第9話
祐介は東北新幹線の車中にいた。
きっかけは社長からのメールだった。
『やあ雨谷君。突然だが、仙台へ行ってもらいたい。実は私の知人の宮城さんと会う約束をしていたのだが、どうしても外せない用ができたので、代わりに行ってもらいたい。新幹線のチケットなどは大宮駅で部下が渡してくれるから安心してくれ。広田武蔵』
本当に仕方のない人だが、社長の自分勝手さは今に始まったことじゃないと軽く諦めながら祐介は仙台へ向かった。
みゆきに留守番を任せてあるから大丈夫だと考えつつ、大宮駅に着くと、部下の方が待っていた。
「雨谷様ですね」
「はい」
「こちらをどうぞ。こちらは新幹線の切符、あと、これは招待券です。宮城球場での試合で使えるものです。こちらの紙袋は先方へのお土産です」
と、紙袋と新幹線の切符と宮城球場の招待券を渡された。
新幹線に乗るのは久々である。
グリーン車に乗るのは初だが。
1時間ほどで仙台に到着。
仙台駅に着いたのはいいが、どこに社長の知人がいるのかがわからない。
とりあえず改札を出ると、声をかけられた。
「武蔵のギルドの雨谷さん?」
「はい。そうですが」
「広田社長の知人の宮城です」
この人が宮城さんか。随分と美しい人だな。
「雨谷祐介です。これは社長からのお土産です」
と、先ほど渡された紙袋を渡す。
「まあ、どうもありがとう。ここじゃなんですから、近くの喫茶店にでも行きましょう」
と、近くの喫茶店まで案内された。
喫茶店『ボンドJ』
宮城さんは紅茶を頼んだ。
私はコーヒーを頼む。
改めて見ると、宮城さんは随分と美しい。
私は名前しか知らなかったが、やはり只者では無いだろう。もしかしたら人間とはまた違う種族なのかもしれない。それだけのオーラを感じる。
「あの社長に付き合わされてるあなたも大変でしょう」
「いえ。慣れたものです」
「今さっき、紙袋の中身を見たけど、手紙が入っててね、ふざけたこと書いてあったわ。東京に来いって。まるで人の事情を考えてないんだから。こういう話は直接言わなきゃいけないのに使いをよこすだなんて」
「……」
「まあいいわ。それはそうとして、あなた、動じないタイプかしら?」
「わりとそうですね」
「なら、私が人間でなくても驚かないわね」
さらっと言ってくれやがる。このアマ。
「まあ、人間離れしたやつはたくさん見てきたからこの程度じゃ驚きませんよ」
「じゃあ、話は早いわね。私が世話してる子を宮城球場に呼んであるから、早く行きましょう」
時刻は午後4時を回っていた。
ここで会計を済ませ、宮城球場へ向かう。
宮城球場
ここで会ったのは幼い女の子だった。
「紹介するわ。この子は篠原・クリス・真莉。ああ見えて、私より上よ。実力って意味だけど」
理解できない…
「まあ、理解しろって方が無理ね。あんたそういえばチケットもらってたでしょ」
急に馴れ馴れしいが、招待券をもらってたことを思い出す。
封筒の中には招待券が4枚入っていた。
「じゃあ、これで入りましょ。バックネット裏だなんてあの社長、随分といい席よこすじゃない」
この人についていくのは難しそうだと、祐介は思った。
この日の試合はイーグルスとバファローズの試合。
思えば、数年前のあの事件でパリーグは随分と様変わりした。
マリーンズとホークスの親会社がいきなり球団を手放したため、千葉、福岡の両市が市民球団を結成したが、あくまでもそれは新しい球団保有者が見つかるまでの暫定措置のため、一部市民グループの反発もあった。
18:00
試合が始まった。
勝てば2位浮上のイーグルスと、ここまで3連敗中のバファローズの一戦。
試合は完全な投手戦の中、8回裏1アウト3塁の場面で犠牲フライが出てイーグルスが先制。
結局1-0でイーグルスの勝ち。
イーグルスは試合の無かったファイターズを勝率で上回り2位浮上。
バファローズは4連敗。
「いやあ、いい投手戦でしたね」
「もう遅いけど、泊る所はどうするの?」
「そういえば、決めてませんでした」
「だったら私の落ち着き先にでもいらっしゃい。着替えくらいはあるでしょ?」
祐介が今回の仙台出張を頼まれたとき、泊りになることは想像していたので、着替えを持ってきていた。
そのため、宮城の落ち着き先に泊ることにした。
仙台市某所の武蔵グループの社宅
仙台支社勤務員のための社宅だが、現在は分譲をやめ、仙台支社勤務員優先の賃貸住宅となっている。
「宮城さん。たぶんあなただったら知ってるかもしれないですが、2年前のあの日、一体何があったんですか?」
宮城は少し間を置き、
「そうね。あれからもう2年経ったから、もういいかしらね。あれは何の変哲も無い日のこと。広田社長が急に東京に来てくれって呼び出したの。そして、東京に着いたらとんでもない大物だらけ。戦争でも起こしかねないような雰囲気の中で、私にも命令が下ったの。ある民族を殲滅しろって」
「それって、まさか…」
「そう。今なお続く中国の内戦の泥沼化の一端よ。始祖六家くらい知ってるでしょ」
祐介が知らないわけがない。何しろ裏仕事をやってて知らないならモグリというくらい有名な裏仕事を生業とする一族どもだ。
ちょっかい出して生きて帰ってきたやつらはいないというは有名な話で、そういう話は枚挙に暇がない。
噂によれば、超人の集まりだの、異世界から流れ着いた人外を飼っている、政府や警察庁、公安、自衛隊がそういった裏稼業を実質黙認しているなどいろいろある。
「で、その6つの裏仕事一族が全部動いたわけ。自衛隊の治安維持作戦の裏で、残虐な行為を請け負ったの。要は民兵であって傭兵でもあったのよ」
「まさかタダで請け負ったわけじゃないですよね?」
「分捕りが認められたの。殲滅したところからカネになるものは全部根こそぎ奪っていいことになってて、そのかわり、分捕りできなければビタ一文出ないし、依頼書も領収書も存在しない約束。だから始祖六家の全てが本気になった。それこそ殺し方のオンパレード。ただ、さすがに人外を相手にするのは厳しかった。そこで私たちの出番。ここにいる見た目が完全に幼女のバジリスクも元々は大人の姿で敵だったわけ」
「で、そのバジリスクはどうやって倒したんですか?」
「単純な話。目の見えない人には邪視の能力は効かない。だから剣豪座頭と琵琶法師が倒したの。その後は私の出番。力を奪って封印できればよかったんだけど、力を奪うだけで精一杯。だから、私の管理下にいるわけ」
横を見ると、篠原がほくそ笑んでいる。
「あれはいわばバジリスクの擬人化だからね。人を石にするってよりは、魔眼を見た人間の命を奪うからね。私のような人外でさえ数時間は視野を奪われるよ。でも、こいつと過ごしているうちに思ったんだ、弟子よりも厚い信頼関係を築けるって」
「買いかぶりすぎ」
と、篠原が口を開く。
「あんたらがやったのは半ば政府公認の人殺し、いや、ジェノサイドでしょ。コソボ・クリミア式異民族排除殲滅作戦じゃない。で、あんたは私を殺し損ねた。違う?」
「いや、違うね。本気で殺すなら私は弱ったあなたをマリアナ海溝の底にワープさせてたわ。手と足を縛った上でね」
いつの間にか口論が始まった。
もうついていけそうにないと祐介があきらめかけると…
「それはそうと、話が横道にそれたわね。まとめるとあの3日間で始祖六家すべてが動いて、殲滅作戦の汚れ仕事を請け負った。それで国内で数千人とも数万人とも言われる人間が命を落としたとも行方不明になったともいわれてるけど、実際はもっと死んでるわね。私のほうは手取り自体は少なかったけど、弟子ができたのとバジリスクを手中に収められたのは大きいわね」
「おい、いつから私は戦力になったんだ。私は戦わないって言っただろ」
と、篠原が怒る。
「ちょっといいですか?」
と、祐介が口を挟む。
「どうぞ」
「コソボの殲滅作戦のときは死者数千人で、難民という形で国外脱出を果たしたのは85万人ですよね?その比率で考えたら百万人近い人間が国外逃亡してるはずなのに、何のニュースソースにもひっかからないってのは変じゃないですか?」
「コソボと日本じゃ環境が違うし、そもそも殲滅作戦の時にマスコミがまともに機能すると思う?クリミア半島の事変がいい例よ」
「そりゃそうですけど…」
祐介はこの事件のとき大学にいたため、帰ることができなくなった。
そのため、内乱鎮圧のことを知ったのは自宅に帰ってからであった。
「まあちょっと推理したらわかることよ。さて、昔話はこのくらいにしましょう。私、来週から東京に引っ越すから」
「えっ?!」
祐介と篠原が驚く。
「私もそろそろ東京に戻ろうかなって考えてたところよ。昔は東京の調布に住んでたし」
「いいのか?引っ越しとなると大変だぜ」
と、篠原が言う。
「いいの。引っ越し代は社長に出させるから」
この女、したたかである。
深夜0時過ぎ
祐介は別室で寝ていた。
すると祐介の携帯電話が鳴る。
相手は社長だった。
「どうだった?宮城さんは」
「いい人ですよ。東京に移り住む件、社長が引越し代を出すならOKだそうです」
「そうか。私は今博多にいる。詳しい日取りが決まったら私に連絡してくれと伝えてくれたまえ」
というと電話が切れた。
もう遅いので寝ることにする。
翌朝
朝食の良い匂いで目が覚める。
「おはようございます」
「あら、雨谷くんおはよう。朝食はもう少しでできるから顔を洗って待っててね」
こうして、朝食をいただくことになった。
この日の朝食は
ごはん
味噌汁
卵焼き(ネギ入り)
納豆
焼き魚(サバの塩焼き)
ほうれん草のおひたし
こうして、祐介は美味しい朝食をいただいた。
「泊めていただいたうえに、朝食までごちそうになって、本当にありがとうございました」
「いやいや、いいのよ。人に食事を作ってあげたのは薬師寺奈央っていう女の子が来た時以来かしら」
「薬師寺さんを知ってるんですか?」
「あら、知り合い?」
「大学の同期ですよ。そうか、たまに萩の月や笹かまを持って帰るのは、宮城さんのところに行ってるからか」
「薬師寺さんは私の古い知人の娘でね。その縁で彼女の修行の手伝いをしてるのよ。そういえば、彼女もあの作戦に参加したわ」
さらっと恐ろしいことを言ってのける。
「それはそうと、社長から伝言を預かってます。
「詳しい日取りが決まったら連絡してくれ」だそうです」
「わかったわ。またどこかで会いましょう」
「はい。それではお身体には気をつけて下さい」
そういうと、祐介はタクシーで仙台駅へ向かった。
帰りの新幹線の切符はもらっていなかったが、その代わりに交通費をもらっていた。
交通費は2万円。
さすがにグランクラスで帰る気にはなれなかったので、新幹線の指定席に座って帰ることにした。
14:30
自宅
祐介は自宅に戻って、愕然としていた。
そこには1枚の置き手紙があった。
『ついにバレた。これまでのことのカタをつけに行く。今までありがとう』
「バカが…」
そうつぶやくと、祐介は速やかにこの手紙をコピーし、それをすぐに社長室にファクシミリで送信した。
つづく




