第54話
薬師寺家別宅
奈央は先程地下通路に隠れた3人を呼び戻し、みゆきと忍者とともに卓を囲んでいた。
この忍者、名を望月貴雄という。
彼は甲賀最強と謳われた望月家の末裔である。
薬師寺家は望月家の分家筋で暗殺などの闇仕事を請け負っていたのだが、薬師寺と名乗ったのは実は明治期からである。これは明治期に望月分家の薬師寺家が奈良を本拠にしていたからである。
「奈央ちゃん、久しぶりだな」
「こちらこそ、望月さん」
「小橋川さん、この人は?」
と、みゆきが聞く。
「あれは望月貴雄さん。薬師寺家当主の敏夫様の盟友であり、懐刀である人物です」
と、小橋川が説明する。
「さて、本題に入るが、その前に、小橋川たちは部屋から出てくれないかね。ここからは内密な話だ」
望月がそういうと、小橋川はみゆき、ミシェル、タタリーの3人とともに部屋を出た。
「あの3人、やはり黒靴の会の使い捨てだ。しかし、どこから情報が漏れたのだろうか。姫様がいることを突き止めてやがった」
「望月さん、敵地に乗り込むのはどうでしょう」
「それは、俺も当主も考えた。しかし、手がかり無しで乗り込むのは死にに行くようなもんだ」
「我々は防衛に徹して、他の部隊は補給路を寸断するというのはどうでしょうか」
「戦いが長期化するぞ。それに敵さんは外交官に紛れ込んですでにこの国に乗り込んでるんだ。やはり敵地の部隊を叩くしかない」
その時、内線電話が鳴った。
奈央が受話器を取る。
「今は来客中だぞ。小橋川」
「申し訳ありません。あの4人が着きました。どちらにお通ししたらよろしいですか?」
「まだ待たせておけ」
そういうと、奈央は受話器を置いた。
「どうもすみません」
「来客か」
「はい。お構いなく続けてください」
「いや、結構。この件は本家に持ち帰る。こちらからの指示を待つように」
そういうと、貴雄は去っていった。
この日の夜は、小橋川が鍋料理を振る舞った。
奈央、みゆき、ミシェル、タタリー、宏美、志穂、由紀、弓子、小橋川の9人が思う存分鍋をつつく。
翌々日
薬師寺家別宅
祐介は、社長からの親書を持ってきた。
「社長からの言伝です。「君達には首都ヤナークに乗り込んでもらいたいところだが、残念ながら君達は敵に面が割れている。相手が王国の警察をも手中にしてるなら、おそらく空港で捕縛されるだろう。そこで、相手に顔が割れていない薬師寺学園の特殊作戦部隊の選りすぐりの中から、暗殺部隊を結成して送り込んでほしい。黒靴の会の殲滅のためなら手段は問わない。相手の補給路を断ち、これ以上の継戦を許すな。言っておくがこれは友好的パートナーとの取引の一環であり、金稼ぎではない。準備は一任する。なお、例によって君や君が送り込んだ暗殺部隊の奴らが捕まろうと我々は一切関与しない」とのことです」
と、祐介は親書を広げて読み上げる。
「うちの通訳派遣のほうでもそれとなく探りは入れるが、あまり期待はするな」
と、奈央がいう。
「何か打つ手はないのかね」
と、みゆき。
「そこは、私が考えておく。本家からの返事待ちなんだ」
と、奈央。
「そうですか。ところで、社長からもう1件あります。ミシェルさんとタタリーさんを清瀬のF病院に連れて行きますので、小橋川さんをお借りできませんか」
「構わんよ。どういう要件で病院に連れて行くんだ?」
「胸部X線検査などの精密検査だと聞いております」
数時間後
東京都清瀬市 F病院
清瀬の周辺は昭和初期から昭和40年代まで結核患者の一大療養地だった関係で、今でもその関連の病院が多い。
ヒプリ王国は結核の高蔓延国である。これは貧富の差が激しくそもそも医者にかかるほどのお金を持ち合わせていない貧困層が多いことや、医療体制が後進国レベルであることが大きな問題であることに加え、医科大学が全土に2しかないことによる医師不足、高度な医療を提供できる病院が1つしかないという技術的制約が大きな原因である。
結核感染者の約9割は一生発病しないのだが、広田社長の勧めもあって、念のため胸部X線検査などの精密検査を行うこととした。むろん、ミシェルもタタリーもである。
「こちら小橋川。ミシェルとタタリーを病院に送りました」
「ご苦労。引き続き、監視を頼む」
「わかりました」
「ミシェルとタタリーさんは大丈夫なんですかね?」
と、小橋川が祐介にきく。
「ヒプリ王国は結核の高蔓延国です。それに、日本でも結核は過去の病気ではなく、「再興感染症」として再び注目されてます。日本の結核罹患率は2018年の段階で約8000人に1人、人口10万人当たりで12.3と、先進諸国に比べてかなり大きいんですよ」
「そんなに」
「とはいえ、結核感染者の約9割は一生発病しないんだが、タタリーさんはもうとっくに初老を超えている。社長も用心深い人だからな」
その頃
診察室にて。
ミシェルとタタリーは検査結果が出るのを待っていた。
「やっぱり、ヒプリ王国では庶民にはここまでの医療は受けられませんな」
「ああ。医療については格差が大きすぎる。貧民は医者にかかれても薬代が払えなかったりして野垂れ死ぬのも少なくない」
「国民皆保険制度、うらやましい限りですぞ」
「医療を日本並みにするのは兄貴たちの仕事。私には私にできることをやらなければならない」
それから20分後
ミシェルとタタリーの検査結果に異常はなかった。
検査を終えて、病院を出ようとした祐介に大将から電話がかかってきた。
「はい雨谷でございます」
「祐介か、今どこにいるんだ?」
「清瀬のF病院です。これから薬師寺家別宅に戻るところです」
「わかった。とりあえず別宅で落ち合おう。話はそれからだ」
「どうしたんです?」
「大将からです。別宅に向かうので別宅で落ち合おうとのことです」
「そうですか、わかりました」
ふと、小橋川が駐車場のほうを向く。
「どうしたんです?」
「さっき、私たちの車を尾行していた連中です」
「捕まえますか?」
「心配しなくても、先ほど別動隊に連絡しておきました。後の始末は…」
その時、銃声とともに、2人の男が倒れた。
「銃撃だ、伏せろ!」
と、紫原が叫ぶ。
「紫原さん」
「なんだ、雨谷か。話はあとだ、俺は狙撃犯を追う」
そういうと、紫原は覆面パトカーに乗り、逃亡犯の車を追った。
撃たれた男のもとに駆け寄ると、刑事が一人いた。
「ちきしょう…あの女…俺達を裏切りやがった…」
「女は誰だ!言え!」
「坂田…よ…し…え…」
「坂田芳江だな!」
「あ…ああ…」
銃撃された男はこと切れた。
その後、事情聴取のため祐介ら4人は東村山警察署に向かうこととなった。
警察署での事情聴取には、乙坂がいた。
「君って、こういう事件に巻き込まれがちだよね」
「言いたくないことは言わなくていい権利を持ち合わせているはずですが?乙坂殿?」
「フン。相変わらず口が減らないんだから」
「弁護士を呼びますよ」
「だからこうして捜査に協力してもらっているわけじゃないですか」
「さっきも話した通り、ミシェルとタタリーの検査が終わって戻ろうとしたときに、病院への道中に尾行していたやつに小橋川が気がついて、別動隊に連絡を取ろうとしたらその男2人が急に撃たれたって」
「撃ったやつは見たの?」
「見てません。ですが、車なら見ました。シルバーのアウディで世田谷ナンバー。紫原さんが黒パトで追って行ったから、逮捕は時間の問題でしょうね。まかれなければ」
こうして、事情聴取を終えた祐介ら4人は別宅に戻ることにした。
そんな中、大将から祐介にメールが入った。
「話は小橋川から聞いた。災難だったな。別宅で待ってる。 大将」
「こりゃ、大将に酒を買ってやらんとな」
ミシェルらを乗せた車は、夜のとばりへと消えていった。
つづく
注:日本の結核罹患率の部分については結核予防会などの公的な機関の啓発資料等を参考にしています。
また、日本の結核罹患率ですが、2020年段階では人口10万人あたり10.1と「中まん延国」であり、12,739人の患者が報告されています。
(参考資料:結核予防会公式ホームページ)
次回もお楽しみに。
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