ゼロのある十進の位取り記数法
ゆっくりと風呂で温まり、大あくびをしながらメイドちゃんの後をフラフラと付いていく。
俺の足取りがおぼつかないせいか、妖精さんズはメイドちゃんの頭に乗ってはしゃいでいる。
もしかして歌の振付けを、メリルちゃんがエマさんに指導しているんじゃないか?
昨日と同じ東屋へ案内され、アイスココアの様な飲物を飲んでいると、桶と木箱を持ったメイドが3人ほどやってきた。
「*****」
「*****」
「ひげを、そりますか?と」
「をぉ、それは是非」
東屋のソファーにクッションが整えられ、寝そべるように促される。
持参した木箱を開くと湯気が立ち、中から蒸しタオルが出てくるが、どうも木箱がマジックアイテムぽい。
あっ、と思った時にはすでに顔がタオルで覆われていて、確認するタイミングを逸してしまった。
蒸しタオルが剥がされても、目の前を刃物が動くのが怖くて目をつぶってるチキンな俺。
頬を刃物が滑る感触がする。
魔法的な何かが起こるということもなく、普通に剃刀で剃っているらしい。
一通り刃物の感触を感じた後、蒸しタオルで顔を拭われて鬚剃り終了。
と思い目を開こうとしたら、なんかヌルッとした感触が顎周りに。
アフターシェーブのローションでも塗ってるのかな。
そのままじっとしていると、やがてウニウニと顔のマッサージまで始まった。
顔を蒸しタオルで拭われ、またなんか顔に薄く塗られる。
「そのままで、しばらくまつようにと」
どうやら美顔パックまで付いたコースらしい。
顔の上空辺りでフンフンと聞き覚えのある歌。
どうやらメリルちゃんが日本のアイドルソングを歌いながら、俺のパック姿を観察しているようだ。
メリルちゃんの鼻歌が三曲終ったところで、ペリペリとパックが顔から剥される。
本当に塗って剥す系の美顔パックだった。
再び蒸しタオルをかぶせられて、その上からマッサージ。
「*****」
「おわりだそうです」
蒸しタオルが取り払われ、メリルちゃんの合図でゆっくりと目を開き辺りを見回すと、イケメン侯子が紙束をめくりながらベンチでお茶を飲んでいた。
あれ? 何で居るの? 実家に帰ってるとかなんとかじゃなかったっけ?
「*****」
「*****」
「*****」
「あちらのほうに、ばしゃで、ひとときほどいったさきの、まつりごとをするところに、いるのだそうです」
メリルちゃんに聞くと、メイドちゃんからそんな返事が。
往復で10日はかかる首都まで行ったのかと思ったら、新宿くらいのところに官邸があって、そこに行ってたっぽい。
ソファーに腰かけ直し、ベンチまで移動しようと履物を捜すが、イケメンが手を振って合図をよこす。
『そのままでどうぞ』の合図だとメリルちゃんに教わる。
手の平を相手に向けパタパタと前後に振って『まあ、いいから』っていうのに似てるけど、ずっと優雅なのは、所作のわずかな違いか、イケメン補正か。
そのままでと言われてわざわざ行くのもコミュ力不足にはハードルが高いので、お言葉に甘えて、ソファーの上で姿勢を正すに留める。
「*****」
「*****」
「*****」
イケメンに呼ばれたメイドちゃんが、二言三言交わしてテケテケと戻ってくる。
そういえばイケメンが見てるの、さっき魔法使いに渡したキャスターの図面じゃないか。
「さかぐらの、かぐしょくにんを、あしたのひるすぎによこすそうです」
「酒倉の家具職人? なんで酒倉?」
「かじつしゅをためる、たるとか、そんなものをつくるかた、だそうです。かぐやどあの、なおしも、されるそうで」
なるほど。酒倉に樽作成の職人が、屋敷の木工品修理担当を兼ねて居るのか。
偏屈な職人みたいなのじゃないといいが。
「そうだ、このくらいの」
と、両手を使ってA2くらいの枠を空中に描き
「大きな紙と、図面を描く道具が欲しいです」
この世界の人はレベル高そうだけど、図面とか読めるんだよね?
図面が読めれば、言葉が通じ合わなくても、結構な情報がやりとりできるでしょ?
了解したという合図なのだろう、軽く片手を前後に振るようにして去っていくイケメンを見送り、俺たちも東屋を後にする。
部屋のソファーに腰を下ろし、机の上、菓子篭の隣にまとめられていたメモ書きを手に取る。
『医学、医療、公衆衛生レベルの確認』
これは誰に聞けばいいんだろう。魔法使いか?
うーん。何を聞けばいいのかもハッキリしないし、ペンディングだな。
『飛行船、グライダー、エンジン、鉄道、車』
『竹とんぼ、自転車』
『キャスターバッグ』
ここらへんは、明日職人との流れでいいか。
『アモルファス』
『照明のカタログ』
これは何だっけ?
「メリルちゃん。アモルファスと照明のカタログってなんか覚えあります?」
「あもるふぁすは、ぞんじません。しょうめいは、ひかりのはちょうがどうたらとか?ですかな」
ああ、工房の秘伝のアレか。
俺は照明のところに“波長の図”とかメモ書きをちょっと書き足し。
アモルファス、アモルファス……?
『数字を覚えよう』
そうだ、数字。買いものにも、図面描くにも必要。
「メリルちゃん。数字を教えて欲しいんですが」
フムフムと頷き鉛筆を構えるメリルちゃんだが、なんだか年始に巨大な一文字を書く書道家みたいになってる。
が、ヨレヨレの縦線を一つ書いたところで、メイドちゃんを呼びに行ってしまった。
もう少し悪戦苦闘するラブリーな姿を見たかったんだが残念。
メイドちゃんが十種類の記号を半紙に綴る。
記号の大きさ、形、配置が整っていて、さすが良家のお嬢様。字が綺麗だ。
「これが“なし”、そのとなりが“いち”、そして“に”」
メリルちゃんが、記号一つ一つを指し示しながら教えてくれる。
「じゃあ、十はこう、十一はこう、二十一はこう、百はこう、ですか?」
「そうです、そうです」
それは俺の良く知る十種類の記号からなる、算用数字の記述法。ゼロのある十進の位取り記数法だ。
図面とか書くのにわかり易くて助かる。
「あと、“トイレ行きたい”と、“水が飲みたい”を、こちらの半紙にお願いします」
メリルちゃんに言いつつ、メイドちゃんにそっと半紙を二枚差し出した。
「ト…イレ、いく…したい。どこ…ありま…す…か?」
半紙一枚の上に小さく日本語を書き、真中にメイドちゃんの書いた現地語。その下にカタカナで発音を書く。
一応、動詞、述語、文節などもメモ。
古文、漢文ならなんとなくわかるんだが、外国語は苦手なので適当だが。
とはいえ、これでケイトさんやメイドちゃんの手を煩わせることなく、夜中トイレに行くことが出来るよ。




