第15話
「ですから、キースを探しているというのは誤解なのです。」
「だが、」
「万が一、キースという方がいらっしゃったらご迷惑をおかけすると思い調べさせましたが、それだけなのです。」
信じていただけませんか?
少し首をかしげつつそう訴える。
イース様はじっとこちらを見つつ、信じるべきか否か悩んでいるようだった。
本当だと訴えるためにも、目はそらさない。
ものすごく照れるけど!
だけど、頑張ってイース様の勘違いを解くのだ。
まさか最終巻が見れなかった嘆きがこんな困難となって私の前に立ちはだかるなんてあの時は思ってもなかったけどね!
キースという壁が巨大すぎる! 自業自得だけど!
「…なら、キースのことはもういいのか?」
光明が見えた!
ようやく、ようやく誤解が解けるかもしれない!
ちょっとだけだけど!
「イース様と出会って、もう一年以上です。人の心が変わるには十分すぎる時間です。」
「…そう、だな。」
これはいける…!
よ、よし、頑張れ、私!
「わ、私、は、その、」
言え、言うんだ、私!
「私は…、」
「ウルレシア?」
うあああ! 告白ってこんなに勇気がいる事だったの!?
前世で漫画やら小説やら読んで、いいからさっさと告白しろとか思ってたの謝る!
これ超難関! 言葉が出ない!
頑張れ私! 今言わないで、いつ言うの!
「わ、私、は!「もういい。」
…へ?
「もう、いいんだ。ウルレシアの気持ちはわかった。」
通じた?
や、やっと、誤解が解けて、いや、まだいろいろ残ってるけど、でも、想いが通じた?
やばい、顔が熱い。
逃げたい。超逃げたい。返事を聞くのが怖い。
でも、聞かないと…!
自分に言い聞かせて、うつむいてしまっていた顔をあげる。
「ウルレシアは、一途だな。」
……ん?
「そこが、ウルレシアの魅力でもあるんだろうけど、な。」
イース様はそう言って、私の頭をなでた。その顔はどこか寂しそうで、悔しそうだった。
あ、あれ…?
「…俺もいい加減、決めないとな。」
あ、あれれれ…?
通じてないよ!?
解けたどころか新たな勘違いが生まれてない?
「あ、あの、イース様?」
「悪い、ダムシェル様の受け入れの準備があってもう行かないといけないんだ。」
ちょ、ちょっとーー!!!
「ウルレシア様、なんだか元気ないです?」
「そ、そうです、か?」
うん、元気ないですよー…。
勇気出したのに…。私なりに頑張ったのに…。
もうちょっとだったのに…!
少女漫画要素、こんなところでいらない!
どこで間違った…?
いや、どこかで変に解釈された?
後でカナリヤ様に相談しないと…。
「そういえば、聞きましたか?」
「何をですか?」
「なんと、明日からソルディスの王子様がこの学校に通うそうです!」
ああ、そういえばもう発表されたんだっけ。
自分のことでいっぱいいっぱい過ぎて忘れていたよ。
「少し、緊張しますね。」
「ですよねですよね! イースリュード様は気さくな方ですけど、その王子様はどんな方なんでしょうね。」
まあ、私みたいな庶民には関係ないですけど!
ステラはにっこり笑ってそう言った。
漫画ではそう言いながらがっつり関係しちゃってたけどねー。
こっちの問題もあるんだよねぇ。
今日学校が終わったら、王城での歓迎パーティに出ないといけないんだよね。
イース様と会うのもちょっと憂鬱だ。
行かないわけには…いかないよね…。
先にカナリヤ様に相談したかったけど、今日はイース様と共に休みだし。
終わったら、相談しよう。
うう…会いにくいなぁ。
「ウルレシア、行けるか?」
「はい、問題ありません。」
伊達に一年もイース様の婚約者してないからね!
少し離れたところにダムシェル様の姿が見える。漫画通りの容姿だ。
性格はどうだろうか。漫画では常におどけている、いわゆるちゃらい系のキャラだったけど。…もちろん裏はある。
「ダムシェル様。」
「お、イースリュード様、先ほどぶりです。」
「私の婚約者をご紹介させていただきたく思いまして。」
「お初にお目にかかります、ダムシェル様。イースリュード様と婚約させていただいておりますウルレシア・エンドリックと申します。以後お見知りおきくださいませ。」
「え?」
ん?
なぜかダムシェル様は少し目を見開いて驚きの声をあげた。
な、何か失敗した!?
「…失礼。ダムシェル・ソルディスです。あまりにかわいらしいご令嬢で驚いてしまいました。」
いや、それは嘘だろうけど。
な、なんだろう。あれかな、誰だよこいつ、みたいな。事前の調査でいなかった的な?
でも、ちょっと調べればイース様の婚約者だってすぐわかるし。
は! まさか、こいつ選ぶなんて趣味悪いな、とか!?
悪くはないと思うんだけど! 多分!
「イースリュード様も隅におけませんね。」
そのあとはイース様と軽く雑談をして、挨拶は終わった。
「イース様、私何か粗相をしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だ。」
だよね、よかった。でもだったらあの驚きは何?
「…知り合いじゃ、ないんだよな?」
「違います。」
せっかく解いた誤解が再浮上してしまう!
出会いようがないですからね!?
知り合いに会ったから驚いたとかじゃないです! …違うよね?
「お二人で難しい顔をされて何かございました?」
あれ、カナリヤ様だ。
ついさっきまでオーレン公爵と一緒にダムシェル様に挨拶に行ってなかったっけ?
ちらりと確認すると、オーレン公爵はダムシェル様と話をしているようだった。一緒にいなくていいのかな?
「お父様にも困ったものです。」
私の視線に気づいたカナリヤ様が困ったように笑った。
そっか、オーレン公爵、親バカだもんね。
最初は怖い人だと思ってたんだけどね。カナリヤ様を通してみると、ただカナリヤ様が大好きなだけの人だったんだよねぇ。
最愛の娘を外国に嫁がせたくなくてイース様に嫁がせようとしてるとか…。
国内だったら目が届くし、権力も使えるもんね。
いや、もちろん公爵だからね、それだけの人じゃないけど。
つまりダムシェル様に見初められたら困るから遠ざけたわけだ。
どうせ学校で接触するのに…。
「ですから、わたくしはこれでお暇させていただきますわ。」
「わかった。ウルレシアはどうする? 俺は最後まで抜けるわけにはいかないが、そんな畏まった場じゃないからな、抜けても構わない。」
挨拶は終わったし、イース様がいいっていうなら帰ろうかなぁ。
気にかかることは残ってるけど考えてもわからないし。
…イース様をここに残して、変な誤解を深めないかが心配ではある、けど。
「では、お言葉に甘えてお暇させていただきますね。」
カナリヤ様に相談したいこともあるしね。
「ああ。道中、気を付けて。」
イース様はそう言って私の手を取り、流れるような動きで指先に口づけた。
「また明日。」
ぽかんと見送る私は、間抜けだったに違いない。だけど、私の脳内はそれどころじゃなかった。
今の何今のなにいまのなに!?
今の何!? なんでいきなり!?
何が起きたの!?
キスされた、キスされた!? 指にだけど!
指へのキスってどういう意味だっけ!?
あれ、でも、ここ地球じゃないから関係ない!?
漫画描いた人は日本人だし、同じ!?
何がどうなったの!? 誰か説明!
「ウルレシアさん、殿下と何かございました?」
ハッと気づいたときには馬車の中だった。まったく移動した記憶がないよ…。
カナリヤ様が期待にあふれた目でこちらを見ている。
「な、ないです! むしろ、勘違いが広がったような気がしているくらいで! なにがなんだか!」
だめだ、脳内でさっきのシーンが何度もリピートされる!
顔が熱い! 指先もものすごく熱い気がする!
どこの王子様だ! って、この国の王子だよ!
「詳しくお話ししていただけますか?」
ぜひ聞いてください!
「そうですね…。その場にいたわけではありませんから確かなことは言えませんが、ウルレシアさんは今も変わらずキースさんを好きなのだと思ったのでしょう。」
え、えー…。
「たとえ生きていてもキースはもう心変わりをしているだろうから諦めます、と聞こえたといったところでしょうか…。」
そ、そんな受け取り方ってある!?
少女漫画要素要らないってば!
「ですが、それで殿下のあの行動につながっているのなら喜ばしいですわ。」
あ、あれは本当に何ですか…。
何の脈絡もなかったデスヨ。
明日からイース様は忙しいはずだからちょっとへこんでたけど、今となっては好都合だよ…。
ちょっと落ち着くので時間ください…。




