「おは.よ..うご...ざま...す」
着替えを済ませてリビングのソファーに座り、出されたお茶を飲んでマターリとしていたところでメイドさんが声をかけてくる。
朝食の時間となったようだ。
廊下を歩いて階段を降り、廊下を歩く途中で外に出た。
どうやら中庭?にある東屋へ向かっているようだ。
しかしここ、舘に囲まれているから中庭なんだろうが、やたら広い。小さな池まである。
東屋には朝食の用意が4人分並んでいた。
サンドイッチのような、パンのようなモノに何かを挟んだ料理。
椅子に座るとメイドさんが飲み物を持ってくる。
なにか色のついた甘い香りのする飲み物だ。果汁のようなものだろう。
一口啜ってみる。桃のような甘みとトロッとしたのどごし。
なんだかわからんが桃のジュースってことで覚える。
さすがに4人分用意してあるところで一人さっさと食べ始めているわけにもいかないだろうとグラス片手にぼんやりとしているとイケメン登場。
朝から鍛錬でもしていたのか、爽やかに汗などぬぐいながら。
飲み物を渡すメイドさん、ちょっとテンションが高くないですか。
ちぇっ、イケメンめ。
勝ち組のイケメンと情緒不安定な不審者では扱いに差が現れていると感じるのは僻みだろうか。
「おはようございます」
俺はなるべくゆっくり、おはようの言葉を“日本語で”口にした。
はっきり言って俺は語学はダメだ。大学入試の英語もほとんど捨ててた。
日本の教育制度下で、人生一番の英語力最盛期の大学入試時にその体たらく、今や推して知るべしだ。
はっきり言おう。
グローバルカンパニーとて、内勤のエンジニアごとき、英語なんざ使う機会なぞない。
だからあえて日本語をゆっくりしゃべることで、むしろ向こうに覚えて貰えないかと思ったわけだ。
「メリルちゃん、朝の挨拶はこちらの言葉でなんと言いますか?」
「▲□○×□□です」
「▲□○×■□?」
「▲□○×□□です」
「△□○×■■?」
「▲□○×□□です」
『おは..よ..ござ...す』
俺がつっかえつっかえ耳コピーした言葉をしゃべっていると、イケメンが嬉しそうに話しかけてくる。
「▲□○×□□、******」
かろうじて最初の挨拶だけ何とかわかったが、あとはさっぱりだ。
「おはようございます」『おは..よ..ござ...す』
日本語と耳コピーを何度か繰り返すとイケメンも俺の意図がわかったようだ。
「おは.よ..うご...ざま...す」
にっこりと笑って日本語で挨拶をしてくるイケメン。
発音も同じグループにいた半年日本語を勉強してきたというタイ人のニャンさん以上にイイ感じだよ。
イケメンの語学力は俺より遙かに高いのは間違いない。
暫くすると、侯女ちゃんと魔法使いさんがやってきた。
二人とも一仕事した感がある。
お貴族様の子供というとどら息子とかバカ娘というのが異世界ものの相場な気がするが、このお宅の子息子女はなかなか勤勉なようだ。
まあその勤勉さが祟って俺が召喚などされてしまったわけだが。
おやおや、魔法使いさんに至っては付き従う何人かから報告を受け、それになにやら返しながらやってくる。
侯女ちゃんの家庭教師かと思っていたら、侯爵家お抱えの魔法使いのリーダーとかそんな感じなのかもしれない。まだ若そうなのに。やはり“魔法使いは長寿”とか設定があるのか?
「**▲□○×□□*****」
「***おは.よ..うご...ざま...す***」
「おは.よ..うご...ざま...す?」
「おは.よ..うご...ざま...す」
席に着くと、なんか三人で「おはようございます」言い合ってる。
『おは..よ..ござ...す』「おはようございます」
俺もここの言葉と日本語で挨拶合戦に参入してみた。
侯女ちゃんも俺に日本語で挨拶してくれる。
「おはよ..う..ご...ざいま.す」
おお、侯女ちゃん凄い上手。
そのあとメイドさんに促されて食事を始める。
サンドイッチのパンはナンに近い食感。中に挟んであるのは濃い緑色の葉野菜。色はほうれん草だが食感はレタスに近い。
あとは何かの肉。先輩の奢りで行った高級しゃぶしゃぶみたいな肉だ。
サンドイッチを二個食べ終え、新しく入れてくれたハーブティー?を飲みながら、三人をチラ見する。
侯女ちゃんはちょっと気を張っている感じがする。
ときどきふにゃっとなって可愛らしい感じになるのだが、俺を気にしてすぐにビクッとなる。
俺の召喚に責任を感じて心を痛めているのかもしれない。
もっと感じ悪い女とかなら怒りも持続してたかもしれないが、可愛いは正義なのだ。
もうすでに、というか、なんか最初から彼女を恨んだり怒ったりする気は持っていない。
割と早い段階で生活の保障を貰ったこともあって、良くも悪くもあまり真摯な危機感を感じていないこともある。
それに俺はもともと大学に入ったときから望郷の念というものに薄いたちだし。故郷や仕事に思い入れもない。友達もいなかったしな。
どうせここで世話になるなら、侯女ちゃんにも親しくしてもらいたい。
できれば懐いてもらいたい。
さすがにニコポナデポは求めないが、罪悪感にビクつかれるのは辛い。
メリルちゃんを通して、俺がもう気にしていないことを伝える。
そんなにすぐにどうこうできるものではないだろうが、かわいい女の子の笑顔は出来る限り保護していかないとな。
食事が終わると皆さんはそれそれ用事があるそうで引き上げてゆく。
俺が街へ出る際には、案内にメリルちゃんと話の出来るメイドさんをつけてくれるそうだ。
侯女ちゃんと魔法使いが「自分がご案内します」みたいなことを言ってきたが、候女ちゃんいても会話が成立しないし、魔法使いは忙しそうだし、俺もまだ距離感がつかめていないこともあって辞退した。
まだメイドさんの方が仕事として案内してくれる分、気をつかわなくてすみそうだ。
案内役のメイドさんを紹介された。
昨日からちょこちょこ顔を合わせているメイドさんだ。
フルネームはなんか発音できかねる音の入った難しくも長い名前だったので、聞き取れる単語を抜き出してケイトさんと呼ばせて貰うことになった。
当面のところ俺に専属で担当としてついてくれるらしい。
昼間付いてくれるのはいいが、夜も何度か呼び出されていたし、大変なんじゃないか。
「ようせいとはなせるものをなんにんかてはいしているので、それまでがんばりますと」
メリルちゃんに聞いて貰うとそんな答えが。やはり頑張らないといけないのか。
夜のトイレとか飲み物が欲しいくらいは会話カード用意しておいて、いちいち呼び出さないでもいいようにしないとな。
「妖精と話せる人は少ないですか?」
「さんじゅうにんにひとりくらいいます。ただへやつきめいどはそれなりにししつがもとめられるので」
「なるほど。俺付きのメイドは資質が求められますか」
「もとめられますな。きぞくのへやつきともなりますと」
『俺付き』という冗談は軽くスルーされた。メリルちゃんなら気がついた上でスルーしたと信じたい。
妖精が見られる使用人ならこの屋敷にも何人か居るらしいが、部屋付きメイドになるとそれなりの礼儀作法とか格式とか求められるのでいまはケイトさんしか用意できないらしい。
ただ一門の中や領地には資格を満たしたものがいるので、借り受けたり呼び寄せる手配をしているのだとか。
ケイトさんは侯爵一門の貴族出ではないが、侯爵に近い親戚の女性(叔母さん?)が嫁いだ大店のお嬢さんらしい。
なのでわりと下町っぽいところにも強いというので、今日は市場とか商店街を案内して貰うことにする。
「いちばですか。しせいのひとのせいかつをしるにはよきところですな」
メリルちゃんもお勧めですか。
「いちばはすでにひらいているそうです。いまのじかんはとてもこんでいるとのこと」
冷蔵庫とか高いらしいから、その日に必要なものはその日に買うのが普通なのかな。そうすると店じまいも早いんじゃないか? もう出かけた方がいいのかも。
「じゅうじにはしめるみせもでてくるそうなので行かれるならそろそろでかけるのがよいでしょうと」
じゃあ、着替えてさっそく出かけましょうか。




