第12.5話 イースリュード視点
イースリュード視点の閑話になります。
あったほうが分かりやすいかなー程度の話なので読まなくても話は通じます。
他者視点が嫌いな人、苦手な人、すでに自分の中でイメージが固定されている人は飛ばしちゃってください。
再び眠りについたウルレシアの手を離し、布団の中に戻してやる。
「もういいのか?」
部屋を出ると、待ち構えていたコーディックにそう聞かれた。
「ああ、無理言って悪かったな。」
「ほんとにな。後で怒られんのは俺なんだからな。」
それでも彼はそれを飄々とかわすのだろう。
「何があったのかは知らねえけど、泣かすなよ?」
何も言っていないのに的確にこちらのことを察してくるその聡明さにはいつも感心する。
最初こそ敵意で砕けた物言いをしてきたコーディックだが、それ以降もかしこまらないのは俺がそれを望んでいると気づいているからだ。
ウルレシアにたしなめられても、周りに厳しい視線を向けられても、やめないでいてくれる。
大切な、友人だ。
「わかってる。約束だからな。」
言われなくても俺だってウルレシアを泣かせたくなどない。
だけど、どうすることが彼女にとって一番幸せなのか、その答えがまだ出ていない。
出会いは王城で開かれた舞踏会。
俺の婚約者を決める、などと周りが噂したせいで寄ってくる女性の多さに辟易していた。
そんな中で、まったく俺に関心を見せない彼女に目が行った。
親の意向で来ているものも少なくはないのでそれ自体は珍しくもなかったけれど、始終暗い顔をしてまったくアピールすることもなく会場を出て行ったその姿に引っかかるものを覚えて、その後を追った。
『キースが最後どうなったかすら知ることができないなんて…!』
そこで、その嘆きを聞いた。
その悲しみは、その慟哭は、まぎれもなく本物だった。
『いっそ死んでしまえば戻れるのかしら。』
投げやりに呟かれたその言葉は、逆に恐ろしさがあった。
だから、彼女を選んだ。
同情と、贖罪と、打算と、そして少しの興味で。
親に恋人と引き裂かれた少女。
ウルレシアは今でも否定しているけれども、キースを探し続けていることは知っている。
ただ、最初のころ思っていたほど弱い少女ではないことは付き合っていくうちに知った。
仮初の婚約者。それが俺たちの関係。
彼女はいつもそれを全力でこなそうとしている。
そして、いつでも婚約を解消できるように俺と距離を取り続けている。
俺自身、その距離を縮められないでいる。
ウルレシアはいつも一歩下がった態度をとる。
それは、俺が別の相手を見つけるまでの婚約という言葉を守るという意思表示なのだと思う。
実際俺もウルレシアの傷が癒えるまで、と思っていた。
もちろん、一度婚約者として迎えた以上、ウルレシアが望めば娶るつもりはあったし、良縁を見つけてやるつもりもあった。今も、ある。
ただ、
『最近の殿下はとても楽しそうですわ。ウルレシアさんのおかげでしょうか。』
カナリヤが不意にこぼしたその言葉に、二の句が継げなかった。
何の裏もなく、本当に些細な出来事を楽しそうに話してくれる彼女に、きっと隠せていると思っているのだろうけどすぐに感情が読み取れてしまう彼女に、俺を見て安心したように笑ってくれる彼女に、惹かれ始めていたのはいつなのだろう。
大きく気持ちが揺れたのは、誘拐事件の時。
コーディックがいなければ、きっと気づきもしなかった自分のふがいなさに腹が立った。
見つけ出したウルレシアは泣いていた。
傷をいやすつもりが、さらに傷つけた。
そっとしておくだけではだめだ。守らないと。そう思った。
二人が去った後、ウルレシアが立っていた場所にあった本を見た。
きっと、ウルレシアはキースを想っていた。彼の助けを待っていた。
そのことに、ほんの少しの悔しさが確かにあった。
いつだって彼女の心の中には、キースがいるのだろう。
キースのことを語ったウルレシアの顔は一番楽しそうだった。
今でもあの時以上の笑顔は見れていない。
だからこそ、判断がつかない。
せめて、キースの生死がはっきりしていれば、と思う。
大々的に探すわけにはいかないから、というのもあるかもしれないが、俺とカナリヤが手を尽くしても見つからない彼。
キースというのが愛称であったり、偽名であったらお手上げだ。
ウルレシアにもっと詳細を聞けばいいのだろうが、それをしないのはおそらく見つけたくない、からだ。
キースのことを楽しそうに、あるいは悲しそうに語る彼女を見たくないからだ。
ウルレシアの中で、俺はどういう存在だろう。
慕ってくれているし、頼ってもくれている。
おそらく、俺が言えば嫁いできてくれる。その心に、別の人物を抱いたまま。
学校に入学してから明らかに距離が広がった。
まるで、俺から出会いの場を奪うつもりはない、と言わんばかりに。
早く相手を見つけてほしいとばかりに。
ウルレシアが望むのなら、婚約を解消してやりたいのに、キースのもとに返してやりたいのに、それができない。
理由なんてわかりきっている。
カナリヤもコーディックもたまに呆れたように見てくる。
自分でもこんなに臆病だとは思ってなかった。
「こら、またドツボにはまってるだろ。」
ハッと顔をあげると、コーディックが呆れたようにこちらを見ていた。
「悪い。」
「考えすぎなんだよ。俺からしたらシアは普通にお前のこと好きだぞ? 確かに、妙な距離はあるけどよ。」
そこが問題なんじゃないか、と言いたい。
コーディックもキースを知らないらしく半信半疑といった感じだった。
ただ、両親が引き裂いたということは絶対にないと断言していた。
あるとしたらウルレシアの片思いか、向こうの事情だろう、とも。
相手側の都合というのは考えなかった。少しうぬぼれていたのかもしれない。
「あんまうだうだしてると、手遅れになるぞ。」
本当にこの友人はどこまで事情を把握しているのだろうか。
確かに、考える時間はもうあまりない。
『……かないで、…ース、…ま…。』
熱にうなされ、伸ばされた手。
彼女が呼んだのは、願ったのは、俺か、彼か。
今更ながら、似た響きの名前に苛立つ。
きっと彼だろうと思う半面、自分だったらいいと思う。
今、その手をつかめるのは、俺なのだから。




