第8話
「あのときはわたくしの力が及ばず、本当に申し訳ありませんでした。」
カナリヤ様はそういって私に謝罪した。
「カナリヤ様のせいなんかじゃありません! 私がもっと気を付けていれば防げた事態なのですから。」
いや、本当に。
あの事件からイース様の過保護度がググッと上がってしまった。コーディックも。
コーディックはともかくとして、イース様の中の私はどういうキャラなのかすごく気になる。
聞いてみたいけど、聞いたら後悔する気がするので聞けない。
知らぬが仏。
さわらぬ神に祟りなし、である。
漫画の始まりである高等学校への入学まであと一週間。
今日はカナリヤ様と二人だけでお茶会である。
「本日はウルレシアさんにお話があって、こうしてお伺いしたのです。」
表情は穏やかだけど、これはかなり真面目な話っぽい。
「ウルレシアさん、キースさんのことはまだ思い出にはできませんか?」
いきなりぶっこんできた!
こっちとしては思いっきりツッコミたいところなんだけどカナリヤ様は真面目に聞いてきてる分たちが悪い!
「あの、それは、」
「いえ、お答えいただかなくても結構です。」
いや、そこは答えさせて!?
「ウルレシアさん。あなたの気持ちがどうであれ、このまま殿下のもとに嫁いでくださるつもりはありますか?」
…やっぱり真面目な話だった。
「それは…。」
正直なところ、自分でもわかっていない。
漫画通りに、イース様がヒロインと出会って、恋に落ちて、婚約破棄を言ってきたら、それを受けるつもりはある。そこは揺らいでいない。
ただ、もし、漫画通りに行かなかったら、あるいは漫画通りに行ったとしても、イース様がどちらも娶ると言ったら、私は、どうしたいだろう。
「以前わたくしはウルレシアさんと殿下の妻として並び立つ可能性をお話ししました。」
カナリヤ様は質問という形をとっていても、あまり答えを求めていないようだった。
「今となっては、その可能性がかなり低くなっているのです。」
何か、あったのだろうか。
「この件に関しては、私の独断でお話をしています。殿下はウルレシアさんをいつでも解放できるように、と込み入ったお話から遠ざけておりますから。」
それは気付いている。イース様は私に政治的な話は一切しない。
「そもそも、わたくしと殿下が結婚する可能性が高かったのはひとえに国内の勢力を一つにまとめるのにちょうどよかったからです。」
イース様がオーレン公爵家の後ろ盾を得れば、国内で逆らう勢力はほとんどなくなる。漫画でも、二人の婚約理由はそれだった。
「ですが、そうしてしまうと国外へのカードがほとんどなくなってしまうのが現状なのです。」
ああ、そうか。これも漫画の後半で出てきた話題だ。
今の王家にはイース様と、その従弟であるジルベルト様の二人以外若い人はいない。
諸外国との政略結婚に使える人物がほぼいないのだ。
公爵位にもカナリヤ様以外、年頃の令嬢はいないという少子化世代なのだ。もっと年少の子たちはいるから、本当に今の私たちの世代だけなのだけど。
「ですが、それが必要なほどに関係が悪化しているとは聞いておりません。」
漫画でも関係の悪化を防ぐために政略結婚の話が出てきたはずだ。まあ、せずに乗り越えるのだけど。
今の段階でそこまで話が進んでいるのだとしたら、困る。
「はい、現状ではまだ必要ないでしょう。ですが、私たちの予想では数年以内に話が出てきますわ。わたくしはどこかの王族に嫁ぎ、イース様はどこかの姫君を迎えるように言われるでしょう。」
「…。」
「ですから、ウルレシアさんには、殿下のお傍にいて差し上げてほしいのです。」
話のつながりが見えません!
むしろ、だったら私は邪魔なのでは?
「きっと、ウルレシアさんが傍にいれば、殿下は御自身の意志を貫けるでしょうから。」
「???」
謎だ。どういうこと?
「理由がなければ、断ることは難しいでしょう。ですが、逆に言えば理由さえあれば断ることができるレベルの話になると思うのです。例えば、想い人がいる、などです。陛下はお優しい方ですから、そういえば考え直してくださるでしょう。」
おおっと! それはヒロインの役目です! 私じゃないよ!
ふむ、つまり、よその姫君をもらうなら、当然その地位は王太子妃になる。だけど、イース様にすでに王太子妃に迎えたい人がいるのなら断りやすくなるってことかな。
確か、陛下も恋愛結婚だもんね。王妃様一人しか娶ってないし。
まあ、そのせいで王族少ないんだけどね…。
でもそれなら確かに理由になるかも。
うーん、漫画通りに行けば問題ないんだけど、カナリヤ様はそんなこと知らないもんね。
学校で運命の出会いがあるから大丈夫! なんて言えるわけもないし。
ちなみに漫画では政略結婚は罠なんだよね。もし受けてたらこの国は相手国に乗っ取られていた、らしい。
「私では、その役目は果たせないかと…。」
「爵位を気になされているのでしたら、心配ありませんわ。むしろ低い方がいいとわたくしは思っています。殿下に必要なのは、心安げる相手だと思いますから。」
例えばカナリヤ様だと、どうしてもお互いの家のことや政治的なことが絡んでくるのでだめらしい。
その点私はちょうどいい低さなのだそうだ。褒められているのか、けなされているのか…。
イース様は確かに私を大事にしてくれているけど、それは恋慕の情ではなく、愛着だと思っている。多分間違ってない。
「そうですか? わたくしには時間の問題に見えますけど。」
いや、もうすぐヒロインとの出会いがあるから!
「いえいえ! そんなことないです! イース様にはもっとふさわしい方が現れますから、きっと!」
私が力強く主張すると、カナリヤ様は少し首を傾げ、しかし、すぐににっこりと笑った。
「あとは殿下の頑張り次第、ということですわね。わかりましたわ。」
ん? なんだろう。おかしな台詞ではないはずだけど、かみ合ってない気がする。
「それよりも、カナリヤ様は、大丈夫なんですか?」
役目と割り切っている感じはあるけれども、イース様にそれをさせたくないと思うくらいには嫌なんじゃないだろうか。
と、いうかイース様のことが好きなんじゃないかとちょっと邪推しそうになる。イース様個人ではなく、この国のことを考えて言ってるんだってことは、これまでの付き合いで分かってるけどね。
「ええ、こちらは問題ありませんわ。ご心配くださってありがとうございます。」
強がりでも、見抜けない。いざってときは頑張るよ、友達だもん。
こっそりとそう決意する。伯爵家の人間にできる事なんて知れてるけどね。
「さ、難しいお話はここまでにしましょうか。今のお話はお心に留めておいていただければ結構ですわ。」
カナリヤ様はそういって、話を打ち切った。
私に話しておきたかっただけなのだろう。いきなり言われたのでは、覚悟が決まらないだろうから。
「今までのお話は考えなくて結構ですので、お答えいただけますか?」
「はい、何ですか?」
「殿下のこと、どう思われてますか?」
答えにくすぎる!
考えなくていいと言いながら言質とるつもりじゃないですか!?
「え、えーっと、お優しい方、でしょうか。」
「お顔はどうでしょう? ウルレシアさんの好みと合致しておりますか?」
「顔ですか!? えーっと、素敵だと思いますよ?」
「キースさんと比べたらどちらが好みですか?」
…キースです。…ええ、言えませんとも。
「えーっと、タイプが違うので、なんとも…。」
「…なるほど。やはり強敵ですわね…。殿下に不満なところなど、ございますか?」
「え、特には…。」
「ウルレシアさん。」
「ちょ、ちょっと過保護なところ、でしょうか。」
明らかに私とイース様をくっつける算段をしてますよね…。いや、婚約者なんだけど。
これは、早いことヒロインと出会ってもらわないと!
うっかり想いを募らせた後に振られるのはいやだからね。しばらく距離とっておいたほうがいいかな。
「あら、過保護で思い出しましたわ。」
そういって、カナリヤ様はわきに置いてあった封筒を差し出してきた。
助かった。
「殿下からですわ。わたくしたちと同時に入学する生徒の一覧です。」
なんという個人情報漏えい! いや、この世界にそんな概念ないけど!
「どの方がどの方とつながっているのかなど、できる限り調べてあります。交友関係を築く際の参考になさってください。」
どの人なら近づいてよくて、どの人はダメか、ちゃんと予習しておくようにってことですね。
この冊子、外に出したらえらいことだよ。やばいものをもらってしまった…。覚えて燃やさないといけない系だ…。
「コーディック様とぜひご覧くださいませ。」
任せて。絶対巻き添えにしますから!
結局カナリヤ様は言いたいことだけを言って帰っていった。こういうところは、親子なのかな。
でも、カナリヤ様がイース様には好きな人と結婚してもらいたいって思ってることはよくわかった。
だから漫画でも婚約破棄を受け入れて、ヒロインを応援してたのかな。すごい女性だと思う。
もらった冊子をパラりとめくる。
そこには確かにヒロインの名前がある。
庶民なので誰とつながっているかなどはない。
だから、仲良くなったっていいはずだ。
そして、漫画通りに進むように誘導するのだ。それが一番安全な道なのだから。
そう、いろいろと事情は変わってしまっているけれども、やるべきことは変わらない。
イース様とヒロインを引き合わせて、婚約破棄を言われたら、受け入れ、ヒロインがイース様の隣に立てるように協力する。
手始めにこの冊子の内容をすべて覚えないと!
…一週間で、かぁ。もうちょっと早く欲しかった。
コーディックを巻き込んで、必死に覚えること一週間。
とうとう漫画本編である高等学校での生活が始まったのである。




