第32話
前回までのあらすじ
大蜘蛛様に会いに行くため、薬師寺奈央ら5人は玉藻を拉致して駒ヶ根へと向かった。深夜帯の到着ということもあり、万一会えなかった場合に備え、あらかじめ現地の宿に先発隊を送り込んでいた。
山本みゆきとマリ篠原だった。
しかし、互いに口数が少ないため、会話はほとんどなかった。
23:05
現地の宿に祐介らが到着。
「来たか。遅すぎるぞ」
「これからちょっと、山奥に行くぞ」
ここでは玉藻が留守番。
篠原、みゆき、奈央、宮城、祐介、小橋川、水野の7人が乗った7人乗りの車は、少々狭く感じた。
15分ばかり運転して、山の麓の駐車場に着く。
山の麓の駐車場に車を止めたあと、7人は、登山道を歩き、山の奥深くへと進んでいった。
それから数分後。
「貴様ら、何者だ?」
漆黒の魔女装束に身を包んだ女が現れた。
これが大蜘蛛様だというらしい。
「大蜘蛛様でございますか?私、広田社長の名代でございます」
祐介が大蜘蛛様に話しかける。
「ふん。わざわざ遠いところご苦労。で、あの社長が姿を現さないとは、いったいどうしたんだ?」
「社長はご多忙を極めておりますので、私たちが代理でまいりました」
「ただ体よく面倒ごとを押し付けられたようにしか見えないけどね。私は大蜘蛛様とは呼ばれてるけど、本当は蜘蛛の魔女なのよ」
「あの、もう何が何やら」
「あなたたちも大変な目に遭ったわね。オートマタ事件に巻き込まれて、おまけにヴァンパイアまで一枚噛んでた。で、ヴァンパイアは捕らえたんでしょ?水野さん?」
大蜘蛛様は水野の方を向く。
「そこまで知ってれば話は早いですよ。今はうちの施設で尋問中ですよ。口を割らないんで牢屋に閉じ込めてますけど」
「そう。ところで、薬師寺家の次期当主までよこして私に会いに来たとは、どういう風の吹き回しかしら」
「社長から、手紙を預かってます」
そういうと、祐介は内心ビビりながら手紙を渡した。
しばらくして…
「なるほどね。あの社長、どうかしてるわ」
「なんて書いてあったんですか?」
「知らない方がいいわ。殺意がわくか呆れるだけだから。本社に行って改めてわんさか嫌味を言ってやるから。あと、さっきからそこにいるバジリスクは何なの?私に対する嫌味?」
この蜘蛛はバジリスクが苦手である。
たとえ力を奪われて魔力も魔眼を封じられ、単なる幼女の体になったとしても。
そのバジリスクこと篠原は黙ったままだった。
「聞いてんの?そこのちんちくりん」
「誰がちんちくりんじゃ、年増」
「ほう?最近のガキは口の聞き方も知らんのか」
「歳のわりにはずいぶんと安い挑発に乗るじゃないの」
「あんたも人間基準ならババアを越した年齢だろ?」
「低俗な人間と一緒にするな。バジリスクは高貴なる生き物ぞ」
バジリスクと大蜘蛛様の口喧嘩が始まる。
喧嘩なら当事者だけでやってろと言わんばかりに、気配を消して逃げようとする祐介。
しかし祐介の首根っこを奈央が掴む。
「グェッ…」
「1人だけ逃げようとするな」
「あんなのに巻き込まれるのは嫌です。昔から言うでしょ?三十六計逃げるに如かずと」
「お前なぁ…」
「やめて。私のダーリンに手を出さないで」
みゆきが奈央を睨みつける。
「ダーリンだなんてそんな。まだ婚約もしてないのに」
「いいじゃん。それとも愛人って呼んだほうがいい?」
「いや。それはいろいろと誤解を招く。ダーリンか祐介でいいよ」
「なにをノロケてるんだか。おや?宮城さんが止めに入ったぞ?」
奈央がそう言うと、宮城が篠原を止めに入る。
宮城は無言で篠原の頭を殴りつけ、篠原の頭にはたんこぶができていた。
「うちの弟子が大変失礼しました」
「師匠に謝られちゃ仕方ない。そこの弟子を連れてとっとと立ち去れ」
そういうと、宮城は無言で篠原を連れ、車に戻った。
「おい、社長の名代!」
大蜘蛛様が祐介を呼び止める。
「あんた、名前はなんだい?」
「雨谷祐介です」
「じゃあ、お前があの森田ってやつの友達か。一つ忠告しといてやる。また余計なことに巻き込まれるけど、諦めも大切だぞ。お前の仲間、魔女王に気に入られたらしいからな」
「ご忠告ありがとうございます。私はすぐにでも東京に帰りますので、失礼します」
「まあ待て、まだ話はある。お前だよ。薬師寺奈央」
そういうと、奈央は大蜘蛛様のほうを向いた。
「私に何か御用ですか?」
「お前があの薬師寺家の次期当主か。お前も魔力持ちか。しかも、魔法使いとはまた違った魔力だ」
「どういうこと?」
「普通の魔法使いは自分の体内の魔力を使って魔術を使うんだ。ところが、原始ケルトの魔術師やエルフや自然に生きる魔法使いは自然界の魔力を使うのが基本だ。中にはハイブリッドもいるが、完全なハイブリッドはごく稀だ」
「なんとなく分かりましたが、それと私となんの関係が?」
「薬師寺家にはその昔魔術を用いるものがいた。しかし、その秘伝は失われた。人殺しに魔術を用いたからだ」
「言ってる意味がよくわかりません」
「簡単に言うなら今の薬師寺家を作ったのはその魔術師だよ。人殺しのしすぎで魔法が歪んで正しく継承するのが難しくなったから、薬師寺家を残すために魔術の秘伝を失わせたんだ。でも魔力を持つものはごく稀に生まれた。お前もその1人だ。まあ、お前に魔術などいらんだろうが、興味を持ったらまた来なさい」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
こうして、祐介たちは大蜘蛛様の本拠をあとにして、宿へと戻った。
〜〜〜〜〜〜
その数時間前
都内某所のホテル内のレストラン
大城戸姉妹は、兄の良平と話していた。
大城戸良平
東京支部所属の競艇選手である。
身長161cmの小柄でありながらも、高校まではプロを目指していた元球児。
しかし、背の低さもあって甲子園大会で準優勝しながらもドラフト指名にはかからず。
その後、先輩の誘いもあり、ボートレース養成所の試験を受け合格。
養成所での1年間の厳しい訓練を経て、平和島競艇場でデビュー。デビュー戦ではタッチスタートが決まり、初出走1着というとてつもない記録を叩き出す。
デビューたった半年でB1級に上がり、デビュー1年と少しでA1級となった。
その後、SG史上最年少優勝記録更新をかけ、全日本選手権に挑むも、優勝戦4着と惨敗。
そして、皮肉なことにその翌年の全日本選手権で優勝。その後は幾度となくSGの優勝戦に出たりするが、格上だらけの中で3着と善戦する一方で、1番人気を背負ったり完全優勝にリーチがかかると、途端に空回りして早いスタートを決められなかったり、ターンに失敗したり、捲り差しを決められてあっさり負けたりする始末。それでもSGで1度もフライングを切ってないので流石なもの。
現在は年収5千万円以上1億5千万円以下の間を推移している。一方で吝嗇家(すなわちケチ)であり、散財もせず、練習に明け暮れる日々を送っている。むろん、酒もタバコもやらず、食事もかなり控えめ。これは体重を51kg〜52kgの間に抑えるという意図もある。
(基本的に競艇は体重が軽いほど有利である。ちなみに2020年11月現在の男子の競艇選手の体重下限は52kg。それを下回ると重りをつけられる)
「兄さん、優勝おめでとう」
「兄さん、2年ぶりの周年記念優勝おめでとう」
「京子、理香子、ありがとう。嬉しいよ」
「でもボートレース甲子園には出られなかったんでしょ」
「あれは条件が厳しすぎる。東京出身の俺じゃしばらく無理だ」
「じゃあSG優勝は?」
「またいつかやってやる。これでもここ数年は賞金王決定戦に出てるんだから」
「でも負けてるじゃない」
「まだたった4回しか出てないから。それに賞金王決定戦は6着でも2千万円の賞金が出るんだぞ」
「だったら私達にも何か買ってよ」
「優勝したらな。そもそも俺が競艇選手になって養成所に入った時に勘当同然で追い出したのはどこの誰でしたっけ?」
「あれは兄さんが競艇選手としてあそこまで活躍するなんて誰も想像しなかったからよ。うちは学者家系だから、唯一のスポーツマンの兄さんを妬んだんじゃない?」
「どうだか。あれは完全に出来の悪い息子の厄介払いとしか思えなかったけど」
「私は私。兄さんは兄さん」
「私も兄さんはすごいと思う。誰もが無謀だと思ったことを成し遂げるんだから。応援してるよ。必ず賞金王になってね」
「ありがとう。京子も理香子もがんばれよ」
会計を済ませ、3人はホテルを出る。
ホテルから地下鉄の駅までの5分ほどは他愛もない話をし、そこからは1回の乗り換えを経て、都営浅草線に乗る。
三浦のほうに住んでる2人と、平和島競艇場近くに住む良平は京急線直通電車に乗るも、青物横丁駅でお別れ。
「兄さん、じゃあね」
「また会おうね」
京子と理香子がしばしのお別れを告げる。
「またな。たまには活躍を見てくれよ」
そういうと、良平は電車を降りた。
夜風は身に染みる。
そんな余韻を打ち切るように接近メロディが流れた。
曲は島倉千代子の「人生いろいろ」である。
「(なんで俺はこんな時にこんな曲を聞くんだか)」
そう苦笑しながら良平は普通電車に乗る。
人生とは本当にいろいろある。
〜〜〜〜〜〜
そんなこんなで、翌朝。
一足先に小橋川が帰郷。続いて、用事のある祐介、みゆき、奈央が帰郷。水野、宮城、マリ、玉藻の4人は引き続き上伊那を観光。
千畳敷カールの絶景を楽しみ、腹一杯になるまで駒ヶ根名物のソースかつ丼を食べ、呆れるほど日本酒を買い込み、高速バスに乗り、東京へ帰っていった。
つづく
おことわり
ボートレース振興会が競走名をしゃらくさい名称にしているため一部の競走名が作中の名称と一致してません。
そのため、SGだけでも対照表を作っておきますので参考までに。
ボートレースクラシック:総理大臣杯
ボートレースオールスター:笹川賞
ボートレースメモリアル:モーターボート記念
ボートレースダービー:全日本選手権
ボートレースグランプリ:賞金王決定戦
(グランドチャンピオン、オーシャンカップ、チャレンジカップはそのまま)
次回更新は29日あたりから正月3が日のあたりを予定しております。
正月休みはぜひともこの作品を一気見してください。よろしければ感想などを書いていただけるとありがたいです。




