第19話
「ウルレシア様! 消毒! 消毒をしましょう! だから駄目だって言ったのに! あんなのと二人きりなんて!」
あんなの…。
ステラ、ダムシェル様傷ついてるから、落ち着いて。
あのキャラは漫画に沿うために作ってるだけみたいだから。
「落ち着いてください、ね? 何もないですから。」
「腕をつかむなんて重罪です! 何もなくないです!」
まあ、確かにどこかに連れていく気だったみたいだけど。
漫画通り…どのイベントを起こす気だったんだろう。
順番で言えばデートイベント? ダムシェル様がヒロインを強引に連れまわすやつかな。
でもそれってヒロインが若干ダムシェル様の本当に触れて距離が近くなり、イース様が嫉妬するイベントだし、いらなくない?
でもそうやって飛ばして何が起きるかわからないってのもあるのか。
…うーん、これがダムシェル様が枷って呼ぶものだよね。どうしても漫画通りかどうかを考えちゃう。
「はは、ちょっと買い物に誘っただけだよ。確かに少し強引だったかな。すまないね、ウルレシア嬢。」
いえ、こちらこそすみません。
「ウルレシア様と買い物!? そんなの私だって行きたいのに! じゃなくて、ウルレシア様はイースリュード様の婚約者です! あなたと買い物なんてダメに決まってます!」
「ならステラ嬢も一緒に、三人でどうかな?」
「…。」
あ、そこで揺らいじゃうの?
まあ確かにここを使うときも、自分の家に私が遊びに来るという点で落としたようなものなんだけど。
「や、やっぱり駄目です! イースリュード様に申し訳が立ちません!」
このセッティングに関してもかなり無理を言ったし、今度一緒に買い物くらい行ってあげよう…。多分何人かついてくるけど。
「それは残念。今日のところは帰るとしようか。またね、ウルレシア嬢、ステラ嬢。」
ダムシェル様はそう言って帰っていった。というか多分逃げた。
ステラのことちょっと苦手なんだろうな。
ダムシェル様がいなくなると、ステラはとがらせていた空気を収めてこちらを見た。
「ウルレシア様、政治的なことは私にはわかりませんし、聞いてはいけないことなんでしょうけど、お一人で無理はしないでくださいね。」
ちゃんと、イースリュード様にお話ししてくださいね。とステラは心配そうに言った。
いつも心配かけてごめんね。
大丈夫、ちゃんと話をするよ。転生関連のことは、言えないけどね。
「さ、消毒しに行きましょう! 下にありますから!」
…はい。
そこは譲れません、と言わんばかりの勢いに私はおとなしく従ったのだった。
「ウルレシアさん、出来ればステラさんもなのですが、ダムシェル様にあまり近づかないでほしいのです。」
久しぶりにカナリヤ様と会った私は話があると家に呼ばれ、そう言われた。
二人きりで会ったことをとがめられてるのかな…。
ステラに口止めはしているし、ばれていないはずなんだけど、ばれてる気がするんだよね。だってカナリヤ様だもん。
でも、ちょっと違う気もする。
「こちらから近づくつもりはもちろんありませんが…なにかございましたか?」
杞憂で済めばいいのですが、とカナリヤ様が目を伏せた。
「少し不穏な空気となっています。この国も一枚岩というわけではございませんから。もし、ダムシェル様と親しいと思われれば巻き込まれる可能性があります。」
戦争賛成派が動き出してるってことかな…。
一応漫画通りなんだけど、どうなるだろう。
「…ウルレシアさんもステラさんも一部の者によく思われておりませんから。用心するに越したことはないのです。」
身の程を知れって言ってくる人はまだまだいるからね。
「お父様が抑えてくださるとは思います。ですが、万が一ということがございますから。」
最近ほんとにいろんな人に心配してもらってる気がする。
でも、ダムシェル様が漫画通りに進めるつもりだとしたら確実に巻き込まれるんだよね…。
なんだか申し訳なさすぎる。
頑張って避けてみようかな…。
でもやっぱりそれも不安だなぁ。
「カナリヤ様は大丈夫なんですか? 確か、ダムシェル様に嫁がせるべきってお話が出てましたよね。」
それはまさしく政略結婚だ。カナリヤ様にそんなことしてほしくない。
「ええ、話は出ましたけれども、すぐに流れましたわ。ダムシェル様がわたくしに興味を示さなかったので。おそらく、わかっていてわたくしを遠ざけたのでしょうね。」
よかった。いや、ダムシェル様が駄目ってわけではないんだけどね。
カナリヤ様は好きな人とかいないのかな…。
「もしカナリヤ様が意に沿わない結婚を迫られたら教えてください。絶対にお力になりますから!」
突然の私の発言にカナリヤ様は少し目を見開いた後、うれしそうに笑ってくれた。
「ありがとうございます。心強いですわ。…では、もしわたくしが結婚を望む方ができた場合もお力になってくれますか?」
そんなの当然だ。
「もちろんです! たとえ相手が誰でも応援します! 橋渡しだってしますよ!」
「あら、殿下でもですか?」
「!?」
カナリヤ様はころころと笑っており、からかわれているだけだとすぐにわかった。
だけど心臓に悪いよ…!
「キースさんではなく、殿下を選んでくださったのだと聞きましたわ。おかげで殿下は吹っ切れたようです。」
いえ、もともとキースという選択肢なんて存在しなかったんですけどね。
というかやっぱり知ってるんですね…。どっちが話したのかは知らないけど筒抜けっぷりがぱないね!
「実はお知らせしておりませんでしたが、殿下に縁談が来ていたのです。以前少しお話ししましたが、とある国の王女様との縁談ですわ。」
え!? これまた漫画より早くない!? しかも知らされてなかったとか…ちょっとへこむ。
それとも漫画のとはまた別の縁談? 描かれてなかっただけでいろんな縁談が来ててもおかしくはないのかな。
しかし、漫画ではカナリヤ様との婚約が破棄されてこれ幸いと縁談が来てたのに、婚約者がいるままでも来るとは…私なんて眼中にないってことですね。
「殿下がきっぱりとお断りしておりましたから、大丈夫ですわ。ウルレシアさんのおかげです。」
…いや、イース様はなにもいってないし、ね。
期待して裏切られた時の絶望を味わいたくはないからね、落ち着け、私。
「そんなものに頼らなくてもこの国を守ってみせる、だそうですわ。直接お聞かせできなかったことが残念です。」
うん、それはちょっと見たかった。かっこよかっただろうな。
でもそのセリフは覚えあるよ。漫画で言ってた。
ってことはやっぱりイベント消化しちゃってる?
なんというかすごくあっさり…。いや、イース様としてはそんなことなかったのかもだけど。
もしそうだとしたら、あと残っているのはダムシェル様関連のデートイベントと暗殺未遂事件だけだ…。
それで漫画の物語は終わる。
…いや、正確にはあれが残ってるんですが、うん、それはいい。
でも、デートはともかくもう一つは暗殺未遂なだけあって一歩間違えれば命が危ない。
やっぱり起こすべきじゃないよ。
ダムシェル様に言って、なんとか避けてもらうべきだ。
あ、でもついさっき接触しないでって言われたばっかりだよ。
どうしよう。
…これはあれじゃないかな。
次接触したときにイベント起きるよね、きっと。
そんな予感がひしひしとする。
デートイベントならいいけど、そうじゃなかったらかなり危険じゃない?
だって、確か矢で射られるんだよね。
漫画では肩に当たっただけだけどちょっとでもずれたらまずい、よね?
…うん、近づかないようにしよう、そうしよう。
…でも、それでステラが巻き込まれたらどうしよう。
それはもっと駄目だ。
うう、どうしたらいいの…。
ただただ悩むだけで何もできずに数日が過ぎた。
なぜかあの日以来ダムシェル様はぱったりと姿を見せていないのだけど。
おかげで考える時間ができていると思うべきか、そのせいで無駄に悩むじゃないかと思うべきか…。
だけど、私が悩もうが悩むまいが結局同じだった。
「セジェルド?」
ステラがそうつぶやいた先には確かにセジェルドがいた。ダムシェル様と一緒に。
二人は校外に出て行ったようだった。
「…。」
「ステラさん!」
ステラは険しい顔をして、その後を追った。私に何も言わずに。
それだけセジェルドを心配しているのだろう。
ちょっと寂しい気もするけど今はそれどころじゃない。
きっと何かが起こる。私が行かなくても、だ。
「…カナリヤ様、ごめんなさい!」
せっかく忠告してくれたのに、無駄にします!
だって、自分だけ安全なところにいるなんて無理だ。
ステラは大切な友達だ。危険かもしれないのに放っておくなんて無理だ。
後を追うのを止めるのが一番だったのだろうけど、今更だ。
もうステラの姿は遠い。
これ以上離れて見失う前に、と私は急いで駆け出した。




