第9話
アーノルン王国高等学校。
国内の貴族の子女はもれなく通うと言って過言ではない学校だ。。
ちなみに、中等学校も初等学校もあるにはあるけれども、こちらは逆に貴族はあまりいかない。
初等学校は庶民が一般教養を学ぶ場所となっている。といってもあるのが王都なので王都に住む庶民に限定されているのが現状ではある。
規模もかなり小さい。行く人が少ないからだ。
お金を払ってまで行かせる場所じゃないというのが多くの人の認識だからだろう。自分の仕事を継がせるなら、自分たちが教えられる範囲のことが分かれば十分だからだ。
中等学校は上を目指す庶民や、お金がなくて家庭教師を雇えない下流貴族、中流貴族が通う。
学校にかかるお金のほうが格段に安いのだ。各分野につき一人雇う必要があるからね、家庭教師は。
いい教師が見つからない場合も学校に通う選択をするのが一般的だ。
国立だから、教師の質はいいからね。
ちなみにエンドリック家はとても微妙なラインの貴族だ。
金銭的にはかなり厳しいけれど、家庭教師を雇えなくはないというレベル。
無理をする必要はなかったのだけど、中等学校に行くというのは上の貴族からしたら侮蔑の対象になったりもする。
イース様やカナリヤ様はそんなことで人を評価するなんて愚かだって言ってたけどね。
ともあれ、中等学校には行かない選択をしたので、学校生活はこれが初めてということだ。
高等学校はその二つとは違って、学生のほとんどが貴族の子女だ。
いわば、これから国を担う人たちの人材発掘と社交の場というわけだ。
貴族以外が入学するには中等学校の成績優秀者となるか、かなり難しいらしい入学試験に合格するかだ。
ちなみにヒロインは後者。
勉強が好きで学校にも行きたかったヒロインだけど、金銭的な問題で諦めていた。そんな娘の様子を見た両親がこっそりとためたお金で高等学校へ入学させてくれた、というものだ。
なかなかにベタな設定である。まあ、漫画の内容的に庶民さを出さないといけないからね。仕方がない。
さて、現実逃避はそろそろやめようか。
「ウルレシア? 気分でも悪いのか?」
いえいえ、体調は万全ですとも。
「一応緊張してるんじゃねえの?」
まあ、ある意味はね。
「わたくしも学校に行くのは初めてですから、ドキドキしますわ。」
そうですねぇ。
まあ、そんなことよりも今のこの状態にドキドキですけどね。
どうしてこうなった。
きっかけは私とコーディックが同じ馬車で行くか否かもめたことだった。
誕生日の関係で私が姉だけど、同じ年齢の私たち。
当然学校に行くのも同じ年だ。
同じ家から、同じ場所に行くのにわざわざ別々に行くのは馬鹿らしい。
だけど、今は弟とはいえ、元は従弟。イース様の婚約者である私が毎日男性と二人で登校するのはいかがなものか、というわけだ。
それをイース様に相談したのが間違いだったんだよね。
イース様の許可を取ればいいんじゃない? と思った私が馬鹿だったのだ。
まさか、カナリヤ様も一緒になってうちの馬車に同乗してくるなんて思ってもみなかったよ…。
二人きりがまずいのなら他に人がいればいいってことですね。わかります。
でも明らかにおかしいでしょう!
なんでわざわざ朝早くに我が家に来るんですか!
ウルレシアと共に行きたいと思って、じゃないです!
もう馬車は帰してしまいましたから、って確信犯ですよね!
確実にカナリヤ様の入れ知恵だ。
なんで伯爵家の馬車に王太子と公爵令嬢をのせて学校に行かないといけないんですか…。
私が王家の馬車に乗るという選択肢がないからですね、ハイ…。
もうどうでもいいから早く行こうぜ、遅刻する。というコーディックの言葉に私はすべてのツッコミを飲み込んで頷くしかなかった。
結果、我が家の馬車に4人で乗ることになったというわけだ。
もういろいろとおかしいのは諦めよう。
周りももっと突っ込めとは思うけれどもこっそり護衛はついているはずだし、大丈夫なんだろう。
もちろん、これから毎日というわけではない。こうしてたまに一緒に乗っていれば邪推されることもないだろうということらしい。
滅茶苦茶だけど、これがまかり通るんだからすごいよね。
さすが漫画の世界、と思っておこう。常識が違うのさ。
ちゃんとこの世界の常識も身についているはずなんだけどね、気にしない。
それよりも問題はこのまま4人で登校したら、ヒロインとの出会いイベントに支障をきたすんじゃないかってことだ。
イース様とヒロインのファーストコンタクトは登校後、すぐだ。
憧れの学校へとやってきたヒロインは門をくぐったところで感動して立ち尽くす。
そこに一台の馬車がやってきて、降りてきたのがイース様だ。
すぐさま道を譲る周りの人に対して、ヒロインは背を向けていたのもあって反応が遅れてしまい一人ぽつんと真ん中に取り残される。
そして、イース様と目が合ってようやく状況を把握して道を譲るのだ。
4人もいたら、降りている間にヒロインも気づいてしまうんじゃあ…。
迅速に降りよう。ダッシュで。
ヒロインと目が合うのが私にならないように、視線も気を付けないと!
ああ、でもコーデックとカナリヤ様もいるし! 不安要素しかない!
そんなことを考えている間に、学校についてしまった。
イース様にエスコートされて馬車を降りる、と…。
い、いない!!
そこには校舎まで続く見事な道ができていた。
誰も塞いでなどいない。
ヒロイン! ヒロインはどこ!?
この見事な道の出来ようにもビビるけれどもそれよりもヒロインのほうが大事だ。
不自然でない程度に周りを見渡すが、見つからない。
と、言うか人多すぎない!?
漫画でもイース様の姿を一目見ようと人が集まっていたけれども、それ以上だ。
婚約者の私と、カナリヤ様もいるもんね…。
いや、それよりも、どうしよう。まさかの出会いから失敗!?
「ウルレシア?」
「は、はい!」
「…行こう。」
イース様が足を進めたので、私もそれに倣う。その時、人垣の中から飛び出してくる影があった。
一瞬緊張が走り、イース様は私を後ろにかばうように立ち、そんなイース様の前にコーディックが出た。
「わわわ!!」
飛び出してきたのは一人の少女だった。制服を着ているので学生なのは間違いないだろう。
彼女はまさしく漫画のようなこけ方で倒れこんだ。
ビターン! という効果音が似合いそうな感じ。
完全な沈黙があたりを支配した。
いや、あんな見事なコケっぷり前世含めても初めて見たよ。
前世庶民な私でもそうなんだから生粋の貴族な人たちはもっとびっくりかもね。
年頃の女の子が盛大にこけるなんて、見たことないだろう。スカート捲れかけてるし…って!
「だ、大丈夫ですか!?」
なに観察しちゃってるの!
顔から行ってたよ!? 大丈夫なわけ!?
彼女のそばに膝をついて、さりげなくスカートを戻した後、軽く肩をたたく。
ようやく周りも動き出したのか、ざわめきが起こった。
「だ、大丈夫です~。頑丈なのが取り柄なので。」
そう行って上体を起こした彼女の顔に、私は見覚えがあった。
ヒロイン!! ちゃんといた!
私はほっと息をついた。どうなることかと思ったよ。
原作とは違うけど、イース様の印象には残ってるだろうから大丈夫だよね?
ここで大事なのは、次に会ったときにイース様が覚えていることだから。
見事に顔からこけていたけれども、赤くなっているくらいで怪我はないようだ。
「怪我がなくて、よかったです。」
私は立ち上がって、ハンカチを差し出した。
「よければ使ってください。制服、汚れてしまってますから。」
これがヒロインじゃなければ、持ってるだろうって思うんだけどね。この子は持ってない可能性がある。単純に忘れたって意味で。
漫画で何回かあったはずだ。
「あ、ありがとうございます。あの、」
「ウルレシア。」
ヒロインは何かを言おうとしたみたいだけど、イース様がそれを遮った。
「何事もないようなら、行くぞ。」
「はい、イース様。」
ここでは、すれ違い程度にしてもらわないといけないから、素直に従う。
ちょっと深入りしすぎたかな?
でも、ヒロインとイース様は会話してないし、許容範囲だと思う。
あれを無視とか無理だったし…。
この調子で次の会話ありの出会いをしてもらわないとね!