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レイン・シャーク  作者: 西武球場亭内野指定席
第4章
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第50話

祐介と大将は神宮球場の一塁側内野指定席の上段席でプロ野球の試合を観戦していた。


「ところで、祐介」

大将が口を開く。

「なんでしょう?」

「お前もずいぶんと大変な依頼を背負いやがって」

「大将ほどじゃありませんよ。鬼を一刀両断したり、仕置人をやったりなんて私にはできませんよ」

「お前のようなはたから見たら怠惰なチキン野郎にしか見えないやつが、急にうちの案件に関わるような依頼を受けるようになった。あの同居人のためか?」

大将が罵りつつも少しだけ羨ましそうな顔をする。


「みゆきが勝手に首突っ込んだりするし、社長が依頼を渡したりするんですよ。それに、社長には大恩がある」

「だから関わるようになったか。お前らしくもない」

「ただし、危ない橋は渡りませんよ。命あっての物種ですから」

祐介は表情を変えずにいう。


「お前は少年特殊部隊でも成績がよかったのに逃げ出すように薬師寺家の特殊部隊への道を断り、お前の親共々()になる道を選びやがって。しかし、ひょんなことから殺し屋の命を救っちまってかりそめの同居生活。そして嘘から始まる恋物語か。まるで二束三文の小説だな」

大将が長々と説教を垂れる。

「事実は小説よりも奇なりですよ」

「まったく。それと、お嬢もずいぶんと無茶を言ってきやがった。詳細は後日報告書にしてお前の家に送りつけてやる」


大将はそう言いながら、スワローズの選手のファインプレーに拍手を送っていた。

レフトのライン際に滑り込んでのダイビングキャッチに、多くのファンが歓声をあげて拍手をしていた。


「それはそうと祐介、敵の尻尾は掴めたのか?」

「掴めてないです。何か突破口があればいいんですが、相手は任務に失敗した殺し屋を次々と殺してる。警察庁情報調査局は秘密にしてるが、本当はお手上げだろうな」

「あの警察官僚の女じゃまだまだ荷が重いだろうよ。何の技も無いんだから」


「私に何か用?」

乙坂が背後から祐介の肩を軽く叩く。

「で…出た。バーサク鬼姫!」

祐介がびっくりしながらいう。

「誰がバーサク鬼姫よ」

乙坂は憤慨する。

「相変わらずだな。バーサク鬼姫」

と、大将が乙坂をなじる。

「相変わらずへらず口を叩くわね、大将」

乙坂は大将の方を向いて言った。


「大将、乙坂と知り合いなんですか?」

と、祐介は大将に聞く。

「ああ、高校の頃の1つ下の後輩だ。ボクシング部のマネージャーだったんだ」

「先輩が卒業後に姿くらましてたのは知ってたけど、薬師寺家にいたとはね」

「メキシコで武者修行してたところをお嬢にスカウトされてな。ボコボコにされちまったけど、あれで薬師寺家に加わることになったんだわ。本当は向こうでルチャ・リブレの選手としてデビューするつもりだったんだけどな」

「先輩が薬師寺家の戦闘員だって知った時には驚きましたよ」

「俺だっててめえが警察庁情報調査局の幹部候補って知った時にはびっくりしたぜ」

「で、警察庁情報調査局の悪口は楽しかった?返答次第によってはあんたらは消される側に回るわよ」

と、乙坂が2人を睨みつける。


「だったらこんなところで油売ってないでとっととあの王女の命を狙う連中を逮捕したらどうですか?薬師寺家の連中は、薬師寺さんのために命かけてるんですよ。あんたらは諸田家の私兵以前に公僕でしょうが。国民が1人でも奴らの巻き添えになって犠牲になったら誰が責任取れるんですか?」

祐介は乙坂を強い口調でなじった。

「私も警察官よ。何もしてないって訳じゃないよ。今回の相手は警察も手を焼いてる。手がかりになりうる人物が銃撃戦の時に突然燃えたのよ」

「おい、どういうことだ」

大将が食い気味に乙坂に説明を求める。

「あんたらは薬師寺家の人間だから、守秘義務は守れるだろう。大きな声じゃ言えないが、最初は相手が自爆したものだと思ったんだけど、捜査の結果、自爆はあり得ないってことになった」

乙坂は表情を変えることなく言った。

「おいおいそれって…」

祐介が震え上がる。

「そう。私も目を疑ったけど、火の気もガソリンなどの可燃性物質も爆弾もないところで人間が突然発火するなんて、そんなもんレーザー攻撃か魔術でなければ有り得ない。私としては前者の方を信じたかったけどね…」

乙坂は悔しさを滲ませながらいう。

「つまり、警察庁情報調査局では手に負えない事案になったってことか。あの王女の事案は」

と、大将がいう。

「お恥ずかしい話だよ。私らもやるだけのことはやってるが、ヒプリ王国の現政権が噛んでるってなると、最悪の場合外交特権を発動されて逮捕不能だわ」

乙坂は何もかも諦めたかのような口調でいう。


「それがどうした。そしたらペルソナ・ノン・グラータを発動すりゃいいじゃねえか」

ペルソナ・ノン・グラータとは接受国からの要求に基づき、その国に駐在する外交官として入国できない者や外交使節団から離任する義務を負った外交官を指す外交用語。国外退去処分と表現されることもある。


「祐介、少しは考えろ。依頼に失敗した殺し屋を次々と殺してまで証拠を消すほど用意周到な連中が、証拠を残すと思うか?」

大将が祐介をなだめる。


「じゃあまともな手段はもうねえな。そしたら始祖六家が連携して奴らを追い詰めるしかないんじゃないの?利害衝突は覚悟の上で」

「簡単に言うね、雨谷」

「雲をつかむような話だからという理由で依頼人を見捨てるような組織なら最初からミシェルが頼むと思うか?」

と、祐介がいう。

「そうだよ。薬師寺家が依頼人見捨てるようなら世界中の笑い物だよ。諸田家は世界中の笑い物になるってか?」

大将は乙坂のほうを見ながらいう。

「警察庁情報調査局は諸田家の私兵だの諸田CIAだの言われてるとはいえ公僕よ。そこを忘れちゃいけない」

乙坂は大将と祐介を諌める。



それから2時間後。

神宮球場から信濃町駅に向かう通りにて。

「あーあ、スワローズ負けちゃったな」

と、大将。

「仕方ないでしょ。7回の満塁のチャンスを無駄にしちまったんだから。あの女もいつのまにか帰っちまったし」

と、祐介。

「まあ仕方ねえわな。これから飲みに行くか?」

と、大将が飲みに誘う。

「いや。コレが待ってるんで」

と、祐介は小指を上げて帰るそぶりをする。

「そうか。悪かったな」

「いや、気にしないでください。今日は楽しかったですから」

「じゃあ俺1人で家で飲むわ」


こうして大将と祐介は電車内でも談笑をしつつ、新宿駅で別れた。




つづく

ついに50話に到達しました。


これも応援するみなさまのおかげです。


思い起こせば2015年から始まったこの作品、元々遅筆なのに数回の長期休載、私事で月1回目標を守れないなどいろいろあって、50話に辿り着くまで7年以上かかりました。本来なら90話くらいまで辿り着いてなければならないし、なんならダンジョンを無かったこと同然にするなど方向転換もありましたが、全ては私の未熟さが招いたことです。

今後ともご愛顧いただけると幸いです。

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