ここの人達は気軽に魔法を使い過ぎだ。
ガタガタという音とともに、朝の日の光を瞼の外に感じる。
うぅ、と呻きながら光と反対方向に転がると、なぜか頭をユサユサと揺らされる。
グッと伸びをしながら半身を起こすと、頭が何かをポンと弾いた。
エマさんが布団の上を転がっていく。
なにやってんだ、妖精さんは。
コロコロと転がったエマさんは、俺が起きたのに気がつくと、何事も無かったかのように飛んでくる。
相変わらず羽ばたかない羽だ。
エマさんを追って視線を戻すと、枕元にあるサイドデスクの上で、メリルちゃんがiPadをバンバン叩いている。
「ひがでました。じゅうでんしましょう」
iPadに充電ジャックを繋ぐ作業員として、俺は妖精さんズに起こされたらしい。
鎧戸を開いていたメイドさんが、俺が起きたのに気がつき、窓際のテーブルに洗面器を用意する。
手にしたポットの様なものから洗面器に注がれたものがうっすら湯気を立てている。
お湯みたいだ。
あのポット、魔法瓶? それとも湯沸し機能を持っているのか?
本当はもう少しベッドでゴロゴロしたかったのだがお湯を用意されてしまっては仕方ない。冷める前に顔を洗うか。
iPadを手にとると、天蓋から下がる蚊帳を開いて外に出る。
さて充電器はと見回すと、窓と窓の間にある棚に収容されていたのでその横にiPadを押し込み洗面器へと向かう。
顔を洗い、差し出されたタオルで顔を拭いていると、メイドさんがお湯の入った洗面器を持ち上げる。
あっ、と声をあげる間もなく、洗面器のまわりをうろうろと飛んでいたメリルちゃんに洗面器の先がヒット。
洗面器が大きく傾き、お湯が………こぼれない?
えっ? なんであんな浅い洗面器からお湯がこぼれなかったの? 今のも魔法?
俺が洗面器を凝視している間にも、メイドさんは、洗面器のお湯がこぼれないことはさほど気にするでもなく、すぐに洗面器を持ち直すとリビングへと去っていく。
「りゅうたいせいぎょの、まほうですな。きのう、おふろで、あしをもんだのと、おなじわざです」
洗面器に弾き飛ばされていたはずのメリルちゃんがいつの間にか俺の前に浮かんで、ごく当たり前のこととして教えてくれる。
中身がこぼれないように、洗面器に魔法がかけてある?
ここの人達は気軽に魔法を使い過ぎだ。
そして妖精さんは、人や物にぶつかりすぎだ。
妖精の見えない人が、妖精の存在を信じてる理由が理解できる。
洗面器がどかされたので、昨日のように充電器とiPadを設置する。
「先生宛になんか書いとかないと、また充電ケーブル外されちゃうかな?」
ソーラーパネルの角度を調整しながら、パネルのまわりをうろうろと漂う妖精さんズに声をかけると、メリルちゃんがフムフムと頷く。エマさんは日本語出来ないからか、俺を見上げて首を傾げてる。可愛い。
俺がメモ用紙を用意している間に、メリルちゃんがメイドさんの前に浮かんで手を振るが、当然のことながら気付いて貰えない。
とりあえずメモ用紙にメイドさんと小さな羽の生えた女の子の絵を書いて、吹き出しを付けてみる。
そしてメイドさんに絵を見せながら、メモ用紙に描いたメイドさんとメリルちゃん。リアルのメイドさんとメリルちゃんを交互に指し示す。
ついでに吹き出しを示して、ああーああー言いながら、口の前で指をパクパクと閉じたり開いたり。
すぐにメイドさんは俺の意図に気付いたらしく、一礼するとソソクサと外へ出ていった。
結構うまく描けてるんじゃない? と絵を見直しながらメリルちゃんに問うが微妙な顔をされてしまった。
エマさんは頷いてるから、言わんとすることはわかるってことだよね。
折角描いたのでこれも取っておこう。
“妖精さんとお話出来る人を呼んで下さい”
ほどなくしてケイトさんが呼ばれてやってきたので、俺の意図は正しく伝わったようだ。
用紙の上側にこちらの文字を書いて貰い、カタカナで発音のルビを振る。
ケイトさんが吹き出しの中に何か書いたけどこれは何?
「おはなしが、あります。とかいてありますな」
ほほう。吹き出しの意図するところも理解して貰えてるようだ。
俺の絵が良いのか、コミック文化が伝わっているのか?
「この、だいけいにまるののった、よんまいのはねがついた、ずけいが、ようせいなのは、すぐにわかります」
ピクトグラムって言って!
省略化された意匠が良かったんだよ!
あとは、ニケ先生へのお願いか。
意図が伝わったんだから画伯よりはましだよなとか思いながら、視線を絵からケイトさんに移すと、既にメリルちゃんの指示の元、広げられたメモ用紙になにかが綴られていた。
!とか★とかに似た記号が多用されているけど、これは文字?
「かんじょうを、こめる、しるしです」
やっぱり表意記号か。これもメモしとくか。
とメモ用紙を広げ記号を書き移そうとする手にケイトさんが手を重ねる。
ドキッとしつつケイトさんを伺うと、なんか困ったような微妙な表情。
どうやら、あまり品の良い表現ではないらしい。メリルちゃんてば……。
了解の意味で軽く頷いてメモ用紙から身体を離すと、ケイトさんが俺に重ねていた手を戻す。
なんかこの三日で、これまでの人生分と同じくらいの回数、美人さんと物理的接触してる気がする。
ラノベのハーレム主人公と比べるとミジンコ以下だけど、俺の人生も華やいだものだ。
改めて着替えが渡される。
今朝の服は上下スエットっぽい生地のゆったりした服。
都内の温浴施設で貸してくれる室内着みたい。
ウエストはやはり紐止め。ゴムってないのかな。
しっかり目も醒めてしまったので、リビングへと移動する。
日の出とともにメリルちゃんに叩き起こされたおかげで、時計を見るとまだ6時前だ。
ソファーに座って、さてどうしようか、とぼんやりしていると、エマさんがメリルちゃんに何か言ってる。
「エマが、さけづくりのばを、みにいってくるそうです」
酒造りの場? 醗酵倉とか? 敷地内にあるなら、朝の散歩がてらにいいかも。
「朝の散歩にいいくらいの距離なら、ついてってもいい?」




