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レイン・シャーク  作者: 西武球場亭内野指定席
第3章
36/61

第35話

〜〜〜〜〜〜

これは、反社会的勢力の殲滅作戦が行われるよりも昔の話。

ある1人の昔気質のヤクザが、薬師寺家の門を叩いた。

その男、名を根本勇と言った。

80を過ぎたご老体ながらも、迫力は本物だった。

「よっ。若。元気にしてたか?」

「これは勇さん。お久しぶりです」

「辰っつぁんは留守か?」

「先代は今は糸の切れたタコのようにどこへやらです」

「そうか。辰っつぁんと話がしたかったんだがな」

勇は残念そうな顔をする。

すると、

「よっ。懐かしい顔だな」

先代当主の辰雄が入ってきた。

「辰っつあん」

「オヤジ、いつ帰ってきたんだ」

「ついさっきだ」

「辰っつあん、何年振りだろうか」

「そうだなぁ。もう10年以上会ってなかったからなぁ。ワシがせがれに仕事譲ってからは会ってないと思うよ」

「そうですか。俺がしばらく顔出さんうちに、薬師寺家も世代交代ですか。で、若のカミさん元気か?」

「今は別居中です。息子2人を連れて今じゃ教育ママですよ」

「おめえ娘いただろ?娘はどうした?」

「娘は甲賀の学校で寮住まいですよ」

「まだ中学生だろ?中坊1人で寄宿舎暮らしか」

「次期当主としてやらせるためにあの学校に入れただけですよ。息子のどちらかに継がせたらお家騒動になるし、そもそもどちらも適正に欠けます」

「なるほどな。おめえらも大変だな」


「で、話ってなんだ。勇」

辰雄が口を挟む。

「おっと、そうだったな。実はな、あんたら薬師寺家に頼みたいことがあるんだ」

「何だ?俺らにできることなら、なんでも相談に乗るぞ」

「うちの組員の身元を引き受けてほしい」

それを聞いて、2人は一瞬黙った。


「勇、何があった」

「近く、自衛隊が反社会的勢力を殲滅するという噂が流れてる。俺らヤクザも何もかもだ」

「勇、それはどこで聞いた?」

「言わなきゃ、いけないか?」

「薬師寺家が、どういう組織か知ってるよな」

辰雄がいう。

「それはわかってる。しかし、情報源は秘匿してくれという約束でそのネタを掴んだんだ。もし、俺が話せば、あいつは殺される」

と、勇がいう。

「そうか。なら風の噂ということにしてやる。勇、お前の聞いた情報、半分は当たりだ。反社会的勢力の殲滅は、国際連合安全保障理事会でまもなく決議される。表向きはテロ対策だ。いくら人権派や常任理事国とはいえ明確に反対もできまい」

「そのテロリストにヤクザが入るのは本当か?」

「おそらく間違いないだろう」

「やはりか」

「お前1人くらいなら匿うこともできなくはないが、それは始祖六家の掟に反する。しかし、ヤクザから足を洗ったカタギとしての俺の仲間なら多少は見逃してくれる」

「どういうことだ?」

「お前が組を解散し、組員全員をうちの軍門に下らせればいい」

勇は、少し黙って話を聞いた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「あの人間の出来損ないどもを引き取ってくれるなら、組の一つや二つ、惜しくはないよ」

「それじゃ、条件を飲むってことだな」

「そうだ」

「しかし、うちの軍門に下るってことは、あんたの子分全員にうちのカリキュラムをやらせるってことですよ」

敏夫が口を挟む。

「わかってる」

「最悪、命を落とすことになりますよ」

「それも覚悟だ。黙ってたら殺されるってなら、0.1%でも命が保障される方に賭けたほうがいい。それに、反社会的勢力の殲滅が始まったらムショにいても殺されるんだろ?」

「あなたはどうするんですか?」

「俺は、辰雄についていく。それから、最後に頼みを聞いてほしい。ワシには今度の4月に7歳になる孫娘がいる。名前は由紀って言うんだ。ワシが死んだらこの子はひとりぼっちだ。今はワシの妹に預けてるが、妹も歳だから、孫娘の落ち着き先を与えてくれんか?」

「わかりました。甲賀の学校にでも入れてあげましょう。不自由はさせませんよ」

「ありがたい。助かる。由紀には両親がいないんだ。2人とも早死にしちまってな。あの子がまだ4歳の時だ。ワシもかわいそうになって、妹と義理の弟で面倒見てるのをたまに手伝いに行ってるんだが、両方とも命の時間はあまりなさそうなんでな」


その会話から15年も経たないうちに、ヤクザやその他の反社会的勢力を対象としたエクスターミネート・オペレーションが行われた。

ヤクザや反グレの命が簡単に消え、沢山の反社会的勢力が死に絶えた。

それが始まった日、勇はスーパーで買い物をしていた最中に急に胸が苦しくなり、近くにいた人の119番通報により病院へ救急搬送された。

入院してから2日ほど経った時には、医者の目を盗んでタバコを吸うほどには回復したが、その夜、彼は静かに息を引き取った。

全てを隠すために、最後まで自分の組の組員の居場所は言わなかった。

なお、由紀はのちに甲賀で仲間になった3人の少女とともに、大変なことに巻き込まれるのだが、それはまた別のお話。


しかし、勇が命をかけて守った組員たちも、そのほとんどがカリキュラムで命を落とし、生き残った組員も名もなきゲリラ戦闘員として国外逃亡者殺害任務に赴いたが、海外の武装勢力との戦闘により全員が死亡した。


〜〜〜〜〜〜

朝7時

水野は祐介を呼びつけた。

「雨谷、ちょっと付き合え」

「何ですか藪から棒に」

「いいから。何も聞かずに付き合え」

「でも明日仕事なんですよ」

「社長には3日ほど借りると言ってある。社長も了解済みだ」


そんなこんなで、2人は東京駅から博多行きの新幹線に乗ることになった。

9時9分

のぞみ19号博多行は東京駅を発車した。

3人掛けの席の窓側に水野が座り、祐介は通路側に座った。


列車が新大阪を過ぎたあたりで、祐介が水野を問いただした。

「そろそろ話してくれてもいいんじゃないですか?どうして俺を福岡まで連れていくのかを」

水野は一呼吸おいてから、語り始めた。

「そうね。強いて言えば、あなたが信用できて口が固いからね。我々サキュバスは生かさず殺さず人の精気を吸うことで種族の生存を保ってきた。だから私の許可を得ない人殺しはご法度なのよ」

「たとえ、悪人でもですか?」

「その通り。私だってサキュバスの端くれ。悪人を殺す時にサキュバスの力を使うのは本当は嫌なんだが、薬師寺家には返しても返しきれないほどの恩があるし、花街の警備は私たちだけじゃ手が回らないから手伝ってもらってる。だからサキュバスの力を用いた殺しは私や私の腹心の部下がやることになってるんだ。ところが、福岡の中洲の路地裏に枯れた男の死体が出たんだ。不自然な死体だったから、警察庁情報調査局が福岡県警から死体を回収しちまった。私の見立てじゃ、ありゃはぐれサキュバスの犯行だ。このままだと、次に狙われる奴が出る可能性がある。そのために大阪の薬師寺ファミリーの傘下団体の連中を送り込んだんだ」

「福岡の連中じゃダメなんですか?」

「福岡の連中だと万一そのサキュバスが福岡を根城にしてたら警戒されて隠れられちまう」

「泳がせ作戦ですか」

「そうだ」

「ですが、一般人じゃサキュバスには勝てませんよ。どうすれば」

「こんなこともあろうかと思って、奴ら全員の服や爪に発信機をつけさせてある。女が誘ってきても必ず断れと言ってある」

「爪の発信機ってどうやってやるんですか?」

「発信ペイントだよ。足の爪に特殊な塗料を塗り、それで昨日から全員に天神界隈を歩かせてる」

「なるほど。それでもし断らなければ?」

「その女がサキュバスってことだ。もしその女がサキュバスじゃなければ男はお仕置きだ。鉄拳制裁だよ。それにうちのサキュバスにはしばらく同伴出勤を禁じてる。夕方5時以降店から出るなんてことはまずない」


新幹線が広島を出発すると、水野の席の横に女が座ってきた。

身の丈は165cm前後。

スーツ姿で首には肩こり防止のマグネループをつけていた。

後から聞いた話では、サキュバスの中には血の巡りの悪い者や肩こりに悩むものも多いらしい。

しかもそのマグネループが割と相性が良いらしく、サキュバスの中では大好評なんだとか。


「これが私の腹心の部下の原嶋だ」

「よろしく」

「今は広島の流川という歓楽街で元締めをしているが、昔は薬師寺家の特殊部隊に参加してたほどのアサシンだ」

「で、話とは?」

そういうと、水野は原嶋にことの顛末(てんまつ)を説明する。

「なるほど。で、なぜ雨谷祐介を連れてきたんですか?」

「それは、後で説明する」

「原嶋さん、なんで俺の名前を知ってるんですか?」

「あんたの会社の社長が教えたんだよ」

「(社長また余計なことを)」


「ところで、わたしがなんでこの事件で動かなきゃいけないと思う?一つの不祥事が花街全体のイメージダウンになるからよ」

水野は祐介に向けて語り出す。

「私は始祖六家すべてにつながりがあるの。日本全国の花街を支配したとき、国税を支配する榎本家からこう言われたのよ。


「あなたが何をしようと、花街全ての店の納税率を上げてくれれば、私は一切口を挟まない」


ってね。風俗店は現金商売が基本で領収書がまず出ないから脱税の温床だった。そのために始祖六家と私が動いたの。ちゃんと納税しない奴らを見せしめとして仕置したわ。そこからみんな真面目に納税するようになった。弱い立場の女を教育して税理士や公認会計士にするための学校も作った。だからこそ、私のナワバリの花街で勝手なことをされたくないのよ。わかる?」

祐介は黙って聞いていた。

「それに、私はもう仲間が死ぬところなんか見たくないの。サキュバスは繁殖が難しくて、子供を作れるのなんてほとんどいない。だから私はサキュバスをすべて花街か私が営む、女の逃げ場たるシェルターで管理することにしたのよ。サキュバスには我慢を教えなきゃならないし、私だってそれは同じ。なにせ、いくら性欲の強い男でもそのほとんどは口ほどにもない」

「水野様、話はそのくらいにしましょう。もうしばらくで博多に着きます」

と、原嶋がいう。

「そうか。原嶋、博多駅で降りたら先に天神のいつもの店に行きなさい」

「かしこまりました」

「雨谷くんは、私と一緒に行動。ホテルムサシ博多口店がしばらく本拠地になるから」


それから数分後の14時6分。

新幹線は終着駅の博多に到着。

原嶋は先に天神に向かった。


「私たちは一旦ホテルに向かいましょう。仲間は多い方がいい」

そういうと2人はホテルへと向かった。

そして、ホテルのロビーに着くと、見知った顔の2人が待っていた。

薬師寺奈央と、小橋川マヤだった。


「雨谷。なんでいるんじゃ?」

と、奈央がいう。

「薬師寺さんこそ。水野さん、これは一体どういうことですか?」

「言ったでしょ?仲間の数は多いほうがいいって」

「(多いほうがいいってのはわかるけど、まさか最高幹部を連れてくるとは)」

祐介は声も出なかった。

「まあ、いいじゃないですか。人数が多い方が、事件解決にもつながりますし」

と、小橋川がいう。

「よし、じゃあ夜になったら行動開始だ」

と、奈央。

「(やれやれ、こりゃ大変なことになりそうだ)」

こうして、水野たちは、日暮れを待って夜の天神へ向かうのだった。



つづく

新幹線の時刻表は2021年2月現在のものを参考にしました。


次回更新は未定です。


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