魔法と精霊パワーで農業は無双
メリルちゃんを介して「俺も醗酵倉へ行きたい」とケイトさんに意志を伝えると、なんかバタバタとしだした。
丁度部屋に訪れた純朴そうな女の子がケイトさんに何かいわれて壁際で待機。
「あのおんなのこ、わたしたちがみえるかた、ですな」
「なにが起きちゃったんですかねぇ」
俺はそこはかとなくも慌ただしくなった人の動きにちょっと驚く。
「*****」
「*****」
「*****」
指示出ししていたケイトさんの隙を、メリルちゃんが突撃。
俺を見たり女の子を指さしたりしながらケイトさんと話をし、ウムウムと頷いて戻ってくる。
「よういちさんの、がいしゅつのじゅんび、だそうです。あのおんなのこは、ようせいのみえるこで、エマのあんないだと」
ふーむ。
なんかあの女の子、ケイトさんやメイドちゃんに比べて“庶民”て感じがする。
そういえば部屋つきのメイドじゃなければ、他にも何人か屋敷にもいるって言ってたっけ。
そうか。
ケイトさんやメイドちゃんは“侍女”とか“女官”てやつで、あの女の子は“使用人”なのかも。
あ、だから、エマさんの案内だけなら使用人を付けるだけで良かったのに、俺が一緒に行くって言い出したから、布陣が変わって大慌てって事か。
そんな分析をしつつぶらぶらと待っていると、メイドさんがまた新しい服を持ってきたよ。
こんどの服は、なんか作業着って雰囲気の漂う、綿の上下だ。
なんか『ちょっと裏庭へ散歩にでかける』くらいのつもりだったのに、メイドさんたちには申し訳ないことしたな。
俺がもたもたと着替えをしている間に各所への連絡はついたのか、「さあ、まいりましょう」とケイトさんに案内されて出発。
いつものように廊下を歩き階段を降り、今回は二階の廊下を歩いて、建物の裏手へとまわる。
途中から回廊に出て、さらに渡り廊下を渡って幾つかの建物を越える。
いつの間にか、結構でかい池を渡り廊下で渡っていて、その先の庭園を越えた向こうに果樹園が広がっていた。
「*****」
「あちらの、たてものだそうです」
ケイトさんとメリルちゃんの指さす方、背の低い丘の斜面に広がる果樹園の真中あたりに建物が見えるけど、あれって結構遠いよね。
もうすでにグルグルまわってチョッとした公園くらい歩いてると思うんだけど、その建物はまだ随分と小さく見える。
失敗したかなと思いつつ笑みを浮かべたけれど、エマさんと使用人ちゃんは元気に歩き始めている。
出がけにあれだけドタバタさせて、今さら止めますとも言えない小物な俺。
ぐずぐずしていても始まらない。行きますか。
とりあえず使用人ちゃんとエマさんを追って、果樹園へと歩を進める。
果樹園の樹は、棚につるを這わせる葡萄のようなつる性果樹だ。
もう収穫は終わっているのか、実がついている様子はない。
「もものきです」
「もも?」
「いぜん、こられた、にほんのかたが、そうよんでおられました」
「もも??」
「このくらいの、かわのうすい、とてもやわらかな、みで」
そういって、メリルちゃんは、りんごか桃くらいの大きさを示す。
「もものようだ、と」
どうやら、この世界の桃は、つる性果樹らしい。
果樹園の脇をしばらく歩き、つる棚の中を醸造所へと繋がる路に入る。
小屋へと向かう路は、歩くと丁度つる棚の上に頭が出るくらいの高さの土手で、2メートルくらいの幅があり見通しがいい。
手入れが行き届いているのかガタツキもなく歩き易い。石化の魔法が施してあるようだ。
ところで果樹園の中に10メートルグリッドくらいでポールが立ってるけど、あれはなに?
「あれは、とりやむしよけの、けっかいですな」
「鳥や虫避けの結界?」
いかにもと首を立てに振るメリルちゃん。
「きたいせいぎょのまほうと、らいげきのまほうで、しょうへきを、つくります」
「らいげきは、雷とかのビリビリ来る奴ですか?」
「そうです。そうです」
桃みたいに柔らかな果実は鳥や虫に弱そうだが、風と雷の魔法を使って電気柵みたいなカバーで果樹園を覆っているらしい。
本当に魔法が生活に根付いている。
「あっちの区画、土埃が立ってるけどなんで?」
「*****」
「*****」
「*****」
「*****」
「ひりょうを、あたえているのだそうです」
「肥料を?」
「つちのまほうで、とちをたがやし、たいひをまぜます」
「土の魔法で堆肥混ぜながら耕しちゃうんだ…」
耕耘機を魔法で代用。果樹園なんて機械入りにくい場所も魔法ならところ構わずか。
「おや、つちのせいれいが」
メリルちゃんが見ている先を良く見ると、果樹の隙間に膝ぐらいの高さの石組がある。
その石組の上から、時折光る土埃のようなものが湧き出し、靄の塊となって果樹園へと転がっていく。
あれが土の精霊か。水の精霊が湧いてるのと似てる。
「*****」
「このおかのうえに、りゅうけつがあって、まりょくを、みちびいているのだそうです」
「りゅうけつ?」
りゅうけつってなんだ?
「つちのまりょくが、わきだすところを、りゅうけつ。つちのまりょくの、とおりみちを、りゅうみゃくとよぶ、とおそわりましたが」
土の魔力がりゅうみゃく? 龍脈か。ああ、りゅうけつって龍穴か。
パワースポットってやつだね。あとでお参りしにいかなきゃ。
この世界はマジでパワーありそうだから、恋愛運とか金運とか向上しないかな。
果樹園入口付近までは、まだまだ、そんなお気楽な気持ちでいました。
ぜーはー、ぜーはー。
この世界がいかに魔法と精霊パワーで農業無双なのかを勉強しつつ、ようやく果樹園の中央に立つ醸造所までたどり着いた。
傾斜がなだらかなんで侮ってたけど、結構きつい。
一キロはないと思うけど、500メートルは越えてると思う。
とはいえ、当然ながら俺以外の誰一人も息を切らすこともなく。
やっぱりこの世界の人たちは皆、フィジカルが強い。
魔法云々で軽減されているとはいえ、生活の上でまだまだ肉体労働が必須だからか。
建物の入口ではオジサンがひとり、ちょっと呆れ顔で俺を待っていた。
メイドちゃんとエマさんははるか先に到着して、建物の入口前からしばらく俺たちの様子を伺っていたが、メリルちゃんに合図されて建物に入っている。
ふぅ、ふぅ、ふぅ。
俺が息を整えていると、建物の入口で待っていたオジサンが、俺の様子を見て建物へと引き返し、薄桜色の飲物を差し出してきた。
あ、どうも。
ペコリと会釈をしてコップを受けとり、甘い香りに少しむせながら一口味わう。
あっまい!
「これが、もものかじゅうですな」
メリルちゃんがコップの縁から中をのぞき込んで教えてくれた。




