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冒険者ギルドは無いらしい。

 こちらで御ゆっくりとと、どこぞのメイド喫茶にいるようなパチモノとは一線を画すビクトリアンなメイドに客間へと導かれた。

 明らかに俺のアパートより広い部屋。真中にドーンとお高そうなソファーセットが鎮座している。さらに奥の扉が開かれると、同じくらいの広さの部屋。これまた部屋の真中にはドーンと天蓋付きのベッド。

 お疲れのようでしたら夕食までお休み下さい的なことをいわれ、お茶の用意は如何しましょう的なことをいわれたらしいので断る。


 なんか礼らしい仕草をしてメイドが居間の方へ下がり、廊下へ続く扉近くに下がる。え? 退出しないの? ずっとそこ?


 文化の違いに戸惑いつつ、俺は以上のことを優しく通訳してくれていた妖精さんをベッドの上に座らせてとりあえず土下座した。

 そう、この日本語のできる妖精さんは、ありがたいことにこれまでずっと俺について通訳してくれていたのだ。


「それでですね、妖精さん」


 俺はゆっくりと顔を上げると、妖精さんに目線をあわせてズズっとすり寄る。


「まずは自己紹介から。私日本人の山内陽一と申します」


 そしてもう一度深々と一礼。


「あ、ごていねいに。わたしはメリルといいます」


 妖精さんも俺に気圧されつつ、若干引き気味でありながら、丁寧なお辞儀を返してくれる。

 ここで友好関係を築いて専属通訳契約を結べなければ、次にメイドさんと顔を合わせたときから俺は立ちゆかなくなる。と思うとちょっと必死。仕事のフォローを先輩に頼むどころの騒ぎではない。というか、先輩との取引なら俺にもそれなりにバーターで出すものを用意できるが、妖精さんには助けて貰う一方で当面のところ俺からできることと言えば頭を下げてすがることだけだ。



「どげざですか? どげざですね」


 妖精さんと似た、新たな声が横からする。

 体を起こして声の方を向くと、妖精さんより少し落ち着いた感じの妖精さんがもう一人。


「ふかいしゃざいのいをしめすたいどとききおよんでおりますが、なにをあやまられていますか?」


 新登場の妖精さんがグイグイくる。ちょっと怖い。


「土下座は謝罪だけでなく、請願の意を表す場合にも使われます。今回はお願いの意味で」


 なるほどとうなずく新妖精さん。


「改めまして、私、日本人の山内陽一と申します」


 俺は新妖精さんにまた頭を下げる。日本語のできる妖精さん大事。


「ごていねいなあいさつ、いたみいります。わたしはメリルのしにてニケともうします」

「しにて?」

「みちびきて、せんせいです」


 なるほど「師にて」か。妖精さん=メリルちゃん。新妖精さん=妖精教師さんてことで。


「お二人とも日本語お上手ですが、以前にも日本人が召喚されたことあるんでしょうか?」


 どこの誰ともわからない召喚者と合いたいわけではないが。


「さいきんでは、さんかいまえのほしふるきせつに、もりおおきくにへおいでになりました」


 三回前の星振る季節? 三年前ってことか? 召喚は思ったよりよくあることなのか?


「その方は今どこに?」

「なくなられました」


 え? 死んだの?


「“ぼうけんしゃぎるどはどこだ”とよくわからないことをおっしゃるので、しゅりょうきょうかいをおおしえしましたところ、“おれつええ”とおっしゃりながらやまへはいっていかれ、いのししにたいあたりされて」


 冒険者ギルド? しゅりょうきょうかい? ああ、狩猟協会か。事故召喚ぽいな。


「ぼうけんしゃぎるどってなんですか? にほんにはあるのですか? かんりのできないぐんじせいりょくがりょうないにきょりゅうするのを、ふつう、りょうしゅはゆるさないとおもうのです」

「あー。まあ普通そうですよね」


 喚ばれたのは異世界召喚に嗜みのある、厨二病患者だったようだ。


「俺TUEEEだと、日本で似たようなのは、やくざとか暴力団ていわれる犯罪者の集まりになっちゃいますね。政情が不安定な国なんかだと、為政者と対立する非合法な軍事組織がありますが。領主公認だと傭兵団がギリですが、滅多にないと思います」


 俺はニュースに聞く中近東の宗教対立とか、ハードボイルド小説で読んだフランスの傭兵派遣会社なんかを思い浮かべながら説明する。


「狩りとかだと狩猟協会とか猟友会、仕事の斡旋だと職業安定所ですね」

「なるほど。それならわかります」


 妖精教師さんが「うんうん」と頷く。


「冒険者ギルドってのは、物語りの中でよく使う御都合主義の組織ですね。召喚ものとか英雄譚なんかで、俺みたいな身元不詳の人間を主人公にした時、身元を保証させるのに便利なんですよ。あと、権力者との対立軸に使うとか」

「なるほど。おはなしのなかでつかうのですね。こちらのものがたりでは、きょうかいとかがそんなたちいちですね」

「きょうかい?」

「しゅうきょうてきしせつとそれにつどうにんげんのかたがたです。にんげんのかたがまほうをつかわれるときに、はつどうのよりどころにしたりしてますね。ひかりとかひとかかぜとか」


 ああ、教会。光とか火とか風の神様ってことは、この辺りは自然信仰の多神教なのか。

 てか、魔法とかあるの? そりゃそうか。俺が召喚されたのも魔法だ。


「魔法ってあれですか? 手先から火をだすとか、風を吹かせるとか」

「はい。ほら」


 そういって妖精教師さんが腕を振ると、炎が舞い上がった。


「わたしたちがとんでいるのも、まほうのことわりのゆえです」


 これ見よがしにパタパタと羽を震わせる妖精教師さん。道理でさっきから飛んでるのに羽ばたいてなかったんだ。


「ようせいのはねはとりのはねとことなり、かぜではなくまりょくをあつかうのです」


 なるほど。なにがしかのエネルギーがあってそれを扱う技術があるのか。


「えっと、俺にも魔法使えますかね」

「まりょくをかんじ、そのことわりをりかいすれば」


 妖精教師さんがスーと近寄ってきて俺の頭に手を充てると、なんかムニャムニャとつぶやく。


「あなたにもまりょくをかんじるさいのうがみうけられます、よきしにしたがいたんれんをつめばすぐにつかえるようになるでしょう」


 うおー。さすが異世界。魔法使えるのか。テンション上がるぜ。


「*****」

「*****」


 妖精教師さんとメリルちゃんが何か話始めた。メリルちゃんの様子を伺うに、悪い話にはなっていない気がする。俺にとって良いか悪いかは別だが。


「きょうからつきがさんどめぐるまで、メリルをあなたのもとにあずけます。あなたはメリルからことばとまほうをまなぶとよいでしょう。メリルはあなたからにほんのぶんかをまなびます。かいがいりゅうがく、ほーむすていというやつです」


 ふむふむ。月が三度巡るってのは三カ月か? 一カ月が何日かわからんが。それなりの猶予はできたってことだ。助かった。


「*****」

「*****」


 そのあとも何やら話を続ける妖精さんたちを、俺は安堵の緩みからベッドに蹲り、妖精さんたちをほっこりと眺めていた。



「ところでこれなのですが」


 妖精教師さんが再び俺の元にやってきて、すっとガラスの付いた板を差し出す。

 というかスマホだ。妖精教師さんの胴体くらいあるんだけど、どこから出したんだろう。これも魔法か?


「これはいぜんこられたにほんのかたのいひんです。“バッテリー切れ”なのだそうですが、なんとかなりませんか」

「バッテリー切れかならなんとかなると思いますけど」


 俺は鞄からソーラーチャージャーを取り出す。


「でもパスワードわかんないと、ロックが解除できないんじゃないかな」


 スマホにケーブルを繋いで窓際に置く。この世界の日の光でもソーラー発電は可能なのだろうか。ああ、ソーラーチャージャーのLEDが光った。発電できてるっぽい。これで俺の iPad も使える。


「“みぎうえみぎしたなかうえひだりした”なのです。うたひめをすくわなければなりません」


 右上右下? ああ、ロック解除のキーか。


「歌姫を救う?」

「みどりのかみをした、こんなかみがたのうたひめがなかにいます」


 妖精教師さんは自分の髪を頭の際で左右の手で掴むと、ツインテールにして首をかしげる。マジ可愛い。リアルディーバ。

 ああ、そういうことか。

 俺は鞄から iPad を取り出すと、保存してあった初音ミクの動画を再生した。


「「おおっ」」


 妖精さんたちの食いつきが凄くいい。

 俺は次にアイマス、そしてラブライブの動画を再生して見せる。

 もうなんというか。動画に合わせて妖精さんたちの手足が動き始めている。生「踊ってみた」だ。

 俺は iPad の蓋を変形させてスタンドにすると、ベッドを降りてサイドチェストの上に設置する。

 いつしか妖精さん二人はノリノリで踊りをコピーし始めていた。


「これは、あとななにんよういするひつようがあります」


 ベッドに持たれかかってポケーとする俺の前で iPad をダンスの教本として日本語で歌い踊る妖精さんたちから、そんな声が聞こえたきがした。


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