第7話
誘拐のことに真っ先に気づいたのはコーディックだったらしい。
私の予想通り、お城に泊まるという伝言がされていたのだけど、いつも同じ人なのに今回は違ったために訝しんだらしい。
そこで理由を付けて私に会いに行ったところ、すでに帰ったと聞かされ、異常に気づいた、というわけだ。
ちなみに、理由というのはザックさんの容体が急変して、私に会いたいと言っている、というものだった。
でっちあげるにしてももうちょっと何かなかったの?
門番の人は思いっきり信じたらしいけど。
一度門での検問中に倒れたもんね…。あれはトラウマものだろう。すぐに起き上って、御者台に戻ったけど。
もちろんピンピンしているので安心してほしい。
そしてイース様と一緒に私を探し出したのだけど、コーディックは頑なにそのあたりの詳細を教えてくれないのだ。ケチめ。
だけど、コーディックも、イース様もすぐにどういう事態なのかを察して、かなり慎重に動いてくれたみたいだ。
おかげで両親すら誘拐のことを知らない。
予定が変わって帰ってきたとしか思っていないのだ。
その点に関しては感謝してもし足りない。
「犯人に関して目途はついている。ただ、証拠はないし、なかったことにするためにも表立って処罰はできない。」
事件の翌日、宣言通りにエンドリック家に来たイース様はそう報告してくれた。
何も知らない両親は大喜びで迎え入れていたけど、どこかに行ってもらった。ここにいるのは私とイース様とコーディックだけだ。
イース様の護衛は部屋の前にいる。
「はい、それは仕方がありません。」
変に事を荒立てたくもないしね。
「おそらくはオーレン公爵派の一部が暴走した結果だ。カナリヤから内密に謝罪が送られてきていたから間違いないだろう。」
つまりカナリヤ様も知ってるのか。心配かけちゃったかな。
ちなみにあそこはだいぶ前に没落した貴族のお屋敷で、今はだれも使っていないらしい。一応所持者は国なのだそうだ。
だけど、管理まではしていなくて、こっそりと出入りしている人がたまにいるとのこと。おそらくは逢引に使われているんだろう。
馬車に関しては調査中だ。我が家の家紋が入っていたけど、家の馬車はすべてあったらしい。
だけど、正直我が家より上の貴族なら簡単に用意できると思う。お金さえかければ、作ってくれるところはあるだろう。
それだけの手間をかけた割には杜撰な計画だったと思うけど。突発的に実行したのかな。
「カナリヤ様は信用できるんですか?」
さすがにコーディックも今日はおとなしい。ほっと一安心だ。
「できる。詳しく言うことはできないが、この婚約に関して、カナリヤが敵に回ることはない。」
それは私も知っている。
「二度目は、絶対に起こさせない。信じてほしい。」
まっすぐに私の目を見て、イース様はそう言った。
「はい。」
たとえあっても、イース様は必ず助けに来てくれるだろう。それだけのものは積み重ねてきている。
…あれ? 振られる予定なのに、積み重ねちゃってどうするよ、私。
普通に婚約者しちゃってたよ。まあ、大丈夫、だよね?
「…どうだか。」
また!
「コーディック!」
どうしてケンカ売ることしか言わないの! エンドリック家をつぶす気!?
「ウルレシア、構わない。コーディック、お前も協力してくれ。そうすれば、ウルレシアをより守れる。そうだろ?」
あれ!? やっぱり仲良くない!?
「…約束を守るならな。」
コーディックはそういって部屋を出て行ってしまった。
「約束?」
二人の間で何か交わしているのだろうか。いつの間に…。って、昨日か。
「男の約束だから、秘密だな。」
イース様はそう言って笑った。気になる…。私が関係している気しかしないのだけど…。
「それよりも、今度から城への送迎はこちらが用意した馬車にしてもらいたいんだが…。」
イース様はそう言いつつも、それができるとは思っていないようだった。
「あの爺さんが、了承しないだろうな…。」
ちょっと遠い目をするイース様。これまたレアである。ザックさん、おそるべし。
「すみません…。やっぱり、生まれた時から見てもらっているので…。」
むしろ私の送迎ができないと聞いたら倒れるんじゃないだろうか。
「せめて護衛はつけてほしいんだけどな。あの爺さんが無理な時は、こっちで馬車を出す。それでいいか?」
イース様が妥協してくれたよ。まあ、向こうも同じ手は使ってこないだろうしね。
ザックさんは昔それなりの人だったらしくて、今でも結構強い。
護衛なんぞ要らぬ! わしがお嬢様をお守りするんじゃー! と家の護衛をぼこぼこにしたらしい。私が物心つく前の話だ。嘘だと思いたいけど、たぶん本当だ。
「わかりました。それよりも、コーディックが失礼な態度ばかり取って、申し訳ありません。決して悪気があるわけではないのです。」
「大丈夫だ。むしろああやってまっすぐにこちらを見て意見を言ってくる奴なんて今までいなかったからな。ああいう存在は貴重だと思う。」
ん? その評価、どこかで…。
「あのままの態度で接してくれたらいいと思っている。未来の弟だしな? 周りにはそう言って納得させるさ。」
イース様はちょっとうれしそうだった。多分同年代の友達なんていなかったからだと思う。…まだ友達未満かな?
だけど、その顔を見て、私は思い出した。
『俺が王子だろうとお構いなく俺の目をまっすぐに見て意見を言ってくる奴なんて、お前が初めてだよ』
漫画でイース様がヒロインに言った言葉だ。
コーディックーーー!! ヒロインの見せ場奪ってる! あんたが初めてを持っていってどうする!
こ、こんなところにまでほころびが…!
「ウルレシア? どうした?」
「い、いえ! イース様が気になさらないのなら、よいのです。でも、あまりに失礼なことを言ったら遠慮なく罰してくださいね!」
ヒロインの魅力が…!
い、いや、男と女じゃ違うよね!
あれ? でもちょっと待って! イース様の初めての男友達は、ヒロインの幼馴染じゃなかった!?
ヒロインを巡ってのライバルだけど、親友。っていうさ!
なんていうか、現状私がヒロイン枠にいない!? 私はカナリヤ様ポジなんだよ! 間違えないでー!
コーディック! コーディックのせい!?
「ああ、そうする。それより、ウルレシア。」
「はい。」
いや、大丈夫。イース様は私のこと大切には思ってくれてるかもだけど、そういう意味の好きじゃないはず。
ヒロインと会えばビビッと運命感じるよ、きっと!
大丈夫、ちゃんと漫画通りに進められるはず。
「お前は、まだ……いや、なんでもない。」
「?」
ん? なんだろう。まだ、ということは…キース関連とみた。
聞いてこないなら突くことはないね!
キースに関しては話せば話すほど誤解が深まっていくしね。
「おれたちももうすぐ高等学校に入学する。おそらく、今まで以上に注目されると思う。悪意を浴びることもあるだろう。それでも、俺の婚約者でいてくれるか?」
結局イース様が口にしたのは、別のことだった。
そんなの今更である。むしろ、そこが私にとってはゴール地点なのだ。
その後のことは考えてないけれども、なんとでもなるだろう。
「もちろんです。言ったじゃないですか。イース様が真に愛する方を見つけられるまでお付き合いいたしますって。」
だからちゃんとヒロインと出会って、両想いになって、婚約破棄を言ってきてね。
私、ちゃんと漫画でのカナリヤ様みたいに、受け入れるから。