過去見の窓
食事も終って、そろそろおいとまをとなったところで、ケイトさんがエマさんを連れて戻ってきた。
ケイトさん、まだ仕事してたの?
ご苦労さまです。
俺たちを見つけたエマさんがパタパタと、ちょっとご機嫌な感じで飛んで来て、メリルちゃんの手をとりクルクルと踊りながら楽しそうに話し始める。
「*****」
「*****」
「*****」
「*****」
暫くエマさんに振り回され、ようやく解放されたメリルちゃんが、ふらふらと飛んでくる。
「さかぐらを、けんがくしてきたそうです。なかなかに、よいしなじな、だったそうで」
ほほう。
「では、こちらの酒倉にお勤めになられると?」
「それは、じょうぞうどころを、はいけんしたあとでかと」
そうか。エマさんが仕事するのは酒倉じゃなくて、醸造処か。
部屋へ戻ると、リビングの窓寄りにあつらえられたリクライニングチェアーに倒れ込む。
うー。疲れた。
椅子に座ってグデーと弛緩したあと、ぐいーんと手足を突っ張らかせて伸びをする。
おお。足を浮かせたすきに、足元にオットマンが差し込まれた。
ここんちのメイドさんは皆、優秀だ。
リクライニングチェアーでゆったりとしながら、ぼんやりと辺りを見回すと、サイドテーブルの上に冷たい飲物と深皿に盛られた駄菓子を発見。
そうだ、最初の市場で駄菓子を買ったっけ。
腹一杯ではあるものの、なんの気もなしに駄菓子に手を伸ばす。
あれ? このクッキー、欠けてない。
俺は駄菓子の盛られた深皿を引き寄せ、中身を確認。
どれも買った覚えのあるクッキーやらラスクだが、割れ欠けがない。
これって回復魔法?
「さすがにそこまでは、なさらないかと」
そうだよね。半分食べた食糧の残りを回復魔法で復元出来たら、誰も働かないよね。
……でも、出来ないとは言わないのか。
「*****」
「*****」
「*****」
“ポケットの中にはビスケットがひとつ”
と鼻歌を歌いながらまじまじと手にした煎餅を眺めているので、メイドちゃんが何事かと聞きに来たようだ。
「りょうひんと、とりかえたそうですが、もとにもどしますかと、おたずねですが」
え? この短い間に良品を揃えて入れ換えたの?
へぇ、昼御飯の間に、ケイトさんが買い揃えてたんだ。
アウトレット店だって言ってたから、正規の商品を扱う店に当てがあったのかも。
それにしても、メイド力が半端ないな。ケイトさんはAランクメイドとかか?
「お手間を取らせましたと、お伝え下さい」
そういって俺はメイドちゃんににっこりと笑いながら煎餅をかじり、「キニシテナイヨー」とアピール。
!? これ煎餅じゃないわ。中がふんわりしてる!
なんだろう、味は醤油煎餅に近いけど、食感はアイスモナカ。
この良くわからない感覚に、思わず笑ってしまう。
いや、でも旨いよ。これ。
ひとしきり笑い、なにか音楽でも聴こうと iPad を取りに身体を起こし、ベッドルームへと向かう。
あれ? 充電器のプラグが抜けてる。
画面をタップして表示すると、充電率55%。
微妙な値だ。
「今朝出かける前に、充電するから触らないでって言わなかったっけ?」
メリルちゃんに確認する。
「そのように、おつたえいたしましたが」
だよねー。
と、メリルちゃんと不思議がっていると、メイドちゃんがちょっと青ざめた顔で割って入ってくる。
「*****」
「*****」
「*****」
「*****」
メリルちゃんから話を聞きこんだメイドちゃんがおっとりがたなで部屋を出てき、すぐに戻ってきて、
……後ろから、何か偉そうなオバサンが。
多分メイド頭とかそんな役職の人なんだろう、何か言いながら優雅な仕草で掌を胸に向けて両手を重ねあわせ、お祈りするような仕草をする。
「てちがいを、しゃざいしますと、おっしゃってます」
なるほど、謝罪のポーズか。
と感心している間にも、なんか次々とメイドさんが集まってくるんですけど。
「*****」
「*****」
「*****」
「*****」
メイド頭を中心に、集められたメイドさんたちがなにやら証言をしているっぽい。
たかが充電プラグの抜き差しごときで、思いの他の大事になってる。
メイドちゃん、なんか大失態をやらかしたと勘違いしちゃったかな。
そんなに深刻な感じは出してなかったよね?
もっとかるーい会話だったつもりなんだけど。
とメリルちゃんに同意を求めようと見回すと、丁度騒ぎの中心からメリルちゃんがこちらに飛んでくるところだった。
「かこみのまどを、てはいすると、おっしゃってますな」
「囲みの窓?」
「まほうの、こんせきを、たどり、かこを、うつす、まどうぐですな」
「魔法の痕跡を辿る? 過去が見えるの?」
「はんにちほどなら、それなりに、うつります。おたかいどうぐと、ききおよびますが」
なんか凄い魔道具キター! と興奮しつつも、予想を越えた大事感に付いていけない。
さておき“過去見の窓”か。
つまり死角なしの防犯カメラって事だろ。
いくら高い道具とはいえ、この程度のことで持ち出せるくらいの価値でそんな道具があるなら、犯罪率が低いのもむべなるかな。
この世界じゃ、探偵モノ小説とか成立しないな。
推理する間もなく魔道具持ち出してきたら即解決じゃん。
などと、現実逃避気味な俺。
だって、ちょっと充電プラグが抜けてただけで、屋敷中のメイドが集められて、鑑識呼びますって言ってるようなもんだろ?
使用人からすれば、自分たちの信用問題に関わる一大事なんだろうが、引くわー。
たが、そんな騒動も、空気の入れ換えに昼頃部屋に入ったという、休憩中に呼び出されたらしいお仕着せ姿でないメイドの証言で、事態は一転、解決の糸口を見せた。
「てのひらほどの、おなじものが、おいてあったと」
お互いに目を合わせ、ガクリとうなだれた姿勢をとるメリルちゃん。
どうやら、メリルちゃんの先生が、iPhoneの充電においでになられた様子。
「*****」
「*****」
メリルちゃんに説明をしてもらい、明日にでも確認しますから、ということで、メイドさんたちには一旦解散していただいた。
「はぁー」
ベッドの上で俯せになり、ぐったりと脱力する。
……
寝よう。
…………
……………………
あ、着替えですか。
枕に顎を載せてゴロゴロとしていると、枕元にメイドちゃんが着替えを持って立っているのに気がついた。
その前に、風呂とトイレも行っておきたいよね。
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過去見の窓ってのは見たかったな。
湯舟に浸かり、夜空に輝く妖精の羽灯をみながら改めて思った。




