第10話
「姉上、ああいうときは不用意に近づいてはいけません。」
周りの目を気にして、かしこまった言い方でコーディックが言う。
正直、気持ちが悪い。必要なのはわかってるけどね。
「ごめんなさい、次からは気を付けるわ。」
たしかにあれはヒロインだったから問題なかったけど、他の私たちに取り入りたい相手とかだったら面倒なことになっていた可能性はある。
だからイース様もヒロインが何か言おうとしたのを遮ったのだと思う。
「クラスが違うから、ずっとは傍にいられない。仲良くなる相手には十分注意してくれ。」
手をまわしておけばよかった、とつぶやくイース様。
いや、要らないですから。むしろ違うクラスのほうが後々気まずくなくていいよ。
「仲良くなった方がおられましたら、ぜひ、ご紹介くださいね。」
問題ないか判定してくださるんですね。了解です。
別のクラスに向かう3人と別れて、一人教室に向かう。
イース様は教室まで付き添うと言ってくれたけど、丁重に断った。決してエスコートではない。付き添いだ、あれは。
しかしなんというか、視線の変わり方がわかりやすい。
男の子からは興味の、女の子からは敵意の視線がビシバシ飛んでくる。
それらが目立つってだけで、それ以外の視線もあるけどね。
だけど、伊達にイース様の婚約者してないのですよ。これくらいの視線のスルーはお手の物だ。
重鎮たちの見定めに比べたら軽い軽い。
クラスに入り、あいている席に座った。
席は指定ではないから、変な人が近づいてこなければいいけど。
そう考えると、ぎりぎりに入ったほうがよかったかな。
とりあえず、話しかけにくくするために適当な本を開く。
まず私がするべきことは、イース様を図書室に向かわせることだ。
ヒロインとのセカンドコンタクト。正面からの出会いイベントはそこなのだから。
と言っても、漫画では自主的に行っているわけだから多分何もしなくても大丈夫。
というか、私が行くって言ったら多分ついてくるよね。過保護だから…。
あとは私もヒロインとある程度仲良くならないと。
漫画ではカナリヤ様を通してイース様と会う回数を重ねていくんだから。私もその役目を果たさないとね。
友人の婚約者にひかれていく自分に苦悩するヒロイン…。昼ドラ?
「あ!」
本を読むふりをしながら思考に没頭していた私は、その声に我に返った。
全く読んでないのにページが進んでるし。って、そうじゃない!
「あ、あの、さっきはありがとうございました!」
なんでヒロインがここに!?
漫画ではカナリヤ様と違うクラスだったよね!?
って、私はカナリヤ様じゃないからか!
「ハンカチは必ず洗って返しますね!」
違うクラスになるものだと思ってたから完全に想定外だよ!
「…いえ、それは差し上げます。」
あれ、でも仲良くなるんだから、むしろ好都合かな?
「こんな高そうなもの、いただけませんよ! ちゃんとお返しします。」
ごめんなさい、あんまり高くないの。むしろ安物。高そうに見えて実は安いものを最近は重宝しているもので。
ヒロインはそのまま隣に座った。
周りの視線などお構いなしだ。これはただ気づいてないだけだね。
「あ、名乗ってもいませんでした! 私、ステラって言います。貴族じゃないので家名はないです。」
「ウルレシア・エンドリックと申します。」
ニコニコ笑うその顔に邪気は全くない。
ヒロインなだけあって、顔も可愛いし、これならいけるね! きっとイース様も癒されるに違いない!
「ウルレシア様ですね。一番最初に仲良くなれたのがウルレシア様みたいな優しい人でよかったです。」
既に仲良し認定!?
ヒロイン改めステラ、なかなか半端ない。
いや、きっとこの無邪気さと強引さにイース様は惹かれるんだよ。序盤はイース様の心情描写がほとんどなかったから、想像するしかないんだけどね。
でも、この相手が貴族だろうと気にしないのは漫画では長所として描かれていたけど実際見ると怖いね。
相手を間違えたら即つぶされるよ。
多分無意識に大丈夫な相手を見極めているんだろうけどね。
私はそんなことを考えながら、ステラの相手をするのだった。
「イース様、私、今日は図書室によって帰りたいと思います。」
入学から数日、一向に図書室に向かう気配のないイース様を連れていくために、私はそう言った。
毎日一緒に帰っているので、行っていないのは知っている。
ちなみにステラは現在毎日のように図書室に寄って帰っている。
本を買うお金がないので、とてもありがたいと言っていた。だから、あとはイース様が向かうだけなのだ。
「何か読みたいものがあるのか? 城の書庫に大体の物はあるぞ?」
それじゃあ意味ないんですよ!
…って、じゃあ漫画のイース様ってなんで図書室にいたんだろう。話の都合上? 作者的にはちゃんと設定としてあったんだろうけど、描いてくれなきゃわからない! 困る!
「えーっと、何が読みたいってわけではないんですけど、どんなものがあるのか見てみたくて。」
それにお城の本なんて怖くて持ち出せない。いいと言われても断る。
「そうか。なら俺も行こう。」
やっぱり。
「なら俺は先に帰りますね。ザックには俺を送った後すぐにこちらに戻ってこさせればいいですか?」
「ええ、それでお願い。」
そんなに時間はかからないだろうから、それくらいでちょうどいいだろう。
「では、わたくしもお先に失礼いたしますね。」
…二人きりにしたってなにも起きませんからね?
さて、なんとかイース様を一人にしたわけだけど、ちゃんとイベント起きるかな。
ずっと後ろについてくるイース様を離すのは苦労したよ…。
好きなところ見てくださいって言っても大丈夫っていうしさ。
ええ、最終手段を使いましたとも。
さすがにトイレまではついてこれないからね!
ちょっと奥のほうのテーブルで待っていてくれるようにお願いした。
図書室内にステラがいたのは確認済み。気づかれてはないはず。
セッティングはできても、それ以上は当人次第だからちょっと不安ではある。
いや、大丈夫。きっと運命で結ばれているはず!
そろそろいいかな?
念のため、そっとイース様を置き去りにしたところに戻る。
近づくと、ステラの声がした。ちゃんと出会ってる! よしよし、いい感じ。
漫画でもカナリヤ様が迎えに来るので、ここで私が出ていくのは原作通りということになる。
ただ、漫画ではまだカナリヤ様と知り合ってなかったはずだからその齟齬が怖い。
私は恐る恐る隠れていた棚の影から出た。
「…イース様?」
タイミングは大丈夫だっただろうか。さすがにそこまで細かいことは覚えてないから勘で行くしかなかったのだけど。
「ウルレシア様!」
イース様が口を開く前にステラが嬉しそうにこちらの名前を呼んだ。
や、やっぱりこうなるよね。
「知り合いなのか?」
「あ、その、クラスが同じなのです。」
どうしよう。ここでは特に何もせずに帰るのが正解なんだけど。
「ウルレシア、もう帰るぞ。そろそろ馬車も着いているはずだ。」
悩んでいたら、イース様がそう言ってくれたので渡りに船とばかりに頷く。
「はい。ステラさん、ごきげんよう。」
「はい、また明日!」
ステラはまったく気にした様子もなく、私にだけそう挨拶した。
何だろう、この脈なし感。
いや、まだ出会ったばっかりだから! これからこれから!
イース様はどう思ったんだろう?
「ウルレシア、彼女とは親しいのか?」
帰りの馬車の中、イース様から話を振ってくれた。
ところで、当然のように我が家の馬車で帰るの、どうにかなりません?
なりませんね、はい。
「クラスでは一番お話しします。あの、イース様は彼女をどう思われましたか?」
そう聞くと、イース様は柔らかく笑った。
脈あり!?
「大丈夫だ。権力を目当てにウルレシアに近づいているわけではないと思う。だから、心配することはない。」
その笑みは私に向けてでしたか!
そういう感想を求めていたわけじゃないのですけどね。
さっさと帰るのを促したのは私が不安になってると思ったからですか。
でも、そう思ったってことはマイナスイメージではないよね。
ならOKかな!
「…それとも、二人きりだったことを気にしているか?」
「はい?」
いや、セッティングしたの私ですし。
「…だよな。」
イース様はそう言ってため息をついた。
「まだ早いか…。」
なにがだろう。
あ、そろそろカナリヤ様に紹介しないと。




