薫りを逃がさぬ、マジックドライ製法
まあ、お気楽な妄想は捨ておいて、次へ進もう。
結構歩いてクタビレた。
内勤エンジニアの日常における歩行歩数に驚愕するが良い。
明日は筋肉痛確定だよ。
やはり早急にエンジン開発して、小型バイク作りたい。
せめて自転車。
自転車も見かけなかったよな。
来るときに載った馬車とか見ると、ママチャリならすぐにでも作れそうだが。
俺はポケットからメモを取り出す。
ああ、もう自転車って書いてある。
この辺りの店は間口がさらに広い。
高級そうな品物がならんでいるが、開口部が広く人の出入りがあって活気を感じる。
銀座の裏通りというより麻布とか、少し生活感のある店舗が増えてきたなと考えながら、ぶらぶらと商店街を眺め歩いていくと、一軒の大店にたどり着いた。
大きく開いた間口の手前に並んでいるのは乾物の類のようだ。
干し椎茸とかわかめとか、そんな出汁をとる食材かな。
生き物を乾燥させたものなのか、植物を乾燥させたものなのかくらいしか見分けはつかないが。
見なれた乾物は茶色がかっていたが、この辺りにあるのは濃い緑とか赤とか。
乾物らしく暗味がかっているが、意外とカラフルな色彩だ。
そう。丁度ドライフラワーがこんな色合いだったっけ。
その奥の方から、味噌やソースの薫りが漂ってくる。
店員らしいおばちゃんが、俺の顔をチラ見しながらケイトさんに親しげに話しかけてきた。
おばちゃんの生温かい視線に、
「彼氏?」「違います」
っぽい会話がされている気がする。
おばちゃんのケイトさんに対する気安い様子から察するに、この店がケイトさんの実家の大店なんだろう。
それとも、常連ともなるとこんな間柄になるもんなんだろうか。
いきつけの店とか知らないボッチの俺には判断のつけようがない。
味噌樽らしき方へ飛んでいくエマさんについて、俺も店の奥へと入っていくことにする。
一メートルくらいの深さがある大きな袋に詰め込まれているのは、香辛料?
バンコクの市場で見た香辛料屋に似た匂いが充満している。
そこの大きな壷に入っている液体は、醤とかソースとかか。
小さな女の子が大きなコップくらいの容器を鞄から取り出し、薄緑色をした液体を注いで貰っている。
容器持参の計り売りらしい。
右手の棚にならんでいるのは瓶詰めのなにか。
ピクルスらしきものにまざって、見ない方が良さそうなものの気配を感じたので視線を外す。
と、床から積み上がった金属缶の山を発見。業務用のトマトピューレとかの大きさ。
瓶詰めくらいはあるだろうと思っていたが、どうやら缶詰めもあるようだ。
ぐるりと見回した限りでは、レトルトは無さそう。
おや? そこの樽に入ってるのは、フリーズドライじゃないか?
「あそこの樽に入った、乾燥した料理っぽいのは、なんですか?」
俺がメリルちゃんに尋ねると、メリルちゃんはその樽に飛んでいき、「これですか?」と食材のカケラをヒョイッと摘んで目をこらす。
「たぶん、おゆをそそいで、たべるのだったかと」
そうつぶやきながら、そのまま上昇。俺の目線の高さまで飛び上がると、そのカケラをパタパタと振ってケイトさんにアピールする。
「*****」
「*****」
「*****」
「*****」
ケイトさんと会話し、フムフムと頷いたメリルちゃんが俺の元へと漂ってきて、俺の掌を抱き込んでグイッと上に向けると、ホイッと上に向けた俺の掌にカケラを載せる。
安いカップラーメンに入ってそうな、ソースの掛かった乾燥野菜に見える。
「やはり、おゆをそそぐと、もとにもどる、りょうりだそうです」
フリーズドライあるのか。
「ほら、こんなふうに」
いつの間にか一粒の、葡萄の実のようなものを抱えていたメリルちゃんが、それをポンポンと叩くと、みるみる干からびていく。
「すいぶんを、つめたいまま、いっきにぬくのが、こつですな」
うわー。凍結→真空→昇華の工程を経てないのに、水が抜けてるよ。
魔法でこねこねして作ってるんだとは思ったけど、まさか工程飛ばして水分が抜けるとは思わなかった。
あいかわらず魔法スゲー。
フリーズドライならぬマジックドライ製法。
メリルちゃんが俺の手のひらに置いた、乾燥した葡萄の実?をじっと見る。
こんなの戦争やら犯罪に使われたらどうなっちゃうんだろう。
「さいごのいくさのおり、それはそれはひどいことになりました。それで、ひとは、いくさをやめました」
生物化学兵器の使用禁止とか、核保有でのにらみ合いみたいな事になってるらしい。
「こじんのわざには、つかいてをとくていすることで、ぼうししているようですな」
今では誰が魔法を使ったとか特定できるとか、治安維持組織に鑑識担当が居るのか。
魔法が常識なら、またその研究も同様に進んでいるということなのだろう。
ファンタジー世界の魔法は、ファンタジーでは無いということか。
店のおばちゃんが、隣の樽に入った黄色い粉をオチョコ?に入れて、手に持ったポットからお湯を注いで渡してくる。
甘い薫りがしっかりと立ち上がってくる。
あー、カップスープだわこれ。
結構美味しい。たしか、白蕪のポタージュがこんな味だったっけ。
魔法の謎パワーに感嘆しつつ、店を見渡すと、奥の方は調理器具らしき道具がならんでいるのが見えた。
手前にあるのは、保存の利きそうな食材。半ばから奥にカトラリーとか調理器具とかのキッチン、台所用品。
どうもここは、明治屋とアフタヌーンティを足したような店らしい。
ふんふん、と味噌の出来を確認している?エマさんの後ろに立って、俺は店内をもう一度見回す。
味噌、ソースや醤油、それに各種の香辛料。乾物に瓶詰め、缶詰、フリーズドライ。
大手のスーパーにも負けない品揃えだ。
入口の近くにならんでいるパンも柔らかくて旨そうだし、惣菜も充実してる。
この店だけじゃない、大衆市場も食材が豊富に溢れていた。
少なくともこの国は、食生活に関しては豊かな国のようだ。
食生活に関しては、安心していられそうだ。
昨日の夕食は日本風?だったから、今日はこの世界の料理が出てくるのだろうか。
ちょっと楽しみ。
ぐぅっと小さく俺のお腹がなった。
そうだよ。もう夕食の時間じゃないか。
帰らなくていいのか?
ケイトさんを探して店を見渡すと、ちょうど店の奥から戻ってくるところだった。




