第2話
私―ウルレシア・エンドリックは、現在大量の衣装に埋もれていた。
と言っても、自分のではない。
「ねえ、これはどうかしら?」
「んー、ちょっと派手すぎない?」
「そう?」
すべて母のだ。
まあ、張り切るのはわかるけどね。でもさすがにもう疲れたよ。
母の衣装選びに付き合うこと1時間。そろそろ解放されたい。
「ウルレシア、普段から言葉遣いを改めておかないととっさの時に出てこないぞ。」
う、わかってはいるんだけど、疲れるんだよね。
父に指摘され、しぶしぶ言葉遣いを改める。
「はい、お父様。」
満足げに頷く父に、ため息がこぼれた。
盛大な勘違いの結果、この国の第一王子であるイースリュード様の婚約者となった私。
理由がどうあれ、いいことじゃないかと思われるかもしれないけど、実は、ここは漫画の世界なのだ。
イースリュード様はその漫画の登場人物。のちに出会うヒロインと結ばれる。
つまり、だ。私は振られる運命というわけ。
まあ、もともと婚約者になれたこと自体おかしいのだから、別にいいけどね。
面倒なのが周りの人たち。
私はどうせ振られるんだからって思うんだけど、もちろん周りはそう思ってないわけで。王宮の礼儀作法を一から叩き込まれることになってしまった。
もうしんどくてしんどくて…。
ちょっと婚約したこと後悔してる。
まあ、それはそれとして。
婚約から半月。実はあれから全然会ってないのだけども、今度は両親も一緒に面会するのだ。
前回は私だけの面会だったから、両親にとっては初顔合わせ。
それゆえに気合が入りまくっているのだ。
普通は最初こそ両親に連れられて行くような気もするけど、私の知識の中には王家との婚約時の常識なんてものはない。こういうものなのだと思うしかないよね。
まあ、あいさつするだけだし、特に何もなく終わると思うけどね。
なんて考えたことがフラグだったのかも、と今となっては思う。
両親のあいさつが終わり、二人でお茶をしようというイースリュード様の言葉に頷いたのが先ほど。
人払いをした後、難しい顔をして目の前に座っているイースリュード様を見て、私は自分の失敗を悟った。
誤解が解けてない状態で両親を会わせるべきじゃなかった!
自分の一存で決められることではないのは確かだけども、もっと早く気づいていれば、何らかの対応はとれたはずだ。
両親が挨拶をして上機嫌に多少の雑談をしているときにもあれっ? とは思ったのだ。
笑顔がきれいすぎたから。
漫画知識によると、完璧な笑顔は負の感情を隠すためのものなのだ。
その時は、いったいどんな粗相をしてしまったのだろう、と焦ったのだけど、今完全にわかった。
「娘の幸せを奪っておいて、あんなふうに言えるものなんだな。」
誤解がひどい方向に向かっている!
そういえばイースリュード様の中では私は恋人と引き離されたんだったよ!
やるとしたら、そりゃあ両親だよね!
恋人疑惑くらいなら放っておこうと思ったけど、この誤解はまずい。
両親が全く身に覚えのないことで責められてしまう。
イースリュード様に責められるだけならまだしも、噂にでもなろうものなら、我が家が終わってしまう…!
「ご、誤解です!」
咄嗟にそうはいったものの、なんと続ければいいのかわからない。
そもそもキースが実在しない人物だと説明するべきだとは分かっているのだけども、もはや機を逸したというか…。
やっぱり最初にちゃんと説明すればよかったよ。変人扱いされようともね。
「誤解なんかじゃないだろ。現にお前は意に沿わない婚約をさせられてるんだから。」
させたのはあんただよ!
いや、わかってるよ。これで婚約も出来なければ私には何も残らないと思ったんだよね。わかってるけどつっこませて!
もちろん顔には出さない。伯爵令嬢でもこれくらいはできる。
「確かに、婚約を望んではおりませんでしたが…。」
今更隠すことではないので、ここは正直に言う。
「お父様もお母様も何もしておりません。ですから誤解なのです。」
もうこうなったら、やけである。
婚約者を頑張るつもりだったけど、両親のほうが大事だ。
私の身が危うくなるのだけども、ぶっちゃけるしかない。他にもっといい方法があるのかもしれないけど、私にはそうする以外思いつかない。
少しだけ眉を寄せて、だけど何も言わずにイースリュード様はこちらを見ている。
「そもそも、私には恋人などいたことありません。キースというのは物語の主人公の名前で、未完の作品なので最後が見れなかったと嘆いたのです。」
さすがに前世の記憶が~とは言えない。乱心したと思われるだけだ。
「舞踏会の時にそんなことを考えていたのが恥ずかしくて、言えませんでした。申し訳ありません。」
騙したと言われてもおかしくない。前回の顔合わせの際に言うべきだったのだから。
「いかなる罰も受けるつもりでございます。」
婚約破棄だけで済めば御の字。
「ですが、これは私が一人で判断したこと。罪はすべて私にあります。」
第一王子を謀った罪として投獄とかもあり得るよね。国外追放とか?
物語が始まる前に退場とか、超小物だね。
でもこれで本来の相手に話が行くのかも。
強がって見せても、やはり反応が怖くてうつむいてしまう。
一番最初に説明すればよかったのだから、間違いなく悪いのは私なのだ。
「…そこまで、させるのかよ…!」
聞こえた声に、思わず顔をあげる。
その顔には怒りがにじんでいたけど、明らかに、私に対してではなかった。
まさか、まさか…!
「ウルレシア。」
「は、はい!」
いやな予感がする。
「お前にとってはそれが当然なのかもしれない。だけどな、何もかも親に従うことなんてないんだ。」
やっぱりーー!!
「違います! 両親は本当に何もしていないし、言っていないのです!」
もう、この人の思考回路が分からない!
親にそういう設定にしろって言われたと思ってるってこと!?
おかしい、おかしい! それで私が処分されたら意味ないじゃん!
「家に累が及ばないようにそう言えって言われてるんだろ。」
疑問形ですらない!?
「安心しろ。エンドリック伯爵を排するつもりはない。」
…うわー。ちょっとわかってしまった。
つまり、イースリュード様が両親に嫌悪を抱いたのを見て、家に何らかの罰が行くのを防ごうと思って全部の罪を背負おうとしたように見えたわけだ。
半分あってるけどさー…。
完全に両親の仕込みだと思ってるよね。
「それは、とてもうれしいのですけど、本当に、悪いのは私なんです。」
ちょっと私のことフィルターかけて見すぎだ。
「わかった。そこまで言うのならそういうことにしよう。」
だからわかってない!
ちっとも誤解が解けてないんですけど!?
「家を絶対と考えるのは、貴族のよくないところだよな…。」
イースリュード様はそう独り言ちた。
何か難しいこと考えてそう。
なんだか、もう疲れたよ。
私はどうすればいいのでしょうかね。
「あの、殿下? 私への罰は…。」
まあ、予想はつくけどさ。
「何に対する罰だ?」
「殿下の誤解を解くことなく、それに乗じて婚約をしたことに対する、です。」
イースリュード様の中の私って、どんなのだろう。
ものすごい人物になってる気がするよ。
「特に罰するつもりは…いや。」
お? 何かあるのだろうか。ちょっと意外だ。
「ウルレシア。明日からしばらく王城に滞在しろ。」
…は?
「おれの監視下にいる事。それが罰だ。お前は一度両親から離れるべきだ。」
…あー、うん、もういいよ、それで。
漫画ではこんなキャラじゃなかったはずなのになー。
でも、思い込みの激しさはあったか。
お父様、お母様、力及ばず申し訳ありません。私にはこの人の誤解を解く術が思い浮かばない!
不利益が行かないようにだけ、頑張るよ…。