第20話
「うう…まずい。」
お約束通り、見失った…。
あたりに人気はないし、イベントフラグが立ちすぎてまずい。
これはこっちに何か起きるよ。急いで戻るべき?
でもそしたらステラのほうに起きちゃうかもだし…!
「あれ? 一人?」
一人アワアワしていると、不意にそう声をかけられた。
「ダムシェル様!?」
なんか普通に話しかけられたんですけど! 私の勘あてにならないな!
い、いや、まだわからないよね。
「あの、ステラさんたちは?」
「ああ、馬に蹴られる気はないから。」
なるほど。じゃあ、心配いらないの、かな?
「それよりも、このタイミングで一人になるかぁ。ミスったな。」
な、なんでしょう?
「君が全然フリーにならないからいったん別の方向で考え出したばっかなんだよ。何も起きないせいか、ツァミットからの縁談話が早まったせいか、いろいろまずい方向に向かってるしさ。」
「まずい方向?」
それはカナリヤ様が言っていたことだろうか。
だけど漫画通りだよね?
というかやっぱりイース様に来た縁談ってツァミットからだったんだ。
カナリヤ様は殿下に聞いてくださいって言って教えてくれなかったんだよね。
「もうちょっと待てばよかった…。せっかくいろいろ仕込んでたのに。まずい方向っていうのは、簡単に言えば僕の暗殺じゃなくて、君の暗殺になりそうってこと。」
「!?」
思わず一歩、距離をとる。
「僕じゃないよ、失礼な。それにあくまで可能性の話だよ。ただ、…いや、もしかしたら、いけるか?」
ダムシェル様も一人で勝手に納得するタイプですか。教えてくれなきゃさっぱりですよ。
「原作ではダムシェルの暗殺未遂にヒロインが巻き込まれて、助け出したイースリュードがヒロインにプロポーズしてめでたしめでたしだったよね?」
「まあ…。」
かなり大まかに言えば、まあそうだ。
「僕の経験上、この国の物語の主人公はあっちだし、こっち側は変えまくっても問題ないかも。」
最終同じ場所に行けばいいんだろうし…と何やら一人でぶつぶつ言いだした。
もうちょっと説明がほしいんですけど…。それとも帰っていいですか?
「まあ、物は試しってことで。ちょっと同じ転生者のよしみでさ、実験に協力してくれない?」
「実験?」
何をしろと?
「別に何もしなくてもいいよ。動かないでくれれば。あ、そうだ、僕のことキースって呼んでほしいな。」
「い、いやいや! 話したじゃないですか! その名前は鬼門だって!」
誤解を解く必要はないかもとは思ったけど、わざと深める必要もないですからね!?
「まあまあ、今だけでいいからさ。」
そう言ってダムシェル様は距離を詰めてきた。
動かないでと言われたが、じりじり下がる。
に、逃げるべき?
そう思ったのもつかの間、背中が壁に当たり、逃げ場はなくなっていた。
ダムシェル様が壁に手を置いたため、さらに身動きが取れなくなった。
こ、これがかの有名な壁ドン…!
もはやショート寸前の私の頭はそんなことを考えていた。
「今ってさ、まだイースリュード王子からの愛の言葉もらってないんだよね?」
「な!?」
突然何言いだしますか、この人は!?
「いやいや、一応確認をね。まあ、もらっててもいいんだけどね。」
ダムシェル様の右手が私の顎にかけられた。
「ま、ままままってください! 本当に何する気ですか!?」
「だから、実験。」
なんでキスの一歩手前と言わんばかりの体勢!?
こんなの漫画に…ありましたけど!
でも、あれはからかっただけでやめたはずで! 内容知ってるんだからやる必要ないはずで!
でも実験って!?
同じ転生者だからって信用しすぎた!? 今からでも蹴り飛ばすべき!?
で、でも何か考えがあるのかもで…!
「だ、ダムシェル様…!」
「キース。様もなし。ほら、言ってみて。」
い、言ったらどいてくれるんですよね!?
信じますよ!?
「き、キース…。」
恐る恐るそう言うと、ダムシェル様はにっこりと笑って顔を近づけてきた。
話が違う! いや、最初から言ってないけども!
混乱しきった頭でセルフツッコミをしながら思わずきつく目を閉じた。
…イース様!!
心の中で、強く助けを求めたその時、ふいにダムシェル様の手が離れた。
私が目を開けるのとほぼ同時にダムシェル様が後方に飛びのき、私の視界はすぐに別のものでいっぱいになった。
「危ないなぁ。もう少しで当たるところだったじゃないか。」
後姿でも、見間違えるはずがない。
「当てるつもりで殴り掛かったんだから当然だ。」
私は、立っていられなくなって、思わずその場にへたり込んだ。
「…イース様。」
安心したと同時に緊張の糸が切れ、ジワリと涙が浮かび上がってきた。
「自分がなにしたかわかってる? ソルディスの力が必要なんじゃないのかい?」
「それでも、譲る気はない。キースがお前でも。」
「ためらいゼロかぁ。……あほらしくなってきた。」
そう言ってダムシェル様はこちらに背を向けた。
「ま「僕を追うよりも先にやるべきことがあるんじゃないの?」
引きとめようとしたイース様の言葉を遮り、こちらを指さした後、今度こそダムシェル様は去っていった。
「ウルレシア。」
イース様はいまだ座り込んだままの私のために膝をついて視線を合わせてくれた。
そして、指で涙をぬぐってくれる。
「あの、なにもないんです。きっと、からかわれた、だけ、で。」
落ち着いてきた今ならわかる。
ダムシェル様は別のイベントで代用しようとしたのだ。
場所も、状況も、内容も、相手も違うけれどもピンチに駆けつけるという一点さえクリアすれば代わりになるかもしれないと考えたのだろう。
それなら説明してほしかったけど! ほんとに怖かったんですけど!
「ほんとに、いつもいつも俺は駄目だな。」
「そんなことないです! だって、来てくれました。心の中でイース様に助けを求めたら、本当に来てくれて…。」
涙をぬぐってくれたイース様の手が、そのまま頬に添えられた。
「イース様?」
「ごめん。」
何がですか、という言葉は発せなかった。
イース様によってその唇をふさがれていたから。
「……!?」
頭が完全に真っ白になった。
イース様が離れた後も、フリーズして指一つ動かせなかった。
「ウルレシア、俺は、」
何かを言おうとしたイース様だけど、突然大きな音と同時に頭を前につんのめらせた。
「っ!!」
「イース~~!!」
「…コーディック、何を、」
「何をじゃねえよ! 何いきなり手だしてんだ!? ここをどこだと思ってる!」
「いやそれは、」
「それに先に言うべき言葉があるだろうが! 順序ってもん知らねえのかよ!」
「言おうとしたところを邪魔したのはそっちだろ?」
「さ・き・に・い・え! 殴るぞ!?」
「もう殴ったくせに。」
…ちょっと待って。
みられた? 見られてた!?
「いい雰囲気だったから黙って見ててやったのにとんでもないことしやがって! シアの奴完全に固まってるじゃねえか!」
「あ…。」
「ウルレシアさん? 大丈夫ですか?」
あれ、いつの間にカナリヤ様も?
…カナリヤ様も見てた?
……恥ずかしい!! 穴があったら入りたい!
いや、嬉しかったけど!! いや、でもそれ以上に恥ずかしい!? どっち!?
両方がごっちゃになって訳が分からない!!
「駄目そうですわね。」
「今日はこのまま連れて帰るわ。イースのほうは任せた。」
「はい。さ、殿下はこちらですわ。」
「いや、カナリヤ、俺は、」
「ダムシェル様にケンカを売ってしまいましたから、対策を考えませんと。」
「…う。」
「わかっていただけて何よりです。では、お二人とも、ごきげんよう。」
さすがに少し落ち着いてきたけど、何を言えばいいのかわからない。
そのまま黙って二人を見送った。
「ほら、いい加減立てって。」
「う、ん。」
コーディックに手を引いてもらって立ち上がる。
「…邪魔して悪かったな。」
確かに惜しかったけど、ってそうじゃない!
見られたままのほうが嫌だよ!
イベントとしては、どうなっただろう…。
ヒロインのためにダムシェル様にケンカ売るところと、き、キスをするところはばっちりだけど。
うう、思い出してしまった…!
「…シアが変人のレッテル張られる前にさっさと帰るか。」
かたじけない…。
次の日、王城に呼ばれた私はイース様の部屋に招かれた。
それ自体はいつものことだけど、昨日の今日だから落ち着かない!
「ウルレシア、昨日はそのわ「謝らないでください!」
謝られたら、間違いだったみたいじゃない…。
「そう、だな。ウルレシアに頼みがあって今日は呼んだんだが、その前に話があるんだ。」
心臓が激しくはねた。
「今の婚約関係を、終わりにしたい。」
だけど、思ってもみなかった言葉に全身の血の気が引いた気がした。
うまく息ができない。
「ウルレシア、ちゃんと最後まで聞いてくれ。」
「あ…。」
いつの間にかすぐそばまで来ていたイース様がそっと私の頬に手を添えた。
自然、昨日のことが思い出される。
「俺が本当に愛する人を見つけるまでの婚約だっただろ? だから、それは終わりなんだ。」
「…はい。」
「そして、改めて言わせてくれ。」
まっすぐに見つめてくる目を、まっすぐ見つめ返す。
「俺は、ウルレシアを愛している。どうか俺のそばにいてほしい。この先、ずっと。必ず、必ずキースよりも幸せにしてみせる。」
こ、こんなところにまでキースの話題引っ張ってきちゃいますか。
ちょっとガクッと来てしまった。
「う、ウルレシア?」
そんな私の反応を見て、ちょっと不安そうにイース様が私の名前を呼んだ。
そんなイース様を見て思わずちょっと笑ってしまう。
キースがきっかけで始まった関係だもん。キースが関わってくるのは当然だよね。
「言ったじゃないですか。たとえキースが目の前に現れて手を伸ばしてくれてもその手は取りませんって。だって、」
だってね、
「だって、私はイース様のことが誰よりも大好きですから!」




