第44話
翌日
東邦病院正面玄関
すっかり回復した祐介を待っていたのは、みゆきだった。
「お勤め、ご苦労様です」
「冗談に聞こえないぞ」
「いいじゃないの。それから、ナオから伝言を預かってる。センチュリーに乗っていつものところに来いって」
「わかった。とりあえず行こうじゃないの。別宅に」
薬師寺家別宅
門前には奈央と小橋川がいた。
「お勤めご苦労だったな」
「もう、薬師寺さんまで。冗談がきついですよ。それから、車の件、すみませんでした」
「車については気にするな。こうなることも想定の範囲内だ」
「その後、何か掴めたんですか?」
「調査中だ、しばらく待て」
その言葉に、祐介は何かを察した。
そして…
「わかりました。俺をコケにした連中に嫌がらせをしてやりたいので、協力させてください」
「嫌がらせで済ませるのか?」
「手を下すのはみゆきがやると言ってます。それに昔から泣きっ面に蜂というでしょ」
「お前ってのは昔からひでえことばかり言うな。わかった。命を取るのはこっちの仕事だ。こちらの指示を待て」
「かしこまりました」
話が終わると、祐介とみゆきは帰途につく。
「ねえ。なんで頑なに人殺しを拒むの?ユウスケも薬師寺家の事実上の構成員なんでしょ?」
「何度も言っただろ?俺は外部嘱託だから薬師寺家の人間にあらずって。それに、約束したからだよ」
「誰と?」
「昔薬師寺家一の人斬りと言われた、大番頭の松本さんに」
「マツモトって、あの人斬り松本か」
「知ってるなら話は早い。かつて1晩でヤクザ300人を始末したなどの伝説を残し、世界的にも名の知れた仕置人だよ。もっとも、松本ってのが本名かすら怪しいけどね」
「どういうこと?」
「あの人はどこからともなく現れ、どこからともなく消えていく。まるで忍者のようだった。そして死んだことさえも最初は薬師寺家の幹部すら把握してなかったくらいだ」
「死してなお利用価値のあるアサシンはなかなかお目にかかれないわ」
2日後
武蔵ホールディングス本社ビル
地下1階第3会議室
そこには、祐介、みゆき、奈央、小橋川、ミシェルとミシェルの執事がいた。
「珍しいな。お前から私たちに声をかけるとは」
と、奈央。
「これはあくまでもミシェルの依頼です。この件、俺の私怨もあるけど、社長がいいよと言わなきゃやりませんよ。今回のことは、ミシェルの恨みを晴らすことと、俺をコケにしたふざけた組織の壊滅のために動きます」
と、祐介。
「ハニーを殺そうとした奴らは許せない。皆殺しにしてやる。たとえ便所の中に隠れていようと殺してやる」
と、みゆき。
「じゃあ、本題に入ろう。今回のご依頼、ミシェルは自分で作ったブランドの粗利の1割を15年間払うと言ってます。担保は、イエローダイヤモンド、それも、カナリー・イエローです」
「(何ッ!)」
小橋川や奈央が驚いたのも無理はない。
一般的に低級とみなされるイエローダイヤモンドでも、カナリー・イエローなどの綺麗な黄色であれば価値が高い。
例えば「ファンシー・ビビッド・イエロー」の鑑定書を付けたダイヤは2011年11月、ジュネーブで行なわれた競売において、1000万スイス・フラン(当時のレートで約8億4000万円)で落札された。
「これは彼女自身が土地などさして担保にならないことを知ってのことだ。彼女は祖国を守りたい。だが、祖国で内戦が起これば、産出するダイヤモンドが「紛争ダイヤモンド」と定義され、取引の対象外になることを憂いている」
と、祐介がいう。さらに祐介は
「彼女は、祖国が王政を廃止して立憲君主制、共和制へと移行していくことを強く望んでいる。この事件の解決のあかつきには薬師寺家にも、武蔵グループにも大きなメリットにもなる」
といった。
「そのメリットってのは、なんだ?」
と、奈央。
「それは、独占ですわ」
とミシェルが言う。
「ほう。独占ね。具体的には?」
「今度の祖国のクーデターで、王政が崩壊し、私の傀儡政権が誕生した暁には、公共事業のODAを日本に依頼する。次に、祖国の国有鉄道の電化工事および複線化工事、信号・保安設備の更新工事の共同企業体に武蔵グループを参与させます。そして、祖国の宝石類の輸入を武蔵商事に独占させます」
ミシェルは自信満々に言う。
「だから、あの社長が納得したわけね。でも、ここまでの話には、うちのメリットがない」
と、奈央が言う。
「ご安心ください。成功報酬でしたら、私が責任をもって払わせますわ」
と、ミシェル。
「安い仕事は請け負わないよ」
「億の単位のカネを動かすと言ったら?」
それを聞いて奈央は少し黙った。
そして…
「負けたよ。だが、うちはメンツで動いているんだ。見くびった額なら、許さんぞ。それからもうひとつ」
「なんですの?」
「そのブランド、必ず成功するんだよな?」
「もちろんです。もっとも、そのためには武蔵グループと、あなたがたの協力が不可欠ですが」
その時、ドアが叩かれた。
「入れ」
「失礼します」
「なんだ、九郎じゃないか。どうした」
「主がお呼びでございます」
「そうか。わかった。というわけだ、回答はYESだ。私はこれで。小橋川、あとは頼むぞ」
そういうと、奈央と九郎は部屋から出て行った。
「ユウスケ、今の人誰?」
「九郎っていう、敏夫さんに仕えるものだ。かなりの切れ者だよ」
「見た目はそうは見えなかったけど」
「人は見かけによらないものだ。ですよね。小橋川さん」
「はい」
と、小橋川が言う。
「それに、九郎さんは松本さんの盟友だ。実力は小橋川さんも知ってるよ」
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「しかし、この国の司法警察はめちゃくちゃだな」
「警察庁情報調査局、警察とは言ったものの、これじゃ人殺しの集まりだ。殲滅作戦の後に何百人殺したんだか」
「さらに始祖六家という殺し屋集団もいる。日本が平和なわけだ」
「ああ、人知れず悪人が死んでいくからな。俺は降りるよ。こんな国に関わったら命が何個あっても足りねえ」
「それにしても、たかが娘っ子1人に何人送り込む気だ?あの組織は」
「わからねえよ」
「だが、もう事態は取り返しのつかないところまで進んだ。娘っ子1人の暗殺に成功するか、組織が始祖六家にやられるか」
「おそらく雇われた連中もパクられるか殺されるかだ」
「どうなるかね」
つづく
次回の更新は年明けとなります。
読者の皆様、2021年も当作品をご愛顧いただき誠にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。




