第21話
「うまくいったみたいだね。」
そう言って笑いかけてくるダムシェル様にチョップを仕掛けるもあっさりよけられてしまった。
「ちっ。」
わざと聞こえるように舌打ちをしてから、椅子に腰かけた。
「無礼全開だね。いいけど。」
もちろんわざとですとも!
漫画通りが目的なら媚びる必要もないでしょ、ふーんだ。
当然他に人はいない。じゃなきゃこんな態度取れないしね。
ここは王城の一室、ダムシェル様が使っている部屋だ。
私が今日呼び出された理由というのが、ダムシェル様が呼んでいるからだったのだ。
昨日のことを水に流す代わりに私と二人だけで話をさせろと言ってきたらしい。
イース様はそれはもう渋っていたけれども、私も話したいことがあったのでちょうどよかった。
ちょっと怖いけれども、あれは理由があっての行動なのだし、もう大丈夫のはずだ。というか次は殴るか蹴り飛ばす。
ちなみに盗聴防止のために直接廊下に接していない寝室のほうにいる。さらに隣の部屋ではダムシェル様の連れてきた従者がずっと楽器を鳴らしている。
いわく、他の音で邪魔するのが一番いいのだそうだ。
無茶ぶりされたあの人にちょっと同情するけど。
「僕のおかげでうまくいったんだから感謝してほしいくらいなのにさ。二人してひどいね。」
「ダムシェル様が思っている以上に怖かったんですよ!」
壁ドンでときめくのは好きな人が相手か、好きな人がいないときだけだよ、きっと!
「まあ、それはちょっと悪かったけどさ。でもこれで多分暗殺未遂は起きないし結果オーライってことで。」
…確かに実質的な危険はなかったわけだけどさ。
「君がプロポーズを受けた時点で物語は終わったと思うよ。まあ、だからと言って漫画のようにめでたしめでたしでは終わらないけどね。だって、これからも人生は続くんだから。」
「でも、いろいろフラグが立ったままな気が…。」
なんだか何事もなくあっさりと終ってしまったような。
「君は守られ系ヒロインだったみたいだからね。知らないだけで多分全部回収されたか折られたかしてると思うよ。」
「ま、守られ系ヒロイン?」
超似合わないと思うんですが。
「うん。主人公の帰る場所的な、物語の主軸にはいるんだけどイベントには直接かかわらない感じ。イメージだけど。」
…冒険もので言うと、パーティメンバーじゃないヒロインみたいな?
主人公が一緒にいるときや回想の話なんかではよく出るけど、冒険中は無関係な感じ?
私がそう言うと、そんな感じ、と同意してくれた。
つまり、ヒロイン兼モブだったと、そういうことなのか…。
「ま、過ぎたことはいいじゃないか。後でイースリュード王子に聞きなよ。もう教えてくれるんじゃない?」
他人事だと思って…。いや、ダムシェル様にとっては他人事なんだけど。
「ダムシェル様は帰ってアーノルンの申し出を受けるように言ってくれるんですよね?」
そこはちゃんと確認しておかないと。
「キース。」
「はい?」
「キースって呼んで、敬語もなしにしてくれたら、そうしようかな。あ、ちなみにシアって呼ばせてもらうから。ウルレシアって呼びにくいし。」
「な、なんでですか!」
もう必要ないですよね!?
「イースリュード王子の反応が面白いから。」
「……いやがらせですか。」
どう考えても私がとばっちり受けるんですけど。
「いいじゃんか。そもそもさ、僕としてはここにきても面白いことなんてなかったんだし。なんたってただの当て馬。来てあげただけでも感謝してほしいくらいだね。」
…確かに漫画通りだったら当て馬なうえに怪我までするんだよね。ダムシェル様に利点なんてなかった。
「だからって…。」
「えー、じゃあ口添えやめようかな。」
ぐぬぬ…! 呼ばなくても大丈夫だろうとは思うけど確信はないし…。
「どうする?」
「…公的なところでは呼ばないからね。」
後でちゃんとイース様に話さなきゃ…。
「それはもちろん。ちゃんとずっと呼んでね? 約束。」
今だけ呼んで逃れようと思ったのに。
「さて、そろそろ乗り込んできそうな気がするし、ちゃっちゃと終らせようか。」
「何かほかに話すことある?」
いや、今までだって大したこと話してないけどね。
「念のため一個頼み事。結婚式には呼んでね? こっちの物語はそこまで続いてるからさ。呼んでもらえないとちょっと困るんだよねー。なんとでもなるけど。」
どっちだ。
「だったらイース様の機嫌損ねるようなことしなきゃいいのに…。」
説得するのが大変になったらどうするの。
「それはそれ、これはこれ。よろしくね、シア。」
「…キースがちゃんとやってくれたらね。」
なんか、浮気みたいになったじゃん!
もうキースとは二人っきりにはならない! あらぬ誤解を受ける!
「ウルレシア!」
「イース様。」
部屋を出た瞬間イース様が駆け寄ってきた。
ずっと部屋の前に立ってたんですか…。まあ、昨日の今日だもんね。
「大丈夫か? 何もされてないよな?」
「そういうことは僕がいないところでやってくれないかい?」
うん、本人目の前にして聞くのはどうかと。
イース様は私を背にかばってキースににっこりと笑いかけた。
「いらっしゃったとは、気づきませんでした。」
…うん、そんなわけないですよね。
「ふふ、嫌われたものだね。まあ、約束どおり昨日のことは不問にするから安心するといい。あれを理由に何かをすることはもうないよ。」
キースも同じくらいにっこりと笑った。
二人とも笑顔なのに怖いね。
「ウルレシア、部屋に戻るぞ。二人も心配してる。」
「シア。」
キースが私にそう呼びかけると、イース様が露骨に反応した。
部屋に戻ったらちゃんと話すので! 今は抑えて! その反応を見て楽しんでるんです、こいつは!
「約束、守ってね?」
イース様の視線が痛い!
「あとでお話ししますから。」
だから落ち着いてください!
そして…言わずに終えたい!
でもこれは言えってことですよね! 現状逆らえないのが痛い!
「…キースこそちゃんと守ってね。」
ちゃ、ちゃんと話しますから! だからそんなに目を見開いてこっち見ないでください!
ここではほかの人の目があるから無理なんです!
そこ! 笑いこらえきれてないからね!
「い、行きましょうイース様。お話もありますから!」
これは早急な説明が必要!
「…と言うことなんです!」
いえないこと以外は全部ぶっちゃけた。
そしてイース様はすねた。
「からかいたくなる気持ちはわかる。」
コーディックはうんうんと納得している。
「周囲の誤解は気を付けなければなりませんが、それでダムシェル様が口添えしてくださるならいいことですわね。」
カナリヤ様も心なしほっとしたように見える。
きっといろんなパターンを想定してやきもきしていたんだと思う。これだけで済むなら安いものですよね!
「だからって、コーディックならともかくなんで…。」
「シアって呼びたいなら呼べばいいだろうに。」
コーディックが呆れたようにそう言った。
「今更過ぎて呼びにくいそうですわ。」
「カナリヤ!」
確かに愛称って序盤に呼び始めないと呼びにくいよね。
あとは関係が変わった時? なら今はちょうどいい気もするけど。
「お好きなように呼んでくださって構いませんよ?」
「…そうする。」
…うん、結局どう呼ぶのかな? まあいいや、声で分かるし。
「結局あいつはお前の知ってるキースだったのか? それっぽいこと言ってたらしいぜ?」
「え、違うってば。それっぽいことって?」
コーディックはちらりとイース様に視線をやった。
「…泣かせるようなら返してもらうから、と。」
いつの間にそんなセリフを!
返すも何も最初からキースの物じゃないし!
「違います! 絶対それもからかいの一部です。」
勝手にキースになろうとしないでほしい。全然違うし!
キースのこと知らないくせに…!
「そうなのか?」
「そうです!」
その時の私はキースに対する怒りで若干周りが見えておらず、イース様がちょっと残念そうな顔をしたのに気付かなかった。
「そもそも、キースはもっとかっこよくて、やさしくて、強くて、仲間想いで、しっかりしていて、あっちのキースとは全然違います!」
ぐっとこぶしを握って熱弁した後、我に返った。
何キースのかっこよさを語ってるんだ私! 馬鹿か!
「も、もちろんイース様はそれ以上にかっこいいですよ!」
「そんなとってつけたようなフォロー、余計に傷つくだろ…。」
コーディックがため息をついた。
「これは、しっかりしないとウルレシアさんをつなぎとめておくのは大変そうですわね、殿下?」
カナリヤ様は楽しそうに笑った。カナリヤ様も意外とイース様の反応見て楽しんでますよね…。
ちゃんと元気づけてやるように、といって二人は先に帰っていった。
気まずい…。私が悪いんだけどね。
「あの、イース様。」
「キースの存在が大きなものなのはわかってる。だから、大丈夫だ。それでもウルレシアは俺を選んでくれただろう?」
…今更だけど、キースを、…ややこしいな。ダムシェル様をキースってことにしとけばよかった。
口裏合わせられるし、きっぱりともう関係ないって言えたのに。
でも結構嘘は見抜かれるんだよね。
「どんなことでも、キースと比べられても勝てるようになってみせるさ。」
…前向きなのは素敵ですけど、世界観が違うから全部は無理じゃないかなーなんて。
「だからな、シア。」
イース様は私のすぐ目の前に来て、じっと見つめてきた。
顔に熱が集まる。まだこういうの慣れてないんだよ…!
「もう、手放す気はないからな。覚悟しとけよ?」
覚悟も何も、そんなの願ったり叶ったりなのに。
わかってないなぁ、イース様は。
「なら、しっかり捕まえててくださいね?…キースのことを思い出す暇もないように。」
「ああ、任せておけ。」
優しく笑ったイース様の目をしっかり見つめ返して、私はそっと目を閉じた。




