表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

第1話

アーノルン王国、王城。

今、そこでは盛大な舞踏会が開かれていた。

それはこの国の王太子たるイースリュード王子の婚約者を決めるためのものだと皆、噂していた。

幸運にも招待された貴族たちの中でも未婚の女性たちは必死に自分を磨き、それに参加していた。

あわよくば、王子の目に留まらないか、と。


私、ウルレシア・エンドリックもそんな一人だった。つい先ほどまでは。


華やかな装いとは裏腹に会場内はギスギスした空気だ。

お互いがお互いをけん制しあっている。

王子もこの中から選ばなければならないなんていやだろう。


私はそんな空気から逃れるために、早々に壁の花になろうと会場の端のほうに移動した。

王子の気を引こうなんて、無駄なことはしたくない。


すると間もなく、王子様が現れ、舞踏会が始まった。

それを遠目に見つつ、私はため息をついた。



元々は私も王子様に見初められないかと期待してきた身だ。

エンドリック家は伯爵家で普通ならば当然相手にもされない。

けれども、王子様は身分を気にしない方だと聞いていたので、両親はダメもとだと言いながらも私を着飾った。

その今までにない装いで、もしかしたら…と淡い期待を抱いたのが外出前。

周りの気合の入れように、あ、これ無理、とあきらめたのが入城直後。

そして、あれ? これ、見たことがある、と思ったのがつい先ほど。

そして今、私は完全に理解した。


ここ、漫画の世界だ。


そう思った瞬間に前世の記憶がよみがえってきた。

今までも知らないはずの知識をしっていたことがあったけど、前世の知識だったのだ。

転生した、ということだ。


幸い、私が私であることに変わりはない。

膨大に増えた知識の整理に頭がこんがらがりそうではあるが。


ひとまず大事なのは、ここが前世で読んだ漫画の世界だということ。

そしてこの舞踏会で選ばれるのは、オーレン公爵家の一人娘である、ということ。

前評判でも最有力候補だったし、驚くことはないけど、自分が選ばれないことが確定したのだからやる気はなくなる。

しかも、ここで選ばれたとしてもどうせ振られるのだ。まさに無意味。



漫画の内容はありきたりなものだ。

貴族が通う学校に入ることになった庶民の娘が王子様に見初められて、困難の果てに結ばれるという、定番のシンデレラストーリー。

まあ、ベタっていうのは一定の需要があるってことだからね。

その王子の名前がイースリュード様。主人公と出会う前からいる王子様の婚約者がカナリヤ・オーレン様だ。

婚約のきっかけは王家主催の舞踏会。

国の名前も、学校の名前も漫画と同じ。

間違いないだろう。

今は漫画の始まる少し前。彼らが婚約する時だということだ。

王子と私は同じ年だったはずだから、来年高等学校に入学だ。そこが漫画の始まり。


めんどくさい…。


また一つため息をついた。

つまりこれから国内がごたごたするということだ。憂鬱である。


しばらくは不自然でない程度に会場内でぼんやりしていたけど、面倒になったので中庭のほうに行くことにした。

早く迎えが来てほしい。



人目につかないように細心の注意を払いながら物陰に腰を下ろした私は空を見上げた。

前世を思い出した今、気になることがある。

それは、前世で読めなかった漫画や小説の続きである。


最終巻、もうすぐ発売だったのに!


死因ははっきりと思い出せないけど突然なものであったことは覚えている。

読みかけの本、やりかけのゲーム…未練大量である。


「キースが最後どうなったかすら知ることができないなんて…!」


キースというのは私が一番楽しみにしていた小説の主人公だ。

最新刊では、自分の命を捨てる覚悟で世界を守る決意をしたところだったのだ。次が最終巻で、とてもとても楽しみにしていたのだ。

だけど、もう知るすべはない。

ここは、前世とは違う世界なのだから。


「いっそ死んでしまえば戻れるのかしら。」


もちろん、試すつもりはない。

言ってみただけだ。

ああ、だけど、あれらの結末が見れないなんて…!

せめて読んでから死にたかった。


同じ轍を踏まないように今世では完結済みの本にだけ手を付けよう。


そんな決意をして、舞踏会は終了した。



私が前世を思い出した、それだけの舞踏会のはずだった。

数人の親しい友人としか言葉を交わさなかった。

だれとも1曲も踊らなかった。

王子様に至っては一番最初以外視界にすら入れていない。

なのに、なのに、これはどういうことなの!?


「ウルレシア! 王家から婚約の打診だ! よくやった!」


私、何もしてないよ!?


「まさかウルレシアが本当に選ばれるなんて…!」


カナリヤ様は!? 物語変わっちゃうじゃん!


「明日、顔合わせがある。準備は任せてお前は明日に備えておきなさい。」

「はい…。」


私、何をしちゃったのでしょう…。名前すら名乗ってないはずなのに…。いや、調べるの簡単だけどさ。


これは、私が漫画内のカナリヤ様ポジをやらなければならないのだろうか?

幸い、婚約者を取られるとはいえ、それだけだ。

別に主人公をいじめて、没落するとかそんなことはない。

むしろ、最終的にはカナリヤ様は二人を応援し、主人公を手助けするのだ。

私では爵位が足りないところもあるだろうけど、やろうと思えば何とかなるかもしれない。

物語通りに進めば、この国はハッピーエンドを迎えられるのだ。

逆に言えば、物語を外れれば、何が起こるかわからない。

余計なことをしたくない。


そう、そうだ。

私は、主人公が現れるまでのただのつなぎ。女除けだ。

気負うことはない。


なぜ私が選ばれたのかはさっぱりだけど、どうせ振られるのだ。気にしても仕方がない。

それにもしかしたら、明日の顔合わせで人違いでしたーってなるかもしれないしね!




ならなかった。

私であってるらしいです、はい。

現在は王子様と二人っきりでお茶してます。


ちらりと目の前に座る王子の顔を見る。

金髪碧眼のまさしく王子様! といった容姿。まだちょっと幼い感じがあって、かわいいとかっこいいの狭間、みたいな。

性格も、特に腹黒だったりはしない。少なくても漫画では。

ちょっとがさつで、そのくせお人好しで、でも、芯はしっかりしている。


「なあ。」

「っはい!」


王子様の人となりについて考え込んでいたため、反応が遅れた。


「恨んでるか?」

「…はい?」


だれを?

恨みを抱く心当たりがない。

まさか、王子様も転生者で、同じ転生者の私を物語に巻き込むために選んだ、とか!?


「俺との婚約、嫌だったんだろう?」


違うか。

って、なんでばれてる!?


「…なぜ、そのように思われたのでしょうか?」


何を言ってもぼろを出す気がする!

説明プリーズ!

私はどうしたらいいの!?


「舞踏会で、一人、暗い顔をしていたから、気になった。恋人と別れさせられたんだろう?」


なぜそうなる!?

つーか、目ざといな! 気にしないでよ!


「中庭で嘆いていたのを、聞いた。盗み聞きをするつもりじゃなかった。悪い。」


きーかーれーてーたーー!?

恋人って、キースか!? だったらうれしいけどね! 全然違う!


「ち、違います! キースっていうのは、その、」


なんて説明すればいいの!?

物語の登場人物です? この世界にないよ!


「隠す必要はない。わかっていて婚約を申し込んだのだから。」


いや、申し込まないでよ! わかってもない!


「うぬぼれるつもりはないが、俺と婚約させるために自分の娘から男を遠ざけている貴族は少なくないと聞く。」


あー、うん。それはそうだねー。

たとえ恋人じゃなくても仲のいい異性がいたんじゃ、外聞もよくないしね。

つまり、だ。私はこっそり付き合ってた人がいたけど、ばれて別れさせられた、と。そう思われてるってことね!

勘違いにもほどがある!

思い込み激しいな!

つーか、まじでなんでそれで婚約申し込んだ!?


「はっきりと言っておくが、今のところ、俺がお前を好きだってことはない。」


ですよねー。好きだって言われたほうが驚く。


「ただ、お前が死を望んでいたから、繋ぎ止めたいと思った。生きていれば希望は必ずあると、そう伝えるためにも。」


望んでません! ほんとに全部聞かれてたのね!


「それは、その、とてもうれしく思います。ですが、そう言っていただけるだけで十分です。婚約までしていただかなくても。」


ほかに好きな人がいる相手を婚約者にするって、おかしいからね!? むしろ選ばれなければ元鞘に戻れるとか思わなかったのかな。

あ、だめだ。私、最後、とか言ったよ。多分これも勘違いされてる。


「そうだな。でも、他にいなかったからな。俺の琴線に触れたやつは。」


消去法!?


「誰かを選ぶならお前がいいと思った。だから聞いたんだ。恨んでるか? と。」


ほかに想い人がいて、王子との婚約を望んでもいなかったのに、ただの同情で選んだ、と。

確かに、ふざけんなー! と言ってもいいのかもしれない。

でも、彼だって選びたくもないのに誰かを選ばないといけなかったのだ。

ある意味私はちょうどいい相手だと思ったのかもしれない。

お互い、ふさわしい相手が現れるまでのつなぎとして。


「いえ、恨んでなどおりません。むしろ、光栄です。」


だったら、付き合ってあげようじゃないか。彼にとっての運命の相手が現れるまで。


「殿下が真に愛する方を見つけられるまでお付き合いさせていただきます。」


あえてそう口にすると、王子は楽しそうに笑った。


「俺がお前を好きになったら、どうするんだ?」

「その時は、頑張って私を射止めてくださいませ。」


まあ、そうはならないけどね!

物語が始まるまで一年もないし!

カナリヤ様ポジ、頑張るよ!




漫画通りに話が進むと思い込んでいた私だけど、思い返せば、この時点で気づくべきだったのだ。

転生物で、物語通りに進むものなんてほとんどなかったってことに。

私が婚約者になった時点でかなり設定が変わってしまっているということに。

ばっちり自分でフラグを立てているということに。


だけど、今の私はそんなことは露とも思わず、自分が演じるべき役割を思い返していたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ