第49話
雨谷の自宅
自宅前では奈央が待っていた。
「さて、昨日ちょっと話したが、広島から帰る新幹線の車内で薬師寺さんに連絡をした。ミシェルのガードのため、無理を言って変装術の先生に弟子入りすることになった」
と、祐介がいう。
「まあ、この祐介だけの頼みなら断るところだが、社長や親父がいいと言ってくれたし、宮田先生も暇してるから問題はないよ」
奈央は笑って応えた。
「宮田先生ってのは、変装術の先生だ。俺も昔手ほどきを受けたよ」
と、祐介。
その後、奈央、祐介、みゆき、ミシェルの4人は黒塗りの高級セダンに乗って宮田先生のもとへと向かった。もちろん、黒塗りの高級セダンの運転手はいつもの童顔の女(27歳。第22話参照)だった。
「ユズ達から聞いたわよ。あんた、富岡海運の保険金詐欺事件にたどり着いてしまったんでしょ」
と、奈央が祐介に話しかける。
「ああ。本当は別件で…」
その瞬間、祐介は喋るのをやめた。
「どうしたの?」
「いや。社長もずいぶんと食わせ物だし、部下を使うのがうますぎるなって。いくらなんでもたまたまが重なりすぎだ」
「あら。いいんじゃないの。こういう偶然も」
「冗談じゃない。俺だって命を狙われてるんだ」
「幼少の頃から薬師寺家に関わってきた人間の宿命よ。諦めなさい」
1時間後。
車は屋敷の前に止まった。
少なくとも150坪はある屋敷である。
「ここよ」
奈央がそういうと、インターホンを鳴らす。
応答してから1分後、見た目50歳くらいの男性が現れた。
「宮田先生、お久しぶりです」
「おお、お嬢に雨谷くん、久しぶりだな。そこの女の子2人は?」
「山本みゆきとミシェルです」
奈央が横の2人を紹介する。
「山本みゆきです、よろしく」
みゆきは軽く頭を下げた。
「ミシェルです。よろしく」
ミシェルも軽く頭を下げた。
「そうか。話はお嬢から聞いとるよ。変装術の弟子入りだそうだな」
「そうです」
「他ならぬお嬢の頼みだ。断るわけにはいかん。ただ、変装術は一朝一夕ではないぞ。まずは、わしの弟子から基礎を学ぶこと。基礎、応用、実践の順だからな。基礎の講師を呼ぶからそこで待ってなさい」
そういうと、宮田はみゆきとミシェルを部屋に通す。
「では、私たちはこれで」
奈央と祐介は帰ることにした。
「ありゃ、もう帰るのか」
「こちらでもいろいろありましてね。あとのことはよろしくお願いします」
「わかった。困った時は自分一人で解決しようとするなよ。わしらもついてるんだからな」
「お心遣い感謝します」
奈央がそういうと、祐介とともに車に戻った。
車中にて。
「お前、残らなくてよかったのかよ」
と、奈央が聞く。
「私も忙しいですから。それにミシェルにはみゆきがついてます。何かあってもみゆきなら対処できるでしょう。それに、薬師寺さんはずいぶんといい部下をお持ちのようで」
と、祐介がいう。
「相変わらず口だけはうまいんだな。お前は。おだてたって何も出ないぞ」
と、奈央が軽く笑う。
「おだててはいないよ。それはそうと、私はこれから新宿に行くんだ。どこか近くの駅にでも降ろしてくれないかな」
「はいよ。八王子駅でいいだろ」
「助かります。おっと、電話だ」
そういうと、祐介は電話を取る。
「はい、雨谷です」
「久しぶりだな、祐介。今日の夕方、神宮球場で野球を見ないか?」
電話の相手は大将だった。本名は黒田憲弘。
親分肌の戦闘員で、多くの人からの信頼が厚い人物。
別名を鬼殺しの大将という。
「いいですよ。このあと、新宿に行って注文していたスーツを受け取りに行くところなんです。何時に合流しますか?」
「じゃあ午後6時前に1塁側の3番入口のところに来てくれ。お前のことだからどうせ試合開始に間に合わせるだろう。着いたら連絡してくれや」
そういうと、大将は通話を終えた。
「誰から?」
奈央は、祐介にきく。
「大将」
祐介は素っ気無くいう。
「あの野球バカか。どうせ野球の誘いだろ。ちょっと待ってろ」
そういうと、奈央は何かの文章を書き始める。
書き終えたらそれを折り紙にして祐介に渡した。
「祐介、こいつを大将に渡してくれ」
奈央が祐介に折り紙を渡す。
「わかりました」
何が書かれているかは見ないほうがいい。祐介はそう思いながら、財布の札入れにそっと折り紙をしまった。
八王子駅
奈央が祐介を車から降ろすとすぐに車に乗って去ってしまった。
祐介はまず新宿に行き、スーツを受け取ることにした。
その頃
「ユウスケも帰っちゃったね」
「そうだね」
「まさか泊まり込みとは思わなかったね」
「だから奈央さんが着替えを持って来いって言ったのか。用意周到だこと」
「ミシェルに山本、無駄口を叩く前に手を動かせ」
変装術基礎の講師が注意を与える。
メイクも変装術の基礎の基礎である。
17時30分
明治神宮野球場1塁側3番入口
「祐介、ここだ」
大将が祐介を呼び止める。
「大将。いつ着いたんですか?」
「ついさっきだ。その袋は?」
「スーツですよ。あと、奈央さんが大将にって」
そういうと、祐介は財布の中から折り紙を渡す。
大将は無言で折り紙を広げる。
しばらくして…
「さあ、そろそろ入ろうじゃないか。試合開始前は混むからね」
つづく
次回もお楽しみに。




