再び登場し、水切りワイパーでPETを薄く均していく。
妖精さんの頑張りで、フェイスタオルくらいの大きさに薄く伸ばされたPET膜が出来上がる。
PETって幾らなんでもこんなに簡単に引き延ばせるものじゃないと思うんだが、妖精さんパワーの前には思考停止で対応。
手に持って広げると、若干歪んではいるものの、透明で丈夫なフィルムに仕上がっている。
ナイロンとケブラーは繊維にして貰うか。
メリルちゃんに構造を説明しつつお願いすると、若干の思考錯誤の後、凄い勢いでナイロン糸を錬成しはじめる。勢いにつられてか、メリルちゃんテンションアゲアゲで楽しそうだ。
射出される勢いで錬成される糸を、先生ともう一人の妖精さんが、あれ? 機織りしてる??
いつのまにか、バスタオルくらいの織物が出来上がっていた。
ケブラーはなんかメイドちゃんが楽しそうに編み込んで紐に仕上げてた。
「*****」
「!?」
編みあがったケブラー紐を弄んでいたら、背中越しに聞き覚えのない声がかけられた。
ギギギッと振り返ると、なんか知らない男の人が飛びかからんばかりの勢いでやってくる。
「*****」
その男は騒ぎたてながら俺を素通りして、妖精さんが宙に広げて振り回しているPET膜に襲いかかり、妖精さんのPET捌きにすかされている。
メイドさんたちがオロオロとしながらも何も出来ないでいるのを見ると、暴漢というわけではなく、ちょっと視野に問題のある研究者タイプの貴人なのだろうか。
男が突進し手を伸ばす。妖精さんが闘牛のマントのごとくPET膜をひらりと扱い男をかわす。
そんな攻防がしばらく続き、ヒラリとかわしたPET膜が、丁度部屋に入ってきたイケメンの顔にベチャリと当たった。
PETは薄くても硬いから、結構痛かったんじゃないか?
と、妖精さんにすかされてイケメンの脇を突っ込んだ男が、腹を抱えるようにして崩れ落ちた。
どうやら、イケメンの後ろにいた魔法使いが構えた六角杖のような杖が、男のみぞおちを貫いたっぽい。アーメン。
ちらりと蹲る男に目をやったイケメンは、あっさりと無視を決め込んだ様子で宙に浮くPET膜に視線を送り、次いで俺の座る前に広げられたナイロン織物に視線を合わせた。




